第百八話 不死鳥の如く…ッ‼の巻
更新が遅れてすいません。次回は八月十八日に更新したいと思います。
「フラの舞のパワーはタイガー、スピードはファルコン。実に言い得て妙といわざるを得ない表現だな。どちらも融通というものが利かない」
羽合庵は自虐的に笑う。
最高の資質を持ち合わせていながら光太郎に出会うまで、今の今までフラの舞はそんな事にも気がつく事さえ出来なかったのだ。
自分の欠点に気づく事無く、見当違いなトレーニングを繰り返す。
(ただ単に強いということは何と不自由な事か…)と羽合庵は己の若き日を思い出しながら土俵の中で足掻き続ける光太郎とフラの舞の姿を見つめる。
一方、光太郎はフラの舞と自分の立ち位置に警戒しながら攻防を繰り広げていた。
当初の目標通りに光太郎の守勢一方となれば動きやすくなるのだが、今のフラの舞は拙攻に奔走せずある程度の距離を置いて戦っている。
光太郎はこの時、ハワイ島の王者とこれまで底辺に甘んじてきた力士の違いであることを思い知らされていた。
だからといって負けてやるつもりなど毛頭ない。
その一方で敵もさるもの、フラの舞はラーメン山の助言を守りながら戦いを粛々と進める。
本心を語れば、光太郎のまわしを取って場外まで押し出すという力技で試合に幕を落としたい。
力、技ではフラの舞は光太郎の遥か上を行く存在だったが心の勝負となれば些か心許ないのもまた事実。
ラーメン山から助言を受ける前、フラの舞は光太郎の戦歴を調べたが底辺も底辺という散々たるものだった。
実際に試合会場まで足を運んだ理由を言えば、印度華麗との戦いで負け越している悔しがっている姿を見て嘲笑う為だった。
だが蓋を開けてみれば光太郎は印度華麗の実力に惑わされること無く立ち向かい、自分本来の相撲をとってこれを討ち果たした。
温室育ちの自分には絶対に出来ない事だ、と今のフラの舞は考える。
ゆえに己の器を弁えた王者に油断の敗北などない。
ばんっ!
光太郎はまわしの左側に伸びてきたフラの舞の手を叩き落とす。
体力の限界が近づいている為に以前のような切れがない。
光太郎は軸足を捻って何とかフラの舞の正面に立たぬよう位置を調整しようとするが間に合わない。
その隙をのが逃がさんとフラの舞が一気に間近まで迫る。
ずんっ!
食らえば意識ごと吹き飛びそうなフラの舞の頭突きが光太郎の顔面に突き刺さった。
そのままフラの舞の両手は光太郎のまわしを抑え込み、地面に固定する。
光太郎は無意識のうちにフラの舞のまわしをとって何とか食い下がる。
そして、残る余力の全てを使って土俵の中に残った。
じりじりとフラの舞はまわしを掴む力と身体を押す力をさらに加えて光太郎を追い詰めようとする。
諸葛亮は顔面蒼白になって己の提案を悔やんだ。
これは戦いではない、もはや一方的な狩りだとさえ思う。
「羽合庵殿、そろそろ白旗を上げては…。あのままではキン星山殿がフラの舞殿に殺されてしまう…」
わずかな時間を過ごした間柄とはいえ、諸葛亮は光太郎に親愛の情を覚えていた。
今の二人の戦いを見る限りでは光太郎が勝つ要素など既に存在しない。
この耐え忍び難き光景を前にして諸葛亮は涙さえ流す。
しかし光太郎の師匠である羽合庵は些かの動揺を見せることはない。
力士であった者たちにしかわかり得ない一縷の望みがそこにあった。
光太郎と一心同体の存在である美伊東君も固唾を飲んで見守る。
「落ち着け、諸葛孔明。光太郎はあの程度で音を上げるような鍛え方はしていない。それにあの形こそがお前の望む最良のシチュエーションではないのか?」
ぐっ!
さらに光太郎は土俵際に押し込まれる。
普段のだらしないお坊ちゃん顔の光太郎はそこにはいない。
命を懸けた勝負に全てを賭ける赤ら顔の力士の姿があった。
対してフラの舞も魂さえ燃やし尽くし全身全霊で光太郎を追い詰める。
両者の戦歴も、積み重ねた栄光も関係無い。
今この時の為だけに全てを使い尽くそうとしていた。
光太郎は朦朧とした意識の中で最後の手段に出る事を決めた。
「ふむ。甲乙つけがたい戦いだな。仮にこのどちらかが勝利するのか、と尋ねれば君はどちらの力士を推薦するかね、美伊東君?」
「貴方も人が悪いですね、羽合庵。もちろん、キン星山。若ですよ」
美伊東君は自虐的に微笑み、事態の推移を見守る。
羽合庵は両腕を組みながら、まるで他人事のように観戦する。
一度、天の采配に全てを委ねてしまえばこんなものなのかもしれない。
逆に諸葛亮たちは相変わらず愕然とした表情で光太郎の必死に耐える姿を見続けるしか無かった。
「フラの舞どん、あんさんは強かった…。今の今まではおいどんの戦った相手の中では最強の力士だった」
”火”が生まれる。
人が手にした”原初の炎”にも似た優しく、雄々しい光を放つ”火”だった。
始まりのキン星山が消滅の間際の綿津海から授かった”火”は敵に立ち向かう為の代物ではない。
人と人を相撲という競技で繋ぐ為のものだった。
いつしかキン星山を名乗る力士たちはこれが戦いに利用される事を恐れ、禁忌の技として封印することにした。
「ぬうっ‼まさか、おまえが先にこれを使ってくるとは…ッ‼いいだろう、存分に使え。そして俺に敗れるがいい…。さあ、見せてみろウミホシ・コウタロウ。お前の”崖っぷちのど根性”を‼」
光太郎の最後の全力も、フラの舞にとっては想定内の力だった。
所詮、”崖っぷちのど根性”も数多く存在するキン星山の技の一つにすぎない。
基本的な身体能力において天地ほどの差があるキン星山とフラの舞では、血統因子に多少の差異はあれども基礎の部分で勝っているフラの舞に勝てはしない。
だが、敗北は運命なのかもしれない。
だが、決して及ばぬ相手なのかもしれない。
だが、光太郎は決して諦めなかった。
ここだけは譲れない。譲るわけにはいかない。
いつしか光太郎の悔し涙は血が混じり、赤い血涙となる。
これが最後の戦いとなろうとも悔いは無い。
勝利だけを求める魂の叫びが、圧倒的な敗北を退けようと虚しく響く。
「うおおおおおおおおおッッ‼」
踵を上げて、つま先を立てる。
勝利を諦めない、敗北を受け入れない。
かつてない激情が光太郎の身を支える。
他者のもたらした要因など最早関係無い。一心不乱に勝利を求める。
光太郎は歯が折れるほど食いしばり、全身から集めた力を使ってフラの舞の身体を押し返そうとする。血涙に止まらず、鼻と耳と口からも血を噴き出しながらフラの舞に迫った。
「あれが奥の手ですか…、何とも恐ろしい」
諸葛亮は刮目して光太郎の死力を尽くした抵抗を見届ける。
光太郎の反撃を受け、フラの舞は少しずつだが後退している。
だが二人の立ち位置には変化が現れていないのもまた事実。
今光太郎が秘策を使ってこの状況を脱したとしてもフラの舞の優勢は一向に変わらないのだ。
そうこうしている間にフラの舞の右脚が地面を離れ、半歩だけ後退する。
相撲の駆け引きを知らぬ諸葛瑾と魯粛は歓声を上げ、凌統と甘寧は悔しそうな顔で土俵上の二人の姿を見る。
敵方では張昭とカナダ山、スペシャル山らが勝利が未だにフラの舞の掌の中にあることに気がついていた。
「カナダ山よ、お主どう思う?キン星山という男の戦い方、あれはわざとなのかという話なのだが」
張昭はやや白くなった太い眉をひそめながら光太郎の背中を見つめる。
彼の見立てではキン星山という男は不器用を絵に描いたような男で、この土壇場で絡め手を使うような性格とは思わなかった。
カナダ山は難しい顔で即答する。
この男も力士であるがゆえに光太郎の土俵際に追い込まれた時の心境に共感しているのだ。
「張昭の叔父貴には理解できねえだろうが(※いつの間にかこちらの世界の人間になりきっている)、力士っていう生き物は土俵際に追い込まれると化けちまうのさ。ああなっちまうともう勝敗の打算なんで関係ねえ。胸に色んな思いを抱えて前に出るしかないってな」
カナダ山は決死の覚悟にも関わらず敗北した己の姿を今の光太郎に重ねる。
彼が負けた時には栄えある敗者として思い切り褒めてやろうとさえ考えていた。
逆にスペシャル山は以前に親友テキサス山との練習試合で土俵際に追い込んだはずのテキサス山に逆転負けした苦い記憶を思い出す。
結局は彼の詰めの甘さが導き出した結果にすぎないが、フラの舞が二の轍を踏まないとは断言できない。
「カナダ山、僕はそうは思わないよ。キン星山が必死の抵抗を演じているという点においては同意するけど、考えも無しにフラの舞に負けてくれるとは思わない。多分、キン星山はフラの舞が仕掛けてくるのを待っているんだ」
スペシャル山は自分の言葉に戦慄し、拳を握り締める。
荒唐無稽な発言である事は承知している。
だが今の二人を取り巻く状況は何かが違っていた。
キン星山という力士の話は帰国したテキサス山から聞かされている。
無論テキサス山は敗北を喫し冷静ではない心境だったことには違いないが、それでもフラの舞の奥の手を知らないとは思えない。
フラの舞はキン星山の身体を前に倒そうとして力を込めるが、”崖っぷちのど根性”を発動させた光太郎はギリギリの状態で耐えている。
光太郎の汗から熱が失われ、気勢にも陰りが見えているはずなのに今のスペシャル山にはどうしてもフラの舞がこのまま圧勝する姿が見えてこなかったのだ。
「くだらん。低レベルすぎて試合を観戦する気にもならん。吉牛のヤツ、一体どういうつもりだ」
場所は変わって現代の競技会場に戻る。
スモーオリンピックの関係者だけが使用することを許される観戦用の個室では行方をくらました三角墓を探しに行ったきり戻って来ない吉野谷牛太郎に化けた暗黒洞が肘掛けつきの椅子に座っていた。
三国志によく似た異世界での光太郎とフラの舞の戦いは、全て会場中央に設置された巨大なスクリーンに映し出されている。
人工砂浜のキン星山側の応援席にいる光太郎の父、英樹親方とタナボタ理事は光太郎が窮地に立たされる度に気絶していた。
暗黒洞は早くも秘技”崖っぷちのど根性”を解放した光太郎の下策を毒づいた。
「今のキン星山の”崖っぷちのど根性”とはあの程度の力か。これでは俺たちスモーデビルが復活すれば全滅は免れないだろうな」
そう言ってから暗黒洞はヒリヒリと痛む右腕に気を取られる。
(海星雷電…。貴様の面とこの傷の痛み、そして大西洋の無念を忘れはせんぞ)
そして小声で光太郎の祖父雷電への呪詛を綴る。
暗黒洞は、スモーデビルセブンのリーダー吉野谷牛太郎の指示が無ければ会場に赴いてキン星山の血を引く二人を抹殺するつもりだった。
そして暗黒洞は再度、右手を握り締めて猛る心を鎮める。
もしも彼にキン星山と再戦する機会が巡って来るとすればそれは今ではない。
十全の力を得たキン星山を血祭りにあげることが、スモーデビル復活の狼煙に相応しい。
そして舞台は再び、光太郎とフラの舞がせめぎ合う異界の土俵に戻る。
「ぬう…ッ‼これがお前の”崖っぷちのど根性”か…。だとすれば拍子抜けというヤツだな。おい、キン星山。お前はこのまま俺に本気を出させないつもりか?」
フラの舞は光太郎のまわしを掴んでから引き寄せる。
背骨が折れるほど強引に締めてしまえば、やがて抵抗する力を失ってしまうだろう。
”崖っぷちのど根性”はあくまで瞬発力を高める為の技巧であることを知っているフラの舞ならではの戦法だった。
光太郎は目を見開き、枯渇寸前の底力を引き出す。
目の前のフラの舞さえ倒すことが出来れば、相撲を二度と出来なくなってもいい。
全てを越えた覚悟の極みとも言うべきものが、光太郎にさらなる力を与えた。
「おいどんの”崖っぷちのど根性”はこれからでごわすよ、フラの舞どん‼あんさんこそそろそろ白旗の用意をした方が良いのではないでごわすか?」
みり…っ‼
フラの舞は不敵に笑いながら両腕の力をさらに強める。
口で答える代わりに光太郎の背骨と肋骨を砕いて証明してやるつもりだった。
だがそれをきっかけに光太郎はフラの舞の拘束を逃れようと血を噴き出しながら全身の力を両腕にのみ集める。
思えばそれは光太郎の苦し紛れに生まれたものに過ぎない稚拙な抵抗にすぎない。
だがそれは紛れも無く光太郎が苦心の末に生み出した新たなるキン星山の技だった。
光太郎の両腕が熱で膨れ上がり、フラの舞の拘束を内側から破ろうとする。
フラの舞は前に重量をかけて光太郎の身体を上から押し潰そうともするが間に合わない。
光太郎は突出した腕の力だけでフラの舞の身体を持ち上げようとしていた。
「キン星山。お前という男は…ッ‼ここに来て、まだ俺に勝つつもりだったのか‼」
フラの舞は地面から足を放すまいとするが、光太郎の力がそれを上回り自由を奪う。
フラの舞は舌打ちをした後、光太郎のまわしから手を外して中央に逃れる。
盲点だった。
”崖っぷちのど根性”とは全身の身体能力を向上させる技法だという先入観が、光太郎に反撃を許す結果となってしまったのだ。
フラの舞は己の失策を自虐的に笑った。
光太郎の左腕はダラリと下がり一時的に動かす事が出来なくなってしまった。
しかし光太郎は使えなくなった左腕を庇いながらゆっくりと土俵中央に向かって歩を進める。
「…左腕を失っても、まだおいどんには右腕が残っているでごわすよ。フラの舞どん…」
光太郎はニヤリと笑いながらフラの舞を見据える。
最早、負けてやるつもりなど毛頭無かった。
この新たなる力でフラの舞から一勝をもぎ取るつもりだった。
しかしハワイの王者フラの舞の実力もまた底知れず、両腕を大きく開いて肉体の中に温存していた”崖っぷちのど根性”を起動させるッ‼
「面白い。ではその残った右腕を折って、この戦いを終わらせてやろう。…キン星山ッッ‼」




