第八十一話 羽合庵の決断‼の巻
毎度毎度、遅れてすいません。
次回は三月二十八日に投稿します。
海星雷電はキン星山としては不完全な力士だった。
しかし数多のスモーデビルと戦って勝ち続けたのは事実であり、キン星山という四股名を受け継ぐ力士に相応しい力を持っていた。
故に時代のキン星山は雷電に欠けていたキン星山の奥義を完全な形で継承する力士でなければならぬ、と羽合庵は考えている。
その一つこそが初代キン星山が荒ぶるスモーゴッド武御雷(※後のスモー大元帥)と戦った使った伝説の技”キン星バスター投げ”の復活だった。
しかし肝心なキン星バスター投げはスモーデビルたちの策略により禁断の技として歴史の闇に葬られてしまう。
羽合庵は海星家に残っていた書物を自身の研究ノートに写し、故郷ハワイに戻る。
そこで同郷の大先輩ワイキキの浜にキン星山の話と彼の使った奥義の秘密を打ち明けた。
羽合庵はワイキキの浜に大昔の夢物語と笑われるばかりと思っていたが返ってきた答えは全くの別物だった。
「羽合庵よ、よくぞ話してくれた。雷電の古き友として礼を言う。実はな、俺の祖先というのが海星家の遠い親戚で海星雷電の前のキン星山にあたる男なのだ」
ワイキキの浜はそこから自分がキン星山だった力士である海星翔の末裔であることを話してくれた。
海星翔はキン星山として世界各地でスモーデビルと戦い、このハワイ島で最後を迎えたという。
スモーデビルとの戦いに敗れ、キン星山の四股名を海星家に返上した後に彼はハワイで余生を過ごすことになる。
そして彼の子孫がワイキキの浜、羽合庵という話だった。
「その時になって私はワイキキの浜の導きによって雷電師匠と出会った事を知ったのだ。私は師匠とワイキキの浜の為に、来たるべきスモーデビルとの戦いに備えるべくキン星バスター投げの復活に心血を注いだ。しかし、その過程で私とワイキキの浜はキン星バスター投げには致命的な欠陥があることを発見してしまったのだ」
光太郎と美伊東君は喉奥にゴクリと唾を飲み込んだ。
羽合庵は項垂れたまま言葉を絞り出す。
それこそが雷電の息子である英樹が、羽合庵自身がキン星山になることを諦めなければならない原因でもあったのだ。
かろうじて条件をクリアーしていたワイキキの浜はその理由のせいで寿命を縮めてしまったことも今は認めなければならない。
キン星バスター投げの真実が今、明かされる…。
「キン星バスター投げが破壊するのは対戦相手だけではない。その比類なき力は技を仕掛けた側の肉体をも破壊してしまうのだ。ゆえにキン星バスター投げを使う者はキン星山の資格者、”燃える炎のど根性”を持った者でなければならないのだ」
羽合庵の話を聞いた直後、光太郎と美伊東君は盛大にすっこけてしまった。
技の破壊力も信じがたいものだったが、”燃える炎のど根性”という胡散臭い精神論を羽合庵が持ち出してくるとは夢にも思わなかったのである。
だが羽合庵はさらに真剣さを帯びた瞳で光太郎を見ている。
羽合庵にとって”燃える炎のど根性”を持っていない事は相撲人生における無念そのものだったのだ。
「しかしのう、羽合庵師匠。根性なら、おいどんは師匠の修行で結構強まってきたと思うでごわすよ?お腹のお肉だって垂れなくなってきたし。…美伊東君もそう思うでごわすよね?」
「若の言う通りですよ、羽合庵。今さらそんな精神論を持ち出されても納得が行きませんよ」
「…。では話題を少し変えるが、仮にフラの舞があの場でキン星バスター投げを光太郎に決めていたらどうなったと思う?」
光太郎と美伊東君は首を捻って当時の出来事を思い出す。
光太郎は当然、無傷というわけにはいかなかっただろう。
全身打撲、下手をすれば骨折という窮地に追い込まれていあtはずだ。
そしてそこに羽合庵の情報を追加すればフラの舞も相応のダメージを受けていたはずだ。
「おいどんは病院送りだったとして、フラの舞はお尻をぶつけたり肩や背中を痛めて大変な思いをするとかそういう感じでごわすか?」
光太郎はキン星バスター投げを仕掛け損ねたフラの舞が離脱する際に、自分の腰を庇うような格好だった事を思い出していた。
美伊東君も頷きながら光太郎の意見に同意する。
しかし羽合庵は目を閉じたまま、首を横に振った。
苦々しい表情で当時の心境を語る。
「甘いな、光太郎。私はあの時にお前の身を案じていたのも事実だが、それ以上にフラの舞の命の危険を心配していたのだ。悔しい話だが吉野谷牛太郎とラーメン山が乱入しなければお前とフラの舞は死んでいただろう…」
羽合庵は両腕を組んでいる力をさらに強める。
(あの時フラの舞は一時の激情に任せて光太郎にキン星バスター投げを使った。力士とは力の象徴であり、ゆえに力の使い道は正しくあらねばならぬというのに…)
ワイキキの浜が生前から危惧していた事が現実になってしまうところだったのだ。
「キン星バスター投げ…。しかし一体どうしてご先祖様はそんな危険な技を残したのでごわすか?いっそ禁止した方が良かったのでは…」
そこまで言って光太郎は口を閉じる。
美伊東君と羽合庵が今まで見たことのないような怖い顔をしていたからである。
美伊東君は何かを決心したような口調で光太郎にある予感を告げた。
「若。それはおそらくキン星バスター投げを使わないと倒せないような強敵が存在するからではないでしょうか…。例えば先代の雷電親方が戦っていたというスモーデビル…。或いはスモー大元帥…」
スモーデビルたちの頂点に立つ至高の存在、その名もスモー大元帥。
かつて天上の神々スモーゴッドを見限り、地上を力だけで支配しようとした悪の相撲の権化であるスモー大元帥はその名を口にすることさえ禁忌とされる存在だった。
羽合庵は越えてはならぬ一線を踏もうとした美伊東君を厳しく怒鳴りつけた。
「美伊東君ッ‼それ以上彼奴の名前を口にしてはならんッ‼どんな不幸に遭遇するかわかったものではないぞ‼」
羽合庵も美伊東君同様にキン星バスター投げが今日まで残されてきた理由にはスモー大元帥との決戦に備えてのものであることを考えていた。
しかし、その事を頑なに口にしなかった理由とはスモー大元帥の復活とは彼の直属の部下”六人のスモーデビルナイト”と”スモーデビルセブン”の復活をも意味する事なのだ。
羽合庵も伝承でしか知らぬ話だが、かつて北米大陸とハワイ島に存在した善の相撲文明を滅ぼしたのはたった二人のスモーデビルナイトだった。
一人は百本の腕を持つ力士、百腕山、もう一人は二つの巨大な塔を持つ力士、新都庁。いずれも強力な力士で多くの善の力士の命を奪ったという。
「いいか、美伊東君。スモーデビルたちが何をきっかけに復活するかは現代科学でも解明されてはいないのだ。場合によっては君が奴らの生贄にされてしまう可能性も否定できない。確たる証拠が揃うまでは今の議論は保留にしておこう…」
美伊東君はすっかり落ち込んで羽合庵に頭を下げる。
スモーデビルと実際に遭遇したことのある羽合庵の意見だけに美伊東君もおとなしく従う他なかった。
しかし、光太郎は難しい表情けのまま何かを考えている様子だった。
「どうした光太郎よ。まだ腑に落ちぬことでもあるのか?」
羽合庵は珍しく考え込んでいる光太郎に声をかける。
光太郎は先ほどから祖父について違和感を覚えていた。
羽合庵がキン星山の奥義について知ったのは綿津海部屋で修行していた頃である。
なればこそ海星雷電がキン星バスター投げについて何も知らなかったはずはない。
彼は羽合庵、英樹、タナボタ理事に伝授しなかった確たる理由があったはずだ。
「羽合庵師匠、祖父ちゃんはどうしておいどんの父ちゃんや師匠にキン星バスター投げを教えなかったでごわすか?おいどんは美伊東君のように頭が良くないから上手くは言えないでごわすが、祖父ちゃんには祖父ちゃんなりに何か考えがあったのではないかと思うのでごわすが…」
そこで光太郎はまた首を捻る。
羽合庵は光太郎に指摘されてから、当時の雷電の様子を必死に思い出そうとする。
雷電は最後の最後まで綿津海部屋の弟子の中から次のキン星山を選出することは無かった。
最終的に目立った成績を残すことは無かったが英樹とタナボタも平均以上の実力を持っていたはずである。
「光太郎、羽合庵、美伊東。ちょっといいか?」
英樹親方が暗い表情をしながら三人の話の中に入ってきた。
英樹は羽合庵の視線を気にしながらポツリポツリと雷電が死ぬ前に遺していった話を告げる。
「実はな、これは親父が死ぬ前に”自分が最後のキン星山となる。以降は誰にもキン星山を継がせるな”という言葉を残して行ったのだ。あの時は親父が死ぬ前に弱気になってしまったくらいにしか考えていなかったのだが…。今の状況を考えるとこうなってしまうことがわかっていたのではないかと思う…」
「英樹よ、今の状況とはどういうことだ?」
英樹はいつも笑ってばかりで正規の相撲の試合では活躍しなかった雷電の姿を思い出していた。
彼はいつも試合の後に”どれほど強くても愛が無くては真の力士足り得ぬ”と言っていた。
「スモーデビルを倒し、世界に秩序、安寧を求めるキン星山の道は苦行の道。ワシらのうち誰かがキン星山の道を歩むのならばいつか必ず大きな壁にぶち当たる。そうやって身も心も削られるような戦いを続けている間に”愛”が失われてしまうのではないかと思うのだ…」
羽合庵は英樹の言葉を聞いた途端に黙り込んでしまった。
英樹に言われるまでもない、雷電はそういう男だった。
ゆえに雷電は弟子たちに自分の道を歩ませたのだ。
ワイキキの浜はフラの舞を心配するあまり相撲の道を諦めろ、と言い残した。
しかしその事が返ってフラの舞を怒らせて真逆の道を歩むことになってしまったのだ。
息子の将来を心配するワイキキの浜が悪いとは思わない。
しかし、羽合庵はフラの舞の話を聞いてやるくらいのことは出来たはずだ。
「英樹よ、お前の言葉で目が覚めた。私はかつての過ちを繰り返すところだったのだ。今こそ私は禁断の奥義”キン星バスター投げ”を光太郎に伝授するとしよう…」
羽合庵は両目から涙を流していた。
今度こそフラの舞にワイキキの浜の想いが伝わる事を信じて、光太郎を真のキン星山にすることを誓ったのであった。




