第七十八話 スモーデビルの暗躍。全てはすあの御方の為にッ‼の巻
遅れてすいません。次回は3月13日に投稿します。ごめんなさい。
無人の野を行くが如くスペシャル山を倒した倫敦橋。
その姿を吉野谷牛太郎はブラウン管越しに眺めていた。
彼の大好物であるテキーラ酒の入った瓶を摘まみ、大きなグラスに注ぐ。
酒の供に用意したソルトピーナツを一粒、口に含んだ後よく噛み締める。
(今日は実に有意義な一日だったぜ。この分だと俺が表舞台に出る日もそう遠くはないかもしれねえな)
吉野谷牛太郎はクックックと含み笑いをもらす。
ガチャリッ。
ドアノブに手をかけ二人の男が入ってきた。
吉野谷牛太郎はグラスを傾け、酒を勧めるが帽子を被った男は拒否した。
鋭い視線と共に憎まれ口を叩く。
これも長年の相棒を務めた者の責務とばかりに吉野谷牛太郎はテキーラ酒を飲んだ。
「吉牛貴様、任務中に酒を飲むとは何事だ。こんな姿をあの御方に見られでもしたらヘッドロックからハンマーパンチの嵐だけでは済まされんぞ?」
男はジャンバーと帽子を衣類かけに戻した。
スモーデビルと呼ばれる者たちは残虐非道な振る舞いを好むが、礼節には厳しい者が多い。
中でも吉野谷牛太郎の相棒を務めるこの男”サスペンションX”は几帳面な性格で知られていた。
全身のバネというかバネの身体を揺らしながらソファの右端に腰を下ろす。
もう一人はサングラスを取った後で全身に巻きつけていた包帯を外し、トイレットペーパーのように巻いていた。
(これ変装っていうのか?)
(俺に聞くな、相棒)
吉野谷牛太郎とサスペンションXは交互に視線を交わす。
だが包帯の下から現れたエジプト系男子はスーパーで買ってきた紙パックの”六甲のおいしい水”をストローで飲んでいた。
「じゃれ合うのはそこまでにしておけ。吉牛、サスペンション。現在、俺たちの計画は盤石とは言い難いというのも事実」
「おいおい、三角墓よ。大西洋の復活は俺たちにとっても想定外の事態だったはずだぜ。みんながみんなお前さんみたいに数字遊びが得意ってわけじゃないんだ。たまには大目に見てくれよ?」
吉野谷牛太郎は大袈裟に振る舞い、嘆いたふりをする。
先代のキン星山”海星雷電”に倒された大西洋がどのような形で復活して印度華麗に呪いをかけたのかは吉野谷牛太郎たちも知るところではなかった。
かくいう吉野谷牛太郎も雷電の祖先にあたる海星翔に敗れ、肉体を失い霊魂だけが世界を彷徨っていた時期もある。
実情を言えば吉牛、サスペンションX、暗黒洞が一か所に集まって行動しているのは倫敦橋の存在を警戒しているからである。
もしも倫敦橋がかつてスモーゴッドと互角に渡り合った天辺龍に匹敵するような力士ならばどんな犠牲を払ってでも倒さねばならない。
不死身のスモーデビルたちが最も恐れる者とは神にも抗う勇気を持つ正義の心の持ち主だった。
「駄目だ。お前は実力こそ我々の中では最強の男だが、時として遊びが過ぎる傾向がある。御託を並べる前に仕事をしろ。ところでサスペンションX、フラの舞という若い力士はどうだ。我々の仲間に引き込めそうか?」
話の時系列をまとめると別の会場でフラの舞が勝利した時にサスペンションXは彼の様子を探っていた。
その後、空いた時間で吉野谷牛太郎と現地で合流してキン星山と印度華麗の試合を観戦していたということになる。
「彼奴の資質には問題が無い。だが他者かたの影響を受けやすい性格には難がある。こちらのスタイルに感化されるのは早いだろうが、逆に反転する可能性も高い。別な力士を捜した方がいいだろう。吉牛、お前はどう思う?」
「俺もお前さんに賛成だよ。奴さんには今俺たちの宿敵ラーメン山がくっついているからな。止めておいた方がいい。それよりも三角墓、お前の目をつけていた力士はどうだ。行けそうか?」
吉野谷牛太郎はテレビの横についている料金口に百円玉を入れた。
そしてNSTVにチャンネルを合わせた。
ブラウン管にはすぐに意中の力士の姿が映る。
その相手とはベルギーの力士、チョコレート山だった。
チョコレート山はロッテと日本語で書かれたまわしの縁を叩いて悔しそうな顔をしている。
画面の端にあるチョコレート山の判定は0勝二敗、崖っぷちにあった。
対象的に彼の対戦相手は大木のような腕を振り回し「もっと攻めて来い」と挑発を繰り返す。
その度に観客席から女性ファンの声援が会場を揺るがした。
金髪を短く刈ったハンサム力士は拳銃に見立てた指を女性ファンたちに向ける。
次の瞬間、再び会場が大歓声に包まれた。
「きゃあああ!テキサス山、私たちを殺してえええッ!」
テキサス山得意の試合決着の意識したパフォ-マンスは性別、年齢、国籍を問わずに観客たちを刺激した。
チョコレート山は全身を真っ赤にして怒りを露わにする。
この二人、最初から険悪な雰囲気で戦っていたのだ。
伝統ある欧州角界出身のチョコレート山は米国角界の人気取りばかりしている若造を気に入らなかった。
試合前にもいきなり張り飛ばそうとしてきたので審判から警告を受ける事態にまで発展していた。
「チョコレート山、アンタの相撲は古いんだよ。俺がやっつけてやるから引退しな」
テキサス山は古豪チョコレート山を遥かな高みから見下ろす。
かつてアメリカ相撲界は東西のヨーロッパ相撲界から格下として扱われていた。
だが時代は変わった。
倫敦橋の台頭、そして第一回スモーリンピックの開催が世界の相撲のパワーバランスを変えてしまった。
チョコレート山は確かに強い力士だった。
だが彼は雷帝に敗北して以来、全英王者の倫敦橋からの挑戦を避けている。
倫敦橋に挑み、プライドを踏みにじられたテキサス山とは比較の対処にさえならない負け犬だった。
「こ、この若造が…、言わせておけばッッ‼」
チョコレート山は大量のチロルチョコを口に放り込み、全身をパワーアップさせる。
ベルギーの相撲では問題の無い行為だが、スモーオリンピックではルール違反である。
だがテキサス山は審判を片手で制して、試合続行の意志を伝えた。
腰を落とし、盾にように両手を折って構える。
それは奇しくもかつて己を敗北に追い込んだ因縁の構え我流”連勝ストッパーの構え”だった。
あくまで格上を気取り、無謀な突進を止めようとしないチョコレート山。対するテキサス山は既に相手を見てはいなかった。
チョコレート山の姿は霞のように消え、目の前には満身創痍のキン星山がいた。
全身ズタボロで息も絶え絶えの四流力士。
しかし目は死んでいない。
闘志が烈火のように熱く燃え盛り、テキサス山の肉体をも焼き尽くそうとしている。
(キン星山、どこかで見ているか?YOUを倒すのはこのMEだ。さらにパワーアップしたこの技で、YOUを土俵にDOWNさせてやる)
テキサス山は雄たけびを上げながらチョコレート山に向かって走り出す。
タイミング的には逆転の機を逃していた。しかし、テキサス山は止まらない。”より早く、スマートに”から”当たって砕けろ”と、これが新しいテキサス山の戦闘スタイルだった。
次の刹那、二人の力士は真正面から激突した。
一方は前面から砕かれ、残ったもう一方はほぼ無傷のまま土俵の上に残っている。
テキサス山は、意識を失い打ち捨てられたオブジェのように土俵の外に転がっているチョコレート山を見ていない。
彼の心を支配する思いはただ一つ”本物の海星光太郎はもっとパワフルだ”というものだった。
そして大衆も試合前は互角だった両者の評価を、あっさりとテキサス山の圧倒的優勢と情報を上書きしてしまう。
テキサス山は勝ち名乗りを終えた後、ファンの歓声に酔いしれることなく控室に向かった。
テキサス山の姿をブラウン管ごしに三体のスモーデビルたちは見つめる。
与しやすいはずの若手力士は想定以上の実力の持ち主に成長していた。
「こっちは完全に当てが外れたな。これほどの力士ならば安易な理由で力の誘惑に屈するわけがない。三角墓よ、今回は相手が悪かったとしか言いようがない。諦めろ」
サスペンションXはソファから立ち上がり、キッチンに向かった。
そこで何かのボトルから自分専用のカップに液体を注いでから戻る。
コップから漂う異臭に吉野谷牛太郎と三角墓は口の端を引きつらせる。
それはブレンドされた機械油の臭いだった。
「何だ、人聞きの悪い。お前らも飲みたいなら言ってくれ。一応、人数分は用意しているぞ?」
吉野谷牛太郎と三角墓は同時に手を振って”無理”という意思表示をする。
サスペンションXは呆れながら数種類の機械油がブレンドされた液体を飲んでいた。
吉野谷牛太郎はキッチンに向かい換気扇のスイッチを入れ、三角墓は窓を開けて部屋の中の空気を入れ替える。
サスペンションXの”お気に入り”はスモーデビルでさえ耐えられない悪臭だったのだ。
「なあ三角墓よ、いい加減お前の本命の力士の名前を明かしちゃあくれないか?じれったいってモンだぜ」
カタン。
吉野谷牛太郎は空になったグラスをテーブルの上に置いた。
ブラウン管にはキン星山とフラの舞の姿が映し出されている。
第二回戦、早くも二人の因縁の戦いが注目されていた。
三角墓は我が意を得たとばかりにほくそ笑む。
この時期に別の力士に注目が集まる事は三角墓にとって好都合だったのだ。
「かつて俺はブロッケン山の祖父ヴァンツァー山(※ヴァンドルグパンツァー略してヴァンツァー山)と契約した。第一次世界相撲大戦の悪夢、不死身の強化力士計画に技術提供をしたのは他でもない俺様なのさ」
三角墓は身体に巻き付いている包帯を伸ばし、冷蔵庫を伸ばしてミネラルウォーターを取り出した。
時は1980年代ゆえにまだ2リットルのペットボトルは普及しておらず四角い紙パックに入ったものだった。
同時にキッチンに置いてあるカタカナで「ファラオ専用」とマジックペンで書かれたマグカップを持ってきた。
実に便利な包帯である。
「…不死の強化力士か。えげつねえな、お前も。じゃあその欠陥品が暴走して敵味方関係無く襲いかかったってのもお前さんの策略かい?」
吉野谷牛太郎は腕を組んで三角墓を見る。
三角墓はやはり包帯を使ってミネラルウォーターをカップに注いでいる最中だった。
正直なところ手でやった方が早いのではないかという気持ちになるほどぎこちない動作だった。
「ああ、アレか。ヴァンツァー山が欲を出して余計な事をしたからミイラ力士たちが暴走したのだ。俺はドイツを離れる前に再三注意したのだぞ。傀儡に力を詰め込みすぎると力士としての戦闘本能が優先されて凶暴化すると」
嬉々として当時の様相を語る三角墓を放置しておきながら、吉野谷牛太郎は第一次世界相撲大戦の悲惨な結末について考えていた。
激戦の末に膠着状態に入った戦線を打開する為にドイツは強化力士を興行に導入。
その後、圧倒的な強さで勝利をおさめるが例の強化力士が暴走して敵味方、観客を襲う事態に発展した。
その後、疲弊した欧州各国は妥協案を持ち出し一気に終戦となってしまった。
誰も納得できない結末は後の第二次世界相撲大戦の原因に発展する。
しかし、今回に限っては終戦後”政治犯”として逮捕されたヴァンツァー山の末路について吉野谷牛太郎は考えていた。
「ヴァンツァー山は戦後、ドイツ国王から断髪式を命令されて引退。たしか自宅で毒入りのちゃんこ鍋を食って自害したんだったよな」
「その通りだ。だがそれ以前にヴァンツァー山は私に一族最強の男をスモー大元帥の憑代として与えるという契約を交わしていたのだ。ヤツは自分の死後はこの契約がうやむやになると考えていたようだが…」
吉野谷牛太郎はグラスに再びテキーラ酒を注ぐ。
自ら悪魔と契約する者はいつだって悪魔のような人間だった。
三角墓の手段に口を挟むつもりなど毛頭ない。
だが己の中で唸りを上げる力の咆哮はつねにまだ見ぬ強敵を求めている。
吉野谷牛太郎は目を閉じ、スモー大元帥の姿を思い出す。
「全てはスモー大元帥の為に…」
そして一気にグラスの中身を飲み込んだ。
いつの日かスモー大元帥の理想スモーディストピアが実現すれば全ての相撲はスモーデビルの相撲に染め上げられる。
だがキン星山とフラの舞の姿を見た時に何かが心に響いたのも事実。
吉野谷牛太郎は釈然としないまま眠りについてしまった。




