第10話 ヒーロー 改造される(1)
第10話 ヒーロー 改造される(1)
「知らない天井だ」
ラノベなどで覚醒した際に必ず発せられる台詞らしいが、当事者になって言ってみると何の感慨も湧かない。
身体を動かそうとするのだが、なんだか筋肉がこわばっている。長時間バケツを持って廊下に立たされた後の様な(自己弁護までに!そのような少年時代は俺にはなかった!そもそもバケツで廊下なんていうのは戦前から戦中派の歴史だ)感じだ。なんだか筋肉の中に針金が入っているようで指先ですら動かしにくい。皮膚からの感覚から、どうやら両手は軽くではあるがベッドに固定されている様だ。点滴のチューブが視界の両側に入ったのでそのためだろう。
首を動かそうとするが、肩の辺りから頭全体を固定されているらしく自由がきかない。部屋(?)の入り口から数名の人間が入ってくる気配がしたので、かろうじて動かせる目玉をキョロキョロさせると俺の視界に満面の笑みをたたえた白衣のジジイ達の姿が飛び込んできた。白衣ということは病院、あるいはそれに準ずる医療機関だろうが、いきなり白衣のジジイは様式美、順序立てというものを無視している。普通はドジッ娘看護師が泡食って「センセー!患者さんが(以下略)」じゃないのだろうか?
一瞬でそこまで想像とツッコミを入れた俺は偉い!思考速度は衰えていないとこれまた素早く分析、勝手に自己完結して悦に入っていたら、ジジイは声をかけてくる。
「おめでとう!よしなり君!君は我々の同士となった」
そっちか!そっちなのか!
完全に主導権を握られた俺は首をベッドに固定されたままジジイの演説を聴くことになった。くそっ!やられた!俺としたことが!
「緊急手術にかこつけて全身をいじり倒したかったんだが、天元君に反対されてな。頭部と腰部損傷に対応するじっけ…いや、治療を施した。本Go君とか1文字君みたいにいじくり倒してないから大丈夫だ。ああ、意識が戻ったら頭部の固定も必要ないだろ。外してやんなさい」
おい!一号二号はあんた達の仕業か!いや待て!時代が大きく違うぞ?
ジジイの言葉に若い看護師(この娘が最初じゃないと駄目だったんだよ!ジジイ!)が慣れた手つきで点滴の針を抜き、固定されていた両手が自由になった。その間に肛門科兼脳神経外科医長の日浦先生が俺の頭部を固定していたウレタン製らしいスポンジを取り外してくれた。
肛門科というアレされない限りお世話にならないと思われる診療科と、可能であればお世話になりたくない脳外科の医長を兼務している日浦先生の名前を知っていたのは偶然ではない。
日浦先生は非常にビジュアルがアレだ。髪を七三に分けてチョビ髭を蓄えており、患者からは「総統閣下」と呼ばれている。(某漫画の人浦博士を想像していただきたい)ただし、本家のような大柄ではなくパロディの役者並みの身長だ。一目で本家ではないと判るはずなのだが、学会で中東某国に出張した際、空港で別室に連れ込まれて尋問を受けたそうでそれが大層気に障ったらしく、帰国後日浦先生は髪型を変え、蓄えていたひげをチョビひげに変更。本家のビジュアルに似せる努力をしたらしい。その甲斐あってか某国の学会からのお呼びは今のところ全くこないそうだ。(医学界ではDr.Fuhrerという渾名で通っているらしい)
この時点で俺はやっと白髪のジジイの胸元の顔写真入りIDカード(金属端子があるのでいっちょ前に接触型ICカードだろう。非接触型よりもセキュリティは高いと思われるが、値段はそんなに高くない。顔写真の印刷代含めて1枚1,000円程度だ。いや、割とどうでもいいのだが)に「院長 松戸」と刻まれていることに気がついた。
このジジ…いや、爺様が大クリニック院長か!
若干引いてしまった俺におかまいなく、頭部の固定を外した日浦先生はざっと俺の顔を眺めると大変丁寧な言葉遣いで俺に病状というか、現時点での注意事項を説明し始めた。
「脳の電極がなじむまで偏頭痛があるかもしれません。ボルタレンを処方しておくから痛くなったら飲んでください」
「…ボルタレンですか、アレは体質に合わないんですよ。明晰夢見ちゃうんで…トイレの個室で1人で七輪でカルビ焼いて食ってる微妙な夢を見てから、カルビが嫌いになってですね…いやそれじゃない!」
日浦先生の言葉に気がついて慌てて頭に手をやる。頭には網目ガーゼがマスクメロンの如く貼り付いていていており、最近少なくなったんじゃないかと危惧していた「長い友」がその存在を消していた。
「お、俺の頭に何を…」
「歩道橋で転倒、いや、あの状況では転落といったほうがいですね。その転落事故で際警察のいうところの「頭部を強く打った」んです。端的に言うとバキバキ&グズグズです。そんなわけで緊急開頭手術を行いました。よしなりさんがここの診察券持ってたのは運がよかったですね。ウチは救急指定じゃないので、普通なら病院たらい回しで「死亡が確認された」コースです。頭蓋が割れたのと手術用に穴をあけたので、ところどころ欠損してますから気をつけて下さい。貴方の頭の中の血腫を除去するのは結構大変だったんですよ。硬膜の内側は難易度が桁違いに高いので久々に苦労しました。その際、硬膜内に電極をちゃっちゃっちゃっとですね…。ああ、電極設置の術式は極めて簡単なものですので気に病む必要はありません」
「脳外科が専門」と話していた日浦先生が、簡潔に(かつ嬉しそうに)俺の身の上というか、首から上に起こった出来事を説明する。なるほど。そう言えばメガトン核爆級ババアのフライングボディアタックを受けた様な記憶がある…。じゃない!問題は頭の中だ!
「ちょっと待ってください!病みますよ!間違いなく病みます!私の頭には機械が入ってるんですか?それって生体実験じゃないんですか?」
「生体実験?馬鹿な!治療と言って下さい。これは頭部の治療と併せて、貴方の腰を治療する手段です。ちなみに貴方の腰も壊滅的ダメージを受けてます。事故の際に頭と一緒に激しく路面に叩き付けられたため、ただでさえ正常でないあなたの腰椎に壊滅的なダメージが追加されてしまいました。天元先生が各種の術式で再建されましたが、神経系の回復が芳しくないので神経系をバイパスして脳から直接筋肉を操作してます。これがなければ、立つこともままなりません?ああ、勃つことなぞ論外です。想像するだけで萎えます。痛いのがよければ実け…いや、治療を中止しますが?」
今「実験」と言いかけたな!「実験」と!俺はモルモットじゃない!
怒り心頭で日浦先生をにらみつけたのだが、それを馬鹿にするかのようにジジ…医院長の声が日浦先生の言葉を補足する。
「じっ…際は治験なんだが、これをやっても診療報酬は出ないので金にならんのだ。その分を回収するために患者を選ばないと駄目なんだが、君は実にラッキーだった。頭部損傷という願ってもないシチュエーションで運び込まれてきたんで我々はフリーハンドを得ることができた。診断書は上手く書いておくから心配しなくてよろしい。健康保険とか損害保険入ってる?そうかそうか!それじゃ損保と生保、共済から金は取り放題だ。会社からも傷病手当が出ると思うぞ?オマケにあの婆様からも少なくはない額はむしり取れる。結構な金持ちらしいからな」
オイ!医者がそんな事していいのか!それと微妙な観点で褒められても嬉しくない!
「うふふ…よしなりさんて、結構沸点が低いんですね?」
爺様たちの後ろに控えていた、大クリニックを仕切る丸木戸看護師長が感心したように言うが巨大なお世話だ。頭蓋骨の中身を勝手にいじり回されて冷静なヤツの方がおかしい!
「温厚そうだったんでじっ…治験対象者としては不適格だと思ったんだが…こりゃいけるかもしれんな。よし!早速動作確認をしよう」
「また実験と言おうとした!」
「とりあえず、身体の確認ですね。何せ丸2日経ってますから。筋肉も強張ってるでしょう。脳に障害が残っているのが一番まずいですね。ああ、あんまり興奮するとひっくり返りますよ?脳脊髄液も減少してますから。はい、立ち上がって。立ちくらみはない?頭部から出血したけど、輸血はしてないからちょっと心配だな。輸液と鉄剤と増血剤は点滴してるから体液の量は変わらないと思うけど、三半規管が混乱しているかもしれない。内出血もひどかったからね。搬送されてきた時には目、鼻、耳、口からどろどろ血が流れてましたからねぇ。あと、血液じゃないけどシモの方も全開でしたよ(笑)後で鏡を見てみなさい。ウサギみたいな目になってるから…」
日浦先生に言われるまま、ベッドの横に立ち上がった俺は、結構素直ではないのかと思ったのはかなり後の事だ。




