第六十五話 動き出す時代の波‼の巻
またまた遅れてしまいました。ごめんなさい。次は1月5日くらいに投稿したいと思います。
あけましておめでとうございます。
雷帝。
ソビエト連邦時代、後に”氷のサイボーグ力士”足元が登場するまでロシア角界最強と呼ばれた力士である。
当時の東側の力士においては唯一無二のビッグネームだった。
「フン。ブロッケン山、どうやらお前の息子は礼儀という言葉を知っているようだな」
身長三メートル十五センチ、体重400キロの巨漢が専用の椅子に腰を下ろした。
ブロッケン山はやれやれとため息をつく。
当時(※1980年代)”世界最大の力士”と呼ばれた雷帝は頬杖をつくブロッケン山を見下ろしていた。
(かつてないほどに仕上がっているな、ブロッケン山よ。それでこそ東欧最強の力士よ)
雷帝はブロッケン山に引退説が流れていた事を危惧していた。
雷帝にも倫敦橋と同じく手ごろな対戦相手がいないという悩みがあったのだ。
雷帝が本気で戦って再起不能にせずに試合を終わらせられる相手がいるとすれば、それはブロッケン山とラーメン山くらいである。
「皇帝、俺はソーセージほど良い教育は受けていねえ。これ以上、礼儀の話が続くなら他所へ行かせてもらうぜ」
ブロッケン山は軍帽に手をかけて位置を正した。
雷帝は見た目通りの、力押し一辺倒の男ではない。
ブロッケン山の情報を引き出す為にわざと突っかかってきた可能性も否定できない。
細緻な頭脳と比類なき肉体こそが雷帝をロシア相撲界の頂点、”皇帝”の座に止めているのであった。
「ブロッケン山よ、余は今回の大会で、国の上層部から”優勝して来い”とは言われなかった。この意味がわからぬほど貴様も若くはあるまい」
雷帝は大仰に嘆息する。雷帝もブロッケン山同様に現役でいられる時間は少ない。
そして、彼が倫敦橋との戦いをどれほど渇望しようとも、世界のミリタリーバランスを理由に許されはしなかった。
ブロッケン山は落胆する雷帝を睨み、立ち止まった。
雷帝の言葉に全幅の信頼を寄せているわけではないが、倫敦橋との決着を望む声だけは信じられる。
彼もまたラーメン山、ブロッケン山と同様に限りなく無敗に近い状態で力士として在り続けたからだ。
ブロッケン山も古いだけが取り柄のイギリス相撲界から倫敦橋のような実力者が誕生する未来を読み切れなかった”伝統派”の一人にすぎない。
「脂が乗った時期をとうに過ぎた俺たちに情報収集をさせて、若い連中に未来を託すってか?冗談じゃない。そんな事をすれば倫敦橋は生涯無敵になっちまうじゃねえか」
相撲を制するものとは本人の実力によるものは大半だが、運や勢いも侮れない理由の一つだった。
言うなれば倫敦橋は最盛期のブロッケン山、雷帝、ラーメン山という岩とぶつかった事の無いひよっこにすぎない。
ブロッケン山にも”戦えば必ず勝つ”という野心が無かったわけではない。
今朝も光太郎に絆されて自身の引退と鈴赤の未来について本格的に考え始めたが、”どうせ死ぬなら土俵の上で”という本音から目を背けずにいる。
雷帝にも多くの弟子と家族がいると聞いている。
仕方ないと思いながら、ブロッケン山は話を続けることにした。
「甘いな、ドイツ男。余の眼から見れば倫敦橋は未完成だ。このまま放置しておけば伝説のスモーキング、天辺龍に代わる存在となるやもしれぬ。そうなってはお前とて面白くはあるまい」
雷帝は二本の巨腕が赤くなるほどの力をかけた。
戦って負けるならばまだしも、第三者の横槍が原因で統一王者の誕生を見送るなどもっての他だ。
既に老齢という領域に足を踏み入れたはずの雷帝にも”世界統一王者”の座はこのこの上なく甘美な響きだった。ブロッケン山は世界級の肉体を持つ偉大な力士の決死の覚悟を前に脱帽する。
不良学生よろしくパイプ椅子に背中を預けた。
「確かにそれは面白く無い話だな。世界が東西に分かれて何十年となるわけだが、別に俺たち東側の力士は遊んでいたわけじゃない。単に情報というものに対してオープンじゃなかっただけの話だ。仮にあの坊やが祖先の悲願を達成して二代目”天辺龍”を名乗るのは良いとして、西の相撲が東に勝ってるみたいな言い方をされるのは癪に障るな。それで、皇帝よ。アンタはどうしてやるつもりなんだ?」
ブロッケン山は雷帝のあだ名をわざとドイツ語にして尋ねた。”我らの立場は対等だ”とでも言わんばかりの語気の強さに雷帝はほくそ笑む。
「勇者ブロッケン山よ。余は次の試合、現役引退を賭ける。そして当然のように貴様を討ち果たし、上層部との取り決めを破って”世界最強”の称号をロシアへと持ち帰るつもりだ。異論はあるまい」
ブロッケン山の心に火が点いた。
ここ十数年、心のどこかが死んでいた。印度華麗の境遇にも同情している傾向があったことも今は認めよう。
東側の相撲協会の意向によって対外試合は禁止されていたが、同じくして東側に所属する実力者同士の私闘も禁じられていたのだ。
しかし、だからといって怠けていわけではない。
互いに切磋琢磨して、東ドイツ角界全体のレベルを引き上げに尽力した。
不満は日々膨張し、ついに破裂寸前までになっていた。
「おい、雷帝よ。お前自分の言っている言葉の意味がわかってンのか?お前がロシア相撲界から姿を消すってことの意味をよお?」
ブロッケン山は椅子から立ち上がり雷帝のところまで詰め寄った。
若い頃、雷帝を倒す事だけを夢見ていた。
今は手を伸ばせば届くところに、己の認めた王者がいる。
「余がロシア相撲界から姿を消せば、有象無象の相撲狂戦士たちによる血みどろの地獄が始まるだろう。しかし、それはこのまま時の流れに身を任せて朽ち果てるも同じ事…」
雷霆も椅子から立ち上がった。
そして、ブロッケン山の前にまで歩いて行く。
中心から決してブレることのない強靭な王者の道だった。
「ならば余は祖国の後進の踏み台となろう。己が身と引き換えに相撲の王道を築いた天辺龍のように、世界王者という高く険しい山々を抱く山脈(※ウラル山脈)となろう!」
雷帝の、雷鳴の一喝だった。ブロッケン山は気力を振り絞って何とかその場に踏み止まる。
鈴赤の前では、ブロッケン山は世界一の力士でなければならない。
鈴赤も雷帝の猛威に耐えて一歩も動かなかった。
「ハッ、よくもそんな出来もしないハッタリを言ったもんだ。残念ながら世界最強の座は俺の指定席だ。欲しければ実力で奪ってみせな」
ブロッケン山は帽子の前後を握って、かぶり直した。
鈴赤は椅子から立ち上がり、生涯の師の背中に熱い視線を送る。
雷帝はそんな二人の姿を心強く思った。
そして、雷霆はブロッケン山親子に背中を向けて歩き出した。
「御託は要らぬ。後は相撲の髪が全てを決める。再び我らが出会うのは土俵の上だ。ブロッケン山よ」
比類なき皇帝が地を踏み鳴らし、去ってゆく。
ブロッケン山は彼の背中が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。
結論から言えばブロッケン山は雷帝を一回戦で倒し、運命の二回戦に進む。
しかし、この時の雷帝の決断は後の相撲界に大きな転機を作り出す要因の一つとなった。
王者が不在となったロシア相撲界は彼の予見通りに戦国時代を迎え、ある野心に満ちた相撲トレーナー(※バラクーダ親方)の介入を招くことになってしまったのだ。
即ち”凍れる戦闘相撲コンピューター”、”冷血の皇帝”の異名を持つ力士”足元”の台頭だった。
後に足元はキン星山と世界王者の座を巡って戦い、様々なドラマを繰り広げる。
鈴赤は雷帝が去った後、テレビに映るキン星山の姿を捜した。
「‼」
そして、テレビに映された会場の有様を見て驚愕する。
いつの間にか印度華麗は起き上がり、光太郎の首を掴んで持ち上げていたのだ。
そして何よりも鈴赤が驚いたのは試合の判定はすでに光太郎が三回勝ったことになっていることだった。




