休暇2
ミルジアの冒険者は俺が考えていたよりも血気盛んだということが判明した。
冒険者に出会ったら、まずは喧嘩腰で威嚇。言葉のやり取りを2、3繰り返したら拳を突き出して威嚇、最後は拳を交わして挨拶を終える、というのがミルジア冒険者流の挨拶らしい。
さっき挨拶の途中で退場した冒険者は、挨拶の続きをするためにギルドの外で待っているようだ。
でもそんなことは気にしない。先に依頼票を確認しよう。
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壁の修理
報酬:大銀貨1枚
備考:
崩れた壁の修理。
資材は準備して下さい。
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資材の輸送
報酬:金貨1枚~
備考:
木材及び石材の輸送
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討伐依頼
リザード
報酬:金貨2枚~
備考:
湿地帯に生息するリザードの間引き
素材買い取り可。金貨5枚~
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書式はアレンシアとおおよそ同じ。依頼内容もほぼ同じ。違うのは、魔物の討伐にも報酬が発生する点だ。アレンシアでは一部の例外を除いて素材の買い取りのみだったのに対し、ミルジアでは討伐するだけで報酬が得られる。
ミルジアの冒険者はアレンシアよりも優遇されているようだな。稼ぎやすさがぜんぜん違う。
そのかわり、依頼の選別が難しいように感じる。アレンシアにはある『難易度』の項目が無いから、危険度は自分で判断しなければならないようだ。
それにこの『資材の輸送』っていう依頼、絶対に地雷だろ……。どこからどこまでっていう指示がないし、量も書かれていない。危険度マックスだな。
依頼票が並ぶ中に、気になるものを発見した。
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薬草の採取
ニュンパエア
報酬:大銅貨1枚
備考:
ニュンパエアの採取。
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今回ミルジアに来た最大の目的がこの薬草だ。アレンシアでは手に入らないから、クレアに入手を頼まれた。
「もしかして、この街で買える?」
多くの薬草はそのまま使うことはできず、乾燥などの加工が必要になる。今日ニュンパエアを手に入れても、使えるようになるまでは数日かかるのだ。もし買えるのであれば買ったほうが早い。
俺の問に、同行者のアーヴィンが答える。
「わからないけど、たぶん輸出用じゃないかなあ。この街でポーションを作ってるなんて聞いたことがないよ」
「なるほどな……。じゃあ、とりあえず今日はニュンパエアを採取しながらリザードの討伐をしよう。もしこの街でニュンパエアが買えるようであれば、生のニュンパエアを売って加工済みを買うぞ」
目的地は湿地帯なので、そこに出没する魔物が討伐対象なのはありがたい。加工済みの薬草は生よりも高いが、討伐の報酬があれば赤字にはならないだろう。
今回狙う依頼は常時依頼という種類のもので、これはいつ何人が達成しても報酬がもらえる。そのため、依頼の受注をギルド職員に報告しなくてもいい。カウンターには立ち寄らず、そのままギルドを出た。
すると、外に居た冒険者に腕を掴まれた。
「おい、待ちな。挨拶の途中だろ。ちょっと裏に来い」
いや、こうなることはわかっていたけどね。挨拶のためにわざわざ待っていたなんて、律儀なやつだよ。
「掴むなよ。言われなくても行くからさ。あんた、手汗が臭そうだから触ってほしくないんだ」
「なんだとっ!?」
「ちょっと、挑発しないでよ」
アーヴィンが小声で言うが、無視だ。挨拶の途中なんだから邪魔しないでくれ。
手汗ベットリの汗臭い男に手を引かれ、人気のない冒険者ギルドの裏にやってきた。
「テメェ、覚悟しろよ」
なるほど、挨拶のときは殴る前に一言添えるのがマナーなのか。これがガチの戦闘なら、言葉を発する前に殴る。そこが挨拶との差なんだな。
男は手を離して構え、強化魔法を使った。アレンシアの兵士が使うような一般的な強化魔法……グラッド隊の兵士ほどではないが、それなりに強化されている。一発殴ったくらいじゃ死にそうにない。安心して殴れるな。
そんなことを考えているうちに、相手の拳が俺の頬に向かってきた。避けられる速度だが、おそらく避けたら挨拶にならない。相手の攻撃は甘んじて受ける。そして直撃。強い衝撃ではないものの、やっぱり多少は痛い。
「な……なぜ効かねえ……?」
男は直立不動の俺を不自然に思ったようで、不思議そうに顔を歪めた。
さて、俺も一発殴っときますか。
「これでおあいこだよ」
そう呟いて、男の腹に拳を突き立てた。もちろん手加減している。そのはずなのに、男の体はクの字に曲がり、宙に浮いた。俺が腕を引くと、男はうつろな目で崩れ落ち、地面に蹲ってゲロを撒き散らす。
「うげぇ……」
「おいおい、大丈夫か?」
「てめぇ……何者だ?」
男は焦点の合っていない目で俺を睨みつけた。
「普通の冒険者だよ。たぶんもう会わないだろうけど、一応よろしくな」
名前は明かさない。というか明かせない。ギルドの職員に貰った身分証を確認しないと答えられないからね。
男は何かを言おうと口を動かしていたが、言葉になっていない。口だけを弱々しく動かしながら、白目をむいて気を失った。……手加減を間違えたかな?
「ほら、やりすぎた。死んではいないみたいだけど……」
「だって、ミルジア流の挨拶なんだろ? 返さないと失礼じゃないか」
「本気で言ってる? こんな挨拶、あるわけないじゃん……」
あれ? これは一般的な挨拶じゃなかったのか。ということは、こいつはケンカを売ってきただけだった、と。……うん、どっちでも特に問題ないね。
「さて、気を取り直して採取に行くぞ。ニュンパエアは覚えているよな?」
「え? うん、大丈夫。見ればわかると思うよ」
まあ、見間違えるような植物は生えていなかったはずだし、うろ覚えでも大丈夫だろう。
街を出て荒野の中を西に進み、湿地帯に到着した。歩きにくいぬかるみの上に立ち止まる。
荒野を抜けたと思ったら、すぐに湿地帯だ。ちょうどいい地面は無い。東側は砂漠、中央は荒野、西側は湿地。ミルジアは人が住むには過酷すぎる。よくこんな土地に住もうと思ったよなあ。
ここから一歩進めば膝上まで水に浸かる。ニュンパエアを採取するには、進まなければならない。作業を開始する前に役割分担を指示しておこう。
「アーヴィン、気配察知はどれくらいできるようになった?」
「えっと……壁の向こうに居る人の気配がわかるくらい。集中すれば、結構遠くまでわかると思うよ」
上達していないわけではないが、まだ実戦レベルとまではいかないようだ。ついでに訓練させておこうかな。
「せっかくだから、採取をしながら警戒してみろ。俺は採取に集中して手を出さないから、魔物への対処はすべて任せる」
「は? え? ムリムリムリ!」
アーヴィンは必死の形相で首を横に振った。
「やらないと上達しないぞ。それに、多少危険なほうが上達が早い」
「多少じゃないじゃん! とっても危険だよ!」
「大きな声出すなって」
俺の注意は聞き入れられず、アーヴィンはさらに大声でまくしたてる。
「とにかく、ボクにはまだムリ! 採取は手伝うし、自分の身は守れるけど……」
アーヴィンはまだ気付いていないようだ。魔物が居るところで大声を出すとどうなるか。
「ほら、魔物が寄ってきているぞ」
まだ目には見えないが、複数の気配が確実に近づいてきている。耳がある魔物は大きな音を出すと寄ってくる。採取中は静かに、これが鉄則だ。
「ウソ!? 見えないよ?」
「いや、すぐそばまで来てるぞ」
気配は目視できるはずのところにあるのだが、目には見えない。おそらく水中に潜んでいるのだろう。自分の目を頼りに索敵していると不意打ちをくらう。アーヴィンは目で見る癖がついているのか、魔物の気配を掴みかねている。
アーヴィンは慌てふためきながらリボルバーを取り出して構えた。気配察知が未熟なアーヴィンには悪手かもな。念のため、俺もアンチマテリアルライフルを準備しておこう。
魔物は突然スピードを上げ、急接近してきた。そして、アーヴィンの直前で水面から飛び出してくる。見た目はでかいワニ。リザードだ。
「きゃぁっ!」
アーヴィンの情けない悲鳴がこだまする。アーヴィンは寸前で気付いてリボルバーの照準を合わせようとしたが、焦って上手くいかない。やっぱりリボルバーは悪手だったな。
俺はアンチマテリアルライフルの弾丸を飛ばし、リザードの頭部を撃ち抜いた。
「油断するなよ!」
1匹は仕留めたが、まだ2匹ほど迫ってきている。そのうちの1匹はアーヴィンを、残り1匹は俺を狙っているようだ。アンチマテリアルライフルの準備をして待つ。
アーヴィンはまだ目に頼っているらしく、あたりをキョロキョロと見回している。一応、目視でもわからなくはない。リザードが移動しているところは水面が少し揺れるし、たまに泥を巻き上げて水が濁る。そこに気付けば大丈夫だ。
「えっ!? まだ居るの? どこ!?」
気付いていないようだ……。
2匹目のリザードが俺の目の前に顔を出した。可哀想に。すかさず弾丸を撃ち出し、リザードの首を飛ばした。
と同時に、アーヴィンの叫び声が聞こえる。
「ひゃっ! きゃぁぁ!」
リボルバーを持つ右手を噛まれ、振りほどこうと必死であがくアーヴィンの姿があった。
いまのところ、身体強化のおかげで怪我はない。でも時間の問題だと思う。ちょっとヤバイな。
リザードとアーヴィンの間に割って入り、弾丸を至近距離でリザードの腹に浴びせた。リザードの腹に大穴が空き、リザードはその場に崩れ落ちた。
「ありがとう……」
アーヴィンは死にそうな顔でお礼を言う。今のはかなり危なかった。小言みたいで気が引けるが、アーヴィンには少しアドバイスが必要らしい。
「なあ、俺とお前、何が違うかわかるか?」
「何って? 気配察知でしょ?」
「それもあるが、それだけじゃない。目視でも気付くチャンスはいくらでもあった。そして、水中の敵に弾丸は効かないぞ。水中に撃ち込んだら減衰して威力がなくなる。剣を出したほうが安全だ」
そもそも、リザードのような接近戦を好む相手には、飛び道具はあまり向いていない。
相手が接近戦を望んでいて、その上で相手を目視できない場合、相手は不意打ちでの急接近を狙っているはず。飛び道具は射出に時間がかかるから、近付かれた時点でアウトだ。照準を合わせているうちにガブリといかれる。
「でも、コーくんだって弾丸で倒してるじゃない?」
「俺は出没地点を予測して、あらかじめ照準を合わせているんだよ。水面に現れてくれれば勝ちだ」
不意打ちの裏をかく。相手は不意打ちに成功したと思っているから、姿を現したときはかなり油断している。飛び道具のほうが有利になるという状況を作っているのだ。
「ほら、やっぱり気配察知じゃない」
「違うって。目視でも接近に気付けば対処できるんだよ。一番違うのは観察力、洞察力じゃないかな」
「……よくわかんない」
アーヴィンは拗ねるようにそっぽを向いた。こういうところは子どもっぽいんだよなあ。中身は俺より年上なはずなのに。精神年齢は転生したときにリセットされるのかな。
「まあいいや。俺が気付いたことはその都度伝えるから、警戒を続けてくれ」
俺は手を出さないなんて言ったけど、手を出さないわけにはいかないだろうなあ。さらに口も出さなきゃいけない。忙しくなりそうだ。
考えてみると、パーティメンバーのみんなにはアドバイスらしいことをほとんどしていない。クレアとリリィさんは冒険者の先輩だから俺が言うことなんて少なくて当然だが、ルナやリーズもそうだ。みんな勘が良かったんだな……。
その後、日が暮れるまで採取を続けた。途中も何度かリザードに襲われたが、俺が対処することで事なきを得た。アーヴィンの特訓、もう少し厳しくしたほうがいいかもしれないぞ。
今日はテント泊のつもりだ。地面が水浸しになっていないところまで移動して、テントを設営する。明日の朝から昼過ぎくらいまで採取を続けたら、一度街に戻ろうと考えていた。
……夜が明けるまではね。






