第14話 ヒーロー 事業内容をヒアリングする
第14話 ヒーロー 事業内容をヒアリングする
「よしなり君は、「犯罪検挙報償費の一般納付に係る法律」というのを知っているかな?」
神奈川県某所「大クリニック」。病室や診察室とは全く様相が異なる(要するに金がかかっている)院長室の応接テーブルで、俺は会社から突然言い渡された医療法人松戸会への出向についての説明を受けていた。
「え?「犯罪検挙報償費…」ですか?」
いきなり法律!それも刑法関連らしい法令名を聞かされるとは思わなかった。
総務部に籍を置いているので、嗜みとして法令関係のとっかかりくらいは頭に入っている(最近頭の中を文字通り「いぢくりまわされた」ので残っているかどうか不安だ)が、それも商法と民法、電気通信法のごく一部。刑法は守備範囲外だ。微妙な表情に気がついたのだろう。院長は法律の説明をし始めた。
「犯罪検挙報償費の一般納付に係る法律。いわゆる「賞金首法」だ。犯罪者に懸賞金をかけ逮捕する。開拓時代のアメリカ西部のような前時代的な法律なんだが、意外にも犯罪抑止に効果が上がっている。最近では有名な賞金稼ぎを抱えているシンジケートは優良企業の上位に名を連ねているようだ」
「賞金首法」。そう言われればわかる。待合でオークションの模様も流されてた。大クリニックには賞金稼ぎの患者も多いので興味があるんだろう。
とりあえず話を合わせておくことにする。何せここはアウェーだ。
「今日もオークションが行われてましたね」
「うむ。知られていないが「松戸会」もこの業種に参入しているんだ。実際は、準備不足で、開店休業という状態だけどね。実働部隊がなかなか編制できないのだよ。ああ、我々が参入しているのは、「犯罪検挙報償費の受領者に関する監査権限を持つ刑法報奨金対象業務就労取得者を有する団体の指定に係る附則」業務だ」
長い法律名の長い附則名をしれっと話す。医者というのは一般人とは根本的に脳味噌の作りが異なるのだろう。
「松戸会」が本業以外に手を出すのは別に不思議ではない。
部長の話を聞いた後、インターネットと四季報(活字版だ。毎年更新してるんだがじっくり読むのは数年ぶりだった)を駆使して「松戸会」の業態は調べた。
「松戸会」は規模は小さいもののその企業範囲は財閥系グループに匹敵するほどに広い。そのような企業が、トレンドである「賞金稼ぎ」に手を出したとしても不思議ではない。
「ところでよしなり君。君は「悪」とは何だと思う?」
「悪…ですか?正直えらく抽象的な質問だと思いますが」
唐突に投げかけられた院長の言葉を、いじくり倒された脳内で反芻する。いきなり法律からそれに係る業務に飛んで、次は概念・抽象的な話になる。話の脈絡がつかない。
とりあえず院長の問いを考える。「悪」か。一般的に「よくないこと」だと思うんだが、前振りからそうではないと言いたいのだろう。それではどこが違うのか?
正直、「悪は悪」と思い込んでいたので正面切って聞かれると困る。いや、ネタ的な回答はあるのだ。
「悪とは敗者」
「自分だけのために弱者を踏みにじるのが悪だ」
とかだ。しかし、これを回答にするのは問題だ。人格および性格&性癖を疑われるのが関の山だ。
俺の沈黙を回答しがたいと判断したのか、院長は応接セットから立ち上がって部屋の中を歩き始めた。フィクション(だと思う)の中で総統閣下がよくやるムーブメントだ。実際にお目にかかるとは思わなかった。
「正義とか悪とかは当事者間での受け取り方の問題だ。最終的には勝者が決める。負けた方が悪。実にシンプルだ」
うん。そう来るのね。それは俺もさっき考えた。口に出せなかっただけだ。よろしい。その路線なら俺にも答えようがある。
「勝者は常に正しい。釈然としないところはありますね」
「そのとおり!であるから我々は勝者の言うところの「悪」なのだ。では「悪」とは何か?「悪」!それは「貫く力、折れない心」なのだ」
うわ!どっかの中二病罹患者の黒歴史ノートレベルだぞ?とりあえずツッコミを入れておくべきだろう。適度な会話のキャッチボールは人間関係を円滑にすると聞いているし、実際に俺もそう思う。
「かなり抽象的に思えますが?」
「概念に具体性を持たせては駄目なのだよ。概念、理念はすべからく抽象的であるべきだ。それを各人が解釈し、昇華させ、一大概念、理念が生まれるのだ。我々は正統なる「悪の組織」なのだ」
「話の流れからそうじゃないかなと思ってたんですが。で、その「正統なる悪の組織」が何故に犯罪検挙関連の法律に関わられるのですか?確か、「賞金首法」と呼ばれていますよね?立ち位置が真逆に思われますが?」
実際は話の流れだけではない。俺の身の上に(物理的に)起こった出来事とその後のことを考えると、普通にこいつらはただ者ではないと思ったのだ。まぁ、気がつかない方が馬鹿だ。
「うん。実は我々は堂々と悪を標榜するほどの団体ではない。超大手、かつて存在した「○ョッカー」や、自前で地下都市まで造っていた「○ャラクター」程の財力がない。
ええとこ「○Sの下部組織」程度だ。今のところ貫く力が全く足りていない。よって雌伏の時を過ごしていた。まぁ、今のところ「身の丈に合った「悪」といったところだな」
「理念が一気にスケールダウンしましたね」
「世の中、上手くいかんのが常だ。このまま儂の代も雌伏の時を過ごすことになるかなと思ったんだが転機が訪れた」
「先ほどの附則ですか?」
「そう。我々の相手は賞金稼ぎだ。奴らは一応正義の味方って事になっているので「悪の組織」の相手としては不足はない。正義を気取って、法に触れることを平気でやっている賞金稼ぎどもを成敗するのが我々の仕事だ。アメコミでいうところのダークヒーロー、国内でいうところの「必殺仕事人」といったところだな。どうだ?おもしろかろう?」
「なかなかに興味ある仕事ですね。しかし私にはあまり…あ…」
なんか良くない流れに気がついた。悪の組織。改造人間。正義の味方。そう、昭和の時代から続く、現在は日曜朝8時に放映されているアレの流れだ。彼らとは違い、俺は先に脳味噌をいじくり倒されているが…。
大変なことに気がついた私に気がつかなかったのか、そのようなフリをしたのかよくわからないが松戸院長は「悪の組織」の新規事業について話を続けた。
「我々は先発組にはない強みがある。大クリニックの患者、特に外科と整形外科には個人事業者。つまり、自営の賞金稼ぎが多い。我々は誠心誠意彼らの回復をサポートしているのだが、賞金首との衝突(戦闘)で賞金稼ぎを継続するのが難しい状態に陥った者も少なくない。我々は彼らに「適当な機材」を提供することで、再び彼らの「正義」、我々の「悪」のために戦ってもらう」
何かブラックな予感がしてきた。それって1970年代から続いている超長期連載超能力者漫画のストーリーっぽいアレじゃん。確かサブタイトルがサイバーなんとかとか言ったっけ?
「それって、肉体損傷者を生体改造してコキ使うということですか?」
「あははは…何言ってる?日本には決して遵守されているとは言えないが、労働基準法という立派な法律がある。
正式な雇用契約を締結し、個人事業者と契約を行い「適当な報酬」を支払う。それと、義肢提供は生体改造に当たらない。入れ歯や補聴器、コンタクトレンズの装着が生体改造と言われないのと同じだ。まぁ、提供する義肢はオリジナルの肉体よりも遙かに上だと天元君は自負してるけどね」
怪しい!「遵守されていない」というところが更に怪しい。
俺の中で「松戸会=悪の組織」が確定した。
「人の脳味噌を勝手にいじりまわした皆さんが法令順守なんて言っても説得力がないんですが」
「一応、君の意思を聞こうとしたのだよ。「ホワイトな職場、松戸会で働きませんか?」とね。
でも、君は返事をくれなかった。それを判断する脳味噌が機能停止一歩手前だったからねぇ。緊急回避手段だから悪く思わないでくれ。法的には何ら問題はない。
でだ。今回「松戸会」に出向して貰ったのは君を「お仕置き担当」に任命するためだ。そのために鼻薬を君の会社に嗅がせた。(鼻薬の)代金はおよそ11億円。貴社の社長は大喜びだったぞ?ほれ、あっちの昔のドラマに「600万ドルの男」というのがあっただろ?さしずめ君は1000万ドルの男」と言うことになる」
また、加齢臭漂うネタを出してきてやがった。これに対応するのは簡単だ。何せ俺は会社では雑学王と呼ばれている。何せ「あの」全国高等学校クイズ選手権の予選を第3問目まで生き残った男なのだ!
「ドラマの方は改造費用が600万ドルなんですよね?こっちの11億円は会社に支払う金額で私の改造費用じゃない。実際に諸経費を差し引くと経常利益はいいとこ5千万円くらいです。純粋な売値は為替レートをドル110円で換算すると45万ドルというところですから大した金額にはなりません。でも5千万は個人でいうと大金です。実際、私に5千万円の価値はないと思うのですが?」
俺の言葉に松戸医院長は満面の笑みを浮かべた。何が医院長の琴線に触れたのかはわからないが、俺は本能的に、何というか得体の知れない恐怖を覚えた。
俺のリアクションに何か得るもの(想定したリアクションだと判断したのだろう)があったのだろう。医院長は更に笑顔を浮かべた(絶対に作り笑いだ!)
「優秀な事務職だと貴社の総務部長から言われていたが、まさにそのようだね。速攻で純益の概算まで出すとは恐れ入った!が、認識不足だね。
君の身体に突っ込んだ技術力を金額換算するとそんなもんじゃすまないよ?君を「分解」してリバースエンジニアリングをかけたら最低でも1億ドル位の利益は上げられると思う。それだけのテクノロジーを突っ込んでる。「しらないおじさん」について行かないよう気をつけなさい」
俺の身体が食肉工場のごとく、ロース、フィレ、ミノ、ハラミの様に各部位に分解されて行く様子を想像して背筋が少し寒くなった。
まぁ、割とどうでもいいんだけどさ。




