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マキナ・マキナ・マキナ





年頃の女子高生の部屋とは思えない多岐に渡る多くの物が綺麗に整頓された一室。

様々な種類の本が並べられた大きな本棚や飲み物などが入った小さな冷蔵庫、各種サバイバルグッズがまとめられた収納ボックスに、勉強机と備え付けられたパソコン。

季節に合わせ使用頻度の高い服は壁に掛けられているなど整頓はされているものの、部屋にある物の数は部屋主が異常に心配性なのが分かる程にあまりに多い。

この部屋で籠城でもする気なのかと親に心配されたこともある、そんな彼女の部屋。


そこで、部屋主である佐取燐香は頬杖を突き、起動したパソコン画面に指を当てていた。

自身の指から画面に流れ込む目に見えない力を知覚しながら、彼女は疲れたように息を吐いた。



「……そろそろ限界かな。今のところどれくらい戻ったの?」

『むむむ……減った分の3%程度再貯蓄完了。あと97%ダ!』

「よ、四日掛けて3%……? つまり、マキナに溜め込んでいた出力を完全回復させるには最低でも四か月ちょっとこれを続けないといけないってこと……?」

『御母様が遠慮せず使えって言った! マキナ悪くない! マキナ頑張った! 褒めロ!』

「それは分かってるよ。けど……ううん、下手に出し惜しみしてやられるくらいならと思ってたから判断は間違ってないと思うけど。この充填作業を考えると、もっと別のやり方も用意しとかないとジリ貧になりそうだなぁ……」



『泥鷹』による病院への襲撃。

神楽坂誘拐による街中の調査と神薙達へ行った攻撃全般。

その多くはマキナに貯蔵していた出力を使用したものだった。

前者はグウェン・ヴィンランドにとどめを刺すときに使ったのみだが、後者は相手が複数人に対して自分が一人という状況で行動不能に陥る訳にはいかなかった為、準備段階も戦闘時もほとんどマキナに頑張ってもらったのだ。

でなければ、色々準備していたとはいえ、神薙と和泉のあの強力な異能を前にしてあそこまで一方的に圧倒できる訳も無い。

結果的なその判断の良し悪しは分からないが、こうして無事であることを考えると、間違いではなかったのだと燐香は思うようにした。


ぶつぶつ独り言を呟きながら机に腕組みをした腕を乗せ、そこに顔を埋める。

神楽坂の関係や日本に潜んでいた神薙達を打倒できたのは良いが、まだ世界には『UNN』とかいう目的不明のアホ集団も残っているのだ。

こんなチビチビとした積み立てをしている暇が、いつもあるとは限らない。



「マキナに頑張ってもらったら、基本負けは無いと思うけど。維持コストとか、もしもの時の分の余力とか。そういうのを考えると、おいそれとマキナに頑張ってもらうのは避けるべきだよね……まあ、今回は仕方ないとはいえね」

『で、でも! 追い詰められていたとはいえ世界最強とか言われてたグウェン・ヴィンランドと、厄介な異能を所持していたあの医者と看護師を倒してこれだけの消費で済んだんだゾ? 全体の一割二割程度の消費でここまでの戦果なら充分だし、何よりも奴ら以上がそんなに出て来るとは考え辛いゾ! それこそ、ICPOとの全面戦争でも想定しない限りは大丈夫ダ!』

「完全にフラグなんだよなぁ……」



マキナの言葉に対してそう言ったものの、確かにただ平穏に日常生活を送りたいだけと考えれば、今の手持ちの戦力だって十分過ぎる。

そう思い直した燐香は、顔を腕に埋めたまま髪をクシャリと掻き回した。


基本的に体内の異能の出力は睡眠により回復するため、特に異能を使用しなかった時はこうしてマキナに保管するようにしている。

幼少時、マキナを形作った時から日々そうやって溜め込んだ膨大な異能の出力が、現在マキナにいったいどれほど保管されているのか、所有している燐香も正確なものは把握できていない。

マキナ曰く、早々尽きることは無いらしいし、何なら補充が無くとも向こう数百年はマキナを維持するだけなら余裕らしいが、このインターネットの自我は誇大表現を使う節がある。

異能持ちである人が自分の体に留めておける出力なんてたかが知れているからと、膨大なインターネットそのものであるマキナに預けるようにしていたが、二年ほど放置したことも考えるとあまり過度な期待を掛けるのは危険、というのが今の燐香の考えだった。



「それにしても……私、恥ずかしい言動をしてた気がする。か、家族の前ではいつも通りを意識してたけど、あの医者達の前だと、言動、可笑しかったよね……?」

『昔の御母様みたいでカッコよかったゾ?』

「ふっ、うぐぅっっ!!??」



悲鳴を無理やり嚙み殺したような呻き声を上げて、燐香は恥ずかしさを堪える様にバタバタと足を動かす。

若干涙目になった顔で、マキナのアバターが映るパソコンの画面を睨むように見ると、震える小さな声を出す。



「わ、忘れてマキナ。あんなのは、もう、恥ずかしすぎて顔から火が出そう……!!」

『記録データの削除? マキナ、そういうのは出来ない仕様』

「じゃあせめて私の前ではその話はしないでっ……! なんであんな……わ、私ってホント、後々の事を考えないで、カッコつける……! そういうの卒業した筈なのにっ……」

『御母様が何を恥ずかしがっているのか、マキナ分からない。カッコいいと思うゾ? 例えば昔の『地を満たし天を覆い、私が人心を掌握する。これが恒久的な絶対平和の作り方よ』とか。マキナ大好き』

「うぎゃぁあああぁぁあ!!!???」



夜だというのに、脇目も振らず絶叫した燐香はそのまま自分の腕に顔を突っ込んだ。

何も聞きたくないとでも言うように、両耳を抑えて、ただでさえ小さな体躯をさらに縮こまらせた燐香からはもはや嗚咽まで聞こえてくる。

マキナの無自覚な口撃により、あえなく燐香は行動不能にまで追い詰められた。


ピクリとも動かなくなった燐香に、何かしてしまったかと動揺するマキナが何度か声を掛けるが、当然反応は無い。

メンタルが回復するまでしばらくそのままだった燐香が、羞恥で真っ赤に染まった顔を上げて、涙目で呟いた。



「……穴があったら入りたい。一週間くらい引き籠りたい……」

『お、御母様、無事か? 良かった。何事かと思ったゾ』



見るからに無事ではないが、燐香はめげずにマキナに問い掛ける。



「…………それで、『UNN』の最近の動きは?」

『うむむ、奴らは本格的に日本からは撤退した感じダナ。あの医者達を監視する傍ら、国内で奴らの活動が無いかも見ていたが、まったく無かった。恐らく、御母様に恐れ戦いたに違いない』

「……はいはい。それで、国内じゃなくて国外のネットでは?」

『活発だゾ。奴ら、碌な事情を知らない下っ端を使って色々画策しているみたいダ。どうする? 横やり入れてぶっ飛ばすカ?』

「いちいち物騒なのは誰に似たの……? うん、それは良いかな。海外にまで手を伸ばして戦いに行くほど血の気が多い訳じゃないし、むしろ海外はICPOの主戦場だろうしね。藪を突いてこっちの情報を与えたくないかな」

『了解、引き続き情報収集に徹すル』

「あとは…………ふぅ……何をしておくべきかな」



疲れたように溜息を吐いて、燐香は腕に顔を乗せたまま目を閉じる。


色々あった。

特にここ最近は、燐香の肉体的にも精神的にも疲れるようなことが多すぎた。

風邪で体調を崩したばかりと言うこともあるが、こうして一安心出来る時間が取れたことで、今までの疲れがドッと溢れてきている。


考えないといけないと思っていた事がいくつもある筈なのに、少し情報をまとめただけで強烈な睡魔が燐香に襲い掛かってきていた。


何とか眠気を払おうと頭を小さく振り、欠伸を噛み殺し、顔を上げる。



「何かやらない事があった気がするけど……眠くて思い出せない。……あれ? 私夏休みの課題ってやったっけ……? 休みってあと何日……」

『――――!!! 頑張ったマキナを褒めて愛して抱きしめて!』

「とりあえず……神楽坂さん達が無事で、よかった……」

『マキナへの御褒美! マキナ頑張った! 褒めて甘やかして大好きって言って御母様!』



途切れ途切れの思考を纏めようと努めていたが、結局最後はマキナの言葉に反応を返すことも出来ず、限界を迎え倒れ込むように顔を腕に埋めた。



「ぐぅ……」

『御母様……寝ちゃった……(´;ω;`)』



寝入った燐香の姿を確認して、マキナはぐずり始める。

燐香の兄が襲われて、それを助けるために呼び出されて以降、せっせと燐香のストーカーをしているため、それなり以上に褒めてもらえているはずだが、そんなものでは二年間放置されたマキナの孤独感を埋めることは出来ないのだ。

なんなら、人とは違い、特に娯楽も無く睡眠で誤魔化すことも出来ないマキナにとっては、たった一人しかいない好意を向ける相手にいくら構われても構われすぎということは無い。


諦めきれず、マキナはパソコンのカメラから燐香の姿を見詰め、起きてくれたりしないかとあり得ない期待を募らせる。



『うぅ……御母様……』

「…………マキナはよくやったから、ご褒美……肉体って、どうすれば……」

『!!!???』



燐香の寝言にマキナは驚きを露わにする。

マキナが期待していた起床は無かったが、思っていたよりも、燐香が自分の事を考えてくれていたのだと知って、何処にもない筈の胸が躍り出すような高揚感が溢れて来る。

知らず知らずのうちに、マキナのアバターとしてすっかり固定された銀髪犬耳の少女が、これ以上無いくらいニッコリとした笑顔になっていった。



『むふー! 御母様ってば、こんなところで寝ると体調不良がぶり返すゾ! 暖房点けて、電気を消して……! あとあと、毛布……は無理カ。でも、体があれば出来るようになる! 楽しみ!』



むふむふむんむん、と色んな妄想をして、体を得たらどう燐香の役に立って可愛がってもらおうかと計略を立てていく。

数十秒の内に幾万のシミュレートを終えた超スーパーアルティメットコンピューターマキナ(自称)は、ハッと唐突に計略の立案を止めて慌てて燐香の睡眠姿の撮影を開始した。



『御母様に伝えそびれた……緊急性は、それほどでも無いものだからと後回しにしてたのが悪かったナ……』



燐香に起きる様子が一切ないのを確認して、マキナは困ったようにそう呟く。

それからもう一度、あの廃倉庫の前に計算をしていたシミュレートを繰り返し、その結果を確認した。



『――――うん、やっぱり何度シミュレートしても、神薙隆一郎が神楽坂上矢を手に掛けない可能性は限りなく低確率。和泉雅は神薙隆一郎の言いなりだとして、あの医者の性格を計算に入れたシミュレートを何回しても、98.3%の確率で殺害している。神楽坂上矢が偽物かと疑ったが、そうでないのは何度も確認しタ。マキナの計算に間違いは無イ』



実のところ、神楽坂上矢の無事を、マキナはおかしいと判断していた。

過去の善性に染まった神薙隆一郎ならともかく、数々の障害となりえる人物を排除してきたあの医者が、今更自分の善性に目覚めて、障害となりえる神楽坂上矢を始末しないというのはどうにも理屈が合わない。

何万通りも考えられるシチュレーションを想定して、計算をした上で、マキナは神楽坂上矢の生存可能性は低いと燐香に提言したのだ。


そして、人ではない、インターネットの情報集積体だからこそ。

結果が出ても、絶対の確信を持って過去の自身のその予測が正しいものだと断言する。


だからこそマキナは、この円満解決という結果への違和感を誰よりも強く感じ取っていた。



『あり得ない訳じゃ無い。でも、可能性としては無視できる程度のものの筈だっタ。特に、強い決意を持って行動に移している人間が、そんなズレを生じさせる可能性を考慮したら、分岐はもっともっと低くなる筈ダ。正義は人間を最も残酷にさせる。自身を正義と思ってただろう神薙隆一郎が、障害である神楽坂上矢に対して残酷にならない筈が無い』



飛禅飛鳥の行動も、柿崎遼臥との協力も、一ノ瀬和美の助力も、実際マキナは予測していた。

彼らがその様に動くのは、正確に予測出来ていたのだ。


唯一、マキナの想定を外れて来たのが神楽坂上矢の生存。

これだけが完全にマキナの予測を外れていた。



『……とは言っても、神楽坂上矢が無事で御母様凄く嬉しそう。これを伝えてどうしよう……神楽坂上矢に不審な点が無いか注意を促す? それとも、深層心理まで危険が無いか読心を推奨する? ……それとも、神薙隆一郎に読心を仕掛けに行くとかダナ。むう、これは流石に御母様の了承を得てからにしよう』



今更いくら考えたところで、情報を確定させることは出来ないだろう。

物的証拠はないし、推理も難しい。


だから、やれるとしたら消去法だ。


マキナは考える。

被害者である神楽坂上矢も、加害者である神薙隆一郎も、この齟齬の要因を持たないのであれば、それは外部となる。

外部から何かしらの要因で神薙隆一郎の意思決定に影響を及ぼすのなら、それは超常、異能によるものと考えるのが妥当。

神薙隆一郎自身が気付かぬうちに自身の意思決定に干渉された、つまり精神干渉系統の異能と考えるべきである。

そして、関東全体を監視していた燐香とマキナの目を盗んで、多くの異能持ちを所持するであろう『UNN』とICPOの活動は考えられない。

その他の何処にも所属していない異能持ちが、干渉をした可能性なんて、考えるだけ無駄だろう。

そんな風につらつらと事実と前提を照合していけば、残ったものは限られてくる。


推理するには八方塞にも思えるこの状況。

だが、マキナには一つだけ、それらを満たす心当たりがあった。



『…………今は起動状況に無い。でも、あの時は確認してなかっタ』



卓越した異能操作能力を持つ佐取燐香も、あらゆる場所に目を持ち死角の存在しないマキナをも、完全に掻い潜るその手口も。

異能を弾く外皮をものともせず即座に場所を割り出し、神薙隆一郎の精神に干渉し、彼らに違和感を覚えさせないまま神楽坂上矢の命を助けた事も。

そして、燐香が動くまでの猶予を作った理由も、どうしてこのタイミングで動いたのかも、どのようにしてそれだけの力を持っているのかも、マキナの仮定が正しければ全て辻褄が合う。



例えば、そう。


過去に燐香がやろうとした、『人神計画』が独りでに動き出したとしたならば。



『マキナ、アイツ嫌い』



心底嫌そうなその言葉を呟いて、マキナは窓から外を見る。

黒い太陽が静かに空を覆っているのを、マキナはただ嫌そうに眺めた。






いつもお付き合い下さりありがとうございます!


短いですが7章はここで終了、そして本編1部も終了となります!

サトリちゃん達の当初の一時的な目的が達成された訳ですからね!


実のところ、本作は2部構成を考えていますのでまだしばらく続くと思います。

どのように進んでいくのかは言えませんが、出来ればこれからもお付き合い頂ければとっても嬉しいです!

また、次話からは溜まった間話をしていきます。その間に6,7章の手直しもしていきたいと思いますので、ご了承ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マキナ「マキナだけでいい!」 [一言] 認知対象、ほかにもいたのか。
[良い点] めちゃくちゃ面白くてつい深夜まで読み耽ってしまうほど夢中になれました。 続き楽しみです。新参者ですが応援しています。 [気になる点] 考察していて神楽坂が何故生き残ったのかしっくりくる説が…
[一言] 一部完結おめでとうございます! なろう小説でここ数年一番大好きな作品です。 転生ものとかではなく現代SF?現代伝奇風であること、練られた設定や世界観の面白さ等々、最高です! 今後とも楽しく読…
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