第四十三話 スモーオリンピックの舞台裏‼の巻
次回は9月2日の投稿になる予定でごわす!
「ゲェーッ‼これは身体の半分がキン星山で、もう半分がテキサス山じゃねえかーッ‼」
ウォルターの言う通りに倫敦橋の私室の中心には右がキン星山、左がテキサス山の姿となった人形が転がっていた。
ちなみに胴体はタワーブリッジ投げを食らった為に真っ二つに折れている。
倫敦橋は全身から湯気を立てながら右手を差し出す。
間髪入れずにウォルターは事前に用意しておいた蒸しバスタオルを手渡した。(※超有能)
倫敦橋はエメラルドと同等の硬度を持つ謎の金属によって作られた鉄仮面の奥から地面に転がるキカイダー的なデザインの人形に冷たい視線を向ける。
(印度華麗、テキサス山、そしてキン星山。この予言は、どの力士が勝ち上って来ても私を満足させるに足る力士ということか。ならば私の為すべきことはただ一つ、王者としてかくも堅牢なる彼らの壁となって立ちはだかるのみ)
結果としてタワーブリッジ投げ占いは有用であり、無用であった。
倫敦橋が強敵と戦えることには違いなかったのだ。
「ウォルターよ、私は実に無駄な時間を過ごした。この埋め合わせをする為に最大最高のトレーニングしなければならぬ。今からイギリス中のスモーレスラーを集めてくれ。全員、倒す。見事私に勝利した者にはスモーナイトの称号をくれてやろう、とでも伝えておけ」
倫敦橋は仮面を外した後に蒸しタオルで汗を拭き取る。
ウォルターは頭を下げた後すぐに大英帝国相撲協会に連絡を入れた。
程無くして倫敦にイギリス中の強豪スモーレスラーたちが集結した。
倫敦橋は彼らを事も無げに打倒するわけだが、何も得なかったわけではない。
スモーオリンピックの優勝という当然の勝利をより確実にする為のプロセスを通過したのだ。
だがこの時倫敦橋はキン星山という未知数の実力を持った力士を甘く見ていた。
それだけは断言出来よう。
この世に約束された勝利など存在はしないのだ。
修練に費やした時間が、時の運が複雑に絡み合い結果として勝利を呼び込む。
そういった意味では、倫敦橋もまた成長途中の力士に過ぎない。
「海星の、キン星山の一回戦の対戦相手が決まったぞ」
羽織に紋付袴を着た壮年の男が、シャツにジャージという光太郎と同じく生地の厚いトレーナーに膝が補修されたジャージという普段着の英樹親方に大会日程と書かれた用紙を見せながら告げる。
男の名は棚牡丹昌孝、元綿津海部屋の力士であり現在は日本相撲協会の理事代表を務めている(※委員長的な存在)。
彼もまた先代キン星山、海星雷電の弟子に当り羽合庵や英樹とは兄弟弟子関係にある。
性格は冷徹を絵に描いたような男でかなり早い時期から光太郎の実力を見限り、運営員会の役員に迎えることを考えていた。
これは過去に自分が腰痛が原因で引退したという苦い経験をしたことを考えてのことであり、光太郎本人を嫌っているわけではない。
むしろ赤ん坊の頃から光太郎を知っている親心というものだろう。
「むう。タナボタよ、お前がうちの光太郎に応援してくれるのは嬉しいが組み合わせの報告には少し早過ぎはしないか?」
タナボタとは現役時代の四股名”牡丹の海”と本名を文字ってつけられた彼のあだ名である。
タナボタ理事長は依怙贔屓を嫌う清廉潔白な性格の持ち主としても知られていた。
まして身内の光太郎ならば尚更特別扱いはしないだろう。
同席している羽合庵も両腕を組んで黙って聞いていた。
「ワシも公平を期した勝負をしてもらいたいが、今回だけはいかん。相手が悪すぎる。光太郎、悪いことは言わん。敗北即引退宣言は取り消しにしてやるから、今回の大会は危険しろ」
とタナボタ理事が言った後に光太郎たちはしばらく何の事かと考えていた。
そう当の本人でさえ忘れていたがテキサス山との対戦の時に「一回でも負けたら即引退」という言葉を光太郎自身が取り消していないので未だに有効のままになっていたのだ。
タナボタが焦って海星家までやって来た理由の一つでもある。
しかし、万事冷静な美伊東君はこの点に気がついてタナボタ理事にすぐ謝罪した。
続いて羽合庵、海星家の人間も頭を下げる。タナボタは自分の一人相撲であることに気がついて顔を赤くして怒っていたが、他の弟子たちや大神山までもが平身低頭になっていたので普段の様子に戻る。
そして、一堂は再び印度華麗という異国の力士についての話題に興じることになった。
実は印度華麗に関しては光太郎と美伊東は中国のラーメン山とドイツのブロッケン山に次ぐ残虐力士として幾つかの噂を耳にしていたのである。
「タナボタのおっちゃんの言わんとしていることもわかるがのう…。今時の相撲で対戦相手を死の一歩手前まで追い詰める何ていうことをするヤツがおるのかのう…」
光太郎は以前、美伊東が見せてくれた印度華麗と戦って怪我をさせられた力士の画像を思い出していた。
流血状態の顔面はタオルを被せられ、左腕と左腕が見てわかるくらいに捻じ曲げれている姿だったのだ。
縁起でも無い話になってしまうが交通事故に巻き込まれたと説明された方がまだ納得できるという有り様である。
「確かに若の言う通り現行の相撲のルールではあまり歓迎されないような戦いぶりでしたね、印度華麗の戦いは。しかもインドの角界は日本やアメリカ、ヨーロッパから見ても実力的に低いというわけではありませんがおとなしい相撲をしている地域なんですよ。むしろインドの代表に問題児の印度華麗の名前が挙がってくる方が僕にとっては疑問です」
美伊東君は顔の半分くらいの大きさの眼鏡のレンズをキラリと光らせながら印度華麗についての情報を披露した。
印度華麗の事をほとんど知らなかった英樹親方と他の弟子たちは思わず膝を打つ。
逆に印度華麗についてそこそこの知識を持つ光太郎は怯え、大神山と羽合庵は会ったことも無い力士の影に脅威を覚えていた。
そこに普段から美伊東君の相撲に対する勤勉な姿勢を認めていたタナボタ理事は感心しながら、これなら大丈夫だろうと話を続けることにした。
「流石は美伊東君だわい。そこに気がついたか。ワシも公の立場から悪口は言いたくはないのだが、インド角界の幹部たちは印度華麗ならばスモーオリンピックで優勝できると考えて今回の代表に選んだらしいぞ」
(倫敦橋が参加する大会で、優勝を視野に入れた推薦だと⁉)
勝てる勝てないというレベルの話ならばともかく現時点で倫敦橋に確実に勝てる力士など、羽合庵を含めて皆無だろう。
羽合庵は弟子である光太郎の前で好ましくはないと思いつつ、タナボタ理事の会話に入ることにした。
「待て、タナボタよ。流石にスモーオリンピック優勝とは穏やかではないな。何かの取引が働いたのではないか?」
「ひっ‼」
羽合庵にいきなり会話に入ってきたので、タナボタはかなり委縮していた。
実はこの二人は綿津海部屋で修行をしていた時に無鉄砲な若いタナボタは怪我に注意しろと羽合庵から注意を受けていた過去があったのだ。
結果として怪我のせいで引退することになったタナボタとしては今でも羽合庵に頭が上がらない関係となっていた。
「うう…ッ。そういえばアンタもいたんだったな、羽合庵の兄さん。本当にここだけの話にしておきたいのだが実は今回の大会の前にドイツのブロッケン山がソ連の力士と揉めてしまってな。もしかすると東側の力士が大会に参加出来なくなるかもしれんのだよ…」
その場に居合わせた一同の顔に緊張が走る。
当時、世界三大強豪の一人に数えられていた東ドイツの力士ブロッケン山は大会の優勝候補の一人だったからである。
もしも彼が大会参加を棄権するならば最悪大会が中止になる可能性もあった。




