第八十三話 天衣無縫の龍、降り立つ!の巻
毎度本当に遅れてすいません。次回は四月七日に投稿する予定です。
ホータイ・マキマキはその名の通り全身を包帯で巻き巻きしている。
欧州では名の知れたスモードクターだが、彼のルックスについては衛生面で正しい行いかどうかは本人しかわからない。
マキマキはブロッケン山の手、腹、足を順に指さす。
それらは全てブロッケン山が試合の度に傷を負い、やがては故障させてしまった箇所である。
相撲の試合とは常に死と隣り合わせの戦場であり、一度土俵に入ったからには生きて戻って来られる保証は無い。
そして今も数十か所の古傷がブロッケン山の肉体を苛んでいる。ブロッケン山は不敵に笑った。
「そいつは今さらってヤツだぜ、博士。俺は東ドイツの国旗を背負って戦う力士だ。例え試合中に傷が開いても最後の最後まで戦い続ける。今日戦った雷帝だって同じ気持ちだったさ」
「そこまでの覚悟があるなら私は何も言うまい。だが相手はあのラーメン山だぞ。本当にそれでいいのか?」
ブロッケン山はラーメン山が中国代表となる以前から注目していた。
今から十数年前に中国相撲界に現れ綺羅星のような活躍を続ける力士、四千年の歴史を持つ相撲拳法の正統継承者それが美功頭麗威(※綴りを変えさせもらった)ラーメン山だった。
世界が東と西に分かれて争っている状況だったので未だに戦った事は無かったが、かの西側の世界絶対王者倫敦橋といえども容易に勝利出来る相手ではない。
「おいおい、先生よ。今回の俺は引退を賭けて戦っているんだぜ?二度目の不始末はあり得ねえよ」
ラーメン山との対戦は二度目だった。
一度目は中国と東ドイツの交流試合。
その予定は無かったが、当日行われた団体戦で東ドイツ勢が中国の相撲拳法に悉く敗北し控え選手だったブロッケン山はラーメン山と対戦した。
結果は引き分け。
中国と東ドイツの不仲は西側の一歩的な利益になる、という政治的な判断から再戦は見送られた。
だが敗北だったと思っている。
四十数年の相撲人生において唯一の完敗だとブロッケン山は感じていた。
「悪い事は言わない。この古代エジプトの秘宝(※ほぼ身バレ)によって作られたトトメス・ザ・グレート・ストロングバンテージを使うのだ。この包帯を全身に巻いて戦えばお主は全盛期の力を取り戻し、ラーメン山に圧勝する事が出来るだろう(その後はスモーデビルになるがな。巻き巻き)」
ホータイ・マキマキは白衣のポケットから包帯を取り出した。
外見は新品だが、ひとまとめに巻かれた包帯からは異様なオーラが漂っていた。
どう考えても眉唾物の話だが効力に偽りは無いのだろう。
(この包帯を巻けば試合に勝てる。それは理解できる。だが俺が光太郎と鈴赤と美伊東君に伝えたいのはそういう事じゃねえんだ)
ブロッケン山はホータイ・マキマキに包帯を返した。
「要らねえよ。俺は今が絶好調なんだ。今のボロボロに傷ついて明日死ぬかもしれない身体だからこそ、ラーメン山に勝てる。虎は手負いが一番恐ろしいってな」
「ブロッケン山よ。老人からの最後の説教だと思って聞け。今回のスモーオリンピックは最初から破綻している。呪われているのじゃよ。世界各国の首脳たちは祖国の為に命を賭けて戦う力士たちを盤上の駒くらいにしか考えておるまい。お前だけが律義にルールを守ってどうする?…お前が負ければ鈴赤はどうなる。下手をすればブロッケン山、お前さんと同じ運命をたどる事になるかもしれん」
ブロッケン山は思わず息を飲んだ。
決して失念していたというわけではない。
しかし試合に集中する為、その後の母国の対応については考えないようにしていたのも事実だった。
ブロッケン山は幼くして両親を失い、施設に引き取られてからは国の為に力士として戦ってきた。
無論、半生は恨み言だけではない。
愛と慈しみが深い師匠との出会い、世界の強豪たちとの交流があった。
しかしその過程においても常に祖国の影があった。
八百長試合を命じられた事も一度や二度では済まされない。
相撲は見世物ではない、と何度自分に言い聞かせた事か。
仮に自分が志半ばにして倒れることになれば、鈴赤もまた父親と同様に祖国の為に戦う力士にされてしまうだろう。
ブロッケン山は雷帝の最後を思い出し、奥歯を噛み締める。
最後を迎えた雷帝は次代のロシア力士たちの礎となったのだ。”我に続く者は相撲に身命を捧げろ”と。間違ってはいない。
ロシアの相撲界は雷帝の意志を引き継ぎ、さらに繁栄することだろう。
だが鈴赤には自分の意志で相撲をとって欲しいという気持ちがある。
祖国が滅びても、祖国の誇りを失わない力士になってもらいたい。
どこまでも過去を引きずっているブロッケン山には成し得なかった事だ。
「アイツは俺と違って真面目だからな。俺の背中を追いかけて相撲軍人になっちまうだろう。だが、アイツが追いかけるのは祖国の道具になったブロッケン山じゃねえ。世界最強の力士、ブロッケン山だ」
その時、ブロッケン山は自分自身の発言に驚いていた。
長い相撲人生で”世界最強の力士”という言葉を発したのは今が初めてかもしれない。
(世界最強。悪くはない響きだ)
ブロッケン山の体に自然と熱が入る。
しかしマキマキはブロッケン山の姿を忌々しそうに見つめていた。
(ブロッケン山め、今さら怖気づいたとでも言うのか…。貴様にとってはこれが最後のチャンスだぞ)
謎のスモードクター、ホータイ・マキマキの真意は謎に包まれていたがブロッケン山の健康状態に関しては真実だけを伝えていた。
そう遠くない未来、ブロッケン山の相撲人生は終わりを迎えてしまうのだ。
「そこまでの覚悟か。古い知人を訪ねて日本に渡り、お前に何があったのかは知らぬ。だがこれだけは行っておくぞ。次のラーメン山との戦いがブロッケン山お前にとっての最後の試合だ」
「わかってるさ。自分の体に何が起こっているかくらいは…。悪いな、先生。アンタには最初から最後まで嫌な役柄を押しつけちまった」
ブロッケン山は別離の意味を込めてホータイ・マキマキに握手を求める。
しかしホータイ・マキマキは戦友に背を向けた。顔も向けずにただ右手を上げて去って行く。
ブロッケン山は残念そうにため息をついた後、ホテルに帰って行った。
ホータイ・マキマキはしばらく歩いた後に人気のない路地裏に入る。
そして白衣と包帯を脱ぎ捨て、真の姿を現した。
「こうなれば手段は選ばぬ。ブロッケン山よ、是が非でもお前には八人目のスモーデビルになってもらうぞ…」
包帯の下には黄金のネメス頭巾に包まれた頭部、口にはマスク、そして腰にはピラミッドの形をした特別なまわし。
頭巾の額の部分にくっついているコブラが生物のように唸り声をあげる。
ホータイ・マキマキと名乗る男の正体はスモーデビルの一人、三角墓だった。
スモーデビルの中には三角墓、吉野谷牛太郎のように表の相撲世界を渡り歩く者がいる。
三角墓はホータイ・マキマキとして百年近く欧州相撲界で活躍をしていた。
「うひゃあああ!ミイラのお化けぇぇぇーーッ!!」
路地裏の反対側の出口から男の悲鳴が聞こえてきた。
(余とした事が、ブロッケン山の事で感情的になり過ぎていたか…)
三角墓は己の失策に毒づきながら、結界を張った。
スモーデビル三角墓は光の届かない場所ならば限られた空間に人を閉じ込める能力を持っていた。
(愚かな人間め。お前には我が滋養になってもらうぞ)
三角墓は腰のピラミッド型まわしから包帯を取り出した。
先ほどブロッケン山に渡した物とは全く違う色の落ちた包帯だった。
「逃がさぬ。秘伝包帯縛りの術…ッ‼」
三角墓の手から包帯が離れ、逃げようとした男に襲いかかる。
包帯は蛇のように男の身体に巻きついて身動きが取れないようにしてしまった。
さらに男は目と口と鼻を包帯によって塞がれ意識を失ってしまった。
三角墓は懐から巨大なストローを取り出し、包帯にグルグル巻きされてしまった男に突き刺した。
「…からのデッドリー・パッケージ‼ケケーッ‼」
三角墓がマスクを外すと二本の乱杭歯がむき出しとなる。
そしてストローに口をつけて男の体から精気を吸い取った。
包帯の塊からわずかに見える犠牲者の手が見る見るうちに萎んでいく。
このままでは精気を失い、肉体は干からびて使者同然になってしまうだろう。
三角墓はブロッケン山に素気無くされた腹いせに、男の精気を吸い尽くすつもりだった。
しかし…。
「巨峰よ、竹刀を貸せ」
太い腕だった。
単純に筋肉がついているという話ではない。
骨が、皮膚が、確固たる存在として太くなっているのだ。
「どうぞ、お使いください。我が主」
さらにもう一方から現れた巨漢の腕も太かった。
先に声をかけた男が竹刀を受け取る。
そして”食事”に夢中になっていた三角墓目がけて一気に投げつけた。
「何奴ッ…‼」
ピラミッドは包帯によってパッケージされた男の身体を投擲された竹刀の方に投げ捨てる。
竹刀が直撃した後、包帯は粉々になり中からはやせ細った男が地面に転がる。
太い腕の持ち主は山のような巨漢をその場に止まらせた後、男のところまでゆっくりと歩いて行った。
「いい雰囲気を出していやがる。これは久々の当りというヤツか。下界も捨てたものじゃねえな」
男は地面に転がっている憐れな犠牲者を胸に抱えた。
本来ならば、弱者の生死など知った事ではないがここで見捨てたとあっては寝覚めが悪い。
精気を抜かれた男は意識を失っているが呼吸音からして命の別状は無さそうだった。
男は怪我人をゆっくりと地面に下ろす。
そして鋼鉄製の仮面に手をかけた。
「貴様、よくも余の獲物を横取りしてくれたな。余がスモーデビル・セブンの三角墓と知っての狼藉か!腕に覚えがある者ならば名を名乗れい!」
三角墓は結界を解除して霧の中から現れる。
男は仮面ごしに三角墓の姿を吟味する。
鍛え方、力士としての風格、そのどちらともが生粋の強者という好みのタイプだった。
男は軽く腕を回す。
闘志によって温められた熱気が温い風を起こした。
「名前か。いいぜ、お前らスモーデビルにとっては最悪の名前だからよく覚えておけ。俺の名は天辺龍、神と魔を滅ぼす力士だ」
天辺龍と名乗った力士は両足を地面につけて四股を踏む。
直後、あたかもそれが産声だと言わんばかりに大地が揺れた。




