人探し2
王から依頼を受け、再度ミルジアに訪問することになった。人探しのために割ける予算は、たったの金貨20枚。あとから実費を請求することはできるが、それは任務を達成した場合だ。ターゲットが見つからなければタダ働きになる。
少しでも節約しないと、資金はあっという間に底をついて赤字になるだろう。街に入るための賄賂だけでも大きな出費だから、ミルジアの身分証を持っておくのは必須だな。
「アーヴィン、先にオマリィのところに行くぞ」
「え? なんで?」
「身分証を売ってもらう。それが無理なら、売っている人を紹介してもらう」
偽造はバレたときに面倒なので、できれば正式に発行された身分証がほしい。オマリィは身分証をかんたんに偽造してしまうくらいだから、正式な身分証でもかんたんに手に入れてくれそうなんだよな。
「お父様になら、なんとかなりそう……」
アーヴィンにも心当たりがあるようだ。
さっそくオマリィ邸に転移する……その前に、出発の準備を整えよう。今回持っていくのは、小容量のマジックバッグ1つと簡易テントのセットのみ。武器も予備のナイフだけに絞る。
こだわりとかじゃなくて、めっちゃ盗まれそうだからだ。もちろん用心はするけど、絶対に油断がないとは言い切れない。だったら、盗まれて困るものは最初から持っていかなければいい。治安ヤバめ地域に行くときの鉄則だ。
「用心しすぎじゃない?」
荷物を減らす俺を見て、アーヴィンがうんざりした様子でつぶやく。前回は大丈夫だったから、その気持ちはわからなくもない。でも……。
「日本のとある芸能人が海外旅行で高級腕時計をしてたらしいんだけど、車から降りた瞬間に強奪されたんだってさ。地球でも危ないのに、ミルジアは安全なのか?」
噂だがマジらしい。その本人も海外には慣れていたはずだ。何らかの事情があってセキュリティが甘くなったのだろう。それは俺だって起こり得る。自分だけは大丈夫だなんて絶対に言えない。
「腕時計の件は知らないけど……地球より安全ではないと思う……」
「というか、かなり危険だと考えていいだろうね」
詐欺、恐喝、強盗、2日散歩しただけなのに、かんたんに出会えた。きっと置き引きや引ったくりも大量に居るだろう。大小様々な犯罪が蔓延っているから少しも油断できないのだ。
最低限の荷物だけ持って、オマリィ邸に転移した。転移先は小さな応接間だ。転移して少し待つと、オマリィが部屋に入ってきた。
「ぬぉっ!」
オマリィはアーヴィンの顔を見るなり驚いて尻餅をついた。
「どうした?」
「あ、ああ。コーも一緒かァ……。突然何事だァ、アーヴィン。家が恋しくなったかァ?」
オマリィは少し取り乱したが、すぐに気持ちを整えて冷静に言った。その声に、アーヴィンが戸惑いながら答える。
「いえ、そうではなくて……」
アーヴィンは言い淀んでいるようだ。俺から用を切り出したほうがいいかな。
「ちょっと頼み事があってな」
「家に帰りたいというわけではないのかァ……」
オマリィが残念そうに言う。オマリィはアーヴィンに帰ってきて欲しいようだ。だが、依頼の最中だから今日は帰せない。
「いずれは帰すつもりだが、今はまだ用があるんだ。それで、頼みなんだけど……」
「フンムゥ、言ってみろォ」
オマリィは腕を組んで言う。
「他の領でも使える身分証が欲しいんだ。できれば、偽造じゃなくて本物」
「いいだろォ。うちで確保している国籍がいくつかあるゥ」
ん? 国籍って、ストックしておけるものだったっけ? だいぶ怪しいけど、本物を貰えそうだな。
「いくらかかる?」
「貴様には世話になっておるからタダで良いィ」
オマリィは鋭い眼光を俺に向けて言った。タダというのはちょっと気持ち悪いな。裏がありそうで困る。
「いやいや、さすがにそれは悪い。いくらか請求してくれ」
「ンいらぬゥ。そのかわり魔道具を融通してくれェ。転写機という魔道具だァ。それで手を打つゥ」
なるほど、物々交換の提案ね。それならありがたい。ただし、転写機は送受信するために2つ必要になる。2つで一組だ。片方だけでは用をなさない。ついでのサービスってことで、相手には俺が届けてやろう。
「2つ組み合わせないと使えないが、渡す相手は誰だ?」
「アーヴィンだァ。頼みたい仕事が溜まっているゥ……」
おお、食っちゃ寝しているアーヴィンを働かせるいいチャンスだ。これは早めに届けてやらないとな。
「え……? 書類仕事ですよね? 家の外に持ち出して、いいんですか?」
アーヴィンが心配そうに言う。たしかに、俺は一応アレンシアの人間だからなあ。敵国でデータの処理をやるなんて、かなり危険なんじゃないかな。
「構わぬゥ。情報が漏れたくらいでェ、どうにかなる家ではないィ!」
根拠はよくわからないが、とにかくすごい自信だ。問題ないというのなら、まあいいか。
「了解だ。この前注文を受けた魔道具も合わせて、次回持ってくるよ」
「うむゥ。頼んだァ。身分証はすぐに準備するゥ。名前はどうするゥ?」
「こっちで決めていいのか?」
先日の街の冒険者ギルドで貰った身分証には、すでに名前が記入されていた。本物の身分証ならそれが当たり前だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
「うむゥ。名前を変えられないと使い勝手が悪いからなァ」
少し詳しく聞いた。この戸籍は、実在する他の誰かになりすますために使うらしい。名前が決められていると、他人の経歴を乗っ取るときに不都合が出る。どこの誰にでもなりすましできるよう、名前を変えられるように工夫しているそうだ。
冒険者ギルドで貰った身分証の、もっと高度なやつっていう感じだな。今回は誰かになりすますわけではないから、名前さえ記入すればすぐに使えるらしい。
偽名を考えるのは面倒だし、前に使っていた偽名でいいかな。
「じゃ、ジョナサンとレイトンで頼むよ」
本物の身分証が手に入った。俺がレイトンで、アーヴィンがジョナサンだ。これさえあれば、ミルジア内どこでも闊歩することができるぞ。
準備は整った。オマリィ邸を出て、すぐに例の街に移動する。身分証の効果を確認したいところだが、怪しまれたら面倒なので直接街の中に転移した。
まずは冒険者ギルドで情報収集だ。ギルドに向けて歩いていると、突然誰かに話しかけられた。
「あ、アンタ! 探したぜ!」
そこに居たのは、大中小トリオの大男だ。
「探したって、何か用か?」
「例の詐欺男だよ。あいつがアンタらのことを探してたんだ。一応耳に入れておこうと思ってな」
「ああ、無視する形になったもんな」
仮の身分証だけ渡して、約束の場所には行かなかった。あの身分証はもう使えなくなるし、あいつとも二度と会うことはないと思って放置したんだ。
「後からわかったんだが、黒い牙の奴だったらしいんだ。黒い牙は知ってるか?」
「いや、知らない。何者だ?」
「この街に本拠地を持つ武闘派のギャングだよ。何をされるかわかんねぇから、早く違う街に移ったほうがいいぞ」
ギャング、つまり犯罪者組織か……。いや、今更だろう。この領はギャングじゃなくても犯罪者だらけなんだから。
「忠告ありがとう。お前らこそ、よその街に行ったほうがいいんじゃないか?」
「アンタらは街から出ていないようだったからな……。オレたちはこの街から出る。世話になったな」
俺に報告するためだけに、この街に残っていたらしい。俺たちは転移魔法で帰ったから、街から出たという記録が残らなかったんだな。
なんか、悪いなあ……。俺たちはこの街に居なかったのに。
「餞別だ。持っていけ」
そう言って金貨を12枚渡した。これは活動費ではなく、俺のポケットマネーだ。情報に対する報酬とでも思って欲しい。
「いや、貰えねえよ!」
「この領内には居るんだろ? 次に会ったら、また情報を提供してくれ」
こいつらは意外と義理堅い。情報屋としては役に立ちそうだからな。先行投資のようなものだ。
「わかった。受け取っておく……!」
中男が力強く頷いて一礼すると、大中小トリオは駆け足で門に向かっていった。
さて、調査を始めようかな。詐欺男のことは、問題が起きてから考える。こっちはただの面倒事だからなあ。できればガン無視したい。
そう思っていたのに……。
「よう、探したぜ」
さっそく詐欺男に見つかった。まあ、特に配慮なんかしていなかったから、見つかって当然だけども。
詐欺男は取り巻きを2人連れ、俺の目の前に立ち塞がった。取り巻きの大男が、馴れ馴れしく俺の肩に肘をかけて言う。
「なぁ、兄ちゃんよ。何か忘れていることは無いか?」
「思いつかないなあ。何か忘れていたっけ?」
「約束だよ! ずっと待っていたんだぜ?」
詐欺男が俺の胸ぐらを掴んで怒鳴った。ここで無視したら、また絡んできそうだ。話くらいは聞いてやるか。
「そりゃ悪かったな。で、何の用だ?」
「話がある。今からちょっと顔を出せ」
詐欺男の様子から察するに、話し合いで解決できそうな雰囲気ではない。仲間はまだたくさん居るようだから、一度全員と会っておいたほうがいいかもしれない。
「わかったよ。どこに行けばいい?」
「こっちだ。来い」
詐欺男に連れられ、路地の奥へと進んでいく。治安が悪い街の中でも、さらに治安が悪そうだ。余所者が出歩いていい場所ではない。
歩くこと数分。ボロボロの建物が建ち並ぶ、いかにもヤバそうな地区に案内された。到着した先は、広い空き地だ。詐欺男が立ち止まると、近くの建物から男たちがぞろぞろと出てきて俺たちを囲む。
「……どういうつもりだ?」
この後の展開は予想できるが、一応確認してみる。
「オレたちを舐めたらどうなるか。ちょっと痛い目を見ないとわからないだろう?」
確認するまでもなかったな。俺が予想した通り、殴り合いで解決するという方針のようだ。俺たちを囲むのは、50人以上の男たち。浮浪者っぽい奴に普通っぽい奴、兵士っぽい奴や貴族っぽい奴まで居る。
どこぞのマフィアみたいに、それぞれが表の仕事も持っているようだ。下手に大怪我をさせたら面倒なことになりそう。たぶん、俺が犯罪者にされちゃうだろうな。
とはいえ、殴られっぱなしは我慢できない。殴らずに解決させる方法を考えないといけない……。
「アーヴィン、ちょっと危ない魔法を使うから、離れてろ」
「うげっ!? はいっ!!」
アーヴィンは、ものすごい勢いで駆け出した。囲む男たちの間をすり抜け、遠くの建物の屋根の上に身を隠す。ビビりすぎじゃない?
「ちっ! 逃がすか! 追えっ!」
数人の男たちがアーヴィンを追いかけようとした。それは歓迎できないな。さっさと攻撃を仕掛けよう。
「よそ見してていいのか?」
そう言って、雷の魔法を展開する。辺りは青白い稲光に包まれた。これは俺の上空にバカでかいテスラコイルを設置するような魔法で、辺り一面に小さな雷が落ち続ける。そして俺にも当たる。自爆魔法だ。そのため、アーヴィンを先に逃した。
俺は絶縁の魔法で防御しているから何も感じない。しかし、周囲の男たちはそうはいかない。数十万ボルトの電撃を全身で受け、痛みにのたうち回っている。
「ぐぎゃあ!」
「いってぇ!」
この程度の電圧、電流量だと痛いだけだ。死ぬどころか気絶すらしない。でもめちゃくちゃ痛いんだよね。足止めと嫌がらせが目的なら、むしろこれくらいでちょうどいい。
「なんの! これしきぃ!!」
ありゃ、ちょっと根性が座っている奴が居たみたいだ。痛みを堪えながら立ち向かってくる。困ったなあ。もう少し威力を上げてみよう。
「えいっ」
と掛け声をかけ、電圧を上げた。
「げぼふげぇっ!」
根性の座った男は声にならない声を上げて倒れた。他の連中にも強めの電撃が当たり、陸に上がった魚のように暴れまわっている。そろそろいいかな。魔法を止め、声をかけた。
「まだやる?」
「ハァ……ハァ……もういい……勘弁してくれ」
詐欺男が息を切らしながら訴えた。その目はまだ死んでいない。こちらを力強く睨んでいる。この反抗的な目……俺が攻撃の手を緩めたら、背後から刺されるんじゃないか?
「よし、もう一発!」
「ぐげぁっ!!」
強めの落雷を展開し、すぐに止めた。
「まだやる?」
改めてもう一度訊く。
「もういい! やめてくれ!」
うん、目が死んでいる。本当にもういいかな。
「お疲れさん。もう絡んでくるなよ」
連中は無傷だが、心はバッキバキに折れたことだろう。ひとまず安心だ。まだ攻撃を仕掛けてくるようなら個別に対応すればいい。






