第四十七話 スモーデビルの影。されどスモーに近道は無し‼の巻
遅れまくってすいません。次回は9月27日くらいに投稿したいと思っています。しかも超スロー展開という始末本当にすいません。話数が止まっていたので修正しておきました。
羽合庵の語る「力士たちのスモーデビル化」とはここ数年、世界中を騒がせている問題だった。
おとなしい力士が巡業中に突如、一般人に乱暴狼藉を働く不良力士と化す事件の数々。
その影には必ずかつて世界を暗黒の淵に叩きこんだスモーデビルたちの影がまことしやかに囁かれていた。
若き日の羽合庵の如く実際にスモーデビルと戦っていた側の力士ならば危惧せざるを得ない事態だった。
「スグル…、じゃなくて光太郎。美伊東君。お前たちも昨今の世界角界における相撲格差のことは知っていよう。先進国の相撲興業が盛んになるほどに発展途上国の相撲は廃れてゆくのだ。印度華麗の祖国インドはかつては相撲大国として知れ渡ったが名力士”ガンジス河”が引退して以来、近年は中国、日本、韓国の相撲人気に圧倒されているという事実を。さらに相撲は実力の世界、勝ってからこそ世間の評価も高まるが負けてしまっては誰も相手にしてはくれない」
羽合庵は相撲界の隆盛が原因で角界を去らなければならなくなった名も無き同世代の力士たちの姿を思い出しながら、瞳の光を暗くする。
かつて羽合庵の所属していたハワイ相撲界もアメリカの角界に吸収され、今やアメリカ角界の地方巡業の一部にされている(※北海道における札幌夏場所のようなもの。座布団が古いので新しいものと変えて欲しい)。
かつて行われた二度の世界大戦において相撲は軍事利用されて大衆を恐怖のどん底に叩き落としたが、今や誰でも楽しむことが出来る平和的なスポーツとなった。
しかし、メジャースポーツ化してしまったが故に別の問題も生じてしまったのだ。その一つが、力士のスモーデビル化だった。
「相撲とは己の実力を示すことでこの世に己の価値を認めさせる世界。あの世界王者である倫敦橋も大英帝国の名門”我上院部屋”の嫡子として生まれながら一敗も許されなかったということですよ、若。スモーデビルの存在に関しては僕も半信半疑ですが、そのような状況にあれ追い詰められた力士にとっては断りがたい誘惑でしょうね…」
それは正義漢を絵に描いたような性格の美伊東君にしては歯切れの悪い意見だった。
世界各地に残る伝承によればスモーデビルたちは彼らの祖先とされる存在と契約を交わしただけで絶大な相撲力を得るとされる。
(もしも僕の前にスモーデビルの開祖が現れて、スモーデビルになる代償として普通の力士になれるくらいの肉体を与えてやると言われれば僕は断る自信が無い…。正直、若が恨めしいと何度も考えたことがある)
美伊東君は頭を下げながら歯を食いしばった。
美伊東君の内心を察した光太郎は優しく頭を撫でてやった。
「おいどんは、美伊東君と出会えて幸せでごわす。もしも美伊東君がいなければ羽合庵師匠を信じることも、あのテキサス山と戦うことも出来なかったでごわす。美伊東君、これからも一緒に頑張ろうでごわすよ」
光太郎は美伊東君に向かって大きな口でニンマリと笑いかける。
よほど見慣れていなければ光太郎のそれは不気味な顔だが、テキサス山との戦いを経て今は頼りがいのあるものに変わっている。
この時、美伊東君は己の中にある人外の力に頼ってまで強くなろうとする矮小な希望と炎を断った。
目の前にいる男は何度も逃げ出そうとしたが結局は逃げず、そしてついに念願の勝利を自力で獲得したのだ。
彼の背中を見てきた者として彼にだけは恥ずべき姿を見せるわけにはいかない。
美伊東君は自虐的に笑った。
「お言葉ですが、若。世に溢れる力士の多くはそう思ってはいないのです。藁一本にすがることで多大な力を得る事が出来るなら、たとえ人であることを捨てても悪魔と取引きをしても構わないと。残念ながらこれが現実というものです。若のように良い師匠と隣人、良き好敵手と出会う事が出来る者の方が稀。多くの力士たちは力に溺れ、悪の誘惑に負けてしまう。若のサポーターとして僕も印度華麗の境遇を憂うばかりです」
「印度華麗がスモーデビルって、ぶはははッ‼縁起でも無いでごわす‼そして、おいどんは別にビビっているわけではないでごわすよ‼これは、そう武者震いッ‼まだ見ぬ強敵との出会いを待ち望んでいるだけなんでごわすから‼」
と言いつつも顔を真っ青にしながら全身をガクガク震わせている。
脳内では千切られた力士の腕を口に咥えて光太郎を追い回す印度華麗の姿が見えていた。
この辺りの妄想力は光太郎ならではとったところか。羽合庵を含めて光太郎の仲間たちは思わず苦笑してしまった。
そうこうしているうちに光太郎の修行は次の段階に入る。
今までの”不完全な状態で敵と組み合うことに慣れる”訓練から”敵の次の一手を封じながら戦う”訓練に移行するというものだった。
羽合庵曰く「”へのへの”の最初の”へ”とは劣勢の極みにある状態であり、次の”へ”とは相手が気がつかないうちに状況を変化させる」という戦術らしい。
そして今の段階では光太郎がいくら聞いても”もへじ”については教えられなかった。
その際に”へのへのもへじ投げ”を実際に見たことがある英樹親方がヒントを出そうとしたが、羽合庵のひと睨みで黙らされてしまった。
どれほど月日が経過としようと兄弟弟子の上下関係は変わらないようである。
その後タナボタ理事の仲裁によって羽合庵は英樹親方への説教を中断し、光太郎との修行が再開された。
「光太郎よ。ある一定のレベルに達した力士に同じ技は二度と通用しない。いずれお前にもそうなってもらうつもりだが今回に限っては後回しだ」
羽合庵は自分の腹を右手で叩いた。
引き締まった褐色の腹筋からバンッと快音が響いた。
傍目には”ハワイの快男児”と呼ばれた頃の力はいまだに健在のようである。
今までのつき合いから光太郎は羽合庵が稽古をつけることを察して姿勢を低くしながらその時に備える。
羽合庵のぶちかましの威力を知る英樹親方とタナボタ理事と綿津海部屋の力士たちは息を飲んで師弟のぶつかり稽古を見守った。
ただその中で美伊東君の目には別の光景が映っていた。
(羽合庵は若に何かを伝えようとしている。おそらくそれこそがこれから伝授される奥義の秘密に関わるものなのだろう)
羽合庵は突進し、光太郎よりもさらに深く潜り込んだ後に下から持ち上げようとした。
意表を突かれた光太郎はへその下に力を入れて、踏ん張って堪えようとするが思うようにはいかない。
否。光太郎が上から下に押さえ込もうとするほどに羽合庵の力が増しているような気さえしていた。
「ぬうッ‼いくら師匠が相手でも負けてたまるでごわすか。こなくそぉぉーーッ‼」
光太郎は羽合庵のまわしを取って横に転がそうとする。
自らの足を相手の軸足を引っ掛けて、思い切り手を引っ張った。
その瞬間、羽合庵が”してやったり”と底意地の悪い笑みを浮かべた。
羽合庵は特に力む様子も無くそのまま投げられ、かと思えば次の瞬間には逆に光太郎が地面に倒されていた。
羽合庵は光太郎の手を掴んで上に引き上げる。
投げ出された挙句、無理矢理立たされた光太郎は自分の身に何が怒ったか理解出来ずに首を捻るばかりであった。
「なかなかのやられっぷりだったぞ、光太郎。やはりお前には ACTOR としての才能がある。そして美伊東君よ、理解してくれたか?これがキン星山の奥義”へのへのもへじ投げ”の入り口とも言うべき段階の技だ。敵にこれから使う技を仕向けて、己が意のまま自在に操る。この技をマスターすれば印度華麗はおろか倫敦橋とて倒すことが出来るだろう」
羽合庵は褐色の胸板を逸らしながら得意気に笑った。
光太郎は不敵な笑みを浮かべながら、師の手を振り払う。
「やれやれ。師匠も人が悪いでごわすな。…かつておいどんや美伊東君に向かって相撲の道は一日にして為らずと言ったのはどこの誰でごわすか?」
光太郎は四股を踏んだ。
”この技を必ずや己のものとしたい”その想いから今や五体に宿った闘志は爆発寸前となっていた。
「ああ。今は忘れてくれ、光太郎。私はこう見えて人生は常に最短ルートを選びたいと思っている」
そう言ってから羽合庵は首を軽く捻った後に、肩を大きく回した。
羽合庵が姿勢を低くしながら、光太郎の反撃に備える。
次の瞬間、光太郎は大地を蹴って羽合庵に向かって突進した。




