第百三十話 猛襲‼スモーデビル三角墓(ピラミッド)‼の巻
なるべく早く続きを書きます。一応、次回は三月十五日くらいで…。
超一流の力士同士による壮絶な張り手合戦が始まった。
(スモーデビルの俺がまともな相撲を取らされているのか。何という皮肉だッ‼)
三角墓はラーメン山の張り手を食らいながら笑った。
どの張り手も一つとして加減されていない必殺の威力を秘めた攻撃だった。
しかし彼は退かない、怯まない、決して目を逸らそうとはしない。
悪の相撲の権化、スモーデビルとしての誇りが彼の精神を支えていた。
ラーメン山は三角墓の張り手の連撃を巧みに捌きながら着実に敵を追い詰めようとする。
先の死闘で精根尽き果て、倒れるのを待つばかりという身の上だったが並みならぬ闘志が彼の両足を支える。
ここで倒れては戦友たちに申しわけが立たぬ。
ブロッケン山の張り手が右頬に当たる。
顔の右側が削がれてもおかしくはない威力である。
だが、ラーメン山はそれを右手で払い、即敵の下顎に張り手をお見舞いする。
(打撃音に力が無い。だが今はこうするしかあるまい)
ラーメン山は心の内で反省する。
思いつきの反撃ゆえに威力は不十分、この技で敵を止めるには至らない。
されど両者の生死を分かつ攻防は続く。
正義と邪悪の相撲、決して交じり合う事がない相反する相撲が互いの存在を賭けて戦った。
「この勝負、ラーメン山の勝ちだな」
発条仕掛けの肉体を持つスモーデビル、サスペンションXが笑った。
目元には焼けつくような涙の跡がある。
「ブロッケン山がいくら強かろうと今のヤツは操り人形と化した死体。ラーメン山に勝てる道理などない」
「おいおい、相棒。中に入っているのは三角墓だぜ。ワンチャンあるかもよ?」
サスペンションXの隣に立つ巨漢のスモーデビル、吉野谷牛太郎は皮肉っぽく笑う。
テキーラの入った瓶を片手に試合を観戦していた。
普段ならば吉野谷牛太郎の不埒な振る舞いにサスペンションXが怒りだす場面だが、今日に限っては止めなかった。
吉野谷牛太郎は目をこすった後、テキーラの瓶に口を当てゆっくりと味わいながら飲む。
”別れの酒”だった。
「珍しく意見が合わないな、吉牛よ。五体満足なら三角墓がラーメン山に負けるはずはない。だがブロッケン山如き老力士の肉体では逆立ちしても勝てぬ。…それが相撲」
サスペンションXは両腕を組み、階下の死闘を見る。
「へいへい。お厳しい事で」
吉牛は呆れた様子でため息をつく。
サスペンションXは三角墓が実力でラーメン山に勝利をする事に拘っているが、土俵の近くまで行って応援したいのが本心だろう。
「やれやれ。俺たち七人が揃うのはいつの日の事やら…」
そして吉野谷牛太郎は襟を正して試合を静観する。
仮に今の試合の決着がついて死者が出たとしても競技中の事故として処理されるだろう。
東ドイツの代表するブロッケン山の死は少なからずとも世界の相撲界に影響を与えるはずだ。
同様にラーメン山も死に物狂いの三角墓を相手に無傷でいられるわけもなく後に当たるであろう倫敦橋もしくはテキサス山との戦いで敗北する事は間違いないだろう。
(待てよ。そうなると倫敦橋の野郎が労せずしてまたスモーオリンピックの覇者になっちまうじゃねえか。それはそれで面倒だな…)
吉野谷牛太郎は”壁”にぶつかって少し考える。
ただでさえカリスマ性の高い倫敦橋の下にスモーデビルの存在を良しとしない力士が集まればそれなりの戦力になるのは確実だろう。
だからといって彼らがスモーデビルの、スモー大元帥を脅かす存在にはなり得ない。
「おいおい。俺がまるで味方に負けて欲しいみたいじゃねえか」
吉野谷牛太郎は子供じみた悪戯を思いつき、口の端を歪める。
彼の行動の原動力は常に強さの追求にあった。
遥か昔、吉野谷牛太郎は偶然スモー大元帥と出会った時に無敵の強さという物が実在する事を知った。
今の今までそれを疑った事は無い。
スモー大元帥の側近たるスモーデビルナイトたちも現時点では吉野谷牛太郎を遥かに凌駕する力士である事も認めよう。
だがしかし、それは世界の底の底を見てしまったようなある種の諦念との出会いだった。
(三角墓、お前には悪いが俺はあの相撲の邪悪の権化、スモー大元帥が負ける姿が見てえのよ。そして、負かした奴を満天下で俺が倒す…)
そう考えるだけで圧倒的な現実に直面し、萎えてしまったはずの野心がメラメラと燃える。
ぱんっ。
不意に吉野谷牛太郎の背中に手が置かれた。
金属を螺旋状に曲げたバネのような腕の先にはグローブをつけた手だった。
「ビックリするじゃねえか、相棒…」
「それ以上は止めておけ、吉牛。俺はお前や他の仲間の為ならいつでも死ぬ覚悟がある。だがスモー大元帥に歯向かう愚か者は殺す…」
サスペンションXの夕闇のように昏く沈んだ殺意を含んだ瞳。
「わかったよ。お前って本当に真面目だね…」
そう言って吉野谷牛太郎はサスペンションXを片手で追い返した。
「お前の性格は十分にわかっているつもりだが、スモー大元帥に逆らうのだけは止めておけ。あの御方とお前の実力差は蟻と象どころではない、天と地以上だ。勝算があるならばまだしも…」
サスペンションXはかつて吉野谷牛太郎がスモー大元帥から制裁を受けた時の事を思い出していた。
事の始まりは”スモー大元帥は本当に強いのか”という他愛ない会話からだった。
稽古の後、吉野谷牛太郎はスモー大元帥に勝負を申し込んだのである。
デビルセブンたちの師匠であるジャンク山と爬虫類は止めようとした。
その場にいたスモーデビルナイトたちもスモー大元帥が相手をするとは思っていなかったのだろう。
「…よかろう」
スモー大元帥はにべもなく答える。
スモーデビルは実力主義の世界とはいえ、頂点の存在に挑むには相応の資格が必要となる。
吉野谷牛太郎は当時から新たなスモーデビルナイト候補生として有力視されていたが下位のスモーデビルにすぎなかった。
「俺、下剋上を狙ってますから」
この辺から周囲の空気に変化が生じた。
「カーカッカッカ!…最近の新弟子は礼儀を知らんなあ」
四本の腕を持つ力士が笑いながら立ち上がる。
次に巨大な高層建築物が動いた。
「フォフォフォ…。先輩の俺たちに挨拶無しかあ?」
スモー大元帥の一番弟子を名乗るスモーデビルナイトの百腕山と新都庁は吉野谷牛太郎の前に立ち塞がろうとする。
しかし、スモー大元帥によって止められた。
「戯れだ。そこでおとなしくしていろ」
スモー大元帥が腕を出すと二人のスモーデビルナイトは即座に頭を下げる。
次の瞬間、大地を蹴って吉野谷牛太郎はスモー大元帥めがけて直進していた。
「いやあ、あの頃は俺も若かった」
吉野谷牛太郎は自慢のアフロヘアを掻く。
その後、スモー大元帥に組みついてからの記憶は残っていない。
サスペンションXたちの話では投げられては起こされ続けたらしい。
スモー大元帥は吉野谷牛太郎が完全に失神した事を確認すると引き上げてしまったらしい。
意識を取り戻した吉野谷牛太郎はジャンク山と爬虫類からさんざん説教を食らって謹慎処分を受けた。
「お前の危惧も分かる。倫敦橋ではスモー大元帥を満足させる事など到底出来ないだろう。スモーデビルナイト、いやそれ以前に俺たちに倒されるのが関の山だ」
「そこだよ、相棒。今の表の力士で俺たちスモーデビルの相手が出来るのは倫敦橋、ラーメン山、ブロッケン山だ。ここでブロッケン山が死んじまったら寂しい展開になるぜ?」
吉野谷牛太郎は身振り手振りを交えて大げさに振る舞った。
相方のわざとらしい姿を見たサスペンションXはため息を吐いた。
「はあ…。山本山の話ではテキサス山というイキの良い力士がいるらしいな」
吉野谷牛太郎は両手を広げて残念そうに首を振った。
「ヤツは駄目だ。ポテンシャルは目を見張る物があるかもしれないがメンタルが弱い。俺が求めているのは雑草みたいにしぶとくて、往生際の悪い力士だ」
吉野谷牛太郎は間の抜けた海星光太郎の姿を思い浮かべる。
「例の”キン星山”の贋物か…。俺はフラの舞の圧勝で終わると思うが」
サスペンションXは一瞬で吉野谷牛太郎の言わんとする事を見抜いた。
つき合いの長さは伊達や酔狂ではない。
「勝つさ。運命は確実にヤツを味方する」
吉野谷牛太郎は血みどろになりながら勝利する光太郎の姿を想像しながら、好戦的な笑みを浮かべる。
(ブロッケン山の死はキン星山がさらに強くなるきっかけとなるだろう。ならば俺が為すべきは悲劇が際立つよう演出する事だけだ)
吉野谷牛太郎はバイザーを下げて再び試合観戦に集中する。
土俵の中は相変わらず混戦の真っただ中だった。
現在、スモーデビル”三角墓”地形を利用してラーメン山を翻弄している。
三角墓は先ほどの乱打戦によって力勝負は不利だという事に気がつくと足を使って正面からのぶつかり合いを徹底的に避けるようになっていた。
「砂漠相撲…、砂嵐張り手‼」
ビュウッ‼
土俵の上に突如として砂塵を含んだ風が吹きつける。
「くっ‼」
ラーメン山は咄嗟に顔をかばってガードを上げた。
スモーデビル三角墓の砂嵐張り手は単なる目くらましの技ではない。
三角墓の血液を吸った砂塵が張り手となって本体と同時に襲いかかる恐るべき必殺技である。
(砂塵が私の目に入れば視力を失ってしまう。だからといって防御に徹すれば…)
ラーメン山は目を庇いながら周囲の気配を探る。かなり近い。
ビョオオッ‼
途方もなく強い風が吹いた次の刹那に全身包帯の力士が突如として出現した。
「ええいっ‼相撲拳法の伝承者とは逃げるしか能がないのか、臆病者め‼」
頭部の包帯が裂けて悪魔が叫ぶ。ラーメン山は両手を使って三角墓の掴みを華麗に叩き落とした。
如何なる挑発も今のラーメン山には通じない。
「底が見えたな、スモーデビルとやら。お前の砂を操る技は二つ同時に使う事は出来ない」
バサササッ。
力を失った砂塵が土俵の上に降り注いだ。
「チッ‼」
三角墓は全身に砂を纏って後退する。
この状態で追いかけて来るならば地下の砂地獄に引きずり込むという罠である。
しかし、ラーメン山は逃げる三角墓に向かって人差し指を振ってほくそ笑む。
(あれは擬態だ。下手に追撃すれば命を失うのは私の方だろう)
ズキリ。
先ほどブロッケン山との戦いで負った傷が疼く。
このまま試合が続けば不死身のラーメン山であろうと死ぬかもしれない。
「どうした?傷が痛むのか、ラーメン山よ。ここまで戦ったのだ。逃げても誰も責めはしないだろう…今すぐ降参しろ。命だけは助けてやる」
何とも甘美な悪魔の誘惑。
だがスモーデビルの囁きはラーメン山の闘志に火を注ぐ結果となった。
ダンッ‼
ラーメン山は左脚を地面に叩きつけた。
相撲拳法を極めた力士の四股は土俵を、会場全体を大きく震わせる。
「貴様、これ以上私の戦友を侮辱する事は許さんぞ‼」
「戦友だと?それは応援席にいる連中の事か?それとも死んだブロッケン山の事か?」
ラーメン山は歯を食いしばり、逆に三角墓に組みつく。
三角墓は”我が意を得た”とばかりに組合いに応じる。
「両方だ。私は自分の命など、土俵に入った時に捨てたッ‼ブロッケン山も、私の仲間たちもそれは同じ‼」
「一人で歯何も出来ない弱卒が、ぬかしおるわ‼」
三角墓はブロッケン山の腕に巻いてある包帯を倍の量まで増やす。
(筋量で圧倒し、技巧で投げ殺すッ‼スモーデビルの真骨頂よ‼)
三角墓はラーメン山の体を引き寄せ、足を引っ掛ける。
ラーメン山は足腰の力のバランスを崩されて投げられる、はずだった。
ラーメン山は踏ん張って堪える。普段のポーカーフェイスではなく赤ら顔で必死に三角墓の攻めに力だけで耐えていた。
「お前の力と技は認めよう。だが心が足りてはいない。相撲における真の力とは心、心の伴わぬ力など恐れるに足らぬッ‼」
ラーメン山は三角墓と同時に刈り足を放った。
ガンッ‼
同程度の威力ゆえに二人の蹴り足は止まってしまった。
ガンッ‼ガンッ‼ガン…ッ‼
そのまま幾度となく双方は互いの足を蹴り合った。
(このままでは埒が明かぬ。腕を取って投げさせてもらうぞ)
三角墓はラーメン山の腕と肩を掴んで投げようとした。
「勝負を捨てたか、スモーデビルよ。もしも今の相手がブロッケン山ならば勝負から逃げるような真似はしなかった」
ガインッ‼
ラーメン山はブロッケン山の軸足である左脚を蹴り抜いた。
支えの根本を失ったブロッケン山は大きく横に崩れる。
されど敵もさるもの引っ搔くものか、三角墓(ピラミッドは残った右足をラーメン山の左脚に引っかけて土俵に残ろうとした。
「スモーデビルはタダでは死なぬぅぅッッ‼‼」
三角墓は倒れる事を良しとです、強引に蛙がけに持ち込んだ。
「ブロッケン山よ‼お前の得意技を使わせてもらうぞ‼」
ラーメン山は体内で”気”を爆発させて三角墓の手足を振り解いた。
そしてバランスを失った三角墓の背後に回り込み、胴に手を回す。
「弱卒の意地を思い知れ‼邪悪萬崇風烈玖珠ッッ‼」
ラーメン山は背を反らして後方に三角墓を投げた。




