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18話 転生令嬢たちの友情

 あまりのミアの清々しさに、カトリーナはポカンと口を開けてしまった。



「何故そう思えるの? ヒロインのミアではなく、自分自身を好いて欲しいとかそういうのは……」

「カイン様に会ったときには、私はすでに転生から覚醒したあと。姿形はミアだけれど、私は私だもの。シナリオに操られている感覚はないし、カイン様にアタックしようと決めたのは自分。私は正真正銘の、カイン様に恋する乙女です!」



 ミアの表情を見る限り、嘘をついているようには見えない。



「キャラ設定を使って、カイン殿下の心を射止めようとすることの罪悪感とかは……」

「多少はありますよ。その……いわば騙してるわけだし。でも前世でも好きな人に振り向いてもらうために、花火大会があったら、浴衣イベントを発生させようと思いますよね? 友達を通じて好みを探ってプレゼントするでしょう? 好きな人を振り向かせるためには、細かいことは気にしていられません! それに……」

「それに?」

「イベント以外で一緒に過ごす時間の方が長いし、その時間は私自身の頑張りによるものだと思っています」

「確かに……そうね。ゲームがベースの世界だけれど、ここは現実。イベントだけ起こせばハッピーエンド確実という訳ではないわ」



 イベントを成功させても、日常で嫌われるようなことをしていたら好きになってもらえない。

 チート設定があったとしても、転生者本人が努力せず身に着くことがなければ意味がない。勝手に上達しないのは、カトリーナもよく知っている。


 つまりイベントは、恋する乙女に勇気を与えるきっかけに過ぎず、自分で考えて動くことが重要。とミアは考えて、この世界で生きる覚悟を持っているのだろう。



「ありがとうミア。わたくしのほうこそ、今ので肩の力が抜けた気がするわ。絶対に悪役令嬢カトリーナから外れてはいけないと思っていたから」



 出会った当初のミアの空回りする気持ちが、ようやくわかった気がする。

 カトリーナは感謝の気持ちを込めるように、微笑みを浮かべた。



「私だってカトリーナ様がいたから、地に足をつけなきゃって気付けたの。シナリオ通り動かなきゃ天罰が起こるんじゃないか、って怖い気持ちもあったから。だから同じ転生者がいると知って、味方だと安心できて、ようやく自然体の自分を取り戻せたの」



 苦笑してみせるミアを見て、カトリーナの肩の力は更に抜ける。



(主人公に転生したヒロインでもシナリオが怖いなんて。転生で不安を抱いているのがわたくし一人ではないことが、こんなにも心強いなんて)



 理解者がいなくて心細かったのだと、カトリーナはようやく気が付いた。

 そっとミアの手を包み込み返した。



「ねぇミア。ただの協力者ではなく、わたくしとお友達になってくださらない? あなたとはもっと仲良くなりたいわ。ふたりのときは、もっと気軽に話していいわよ」

「わ、私で良ければ! えへへ、なんだか恥ずかし嬉しいね」

「では、早速二人きりの時はカティと呼んでほしいの。家族以外でそう呼ぶのを許すのはミアが初めてなんだからね。光栄に思いなさい」



 この世界では気を許した友達ができたのは初めてかもしれない。

 そのため嬉しさと照れが空回り、思わず女王様風なお願いになってしまった。

 恥ずかしさで、顔が熱くなっている自覚がある。

 そんなカトリーナの顔を見たミアがぷるぷると震えた。



「カティ……ギャップ萌えが過ぎるよ。その顔カイン様に見せちゃだめだよ。今までの嫌われっぷりも無に帰すほどだよ。というより男なら全員惚れちゃうよ。誘拐に気をつけてね?」

「からかわないで。それに絶対に外では見せないわよ……見せたとしても、ミアの前だけよ」

「だからそれが可愛すぎるんだって。駄目だって!!」

「うるさいわね。もう、顔が熱くて仕方ないわ」



 カトリーナは何か冷たい飲み物を頼もうとして、ベルに伸ばしかけた手を止めた。

 すでに扉の前には、いつの間にか入室したネネが鼻血を出しながら、ハンカチを噛み千切らんばかりになっている。彼女の目は血走っており、今にも「キィィィッ」と悔しそうな音が聞こえそうだ。



「ネネ……あなたどうして」

「私の方が長くカトリーナお嬢様と一緒にいるというのに、そのような甘いご尊顔を向けられたことがなく悔しいのと……カトリーナお嬢様に心開くご友人が出来たことも喜ばしく……しかしながら愛称で呼ぶことを許されているのが妬ましく……そして」

「そこまでになさい。相変わらず重いわね」

「ありがとうございます。私は重いです」

「褒めてないわ。さっさと冷たいものを持ってきなさい」



 様子がおかしいネネを見たら熱が集まっていた頭はすっかり冷え、むしろ頭痛がしてきた。

 カトリーナが頭を押さえていると、隣からくすくすと笑う声が聞こえた。



「良い侍女ね。絶対に裏切らない人だと思うから大切にした方が良いわ」

「本当は裏切ってほしいのだけれどね。ほら、カイン殿下にカトリーナの情報を流すスパイ、ネネにする予定だったのよ?」

「あの様子じゃ無理じゃない?」



 初めて会ったミアにすら、ネネは裏切りができない侍女と認定された。



「……やっぱり? ネネは罵ったり叩いたほうが喜ぶから困ったものよ。色々試したけれど、虐め耐性が強すぎて私のほうが根負けしたわ」

「悪役令嬢の侍女なら我慢強さは必要だものね。でも出来上がったのは悪役と変態……面白いと思うよ!」

「言ったわね!」



 ふたりは目を合わすと、一拍おいてから声を出して笑った。



「でも大丈夫? カイン殿下と結ばれたら王妃になるのよ。今の何倍も責任があなたの肩にもかかってくるわ」

「全部の記憶があるわけじゃないけれど、私の前世って財閥系の社長令嬢だったの。人事と経営は自信があるから、国王のサポートについては重く感じてないよ」

「す、凄い人だったのね」



 本物のお嬢様だった。転生して間もないというのに、どこか仕草に品があると思っていたが、前世の生まれと育ちが良かったらしい。



「でもダンスや刺繍といったアク転ならではの文化に対して前世の経験は役立たないから、もっともっと勉強しなきゃかな」

「私はただの庶民生まれの社畜営業マンだったけれど、公爵令嬢としてやっていけているんだもの。ミアなら大丈夫よ」

「ありがとう。でもね……学生の頃から勉強と仕事ばかりで…………」

「なんなのよ」

「こうやって同世代の子と女子会するのはじめてなの! 嬉しい~! 前世でも今世でも親友と呼べるのはカティが初めてよ」

「既に親友認定!? 良いけれど!」

「え? 良いの? 言ってみるものね。大好きカティ」

「ぐぇ!」



 思い切りミアに強く抱きつかれ、肺の空気が全部出てしまってやや苦しい。でも不思議と嫌ではなく、カトリーナは受け入れたのだが……突如として寒気が走った。



「……ネネ!?」



 ドアの前には、飲み物を持ってきたネネが立っていた。

 相変わらず入室した気配を感じられなかった上に、彼女の瞳孔は開いている。



「お嬢様にあんなにくっついて……ミア様がずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい」

「やめなさい。勝手にミアに手を出したら、解雇するわよ」

「――はっ! 申し訳ありません。羨ましすぎて我を失っていました。こちらアイスティーです」



 ネネはそう言いつつも、ミアに恨めしい視線を向けたまま。本当に言いつけを守るかどうか怪しい。



(気配もなく入室するのに慣れているから、転生の話も耳にしているかもしれない。暴走して、ネネがミアに手を出すようなことになっても困るから、ネネにはあとからしっかりと言い聞かせないと)



 カトリーナはアイスティーで頭を冷やしながら、今後の算段をつけていく。

 カインとミアは出会い、無事に仲を深めているが友情止まり。それは正義感溢れるカインが、嫌っていてもカトリーナを正当な婚約者として認識しているからだ。

 まだミアへの思いが、理性を超えるほどに育っていない。

 そろそろ決定的な亀裂を作らなくてはならないのだが……。



「ミア、二週間後の夜は空いていて?」

「何も予定は入っていなかったと思うけれど」

「なら夜会に参加しなさい。イベントを起こすわよ」



 そう言いながらカトリーナは、招待状をミアに渡した。


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