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第12話 ヒーロー 社会復帰する

第12話 ヒーロー 社会復帰する



 約半月の入院を経て、俺は無事人間社会に復帰することができた。

 思い起こせば、今まで俺が積み重ねてきた常識が一気に崩れ去った半月だった。

 特に「変身(奴らに言わせれば延身らしいが)」あれは反則だ。括約筋直結ケツだけにのナニさえなければ思いっきりハマッていたかもしれない(ケツだけに)。

 コルセットを外して欲しいと懇願したのだが、


「これ(コルセット)なかったら、腰の回復まで車椅子生活ですよ」


 と言われれば引き下がるしかない。実際コルセットは皮膚のように貼り付いており違和感がまったくない。天元先生の言うには


「防水防塵&防刃防弾。金属探知機やX線にも引っかからない隠密仕様かつ蒸れ防止機能完備」


 とのことだ。一体、腰痛コルセットに何を求めているのだろうか?

 ただし、例の延身機能はプロテクトをかけているらしい。何でもサブスクリプリョン展開だそうな。うん、横文字にすりゃいいってもんじゃないぞ。


 入院期間中思ったよりも多い人たちが見舞いにやってきた。俺の両親はとうに彼岸の住人だし、一人っ子だった俺には近しい身内がいない。

(百キロBBAの直撃を受けて6日も経って、やっと北陸地方から叔父が飛んできた程だ。その頃には俺は目が覚めていたので、叔父は見舞いの菓子折りを土産にとんぼ返りすることになった)

 見舞客は会社関連と行きつけの居酒屋関係だけだったが、「俺って結構イイヤツだったんだな」と自惚れても良いレベルの数。(だが、江口な本を持ってきた営業のお前!退院したら即説教だ!)

 例の百キロBBAもやってきた。あの巨体を縮こまらせて平謝りだった(院長が脅したのかもしれない)保険で支払われる入院費用や賠償金以外にいろいろといただいている。

 リアル身を切って得たお金であるので大切に使わせてもらおう。

 退院後の会社復帰当日。頭蓋内の電極と、腰の怪しげなギミック搭載のコルセット、それとサンマ傷の走る涼しい頭(一時的!あくまでも一時的!)を保護するための白髪ロン毛のカツラ(ロムールとか言うらしい)を装備して通勤電車に乗り込んだ。

 粘り着くような腰の鈍痛はどこへやら!世界中が俺を祝福しているようで電車の振動すら心地よい。この(腰の)状態なら座席に腰掛けてもいいとさえ思っている。

 さて、いよいよ復帰だ。


 割とどうでもいいけど。


 都会の朝は早い。まだ空気が灰色じみた紫色の状態にもかかわらず、何かに追われるように急ぎ足でそれぞれの居場所に歩いて行くノーネクタイのスーツで武装したオッサン連中(俺もその一人だ)と、疲れ切った顔でねぐらへ向かう夜の住人(水属性)や、彼らに毟られてトボトボ歩く若者でカオスな状態だ。

 これが田舎であれば農作業に向かう爺様が、あぜ道をヒョコヒョコあるいている牧歌的な風景になるんだろうが、ここは大都会。

 いつになく清々しい腰を伴って駅に降り立った俺はコンビニでホットコーヒーのでっかいカップを買って、くたびれた外観(築50年!)のビルの通用口から出社を果たした。

 創業時はこのビルの1フロアに入居していたらしいのだが、創業から45年(うん、微妙な数字だ)を経過し、それほど大きくはないビル全てを我が社が借り切っている。

 企業の寿命は20年程らしいから、倍以上の命を保っている我が社は長生きな部類だろう。

 日本経済、いや日本を破滅一歩手前まで追い詰めた、某政党の政権「ごっこ」が終焉を迎え、問題ありまくりではあるが、「おまいらより十数倍まし」な政党に政権復帰したとたんご祝儀相場もあってか世の中が高揚した気分になり一気に経済が回るようになった。

 その恩恵を受け、日当たりの良い縁側の上のナメクジ状態であった我が社も業績が奇跡的に回復。増加した利益を散々苦しめられた役所に税金で持って行かれたり、融資を渋って門前払いした銀行の懐を暖めるくらいならと、全社ファニチャー類の更新にぶっ込んだ。


 「20世紀の遺産」と称された、引っ張るたびに引き出しが脱線するデスクや「パイプ椅子の方がまだマシ」とまで酷評された4本足のオフィスチェアが一新され、人間性を考慮されたファニチャーに入れ替えられたのだ。

 腰に故障を抱える俺がきっちり仕事ができるのはこれらのファニチャーのおかげだ。総務部長偉い!(総務部長は腰痛持ち+痔主なので俺もシンパシーを感じてる。おっと!ただし腰までだ!)

 座り心地の良いビジネスチェアーに腰を下ろし、紙コップのコーヒーをズルズル(おっさんぽく)すすりながらサーバの稼働とバックアップログの確認をして各拠点とのトラフィックの確認を行う。

 油断していると、夜通しマイニングやらファイル交換をする不心得者(大抵俺より年長者。「最近の若いモン」はそんなことは自前でやる)が湧いてくるからだ。

 コイツらが問題で、アプリの起動制限やら、トラフィックのブロックなんかをすると「業務上必要」とか難癖をつけてくる。

 いわゆるパワハラ。それもアフォの部類。トッピングにプチ老害といったところだ。

 たぶん「俺は原子力に詳しい」とか抜かして核爆発寸前にまで発電所を追い込んだアイツもコイツらの同類なんだろうと思うんだが、これについても俺は対応策を編み出している。

 該当通信ポートの帯域幅をパソコン通信(死語)並に絞り込んでやるのだ。一応、通信はできているので「繋がらない」との文句は来ない。で、勇気ある(ただの)馬鹿が「遅い!」と怒鳴り込んで来ると、



「あ、そりゃ帯域不足ですね。他の通信にも影響出そうだな。ところで何をやっておられるので?」



 と、聞き返すと、少なくとも3日後には該当ソフトはパソコンから姿を消している。

(二枚目がCMやってる資産管理ソフトで確認できる。あのソフトの費用の大半はコイツの出演料じゃないかと思う。そもそもレジストリを一元管理する「だけ」のソフトウェアにあれだけの費用がかかるというのは解せない。おっと、脱線!)

 一応、「まずい」とは思うらしい。その程度のリテラシーは残っているようなので我が社はまだまだ安心だ。本当にアブナイヤツは手段のために目的は選ばない。

 かくして会社の平和は俺によって守られ続けている。あれ?俺って結構イイヤツじゃん?


 ちなみに俺の所属は総務部庶務課。OA部門などではない。業務分掌規程に、


「その他各部門の業務に当たらないものは総務部が統括する」


 と書かれているので仕方がないのだ。(そもそも零細企業の我が社にOA部門なんぞないし、我が社は机の前に長時間向かっている人間ほど評価される会社だ。で、あるから俺の評価はそれほど高くはない)

 そうこうしているうちに人事や経理の人間がぽつぽつやってくる。早いな…ああ、今日は旅費交通費の締め日だったっけ?割とどうでもいいんだけどね。



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