第六十二話 インド相撲奥義、いきなりマハーカーラ‼の巻
絵を描いたりして大幅に遅れてしまいました。
次回は12月20日に更新する予定です。どうか年甲斐もなく雑念が多すぎる私をお許しください。
印度華麗が飛び出した瞬間に、光太郎の身体が浮いた。
(相撲の勝負で、何も天地をひっくり返す必要は無い。地面に自力で立っている事を、ほんの一時忘れさせるだけでいい)
突進は不発。
ぶち当たるタイミングを見事にスラされたのだ。
肉体が接触する瞬間を狙って奥に移動、ボクシングでいうところのスウェーバックによって完全に威力を殺されてしまった。
一切の無駄が排除された攻防の究極形を目の当たりにした美伊東君と羽合庵は固唾を飲む。
続いて印度華麗は光太郎の腰を抱え、後ろに投げ飛ばした。呆気ない、と印度華麗は呼吸をする。だが、光太郎は生き残っていた。
自分から投げられに行くことで、地面に叩きつけられることを回避したのだ。
「無駄な足掻きを…」
ゆらり。
印度華麗は陽炎の如き歩みで光太郎の前に現れる。
前に体を傾けることで、より自然に前進する。
即ち、気配を殺しながら素早く相手に接近する技術。
特に印度華麗のそれは相撲よりも武術の特殊な動きに近いものだった。
光太郎は印度華麗の動作よりも、気配の変化に注意した。
体当たりの威力を避けで分散されたことよりも、次の刹那には印度華麗の目的が変わってしまった事が重要だったのだ。
とどのつまり、今の攻防も印度華麗の掌中に在るということだ。
先ほどの投げにも本気の力が籠っていなかった理由はそこにあるのかもしれない。
(印度華麗はおいどんのスタミナ切れを狙っているでごわす。最小限の力で、最大の手数を使って攻めるつもりでごわすか…)
逆に印度華麗は怪しげな笑みを浮かべるばかりだった。
(この先の手詰まりは私も同じですよ、キン星山さん。ポイントでは貴方の方が一歩リードしているというのに、その焦り様はどうしてなんでしょうね?)
再び、印度華麗は左手を上に、右手を下に構えてから動かなくなった。
「ほう、”無形こそ最大の構え”か。中々見せてくれるではないか」
羽合庵はカラリパヤットの”龍の構え”をとった印度華麗を見て感心したように言った。
印度華麗の方が余裕があるように見えるが、その実は真逆である。
余力を十分に残していると相手に錯覚させなければならないほど今の印度華麗は疲弊しているのだ。
しかし、今の光太郎では印度華麗の策を見抜く事は出来ないだろう。
「今はまだ若ご自身が”自分の優勢に気がつかない”事が重要なんですね、羽合庵」
「その通りだ、美伊東君。印度華麗という力士の本性は光太郎同様自身が追い詰められた時に発揮される傾向があるからな。ならばとことん印度華麗に実力を出してもらって光太郎にも今この場で成長してもらう以外にあるまい?」
羽合庵は厳しい顔をしている美伊東君に向かって厭らしく笑って見せた。
羽合庵本人は美伊東君に”獅子の子落とし”という親心を伝えたかったのだろうが、隣にいる美伊東君は眼鏡を上げて聞き流した。
「ごもっともなお言葉ですがね、羽合庵。今日はスモーオリンピックの初戦、ワンデートーナメントとは違うのですよ?仮にうちの若が選手生命に関わるような怪我をしたらどう責任を取るつもりですか?」
光太郎の個人的なトレーニング、健康管理の管理を担当している美伊東君ならではの”出来るだけ無傷で決勝まで勝ち進みたい”という心境だった。
かつて力士だった者と専属トレーナーである事に人生を捧げた者の考え方の違いなのだろうか。
羽合庵は肩をすくめて両手を投げだしてしまった。
「美伊東君。多分、君は正しいのだろうが私は精神論に生きる元力士だ。今の議論には”その時はその時だ”としか言い様が無いよ」
その時、土俵の上では光太郎と印度華麗の攻防が再び始まった。
光太郎は先ほどの戦いから印度華麗にはぶちかましが通用しないことを察して、鉄砲で手の動きを封じることを選択した。
光太郎の無我夢中の張り手が印度華麗に襲いかかる。
バチィッ‼
印度華麗の褐色の手が光太郎の手を弾いた音だった。
弾かれた時の衝撃が手を伝わり、肘にまで達する。光太郎は構わずに反対の手で張り手を打った。
バンッ‼
今度は制空権に入るなり、手刀で落とされた。
(印度華麗どんの動きが早すぎる。まさかこれは…読まれているでごわすか⁉)
光太郎の中では手の痛みよりも驚きが勝った。
たったの”二手”で、印度華麗が光太郎の動きを予測していたことが出来てしまったのである。
「何をやっている、光太郎。お前の頭はそこまで賢くはないだろう。今は考えるよりも先に動け。ここがお前の”桶狭間”だ」
羽合庵は土俵の外から大声で光太郎にアドバイスをする。(※桶狭間は軽くスルー。相手は外国人なのだ)
立場的には好ましくない行為には違いないが、光太郎の戦意を大きく高揚させた。
相撲とは土俵に立つのは一人だが、力士が背負っているものは今までの人生で関わってきた全ての人間の分ほどもあるのだ。
(戦うのはおいどん一人。だがおいどんは一人ではないでごわす)
光太郎は受けた衝撃で痺れる手の事など考えずに、印度華麗へと向かって行った。弾かれることを覚悟しながら鉄砲の連打を繰り返した。
印度華麗は是を真っ向から受け止める。
(お前だけが皆の心を背負って戦っているわけではないぞ、キン星山。私も同じだ。私の帰還を待つ者たちの為に戦っている。そして私は…ッッ‼‼)
印度華麗の瞳に炎が宿る。防戦一方の動きが、いつしか攻めの一手に変わっていた。
弾き、弾かれ両者の手は血の色に染まって行った。
「どすこーい‼」
「マハラジャ‼」(※インドにおける相撲のかけ声)
キン星山、印度華麗の一本張り手が正面からぶつかり合った。
両雄譲らず、土俵の際まで押し返される。
渾身の一撃同士の衝突は、土俵中央の土がめくれ上がるほどの威力を秘めていた。
「ぶほっ‼ひいっ‼辛いでごわすよー‼」
「我天命、いまだ知らずか…。クククッ、実に面白い…‼」
その結果カレー粉の混じった土を全身に被った光太郎は悲鳴を上げ、印度華麗は精神に落ち着きを取り戻していた。
その視線は土俵に残っている光太郎の戦いの痕跡へと向けられていた。
(…まさか印度華麗は僕たちの知らない何かに気がついたのか?)
美伊東君はその時、背筋に寒気を覚えた。
「キン星山さん。ここまで私を追い詰めたのは貴方だけですよ。倫敦橋と戦った時だってこうまで勝ちたいと思ったことはありません」
印度華麗は両手を上下に配置する構えから、全身を左から右に流すように構えた。
能面のような顔には再び、笑みが戻っていた。
「さてキン星山さん、今度は雷と炎の間で踊ってもらいましょうか」
印度華麗の声が聞こえてきたのと同時に、光太郎の目の前から姿が消えてしまった。
光太郎は左右、前後を見るが印度華麗を見つけることは出来ない。
その時、土俵の上に人の影を見つける。光太郎は頭上で腕を交差させて強襲に備える。
「インド相撲奥義‼いきなりマハーカーラ‼」
印度華麗は両手を使って真下の光太郎を思い切り叩いた。
日本の相撲ではまず考えられない上空から叩き込みだった。
光太郎は歯を食いしばり、襲いかかる印度華麗の奥義に備える。




