新人冒険者のはじめてのお使い
「レイモンドさん、良い人で良かったですね。
とりあえず、ご飯食べましょうか」
「そうだな。どこへ行けばいいだろう。この辺りに食堂のような店はあるのか?」
「朝からやっているのは屋台くらいですね。食堂は夜しかやっていません」
ルナのおすすめの串焼き(謎肉)を買い、二人で頬張る。味は悪くない。が、固い……。
イノシシのような味なので、たぶんボアの肉だと思う。
20cmほどの串に一口サイズの肉を刺して焼いたものだ。
食べながら辻馬車に乗り込み、現場に向かう。
精錬所は王都の北側。結構遠い。職人の街になっていて、朝も昼も夜もずっと何かの音が聞こえる地区だという。
この辺に住んでいる人はよく寝られるもんだ。
精錬所に到着したので、責任者のおっさんに話をして作業を開始することに。
目の前には鉄は山積みされている。思った以上に大量だ。軽トラ3台分ほど有るんじゃないのか?
「ルナはマジックバッグ持ってるよね?」
「はい。でも、容量はあまり多くありません。
この量ですと……、10往復くらいしないといけませんね」
「俺のマジックバッグだと、たぶん4往復くらいだね。
二人で手分けをすれば3往復くらいかな。
俺のバッグの中身、預かってくれないか?」
二つのバッグに詰めるのは効率が悪いので、俺のバッグを空にして効率を上げる。
女性に荷物を持たせるとか、男としてどうなの? という気持ちはあるが、鉄のほうが断然重いので勘弁してほしい。
俺のバッグを空にして鉄を詰めると、三分の一ほどの鉄が収まった。予想通り3往復で終わりそうだ。
出発しようとした時、地図を見ていたルナが「あっ」と声を上げた。
「鍛冶ギルドまで、結構距離があります。馬車移動になりそうです」
辻馬車はタクシーとは違い、こちらの都合には合わせてくれない。路線バスのような扱いだ。
「走ったほうがいいな。走れる?」
「はい。こう見えても、早朝訓練の経験があるんですよ!」
胸を張って自慢げなルナ。マジか。あの訓練の経験者ということは、体力は十分あるということ。頼りになるわ。
「じゃあ、走ろうか。ルナに合わせるから、先導よろしく」
ルナに先導を任せたのだが、走るルートが普通。何か詠唱をしていたので身体強化を掛けたはずだ。
それなのに、普通に歩道を走っている。これだと歩行者が危険だし、遅い。
王都内には水路がいくつか有るのだが、真面目に橋を渡っている。幅は2mくらい。
これくらいの幅なら飛び越えたほうが早いのに……。
40分ほど走ったところで鍛冶ギルドに到着した。
鍛冶ギルドもレンガ造りで立派な建物だが、どこか無骨な造りが鍛冶師を連想させる。
ギルド内の倉庫に鉄を降ろし、精錬所に戻ることに。
入れる時は重労働だが、出す時はマジックバッグをひっくり返すだけ。
とても簡単だが、うっかりぶち撒けないように気を付けないとな。
「場所は覚えたから、今度は俺が先導するよ」
「はい。お願いします」
帰り道は一直線。地図上で線を結び、屋根の上を走るルートだ。
この場合、自分が落ちなければ歩行者の安全が確保される。
塀に足を掛けて屋根に駆け上がる。誰の家かは知らないが、壊すわけではないので許してほしい。
まずは様子見なので、軽く流す程度にしておこう。
たぶんルナなら余裕でついてくるとは思うのだが、後ろを確認しながら速度を調節する。
帰りは早かった。20分ほどで到着した。
ルナは横でハァハァと肩で息をしている。あれ?
「ごめん、キツかった?」
「はい……。いえ、あの……。
予想外なところを走っていきましたので。ついていくのがやっとでした」
おかしいな。早朝訓練よりも緩いコースだよ? 魔法による身体強化は効果が薄いのかもしれない。
「ごめんね。ちょっと休んでて。荷物詰め込んじゃうから」
身体強化、早く教えてあげたほうがいいな。これが終わったら特訓しよう。
なんだかんだでルナは最後まで走り通した。クソ不味いポーションも飲んでいたが。
最後の往復の時に昼の鐘が聞こえていたので、ちょうど昼頃だ。
職人街の屋台で軽く食事をしてギルドに戻る。
受付のお姉さんは、変わらずカウンターで待受している。「お疲れ様」と軽く挨拶してカウンターに依頼票を置く。
「どうされましたか? 道に迷われました?」
「いや、終わったから、その報告だ」
「もうですか? 早すぎませんか?」
「マジックバッグを持っているからな」
「そうですか。では、確認をしてお支払いしますね」
そう言って奥に入っていく。
ギルドを見渡すと、レイモンドのおっさんは居なくなっていた。
代わりに若い冒険者パーティが難しい顔でテーブルを囲んでいる。
交代したのだろう。恐らく、冒険者はこの時間に作戦会議や休憩をしているのだろう。
仕事、ということは、ここに居るだけで多少の報酬が発生しているということ。
休憩中でも金が入るのだから美味しい話だな。
緊急時は誰よりも早く動くのだから、責任ある任務なんだろうけど。
「お待たせしました」
お姉さんが戻ってきて、大銀貨が乗せられたトレーをカウンターに置いた。
「ありがとう」
と言って銀貨を確認する。状態の良い大銀貨が5枚。依頼書通りの金額だ。
問題がないようなので、冒険者ギルドを後にする。
「じゃあ、早いけど宿に行こう」
「はい。正直言うと、相当疲れました……」
「ごめん……」
今日は大通りに面した冒険者向けの宿。食堂付きの大衆宿だ。各部屋が個室で数人で泊まれる。
「いらっしゃいませー! 風鈴亭にようこそ!」
宿に入ると、かわいい女の子が大きな声で迎えてくれた。
これだよ、これ。異世界の宿といえば看板娘だよ。
「一部屋で良いよね?」
一応確認しておく。でも、昨日はダブルベッドだったんだから、今さら部屋を分ける必要も無いだろ。
「はい。大丈夫です」
「一部屋でよろしく」
「わかりました! では、宿泊が一部屋大銀貨1枚です。
お食事は一人銀貨1枚、桶とタオルは1セット銀貨1枚です」
大銀貨1枚と銀貨3枚を渡して部屋に入った。桶とタオルは1セットあれば問題ない。
昨日の宿よりもずいぶん安いが、その分セキュリティが甘い。
身分証の提出と署名を求められたので、大きな問題は無いと思う。
「今日はお疲れ様」
「はい……。とても疲れました。あんなところを走ったのは初めてです」
人んちの屋根の上。普段から走っていたらちょっと迷惑だよな。たぶん、うるさい。
もともと騒々しい職人街だから許されたようなものだ。
あの辺の人たち、そこらじゅうで鉄を叩いているから。常にカンカン鳴っているんだよ。
「そうだよね。人んちの屋根は俺も初めてだよ。
でも、走破しようと思うと、強化魔法では限界があると思うんだ。
だから、俺の身体強化を教えようと思う」
「え? ついに教えてくれるんですか?」
キラキラと目を輝かせて見つめられる。吸い込まれそうなきれいな瞳にクラッとする。
「そうだね。この訓練は疲れているときのほうがやりやすいから、丁度いいと思うよ」
ルナにはベッドの上で胡座で座るように指示をして、瞑想のコツを軽く教えた。
この世界に来たときからやっている、魔法を感じる瞑想法だ。
「体の中にある魔力を感じて。それに気が付くまで魔力に集中」
「え? あの、それは魔力ではなくオーラなのでは?」
「ん? 何が違うの?」
「オーラは肉体に宿る力で、練気法のために必要です。
魔力とは別物ですよ?」
「いや、俺が感じる限り同じものだよ。自分の中から引き出すか、自分の外から取り込むかの違い」
「そうなんですか? 初めて聞きますよ? それ」
「少し質が違うんだけど、概ね同じものだよ。俺が身体強化に使っているのは確実に魔力。
ちょっと通すね」
そう言って、ルナのお腹に手を当てて魔力を送り込む。
即席スタンガンとして使えないかと開発した魔法だが、魔力を送るだけという何の役にも立たない魔法になった。
ちょっとくすぐったいらしく、実験台のギルバートは「もう二度と使わないでくれ」と懇願してきた。
戦闘中にくすぐられるのは確かに嫌だが、嫌がらせ程度にしかならないので封印していた。
「え? ……なんか、これ……。あっ……」
「あれ? 痛かった? 魔力を通すだけの魔法なんだけど」
「いえ……。あの……。あっ。痛くは……っ。ないのですが」
ルナは胡座を崩して頬を染め、悶えている。
「ごめん、これ、ちょっとくすぐったいんだ」
「あっ……。それも……。なんかっ……。違いま……っ」
ルナは悶えながら俺に抱きついてきた。耳元で荒い息遣いが聞こえる。
1時間ほど経った。ルナはだいぶ落ち着きを取り戻している。
「……どうだった? 何かわかった?」
「はい……。何となくわかった気がします。
ですからその魔法はしばらく無しでお願いします」
疲れた体に無理をさせてしまったな。意外な副作用だった。やっぱりこの魔法は封印だ。
「無理をさせて悪かった。何となく掴めれば後は繰り返すだけだから」
「いえ。悪い気分ではありませんよ。落ち着いたらまたお願いします。
冒険者の宿は壁が薄いので……。防音の魔道具が手に入ったらまた」
いいの? え? 封印中止。練習しておこう。
「うん、わかった。魔力を感じたら、その魔力を体の中で循環させる。
これが身体強化の基本だよ。難なくできるようになったら次の段階だね。
できるようになったら言ってね」
食堂で夕食をすませ、夜まで訓練して寝た。
訓練は非常に地味だ。二人でひたすら静かにしているだけ。
俺は身体強化の延長である気配察知の練習をして過ごした。
実は結構上達している。集中すれば、宿の中はもちろん徒歩10分程度の冒険者ギルドの様子まで何とか察知できる。
人が増えると精度が落ちるので確実とはいえないのだが。






