第三十五話 賽は投げられた!!の巻
次回は7月22日に投稿するでごわす!!多分、大丈夫でごわす!!
相撲の原点とは神事である。
その昔、神々の間で争い時にもっとも平和的な手段で解決する為に選んだ手段というものが相撲だった。 また人の世界も神々が相撲をすることによって始まったと伝えられている。
相撲とは土俵の中で二人の戦士が死力を尽くして戦い、生き残った者の意見だけがまかり通るという実に合理的な手段、しかもそれは現代においても変わらなかった。
「テキサス山、海星光太郎。君たちとてこんな茶番がスモーだとは思いたくはないだろう?なぜなら君たちのどちらかは今、生きている、スモーとは古の昔より究極の決闘手段であったはずだからだ。死力を尽くして戦ったのならば戦いの後にどちらかが生きているのはおかしいとそう考えているはずだ」
倫敦橋は鋼鉄の仮面の奥から彼らしからぬ挑発的な視線をテキサス山と海星光太郎に投げかける。
テキサス山は身体についた泥を落としながら、光太郎と倫敦橋を順に睨みつけた。
負けた上に五体満足、さらに負傷の度合から言えば海星光太郎の方がひどい姿になっている。
この時、テキサス山は実の敗北以上の敗北感と劣等感に苛まれていた。
そして、その傷口に塩を刷り込むかのような倫敦橋の登場である。
誰もかれも皆殺しにでもしなければ収まりそうにない。
光太郎も倫敦橋を快く思ってはいなかった。
少なくとも光太郎自身、相撲を争いの旬だとして考えたことはない。
今でもテキサス山と手に手を取って互いの健闘を称えたいとさえ思っていた。
それは己の信念であり、兄たちと父と師と無二の親友から受け継いだものであった。
美伊東君は普段とは違う光太郎の気配に気がつき、すぐに右手を取った。
今の光太郎ならば何かあれば己の危険も顧みずすぐさま立ち向かって行ってしまいそうな危険な気配があったからだ。
光太郎はやはり義理人情に厚い英樹親方の息子なのだ。
倫敦橋の傲慢な発言を許すわけがない。
光太郎は片手で美伊東君を押しのけて、倫敦橋の前に立つ。
倫敦橋は腕を組みながら余裕を持って光太郎の言葉を待った。
しかしそれは全くの偽り。
内心は光太郎を、闘志をむき出しにするテキサス山を必殺のタワーブリッジ投げで胴体を二分したいという欲望を必死で押さえつけていた。
倫敦橋は張子の虎ではない。
幼い頃から生粋の猛者どもが集う我上院部屋でスモーの王となるべく育てられた力士である。
例え世界のスモーの頂点を極めて王者になろうとも、戦いへの渇望は光太郎やテキサス山に引けは取らない。
「サー倫敦橋。あんさんほどの偉大な力士から見ればおいどんの相撲はお遊戯みたいなもんかもしれん。だが、おいどんとテキサス山の試合は紛れもなく矜持よ命を賭けた真剣勝負。それを茶番劇などと貶めたことは取り消してもらおうか!!」
テキサス山は光太郎の言葉を聞いて不敵に笑う。
(お涙頂戴の寸劇の次は、仲良しクラブの友情ごっこだと?くだらねえな)
光太郎の甘ったれた性格に呆れつつも、テキサス山の横顔には嫌悪感を覚えることはない。むしろその逆である。
内心の有り様を強いて言ってしまえば「俺の出番を取りやがって」というところだろう。
「海星光太郎よ。残念ながら、私は自分の意見を曲げるつもりはない。もう一度、言おう。このレベルの茶番劇で満足しているようでは先が知れているというものだ。なぜならば世界には強豪がひしめき合い、君の対戦相手であるテキサス山と同等以上の実力者が存在するからだ。無論この私も含めてね」
鋼鉄の仮面の下で世界最強の力士が笑った。
策士の思惑通り、目の前にいる二人の力士は闘志を燃やしている。
(二人同時に相手をするのも悪くはない。だが、私はそのような小さな戦果を求めてここに来たわけではないのだよ)
そして倫敦橋はようやく土俵の下にまでたどり着いた羽合庵の姿を見る。
そして次に光太郎の隣で分厚いレンズに覆われた大きな眼鏡を光らせている美伊東君の姿を確認することも忘れない。
実際のところ倫敦橋はかなり早い段階で光太郎に協力をしていた”仕掛け人”の存在には既に気がついていた。
流石の倫敦橋も美伊東君のことは知らなかったが、光太郎の父英樹親方を一緒にいるTシャツとジャージ姿の男、伝説のアメリカン力士羽合庵のことは熟知していたのだ。
(その戦いにおいて戦法そのものは海星光太郎のオリジナル。しかしその根底にあるものは間違いなく彼奴の、羽合庵のものだろう…)
倫敦橋は不穏な空気を纏う羽合庵の姿をその目に焼きつける。
羽合庵こそは伝説の力士、海星雷電のもう一つの姿”キン星山”の正統な後継者である。
かつて地上からスモーデビルを、そしてスモーゴッドたちを追い払ったキン星山の弟子ならば”あの男”の行方を知っている可能性があると倫敦橋は考えていたのだ。
「わかりもうした!ならばおいどんは明日にでもあんさんの本拠地であるロンドンにでも行って、相撲勝負をしてやるでごわす!覚悟しんしゃいッ!」
光太郎はまた怪しげな地方言葉を使った。
羽合庵と美伊東君と新たにテキサス山が頭を抱えながら、見当違いな啖呵を切る光太郎を見ている。
しかし、倫敦橋は光太郎に向かって人差し指を突きつける。
よく言えば気風の良い、悪く言えば短絡的な光太郎の性格を倫敦橋は気にってしまったのだ。
それは倫敦橋が長年追いかけている突如として英国スモー界から姿を消してしまった”あの男”の背中を思い出させたからであった。
「ほう!我が故郷、英国まで私に挑戦しに来るとは勇ましさだけは至極好ましいことだな。…だが、パスポートの申請は大丈夫かね?見たところ外国旅行の経験があるとは思えないのだが」
ずずーん。
倫敦橋は軽いジョークのつもりだったが、光太郎と英樹親方は沈痛の面持ちでその言葉を受け止める。
ここ何代かの海星家は万年金欠で海外旅行に行ったことが無かったのだ。
光太郎と英樹の親子は互いを見合わせながら近日中にパスポートを申請することを考える。
倫敦橋はコホンと一つ咳払いをしながら会話の主導権を取り戻す。
テキサス山に至ってはすっかり毒気を抜かれてしまった様相だった。
美伊東君と羽合庵と大神山は顔を赤くしながら観客の反応を見ている。
案の定、光太郎が海外旅行に行ったことがないことが露見して会場内は大爆笑となっている。
「旅行に行ったことが無くて悪かったな!おいどんの実家は母ちゃんが近所のスーパーにパートに行かなければならないほど貧乏なんじゃい!このブルジョワジーなジェントルメンが!」
「よくぞ行った、光太郎!倫敦橋とやら、少しばかり金持ちだからといって調子に乗るではないぞ!」
倫敦橋に向かって食ってかかる海星親子。
会場からはさらなる爆笑が巻き起こる。
こうなってはもう羽合庵と大神山と美伊東君はすぐにでも地面に穴を掘って隠れてしまいたくなるような心境となっていた。
倫敦橋は苦笑しながら主審からマイクを受け取り、音量を全開にしながら会場全体に向かって訴える。
ここからが本題だった。
「だが、海星光太郎。その必要は無い。なぜなら私はかの大会の二回目の開催候補地としてトーキョーの地を推薦することを今ここで決定したからだ!私には第一回スモーオリンピック世界大会の優勝者として権限が与えられているからな。半年後だ!諸君、期待して待ちたまえ!私こと倫敦橋は!今、ここに!第二回スモーオリンピック世界大会を東京の地で開催することを約束しよう!」
倫敦橋がそう宣言すると爆笑の渦は熱狂の坩堝に代わり秋葉原相撲競技場は、圧倒的な熱量に支配されることになった。
光太郎はその中でテキサス山と倫敦橋の勇姿を目に焼きつける。
文字通り、今この時をもって”賽は投げられた”のだ。
決して引き返すことは叶わぬ運命の大河を、光太郎は渡ろうとしていることを予期する。
海星光太郎は、いや新しいキン星山の伝説はここから始まる…。




