第九十一話 奥義を超える奥義‼の巻
すいません。考えすぎて二日ほど更新が遅れてしまいました。
次回は五月17日に更新したいと思います。
激闘から二日後。
突然の話になるが、光太郎のキン星バスター投げ対策が完成した。
結論から言うと光太郎が現時点ではキン星バスター投げを使いこなす事が出来ないという事が要因となった。
だがそれが逆にキン星バスター投げ対策の完成は別の問題を生み出す結果となる。
美伊東君は眼鏡の奥にある瞳を輝かせながら断言した。
「結論から言いましょう、若。僕の考えではキン星バスター投げは未完成の必殺技です」
光太郎は汗で水漬けになってしまったシャツを脱ぎ、身体をタオルで拭いていた。
普段なら素っ頓狂な声を上げて驚く場面だが今は素直に美伊東君の言葉を受け入れている。
光太郎の足元には相手力士と同程度の重量の底が破れたサンドバックが転がっている。
構想からわずか数時間の間で対策を完成させた証拠でもあった。
「おいどんも同じ気持ちでごわすよ、美伊東君。あの返し技が存在する限り、キン星バスター投げは実戦では通用しない技でごわす。おいどんが思うに欠点はフラの舞も気がついているでごわすよ」
二人の見つけたキン星バスター投げの欠点とは上昇中に力が不安定になってしまうというものだった。
キン星バスター投げとは相手を逆さに持ち上げ、そこから首と肩と脚を極めた状態で空中に飛び上がり着地した時に前述の関節の部位を破壊する技である。
ただでさえ重たい力士を持ち上げるだけでも大変だというのに、全身を固定した状態で飛び上がるのだから技を仕掛ける側にも相当の負担を強いてしまうのだった。
例えば技をかける対象が光太郎と美伊東君ほどの体重差があったとしても飛び上がっている最中に全力で抵抗されると技の最中に脱出される危険があった。
この辺りは光太郎と美伊東君は検証する為に何度か試している。
「フラの舞が規格外の怪力の持ち主だったとしても、若が首を抜いてしまえば両腕が自由になって…」
光太郎は一人で先の特訓を再現する。
その場でジャンプしてから首と肩による関節技を解除して先に地面に降りる。
そして今度は敵が光太郎にキン星バスター投げを受けることになっていた。
羽合庵はその光景を一瞬たりとも見逃すことは無かった。
かつてワイキキの浜と羽合庵と同じ場所に光太郎と美伊東君が辿り着いてしまったのだ。
(おそらくはフラの舞も、あのラーメン山も同じ結論に達したはずだ…。奴らはこの短期間で必ず私とワイキキの浜が完成させたキン星バスター投げをさらに進化させてくるはず)
「名付けて”キン星バスター投げ返し”…ってまんまやないかいっ!というツッコミが欲しいでごわすな」
羽合庵はシャツを脱ぎ捨て、ジャージのズボンの裾を捲る。
そして腰を落として光太郎を呼びつけた。
光太郎も、羽合庵の仕上げの稽古が始まる事を察して休憩時間を過ごしていたのだ。
美伊東君は羽合庵に向かって頭を下げ、土俵の外に出た。
羽合庵は咳払いをしてから準備万端となった光太郎を見据える。
若き日の英樹、在りし日の雷電によく似た真っ直ぐな眼差しだった。
「光太郎。これから私がお前に教える技は、”お前の”キン星バスター投げを完成させるにあたって重要なものとなるだろう。ここから先はいつも通り、ロジック抜きの実戦形式の稽古を行う。命を捨てる覚悟は出来たか⁉」
光太郎もまた羽合庵に合わせて低い位置に構える。
じゅわっ…、背中の汗が一瞬で蒸発してしまった。
「モチのロンでごわす‼羽合庵師匠…ッ‼」
光太郎は答えると同時に羽合庵に向かって直進する。
相撲の定石もクソもない玉砕覚悟の突進だった。
だが、今の羽合庵にとっては光太郎の向こう見ずな態度が何よりも頼もしかった。
これから彼が戦う敵は、至高の資質と才能を持ったフラの舞と熟練の技術と知識を備えたラーメン山である。
正攻法で太刀打ちできる相手ではない。
羽合庵は空気を大きく吸い込んで体内に取り込み、これから光太郎に伝える技の下準備をした。
そして弾丸と化した光太郎の肉体を両手で受け止める。
どんっ‼
数秒後、土俵から土煙が上がり勝敗分かつ軍配が上がる。
羽合庵は全身から煙を吹き上げ仁王立ち、光太郎は地面に横倒しにされていた。
「し、師匠…。今の技は一体?」
「この技に名前は無い。お前の祖父、海星雷電師匠から受け継いだ魂の技とでも言うべきか。…ぐおッ⁉」
羽合庵は左胸を抑えながら屈みこんでしまった。
光太郎と美伊東君は羽合庵のもとに向かう。
羽合庵は全身かた汗を流し、苦悶の表情を浮かべていた。
「羽合庵師匠ッッ‼」
「羽合庵ッ‼しっかりしてください‼」
羽合庵は”心配ない”と左手を突き出した。
やがて心臓と血流が収まってきた頃を見計らって立ち上がる。
羽合庵の傍らに立っている光太郎と美伊東君は今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。
(おそらく生前の雷電師匠が命がけの必殺技を私に伝授しようとした時、私も今の光太郎や美伊東君のような顔をしていたのだろうな…)
羽合庵は当時の情けない己の醜態を思い出しながら苦笑してしまった。
己にはまだ為すべきことがあるのだと再確認させられる、と羽合庵はそう考えるだけで体の内側から力がこみあげてきた。
「心配するな。光太郎、美伊東君、私は大丈夫だ。この技は本来、海星家の人間しか使えない技を普通の人間でも使えるよう一時的に肉体を強化する技だ。欠点はご覧の通り、心臓に多大な負荷を与えてしまう…」
キン星山の奥義の一つ、”燃える炎のど根性”とは海星家の祖先”綿津海”の直系の子孫だけが使う技である。
羽合庵は黙っていたが今までの死闘の中で光太郎が危うい勝利を手にしてきたのは光太郎自身の成長と内なる力の目覚めにあると考えている。
しかし、綿津海の子孫である雷電とて完全に”燃える炎のど根性”を制御できたわけではない。
戦いの中で幾度も死に瀕するほどの怪我を負ったこともあった。
(この技とて、その時が来れば雷電師匠に代わって私がキン星山として戦う為に編み出した技だ。死の影がつきまとう為に英樹には教える事が出来なかった。その判断に間違いがあったとは思わぬ。だが、光太郎ならば或いは…)
羽合庵は光太郎と美伊東君に向かって無名の奥義を継承するか否かを尋ねた。
「光太郎。我が生涯を賭けた奥義、受け継いでくれるか?」
「…羽合庵師匠、よくぞ言うてくれました‼…ごっつあんです‼」
かくして光太郎は二回戦開始までの数時間を使って羽合庵の奥義を継承する為に使った。
修行の途中、何度か倒れる事もあったがその度に立ち上がり羽合庵へと向かって行く。
そしてついに…。
「これで最後だ。光太郎ッッ‼」
羽合庵は連勝ストッパーの構えに移行してから突撃をする。
対して光太郎は両手を開けて羽合庵の攻撃を受け止めようとした。
防御に特化した”連勝ストッパーの構え”を攻撃に転じる荒業をどういなすか、光太郎の力と技が試される局面である。
(体の芯を限界まで熱して爆発させる感覚…)
その時、光太郎は最初に羽合庵が見せた奥義を受けた時の感覚を思い出していた。
胸の奥から熱が伝わり、やがて五体が灼熱の炎と化した。
しかし、これでも足りない。
あの時の羽合庵はたしかに炎を焼き尽くす”何か”と為っていたのだ。
いやこれでもまだ違う。
むしろあの時の羽合庵の精神は吉野谷牛太郎の放った禍々しい闘気に近いものがあったはずだ。
光太郎は己の内面に問いかける、果たして力の根源とは如何に。
その時何者かの言葉が光太郎の頭の中に語りかける。
「力を否定するな、ポセイドン山よ。スモーゴッドの力は恐ろしいものかもしれんが、お前自身が御してやらねば荒れ狂うだけだぞ」
その力士の顔は太陽にも似た輝きに包まれ、確認する事は叶わなかったがはっきりと覚えのある声だった。
そして、もう一人の力士はニッコリと笑いながら兄の言葉を受け止める。
これが最後の兄弟稽古だということを、二柱のスモーゴッドたちは知らない。
「はい、わかりました。ゼウス山兄さん」
二人の力士は再び、土俵の中央でぶつかり合った。
彼らの切磋琢磨する姿をもう一人の力士が見つめている。
その時、光太郎は羽合庵の奥義の本質を理解した。
羽合庵は激情に身を任せ奥義を使っていたのではない。
己の内部で荒れ狂う力の源は、強さへの渇望。
即ち己と他者のつながりを深める為のもの。
次の瞬間、光太郎の意識は現世に帰還する。
「おいどんは‼おいどんの為のみならず相撲に関わる全ての人の為に使うでごわすッッ‼‼」
光太郎は裂帛の気合と共に羽合庵の両腕を掴んだ。
羽合庵は”連勝ストッパーの構え”を解かれまいと左右の腕を使って全力で抵抗する。
その時、光太郎は羽合庵の両脚に込められた力が綻んでいる事に気がついた。
光太郎は羽合庵の両腕から手を放し、腰を抑え込みに行った。
羽合庵は光太郎の予想外の行動に対しても冷静に対処する。
再度、連勝ストッパーの構えを取って後方に逃げ切るつもりだった。
しかし、羽合庵は飛び退る途中で仕掛けられた罠が一つではないことに気がついていた。
今や光太郎は”へのへのもへじ投げ”を完全に己のものとし、羽合庵の退路を作ることで、退路を断つ作戦を進めていたのである。
「見事だ、光太郎。…ついに私を超えたな」
光太郎は羽合庵が自分から土俵際まで後退することを待っていたのだ。
羽合庵は土俵の内外を隔てる綱に足の裏をつけた時に苦笑する。
今の羽合庵には防御を回避のどちらも使うことが出来ない。
光太郎は一気に羽合庵との距離を詰め、正面から捕縛した。
「師匠。これがおいどんが師匠から受け継いだ魂の奥義でごわす。お覚悟を…ッ‼」
光太郎は羽合庵の身体を持ち上げ、背中側に向かって投げ飛ばした。
技の形はフロントスープレックスのそれに近いが投げた後の形は別物だった。
光太郎は羽合庵の腰ではなく、両足を抱えている。
前から頭蓋を叩きつけられた羽合庵は口の端を歪めながら光太郎に新たな奥義について尋ねることにした。
「私としたことが、うっかり受け身を取り忘れてしまったよ。それにしても投げる直前に力の強弱を調節するとはやってくれたな、光太郎。この技の名前はどうするつもりだ?」
「この技はええと、”鯉の滝登り投げ”というのはどうでごわすか⁉」
「ふむ。悪くはないな。お前にしては上出来だ」
羽合庵は何度か首を捻って体の調子を確かめる。
一方、光太郎は投げの勢いが強すぎてブリッジの状態から元に戻らなくなってしまっていた。




