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第13話 ヒーロー ドナドナされる

第13話 ヒーロー ドナドナされる



「はぁ?出向ですか?」



 フロアの皆様への復帰の挨拶もそこそこに、総務部長に応接室に呼び出されて告げられたのは社外への出向辞令だった。それも、社員出向に関する規約改正案の作成が終わり、役員会承認直前らしい。俺の入院中にサクサク話が進んでいたのだろう。



「突然の事に私も驚いてる。優秀な社員を外に出すのは甚だ遺憾なのだが」

「そうですね。追放されるような悪さはしてませんから。で、給料はドカンと下がるので?」



 腰痛仲間の部長だ。少々キツくあたっても問題ない。いや、腰も胃もキリキリ痛んで欲しいくらいだ。

 事前内諾なしでいきなり辞令交付というのは、俺の経験でも少ない事例だ。その様な辞令は主として

 「君に我が社にいてもらっちゃ困るのよ」

 すなわち、

 「著しく会社(の中の人。特に役員の皆様たち)に不利益を与えた云々」

 な皆様に限られる。


 決して清廉潔白ではないが、俺はそこまでの不良社員でもない。

 キッツイ当たりを予想していたらしい。総務部長は意図的に笑顔を作る。腹芸ができなければ総務部長というのはやってられない。どこの会社にもあるありふれた部署だが、企業の全ての不祥事のケツ拭きをするトイレットペーパーのような部署が総務部であり、俺もそのトイレットペーパーの切れ端なのだ。



「それは問題ない。出向期間中の身分と収入の保証は先方から強く望まれている。法務部と総務部人事課が必死になって出向規定を作成した。我が社の創業以来初の出来事なんだ」



 言外に拒否権はないということらしい。何があったのかわからんが、物事を勝手に進めてもらっては困る。



「そりゃ、大変でしたね。人事と法務の皆さんに恨まれるなぁ。まぁいいです。で、出向先はどこですか?場合によっては法務の皆さんの仕事を減らすことができるかも知れません。人事も規程の変更じゃなく、ルーチンワークの退職金計算になりますから。ご存じないかも知れませんが、私は人並みの愛社精神は持ってますので」



 言外に辞職を匂わせると部長の顔色が変わった。



「わかってる。十分わかってる!出向期間終了後の昇格人事は決定済みだ。心配せずに外の空気を吸ってきて欲しい。出向先は神奈川県の医療法人だ」



 神奈川県?医療法人?クリティカルに心当たりがある。背景が8K高画質サラウン5.1チャンネルド大迫力で見えてきた。



「…ひょっとして「松戸会」とか言うんじゃないでしょうね」

「何だ?知ってるのか?そりゃ話が早い。先方からの名指しなんだ。いやぁ~手間が省けていい。ははは…」

「部長…。私の入院中、何があったんですか?」

「…」


 ごまかしきれないと思ったのだろう。腰痛仲間の部長は、今回の出向の背景を語り始めた。



「君が病院に担ぎ込まれて、ちょうど4日目に「松戸会」の事務長が来社して、君を「松戸会」に欲しいと言ってきた。前日に君は意識を取り戻してたので、医療事故関係の隠蔽ではなかろうと思ってたんだが、いきなりの移籍(出向)要求だったんでかなり驚いた。

 何せ「松戸会」と我が社との接点はほとんどない。

 君は知らんだろうが、「松戸会」ってのはただの医療法人じゃなくてね…。結構な分野の事業を展開している。規模は小さいが財閥の「財があんまりない」企業体だと思っていい。で、その「松戸会」が我が社との大規模取引の条件に君の出向を打診してきたんだ。医療法人だけに…」



 …最後の1フレーズは聞かなかったことにしよう。(武士の情けだ!寒すぎる!)「財のない財閥」だと?そりゃ「×(バツ)」じゃん?

 とにかく状況は理解した。要は「人身売買(ドナドナ)」だ。

 俺の頭蓋骨の中と腰のコルセット絡みなのはほぼ間違いない。実験体モルモットの確保を搦め手で来るとは予想外だったが、そんなに俺の脳味噌や腰、尻が大事なのだろうか?と、考えが尻に来たところで虚しくなってきた。

 微妙な表情に「断られる」と思ったのだろう。部長が必死の表情になる。



「出向の拒否はしないで欲しい!「松戸会」との取引は我が社の収益にとって大きい。加えて「付き合いも継続的に」と言われている。絶対に逃したくない取引先なんだ。頼む!助けると思って!」

「先方(松戸会)がその様な手段を選んで、我が社もそれに乗らなければならない状況になっているのは理解しました。しかしながら、日本国民には職業選択の自由があります。一度先方の話を「よ~く」伺ってからでは駄目でしょうか?ここで私が辞職すると我が社のメンツが立たなくなりますが、私が直接辞退すれば波風もそうそう立たないでしょう。部長は業績云々よりも会社のメンツを重要視されているように思える」



 はい、嘘です。(長い間お世話になりました!)辞職は確定ということで「松戸会」の大将、松戸の爺様に文句の一言でも叩きつけてやりたいと思ったのだ。

 速攻で断られるという最悪の事態を脱した総務部長は、「それじゃ早速先方(松戸会)に連絡してくる」と腰の切れも軽やかに応接室を飛び出していった。



うん、松戸の爺様、やっぱ悪人だわ。

割とどうでもいいけどさ。


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