移り行く環境
大変お待たせしました。
諸事情で更新が遅れましたが、改めて二部一章(八章)を始めたいと思います。
これからも気長にお付き合い頂けると嬉しいです!
多くの人が行き交うスクランブル交差点。
立ち並んだ高層ビルの窓が日差しを反射させ、人々が歩くアスファルトを焦がしている。
そんな雑踏の頭上、とあるビルの上層部に設置された大型のモニターから流れている映像は、今現在放送されているとある番組のものだ。
世間的に非常に注目度の高いとある事柄が大きく関わる番組のために、いつもは広告を流すために使われる大型モニターを使用して特別に放映を行っていた。
当然、その内容は『異能』と言う、これまでの常識を一変させる現象についての番組。
通りすがりの多くの人もその番組に興味があるのか、急ぎ足に交差点を渡っていた人や携帯を片手に歩いていた人が、頭上で流れるその映像を目にして足を止めている。
番組に出演している人物が口を開く。
「今世間を大いに騒がせている非科学的な現象。前置きが必要ないくらい有名となったこの事象ですが、改めて考え直してみても、私はこれまでこのような機能が備わっている人がいるとは想像もしませんでしたね。本日ゲスト、女優の神崎未来さん、早速ですがご意見をお聞かせください」
「……はい、私も日々変動する情勢に混乱する気持ちでいっぱいです。非科学的な力を扱う才能を持った一部の人間が、これまで表に出てこなかった事への疑問やその力に私達はどう向き合っていくべきなのかを、毎日の報道に注目しながら考えています」
「そうですよね。テレビの前の皆様の意見も、神崎さんがおっしゃられたのと同じだと思います。皆様が日々の報道によって感じている不安をこの番組の討論で少しでも解消できることを願っています」
そして、その番組に出演する人達も、統一性はともかくとして非常に知名度のある豪華な人物達で彩られている。
ベテラン司会者に人気絶頂の大女優、政府の重鎮やこの件に関する警察の代表、その他各方面の専門家を称する者達。
今は顔を見ない方が珍しい女優はともかく、討論が中心となるこの場ではこれ以上ない顔揃えだ。
求められている役回りを理解しているのだろう、女優の女性が期待通りの発言をした事で司会者がスムーズに話の流れを回していく。
「――――それでは始めていきましょう。先日施行された非科学的な力の基本規定を踏まえまして、阿井田博文議員のお考えをお聞かせくださいますか?」
「はい、えーそうですね。個人が所有する才能の一部とも取れる今回のような力の規定については大変難しいところがございまして。人権を配意するのは大前提として、しかしながら、少なくない制約を課さなければ無尽蔵に犯罪を、えー……犯す人物が出て来てしまう危険性が残ってしまう、そんな板挟みの状態でありまして。我々としては大変、慎重な線引きを迫られることとなりました。はい。当然今回の規定は初めての試みでありまして、後々修正等を行う必要があるとは思いますが、少なくとも非科学的な才能を持つ人物が迫害されるようなことが無いよう法整備をして、このような才能を持つ人物の安全を確保し、同時に国での保護を行い、協力を得て、発生する犯罪や暴力に対応していく形になると思います。また、非科学的な才能を使った犯罪に対しても、これまでの一般的な価値観に基づき通常の犯罪行為と同様の刑罰を科す方向で現在も議論を進めております」
そんな風に、目が開いているのか閉じているのか分からない初老の男性が、司会者の女性から投げかけられた質問に対して長々とした返答を行っていた。
阿井田博文。
彼は司会者に議員と呼ばれた通り、政界に携わる者として非常に高名で、度々こうしたテレビ番組などにも出演している者だ。
高い知名度と支持を得ており、相応以上の政治手腕を持つ人物だが、同業者からはいやらしいと評される程、追及を躱すのも行うのも得意としている。
当然、今回の質問内容に対しての返答もいささかズレがある事はこのスタジオにいる全員が理解しているだろうが、敵に回すことを恐れて誰も追及しようとはしない。
公平中立ありのままの報道とは程遠い、忖度や配慮、あるいは事前の示し合わせを含んだこの場では見せかけ以上の討論は起こり得ないのだ。
だが、司会者や招かれた多くのゲストは熱心に頷き相槌を打つ中、彼らとは正反対に、実際に警視庁でこの件の実務を取り仕切る立場にいる女性は外用の笑顔を顔に張り付けたまま微動だにしていなかった。
それに気が付いたのか、話の矛先が女性に向けられる。
「それでは現在警視庁で非科学的な力による犯罪を取り締まる立場である警視庁公安部特務対策第一課課長であり、現在知らない人はいないであろう非科学的な力を実際に所有する時の人、飛禅飛鳥さん。ご意見をお聞かせください」
「はい☆ まず非科学的な才能を持つ私達の保護を明文化してくれた事は非常に感謝しています☆ これで不要な迫害を受ける可能性が減りますし、既定にある通り危害を受けた場合は非科学的な力の行使が認められているので反撃できないということもない、塩梅としては絶妙だと考えております☆ 同時に、取り締まる警察の立場からも、非科学的な力を使用した犯罪の立証に対してある程度の許容性を示していただけたことで対応のしやすさが増しました、法整備を進めている他国との足並みを揃える必要はあると思いますが、我が国はこのような方向性を堅持していただけると嬉しいです☆」
きっといつものこの女性を知る人が見れば普段通りの様子に頭を抱え、そして、この女性らしからぬ組織人としての発言に目を剥くかもしれない。
ニコニコと、自分の外見を最大限に理解し活用した笑顔を振り撒いて、飛鳥はスタジオの空気を堅苦しいものから柔らかいものへと強制的に変化させる。
対面に座っていた阿井田議員は当然として、ベテランの司会者さえも、思わず飛鳥の笑顔に釣られて笑顔になりかけ、慌てて口元を引き締め直していた。
重苦しく真面目な討論がテーマのこの番組において、笑顔は出来るだけ避けるべきものだからだ。
そんな番組の収録スタジオで、思わず人を笑顔にさせてしまう飛鳥にはきっとその道の才能があるのだろう。
普通のバラエティ番組ならともかく、このような真面目な討論番組において飛鳥のような人物はかなりの要注意人物だ。
改めて気を引き締め直した司会者が、慌てて次の話題を読み上げに入っていく。
そんな進行で日本全国多くの人達が見守る中、今現在何よりも注目が集まっている事象に関する放送が続けられていた。
世間は今、非科学的な力に関する話題が非常に盛り上がりを見せている。
飛禅飛鳥、神薙隆一郎、それからICPOによる公式会見。
多くの人々を救出した事象も、多くの人々を殺めた事象も、何より世界各地で起きていた超常的な犯罪事件を国際組織や国家が認める動きをしたことで、急速に世間に認知が進んだ結果、その様に世界情勢が動いたのだ。
それは退屈な科学という理論で、照らすことが出来ていない未知の領域の話。
魔法のような、幻想のような、超常のような、神様のような、説明できない現象。
人々の興味、興奮を引き出すだけの素材を秘めたこれらの現象は、世論だけでなく腰の重かった各国の政府まで大きく動かす事態となっていた。
その様な情勢に合わせて練られたのが今回の番組だ。
全国放送されているこの番組『徹底討論 今話題の核心に迫る!』は、昼食時に放送されている人気の番組。
この番組はタイトルの通り、世間で話題になっているものに関する知識人や関係者を呼び討論をするだけの単純な番組形式を採用している。
今週の回は異能という、取り上げる話題の世間からの注目度を考慮し、計画になかった放送を無理やり割り込ませた形なのだが、それでもこれまでの視聴率とは比にならない程高い。
事前から番組スタッフたちが諸手を上げて喜ぶような注目度だったが、録画である渦中のスタジオに呼ばれた者達はそんなことは露知らず、盛大に火花を散らしていた。
『ですからっ、実際に非科学的な力の行使によって多くの犠牲者が出ている訳ですから、さらに強い制約を課すのは当然ではないですか!? 人権どうこう言うよりも、誰が容易く他人を害せる力を持っているか分からない現状、強力な抑止力が必要なのは目に見えています!』
『強力な抑止力ってどんなものですか? 非科学的な力を使ったら懲役刑だとかそういう話になるんですか? そんなことをして目に見えた差別、抑圧をした結果どうなるか考えられないんですか?』
『だいたい、飛禅さんはともかくとしてこの現象を扱う人間は倫理観が欠けた者が多い。良い事をしたという事例は飛禅さんの件しか聞かないのに、現象を用いた犯罪がこれだけあるとは……』
『この現象に迎合するのではなく、早期に原理解明や対策となる技術の確立を目指していくべきだろう。例えば非科学的な現象を抑え込む装置のようなものをだね……』
『それよりも、まずはこの現象を扱える人間を識別する術を見付けなければ、世間は疑心暗鬼になりかねませんよ。これまで親しく接してきた隣人を、実は容易く他人を害しえる力を持っているのでは、なんて考えたくない』
『大体政府や警察はこの一件をどうしてもっと早期に見つけ出すことが――――』
『組織としての体制に問題があるのでは――――』
そんな統一性も無い意見が飛び交う。
それぞれの主義主張をぶつけ合い、激しく討論を交わす番組の放送。
それがここ、老舗の定食屋のテレビ画面でも同様に流されていた。
隠れた名店であるこの店の昼時は、いつも通り席の半分ほどが埋まる賑わいを見せており、その中に普段の常連客ではない三人組が座敷に腰を下ろしている。
ちぐはぐな三人組。
30近いだろう目付きの鋭い男性と、室内なのに帽子を外さず普段は掛けない黒縁眼鏡を掛けた女性、そして背の小さい中学生くらいの女子といった、奇妙な集まりだ。
きっと近くを歩いていれば気になって視線で追うような集団だろう。
だが、今は特に彼らの周囲の人達は興味が沸かないのか注目する素振りは一切見せない。
店員も普通の客としての対応を行ってはいても、それ以上の干渉しようとはしないのだ。
誰にも注目されないなんていうソレが、まさか今世間を騒がせている非科学的な力だなんて、きっとその三人組以外は考えすらしないだろう。
「あ、燐香お水のお代わり要るわよね? ――――店員さーん☆ お冷のピッチャーとかありませんかぁ?」
「……自分が出演する番組がお店のテレビで流れているのにいつも通りの面の皮。神楽坂さん、私やっぱり飛鳥さんは大物だと思うんですけど」
「飛禅のメンタルが頑強なのは今に始まった事じゃない。それよりも俺はいつの間にか改善されていた飛禅と佐取の仲に驚いているんだが……この前まで最悪とは言えなくとも良くはなかった記憶が……」
そんな番組の放送や常連客達の賑わいを余所に、いつもの三人組は約束していた定食屋での会話を楽しんでいた。
注文していた食事が並べられ、やけに距離が近い帽子と眼鏡を付けたままの女性を押し返しながら、三人組の中でも頭一つ背の小さな女子がコホンと咳払いする。
「では、改めて……神楽坂さんの出世と飛鳥さんの賄賂を疑うような大出世を祝いましょうか」
「かんぱーい」と、何故だか酷く苦々しそうな面々を無視した少女の元気な挨拶が小さく響いた。
‐1‐
そんな私達三人組の会話は開幕から盛り上がりを見せ、徐々に激しさが増していっていた。
提供された料理に舌鼓を打ちつつ、会話は最近あった小話から愚痴や不満へと変遷していく。
未成年の私がいるからと配慮してお酒も入っていない筈なのに、色々と思う所のあった大人げない二人(主に女性)の絡みが私に襲い掛かってきているのだ。
「アンタは良いわよね! まったくっ! これっぽっちもっ!! 世の中の騒ぎに巻き込まれてないんだもん! このっ、ふてぶてしい死んだ目のアホ顔晒してっ! 神楽坂先輩はアンタが押し付けた功績を今頃評価されて出世、私はあのスライムが居なくなった席に誰も座りたがらなかったから押し付けられて異例の出世! 字面はめでたくても実情は厄介ごと塗れなんだからね!? ちょっと、分かってるの!?」
「あぶぷぷぷ、ちょ、ちょっと飛鳥さん! ほっぺをサワサワしないで下さい! 大体、お二人の境遇には……まあ同情しないことも無いですが、冷遇されるよりは良いんじゃないですかね? 今は大変ですけど、きっとほとぼりが冷めれば良いところだけが残りますよ! へへへ……」
「なんだろう、間違ったことは言ってないしそうなる可能性が高いんだろうけど腹立つわね……ちょっとウチに泊まりに来なさいよ。抱き枕にしてやるから」
「あ、あっ、さ、さっきから飛鳥さん、なんでそんなに変なテンションなんですか!? ちょっと、お酒飲んでないですよね!?」
とか。
「……今更になって君の主張は正しかったなんて言われてもな。“紫龍”も“千手”も俺は何もしちゃいないのに、これからの働きに期待して出世させるだと……? きっと、見ようともしない奴らにはこれからだって何にも見えやしないだろうな」
「わー、神楽坂さんの本格的な愚痴って初めて聞いた気がします。飛鳥さんもですけど、ここまで神楽坂さんにストレスを掛ける社会って怖いですね。私大人になるのが怖くなってきました」
「佐取はきっと上手くやれるさ。君の、自分の主張を曲げないながらも状況に応じて柔軟に対応できる手腕はこれまで俺が見て来た誰よりも長けている。能力の高さも相まって、どんな環境になったとしてもやっていけるだろう。俺が保証する」
「……突然、普通に褒められると照れます……」
「まあ、ちょっと抜けてるところはあったりするが、それが無かったら無かったでアレだからな。うん、今くらいが丁度良いと俺は思う」
とか。
「やっぱりここの料理美味しいです☆ 神楽坂せんぱぁい、好きなだけ食べて良いんですよね?」
「あむあむ……おいしい! サクッジュワッぷりぷりのエビカツおいしいです! 私に黙ってこんなところを通い詰めていただなんて卑劣なっ……!! 今度桐佳達も連れて食べに来てやります!」
「まあ、元々大食漢を連れて来ると覚悟していたからな。これまでの迷惑を掛けた分もある、今日は好きなだけ食べてくれ」
「わーい☆」
「わー……え? 私今飛鳥さんと同じ大食漢扱いされました? え? い、いや、私そんなに食べるタイプじゃないんですけど? 冗談ですよね神楽坂さん!?」
「そうだな、ちょっと言い間違えたかもしれないな」
「今、大人の対応されましたっ!?」
――――なんて、そんな会話を私達はしていた。
こうした世間話のようなものをしていて、私はやっぱり気心が知れた関係の二人とこうして集まるのは良いものだと改めて思うのだ。
前々から約束していたこの食事会。
神薙隆一郎の一件以降、ようやくこうして集まることが出来た訳だが、実のところ、予定を合わせ、実行に移すまでに実に数か月を要した。
異能が表沙汰になるとともに、これまでの功績その他諸々が再評価され、彼らの日常が大きく変わることになったのだ。
中々合わない予定に何度やきもきさせられたのかは思い出したくもないが、夏休みが終わったばかりだと思っていたのに、気が付けばもう肌寒い時期に入ってしまった訳だ。
同時にこの期間、マキナが大きく異能を使用する機会が無かった。
つまり不気味なくらい平穏で、マキナに溜め込む異能の出力がすっかり元通り近くまで回復してしまっている。
ここまで平穏だと、それはそれで気味が悪いが…………うんまあ、そんなのは私が考えるべき事じゃない。
今私がするべきなのは、楽しみにしていたこの約束の場をしっかりと楽しむ事だろうと思う。
「……それにしても、やっぱり飛禅と佐取の仲は改善されていたのか……なんだか、色々と気になる所はあるが……まあ、仲が良い事は何よりだからな」
「何言ってるんですか神楽坂せんぱぁい、私と燐香ちゃんは昔から仲良しですよぉ☆」
「え? あれだけさんざん私の事を敵視しててそれはちょっと……」
「え……き、気にしてるの?」
調子よく口を回していた飛鳥さんが私の突っ込みに動揺した。
ちなみに私は意外と記憶力が良いので、嫌なことをされると結構先まで覚えて根に持つタイプだ。
「……別に気にしてないですけど、まあ、最初は何でこんなに嫌われてるんだろうって不安になって、ちょっと飛鳥さんの事嫌いになりかけてたりしましたけど。今はそんなことないですもんね飛鳥さん」
「ちょ、ちょっと待って…………え? 嫌いになりかけてた?」
「前の話ですよ? 今はほら、色々と身を呈して助けてくれてるのでそんなことないですし、好感で相殺されていますから結構好きの部類ですけど。前の時は……ねえ?」
「ま、待って…………い、色々酷いこと言ってたわよね。ごめんなさいっ……! 燐香、あの、本当に悪かったと思ってるからっ。私、つい反抗的な態度を貴方にはしちゃうって言うか……甘えちゃうって言うか……!!」
「うぷぷ」
飛鳥さんが急にしおらしくなった。
飛鳥さんから向けられている感情がどんなものかはだいたい理解しているが、ここまで露骨な態度をされるとちょっと面白い。
幼気な少女時代に現れた憧れの存在(カッコいい燐香ちゃん)に嫌われたくないという気持ちはよく分かる。
それはもうよく分かる――――の、だけれど。
「にへへ……」
自分の口の端が持ち上がっているのを自覚する。
色んな負い目を感じているのだろう、変装用の帽子や眼鏡越しにすら分かるほど気落ちする飛鳥さんに、少しだけ私の性格の悪い嗜虐心がくすぐられた。
ちょっとだけ意地悪したくなる。
「飛鳥さんってば。私は貴方の態度なんて気にしてないですよ。本当ですよ? 素直になれないなんて後悔すること無いんです。誰だって自分の気持ちに素直になって行動するのは難しいですし、もしも拒否されたらと考えて恐怖を覚えるのは人の感情として当然。だから私は貴方を責めるつもりは一切ない。これは別に私の心が広いとかそういう話ではないのよ。だって――――私に分からない事はない、そうでしょう?」
「ぇぅ……な、なんでそんな……」
思わずからかうようにそう口にした。
傲慢だった中学時代のような、何処か格好を付けたような所作で。
相対した人が思わず気圧されるような、堂々とした身振り手振りを。
それらの所作から繰り出される私の言葉一つひとつは、重く優しく纏わりつくように飛鳥さんに圧し掛かるのだ。
碌な反論も、反抗の意思も持てないのだろう。
ただただ気圧されるだけの飛鳥さんを、さらにからかおうとした私に対して神楽坂さんは呆れたような顔をしていた。
「……佐取、顔が怖い。善良な一般人とやらがしちゃいけない顔だ」
「!!??」
少し弄り回そうと思って口火を切った段階で神楽坂さんからそんな指摘をされる。
私の言葉にたじろいでいた飛鳥さんが、神楽坂さんの指摘にポカンとした私に向けて激しく肯定の頷きを見せて来た。
……別にいじめようとなんてしていないし、まだ何もやっていない未遂の段階でこんな扱いを受けるのは甚だ不本意。
無実の主張をしたい所だが、この場は私の弁護をする者はいない違法裁判所である。
「私を悪者みたいに扱って……私は別に飛鳥さんを少しからかおうとしただけで……」
「いや、俺は別に飛禅を擁護するつもりはないし、二人の関係をとやかく言うつもりも無いが……その、俺が思った事を言っただけだから気にするな」
「その態度は余計傷付くんですけど!?」
私の心からの叫びに神楽坂さんはそっと目を逸らす。
その酷すぎる態度に愕然とした私に、気圧されから復帰した飛鳥さんが怒りの形相で私の両頬を抓り上げてきた。
突然理不尽な痛みが無実の私に襲い掛かる。
「いひゃい!?」
「妙な威圧感を出すな馬鹿!」
「出して無いもん! 出して無いもん! 飛鳥さんが勝手に思い込んだだけだもん!」
「態度で思い込ませたんだから出してたようなもんよ!」
「あ、飛鳥さんが珍しく気落ちした態度を見せるから、つい揶揄いたくなっちゃったんですもん! 今更変な引け目なんて感じないで下さいアホ!」
「気にしてないなら最初からそう言え! こ、の、ど馬鹿!」
「待て待てお前ら暴れるな! ここで出禁になるなんてシャレにもならない! 柿崎の奴になんて言われるか分かったもんじゃないんだ!」
隣り合っている私達がキャットファイトを始めたのを、神楽坂さんが即座に止めに入って来た。
まるで犯罪者達を縛り上げるかのように反応したその速度は、まさに疾風迅雷。
神楽坂さんはいつかのようにするりと飛鳥さんの関節を極め、私の頭をアイアンクローで締め上げる。
痛みに悲鳴を上げた私達は抵抗も出来ないまま沈み、異能持ち二人を容易く制圧した神楽坂さんは誇ることも無く疲れたように溜息を吐いた。
「まったく……関係が良くなったと言った途端これだ。結婚もしてないのにデカい娘を二人持った気分だ……」
「だ、誰が娘ですかぁ☆ こんな暴力的な父親だったら即反抗期に入ってやります☆」
「色々準備してるんだから多少騒いでも大丈夫なのに……私頑張ってるのに……神楽坂さん酷い……」
「そんな恨めし気な目をしても駄目だ。二人とも反省しろ」
私の抗議の声を聞き届けようともしない。
もう最初の頃の優しい神楽坂さんが懐かしい。
色々と気を遣ってくれて、優しくしてくれて、多少の悪事も笑って許してくれていた筈なのに……た、多少都合良く美化されてる気もするが、大体そんな感じだった気がする。
ともかく。
遠慮がなくなるくらい仲良くなれたと考えたら、これはこれで良いのだが……。
痛みに一緒に悶えていた私達だったが、いち早く痛みから復帰した飛鳥さんが肩をさすりながら体を起こした。
「いたた……まあ、うるさくしたのは反省します。私も少々大人げなかったですしね。ところでそろそろ、下らない話は置いておいて真面目な話でもしますか……」
今日はただ楽しむためだけのつもりだった私は飛鳥さんの話に少し驚く。
事前に何か話したいことがあるとは言われてなかったが、何か問題でもあったのだろうか。
「私、不本意ではあるんだけどかなり上の立場になった訳だからね。色んな情報が、特に異能に関する話はよく聞くようになったのよ。それで、国外で異能犯罪がかなり増えているのと、国内でも警察が追いきれない幾つかの事件が出て来ているっていう話を聞いてね。国内での事件はどれも異能犯罪だと認定するのは時間が掛かりそうだから直ぐにどうとかは言えないんだけど、一応二人には話しておこうかなって」
「それは助かる。俺は昇進したと言っても降格前の階級に戻っただけで、積極的に異能に関わる立場ではないのは変わらないからな」
「ええ、それで神楽坂先輩の昏睡している婚約者の方を治療できる可能性がありそうな情報があればそちらもお伝えしていきます。ただ、まだそれは何も掴めていないのでまずは国内の犯罪から」
「えぇー……お仕事の話ですかー……」
大人二人が小難しい話を始めてしまった。
なんだかんだ楽しかったのに、気が付けば会話の相手がいなくなってしまう。
せっかく仕事の合間を縫って集まることが出来たのに、こんな時でも仕事の話とは……何とも仕事好きのお二人である。
手持ち無沙汰になった私が水の入ったグラスにチビチビと口を付けていれば、携帯電話に妹からのメッセージ通知が届いているのに気が付く。
食事してくる予定があるのは伝えていたのに、今頃『何時ごろ帰れそう?』だなんて質問してきた妹に、何か買ってきて欲しいものでもあるのかと暇を利用して返信する。
警察内部の話なんて私には縁の無いものだろうと、私のそんな感じで料理や携帯に手を付けていたが、しばらくして二人の視線が私に集中している事に気が付いた。
「……え? なんですか? もしかしてお二人も天ぷら食べたかったですか?」
「いや……佐取はどう思うかって意見を聞きたいんだが……」
「国内外に出回ってるっていう異能を開花させる薬品の噂話。それに伴う高額な商品の裏取引。大抵は何の効果も無い紛い物だけど本物はあるのかって話よ。天ぷらじゃないわよ。話聞きなさいよ馬鹿」
「うぐぅ……」
私の意見が聞きたいとは思わなかった。
私なんて誰かに正式に学んだ訳でも無い、自分で考えただけの異能に関する知識があるだけで特殊な経験も無いただの学生。
立場の上がった二人が頼るような相手じゃないのに、なんて思いながら箸を置き、他ならぬ二人に請われるならと思考を巡らせた。
ただの学生とは言え、幸いこの事態に関しては心当たりがある。
どの情報を提示するべきかと思案しつつ、私は口を開いた。
「……まあ、火の無いところに煙は立たないとはいえ、これだけ世間に異能が認知され、基本的に皆が欲しがるこの技術を金銭目的で提示するなんて割とありきたりな話だとは思います。これで火元となる本物の商品が無かったとしても不思議でもなんでもないでしょう……ただ、私達は知っている筈です。例の組織が何を目的に児童誘拐を繰り返していたか。奴らの所有する異能持ちが何を使用していたか。そして、現に相坂和という少年の、外部の力によって開花させられた異能が存在することを。私達は知っている筈なんです」
「……ああ、そうだな」
重々しく頷いた二人に対し、私は軽く肩を竦めながら「はっきりと言いましょう」と言う。
「私はとある情報網でお二人が言う本物がある事は確認済みです。私の方で出来る限り回収やこの国での流通が無いよう調整をしていましたが、どうやら私の情報網では中々行き届かない場所での流通は始まってしまっているようですね。国外に比べて数や被害は圧倒的に少ないとはいえ、何かしらの薬の使用によってこれまで異能の開花に至っていなかった者達が異能を開花させている事はまず間違いないでしょう」
私の情報網は、マキナと言う名のとんでも情報通がいる今、情報屋として生計が立てれる程。
あわよくば褒めてもらおうと私の活躍をアピールしながらも、危険のある仕事をしている二人が少しでも安全に立ち回れるよう、私なりの情報をしっかりと話していく。
相槌は無いが聞いている気配のする二人に、私は続ける。
「どの犯罪がどう、とか。どの人物がこう、とか。そういった詳しい事までは分かりませんが、まあ国外からそれらの薬を密輸した人物はある程度抑えてあるので、いくつか本物の商品を回収してお二人にお渡ししたいと思います。それらを元に調査を進めていただければ、多分今よりも進展はあるんじゃないですかね? あとはそうですね……密輸した人についての情報もお渡ししますので、どこから仕入れたのかも調査していけば大本の特定はできなくとも関係している組織等は分かると思います…………あれ?」
「…………」
「…………」
気が付けば、眉間に皺を寄せた二人が視線を交わしている。
何やら不穏な気配を醸し出す二人に、どうしたのかと一瞬悩んですぐに理由が思い当たった。
二人に気を許しすぎて、ポロッと色々暴露してしまっている。
飛鳥さんはともかく、神楽坂さんにとってはあまり聞き逃せないような内容もあった気がする。
ぶわっ、と冷や汗を浮かべた私に神楽坂さんの窺うような視線が突き刺さった。
神楽坂さんが重々しく口を開く。
「……前に、神薙隆一郎が言っていた事なんだが……」
「あの……はい」
「“顔の無い巨人”がどういう意味なのか。言える範囲で教えて欲しい……その……過去は詮索しないとは言ったが、これからも協力していくなら、な。ある程度お互いの事は知っておかないといけないと思うんだ。勿論、他言するつもりはないが……どうだろう?」
「…………はい……」
諦めろと言うような飛鳥さんの呆れたような溜息に、私は自分が出しすぎたボロの程度を自覚した。
これまで色んな疑いに目をつぶってきてくれた神楽坂さんだが、どうやらこれ以上説明しないのは関係を継続する上で出来ないようである。
一瞬で制圧されるのを数分前に経験済みの私は、血の気を失った顔を自覚しながら二人の警察官を前に自分の隠し事を少しだけ自供していく。
定食屋の賑わいの声とテレビから聞こえてくる異能についての討論の声が、やけに遠くの様な気がする。
楽しみにしていた筈の場は、やっぱり私にとっての違法裁判所に様変わりしたようだった。




