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将来の話

間章3つ目となります!

 




 東京都氷室区氷室署。

 国際的な世界情勢や先日別の区であったテロリストによるショッピングセンターの占拠はともかくとして、この地域での大きな事件はここ最近発生しておらず、どこか緩んだ空気感が署内に漂っていた。


 そしてそんな空気感の中、朝の朝刊を手に持ちじっくりと読み込んでいた交通課の一人の警察官が複雑そうな表情を作りながら、隣の席の先輩に声を掛けた。



「先輩、見て下さいよ。また飛鳥ちゃんが新聞の一面に取り上げられてますよ。本当、ついこの前まで仕事を教えてた相手があっと言う間に高いところまで飛んで行っちゃいましたねぇ……ここまで飛ばれちゃうと手の届きようが無いっていうか……あーあー、俺結構本気であの子の事狙ってたのになぁ……」



 掛けられたそんな言葉に、神楽坂上矢はパソコン画面に向かい合い動かしていた手を止めて、落胆とも嫉妬とも言えない複雑そうな表情をした後輩へ顔を向けた。


 神楽坂が視線を向けた先には氷室署交通課の後輩である藤堂が朝刊を片手に椅子に背中を預け、どこか上の空な様子でいる。

 警察という仕事に熱量を持っていない藤堂という後輩のそんな姿を見遣り、神楽坂は少し考えるように視線を彷徨わせた。



「……飛禅は俺も、最初は頭がすっからかんな奴だと思っていたからな。こうして紙面を飾るようになって、すっかり警察の顔のような立場で活躍しているのをみると自分の見る目の無さを実感させられるよ」

「あー、まあ、神楽坂先輩はそういう真面目な事しか考えて無さそうっすもんね。本当に私生活を捨ててるのかって思うほど堅物っすもんね。あんだけ可愛い子がすぐ近くにいたのに親密になれなかったー、とかは思わないんすか?」

「アイツをそういう対象として見たことは無い。というよりも、アイツは元々この職場の誰にも本心を見せないように猫を被って、壁を作っていただろう。そもそもアイツ自身、職場の相手とは親密になるつもりが無かったんだよ」

「ええー!? あれって猫被りだったんですか!? ふ、普通に俺に懐いてくれてる可愛い子だと思ってたんすけど!?」

「……お前なぁ」



 本気で驚く後輩の姿に神楽坂は若干の呆れ声を出すが、当の本人はそんなのは気にならないのか、「女性って怖い……」と呟いてチラッと飛鳥が元々座っていた席に視線を向けている。

 あんな常時キャピキャピとしていて、語尾に星でも付きそうな言動をしていた飛鳥の姿が本心からのものだなんて、そんな勘違いする奴が本当にいたのかと、神楽坂は頭が痛くなる。



「藤堂お前、そんなのも分からない様じゃ、相手の嘘を見分けるどころか普通に女性と親密になるのも苦労するんじゃないか……? 良いように相手に弄ばれそうな気が……」

「そんな事無いっすよ、失礼な! ……た、確かに、過去の彼女には5股されてたり、逆ナンに着いて行ったらぼったくりだったりはしましたけど、ほ、本当にそれだけですし!」



 後輩の女性遍歴なんてものに微塵も興味ない神楽坂は、なんだかぼそぼそと呟いて自分の世界に入っている後輩に「ちょっと見せてくれ」と言って彼が見ていた朝刊を手に取った。

 その朝刊の一面を飾る飛鳥の姿と、現場となったテロリストに占拠されていたショッピングセンターの写真を眺め、文章に目を通す。


 自分が買って朝に読んだものとは違う。

 ゴシップ的な、推測や感想が先行するタイプの記事かと、内容を読み終えた神楽坂は判断する。

 碌な確証も無いのだろうに、ICPOの異能対策部署の者が現場にいた事から、実はテロリストが日本を攻撃するのは前々から予想されていたという、妙な一文すらあるこの記事は信用に足りえない。



(……とはいえ、俺が朝に見た別の記事は出せる事実しか書いていなかったから碌な情報も無かった訳だしな。書かれていた内容といえばせいぜい、ハイジャックした指名手配犯がショッピングセンターを占拠した事や飛禅やアイツに連れてこられた神薙隆一郎により死者はかなり少なかったという事の二つ程度。この程度じゃ読者は満足しないだろうから記者の奴らも随分頭を悩ませた結果なのかもしれないが……)


「……実際のところ、どうなんだろうな」

「え、俺が騙されやすいってことがですか?」



 神楽坂は自分が全く関わらなかったこの事件について考えを巡らせる。


 解決したのが誰なのか。

 どのような理由でテロリストがこの国を攻撃対象に選んだのか。

 この一件で隠されているものはそんな表面的なものだけなのか。

 そういった細かい事に思案の手を伸ばしたものの、結局最初から予想していた通りそれらを解消するだろう一人の人物が神楽坂の頭に思い浮かんだ。



(今回の件の解決も大元を辿れば佐取の奴が何とかしたんだろうか? ……多分そうなんだろうな)



 根拠も無いのに確信に近いものがある。

 普段はもっと理論的に思考を巡らせていくのに、こと異能犯罪の解決に置いて無類の強さを誇る人物を知っているだけに、神楽坂の頭には巻き込まれたあの子の姿が簡単に思い浮かんでしまった。


 そしてその予想を確かめる事は恐らく簡単だ。

 少し連絡すれば自分のそんな疑問に対して、妙に神楽坂を慕ってくれているあの子は特に隠すようなことはせず教えてくれるに違いない。



(とはいえ)



 ただの興味本位で話を聞くのも気が引ける。

 秘密の話をする訳だし、電話やメールで何気なしに聞けるようなものでも無い。

 直接会って、会話の流れで聞く分には問題無いだろうが……なんて考えていた神楽坂だったが、そんな彼の背中に向かって一直線に歩いてくる人影があった。


 小さなざわめきが氷室署の廊下から上がり、周囲で仕事をしていた者達の視線が軽快に歩くその人物に向けられる。


 だが、隣をすれ違った人達が例外無く驚きの声を漏らしながら振り返り自分を見て来るのを、その人物は意にも介さず足を止める事も無い。

 そして、その有名人の接近に気が付いた藤堂が驚きで目を丸くする中、彼女は目的の人物目掛けて飛び付くようにして全体重を勢いよく掛けに行く。



「神楽坂せんぱーい☆ お久しぶりでーす☆」

「うぐおぉっ!?」



 完全な不意打ち。

 無防備な背中に奇襲を受けた形となった神楽坂が、急に背中に圧し掛かって来た重さに思わず普段出さないような声を漏らした。

 崩し掛けたバランスを何とか保ち背中の人物へ顔を振り向くことも無く、神楽坂はその人物への怒りを積もらせた。


 正体は見なくとも分かる。

 こんなふざけた言動をする奴は、神楽坂は一人しか心当たりが無いのだ。



「飛ぃ禅っ……!!」

「あはー☆ 元気そうにお仕事されているようで安心しましたぁ! 私ぃ、突然ここの課を離れる事になっちゃって皆さんが元気にしてるか本当に悩んでたんですよ? 入院したり、突然転属になったり、神楽坂先輩や皆さんには本当に迷惑を掛けちゃったなぁって……」

「良いからっ、背中から降りろ飛禅っ!」



 まるで久しぶりに帰宅した父親に迷惑を掛けて甘える娘のように、神楽坂の両肩に手を乗せてぐいぐい体重を掛けていた飛鳥。


 周りの目を気にもせずそんなことをしていた飛鳥だったが、今更になって先輩である藤堂が隣にいる事を見付けて目を瞬かせた。

 肩に体重を乗せて来る飛鳥を振り落とし切れていなかった神楽坂の背後から、彼女はヒョイと身軽に飛び退き、呆然とする藤堂へ流れる様に向き直る。



「んんっ、お久しぶりです藤堂先輩☆」

「ええー……」



 手の届かないところに行った筈の後輩が以前と同様どころか、なんだかちょっとふてぶてしさを増して目の前に帰って来た事に藤堂は思わず絶句する。

 そんな藤堂の一方で、作業の手を止め、顔を引き攣らせて、何事も無かったかのようにニコニコと笑っている飛鳥へと振り返った神楽坂はそのまま彼女の顔を片手で鷲掴みにした。


 久方ぶりのアイアンクロー。

 傍から見る限り、手加減をしているようには一切見えなかった。

 当然のように飛鳥は猫を被ることすら出来ていない本気の悲鳴を上げる。



「いだだだっ!? 神楽坂先輩っ、私異能対策部署のトップ! 今をときめく警察のヒロインっ! スーパースターですよ!? ちょっとふざけただけだし私今、神楽坂先輩より上のいだだだっ!」

「だから言っただろう藤堂。飛禅は猫被りで人を小馬鹿にする清楚とは程遠い野蛮女だと」

「え? いや、そこまでは言ってなかった気が……」

「藤堂先輩助けて! 神楽坂先輩って本当に力強すぎいたいぃぃ!!」



 本格的に痛みを訴え始めた飛鳥に神楽坂が手を離す。

 掴まれていた顔を擦りながらその場にしゃがみ込んだ飛鳥の姿からは、とても普通の警察官の手には負えない異能犯罪対策部署の実質的なトップを任されている人間には見えなかった。


 涙目になった飛鳥が恨めし気に見上げて来るのを、神楽坂は軽く肩を竦めて受け止める。

 異能対策部署のトップとしてではなく、異能という手に負えない力を持つ怪物としてでもなく、昔馴染みの手の掛かる後輩として神楽坂は変わらず飛鳥を相手する。



「良く帰って来たな、お疲れさん。活躍は聞いてるぞ。近くで見る事は出来てないが、お前はよくやってるよ」

「……そういう微妙な飴と鞭なんなんですか、ほんと」

「お前が変な事してこなきゃ普通に最初から褒めてたんだよ。自業自得だ馬鹿」



 微妙な表情を浮かべる飛鳥の背後に部下がいない事を確認し、どういう状況で自分の場所に来たのかと思いながらも、取り敢えず神楽坂は飛鳥の苦労をねぎらう事にした。


 燐香と飛鳥と神楽坂。

 この三人がひっそりと協力関係にあるのはあくまで偶然の産物ではあるが、飛鳥が今の立場に立たされているのは、それは良くも悪くも燐香と神楽坂からの影響があったからだ。

 異能を持たぬ自分では絶対にできない事だとはいえ、重荷を飛鳥一人に背負わせてしまっているような今の状況が神楽坂はずっと気掛かりであったのだ。


 だがそんな神楽坂の暗い考えを、飛鳥の心底面白そうな笑顔が吹き飛ばす。



「ぷぷー☆ なんですか神楽坂先輩、私に負い目でも感じているんですか? そりゃあ今の私は色々大変ですけど、逆に考えれば得る物も多いんですよ? お金も人脈も情報も経験も、これまでの立場では得られないものが沢山ありますし、自分の考えで動ける事も多かったり、抱き心地の良い枕が心配して家まで来たりして意外と充実しているって言うかぁ」

「おいおい」



 想像よりもずっと気楽そうに自分の立場を誇示し始めた飛鳥の姿に神楽坂は苦笑を漏らしたが、彼女は気にするなとでも言うように悪戯っぽくウィンクをした。



「まあ、そんな冗談は置いておいて……本当に大丈夫ですよ神楽坂先輩。そんなに心配しないでください。異能という才能の黎明期である今は確かに大変なんです。でも、制度や組織の体制、人材や要領や色んな人達の理解、こういうものが徐々に整ってきているんです。今の世界情勢は確かに酷いものですけど、手探りだったものが形になりつつあって、自分だけが得しようという人よりも協力したいと言ってくれる人の方が多くなってて、ちゃんと私達は前に進めているんです」



「だから大丈夫なんです」なんて、しっかりと目を逸らさないでそんなことを言った飛鳥に、神楽坂は思わず驚いてしまう。

 自分自身の単純な考えよりも数歩先を行っている手の掛かる後輩の姿を目の当たりにして、神楽坂はくしゃりと自分の髪を掻き上げた。



「……やっぱり俺の目は節穴なのかもしれないな。少なくとも人を見る目に関してはな」

「おー? 神楽坂先輩ついに私を認めましたか? 良いんですよもっと分かりやすく褒めて頂いても☆ なんなら私の機嫌を上手に取れれば、私の権限で神楽坂先輩を出世させる事も考えちゃったり、なんて☆」

「いや、やっぱりそこそこ見る目はある気がしてきた。調子に乗るのを止めないと宇宙まで飛んでいくような奴だっていう俺の考えは間違っていない気がする」

「そんな風に思ってたんですか! 神楽坂先輩ひどーい!」



 くすくすと笑う飛鳥の変わらぬ様子を呆れたように眺めた神楽坂は未だに飛鳥の登場に動揺している藤堂を見遣り、声を掛ける様子が無いのを確認して呆れたように本題を切り出した。



「で? なんでお前がここにいるんだ? 俺に用があるなら場所を変えるが」

「流石神楽坂先輩よく分かってるー! じゃあ場所を変えましょっか! あっ、藤堂先輩お元気そうで何よりです☆ またお会いしましょう☆」

「あ、は、はい」



 こっちにどうぞ、と言って歩き出した飛鳥を追うために神楽坂は席を立った。

 結局緊張し切った返事しか出来なかった藤堂を置いて二人はその場を後にする。


 神楽坂は考える。

 当然、異能に関わる話であるなら周囲の目があるこの場所では本題を切り出せないだろうとは思っていたが、どうにも飛鳥は部下を連れている様子はない。

 異能を持つのだから誰かから狙われるという危険性は薄いかもしれないが、異能が燐香のような情報遮断に向いているものでないなら、人払いなどをしてくれる人がいても良い筈、だと。


 それすら要らない、若しくはいると不都合な話をこれからするのなら、と考えた神楽坂の予想は間違いなく正しかった。



「うん、ここなら大丈夫そうですね」

「屋上とはまた厳重な……そこまで気を使うなら最初から呼び出すなりしてくれれば……」

「いやー、文面にも残したくない話ってあるじゃないですか。あれですあれ。私と神楽坂先輩と燐香の奴があえて放置した話の事です」



 辿り着いた屋上に他の誰もいない事を確認した飛鳥がさらに異能を使って周囲に疑似的な風を起こし、さっそく切り出した話に神楽坂は眉をひそめる。

 ここまで厳重に盗み聞きの対策を行った上であえて放置した話とはなんだ、と少しだけ思考を巡らせた神楽坂だったが、一つ思い当たることがあった。


 確かにアレは、他の誰にも聞かれていいような話ではない。



「まさか……あの子の事か?」

「そうです。相坂和君の事です」



 “連続児童誘拐事件”の被害者。

『UNN』の異能を開花させる実験に巻き込まれ、その人生を大きく狂わされた子供。

 極小の糸を無数に生み出し操る、強力な異能を持つ事になったその子の事情に当時の神楽坂達は頭を悩ませた。


 誘拐され、両親は犯人に脅され罪を犯し、手にしてしまった異能が暴走した。

 異能の暴走によって誰を傷付けたのか、どれだけの人を殺めたのか、何もかも分からないあの子供の処遇を当時の神楽坂達は秘匿することにしたのだ。

 異能が世間的に受け入れられていないあの段階で少年の力を公開する危険性を考えた結果でもあるし、同時に他の見知らぬ大人に少年の罪を判断させようとは思えなかったからだ。


 それが良い選択だったとは当時も今も神楽坂は思っていないが、それ以外に選択があったかというとそういう訳でも無い。

 どうしようもなかった結果、異能の扱いを教えて放置するだけの選択しか取れなかった。

 それがあの時の状況だった。



「あの時はアレ以外にどうしようもありませんでした。相坂和君の罪を証明する手段も無ければ、彼に悪意も無くて、情勢的にもあの少年の力の話を広げるのは良くなかった。けれど、あの時と今とでは話の土台が違います。異能を持つ人を受け入れる土台が、今の情勢には存在しているんです」

「待て……確かあの子の両親は数日前に」

「はい、釈放されています。諸々の事情を考慮されて、普通よりもずっと軽い処罰で済みましたから。それで、ちょっとあの子と連絡を取った時にですね……」


『————飛禅さん、やっぱり俺、罪を償いたい。お父さんとお母さんが家に帰って来て、以前の生活に戻って凄く嬉しかったんだけど、お父さん達と色んなことを話して、自分がやってしまったかもしれない事を知らないふりをし続けるのは出来ないんだって思ったんだ。だからせめて、俺は自分が持つことになったこの異能の力を何かしらの償いに使いたいんだけど、お願いできないかな……?』



 異能の扱い方を教えた飛鳥に対して願い出た相坂和の話を聞いて、神楽坂はなるほどと溜息を吐き屋上のフェンスに軽く寄り掛かる。


 異能を暴走させていた時にあの少年がどんな光景を見て、どんな風に人を傷付けたと感じていたのか、その詳細を神楽坂は正しく理解してやることは出来なかった。


 けれど、確かにそうだ。

 自分が罪を犯したと思いながら、罰を受けずただのうのうと生きられる人ばかりでないのを神楽坂は知っている。

 悪事に手を染め過ぎた人ならともかく、相坂和のようなただの善良な少年が、自分の罪の意識に圧し潰されないなんてことある訳が無かった。


 そんな事も理解していなかった自分自身に、神楽坂は胸中に自己嫌悪が広がっていくのを自覚する。



「神楽坂先輩にこうして直接会いに来た主な理由はそれですね。あの時一緒に決めたことを今更私一人の判断で覆すのはどうなんだって思いまして。一応燐香の奴にも話をして、了承は取ってあります」

「……あの子をどうするつもりなんだ?」

「幸いというか、先日の“死の商人”と呼ばれるテロリストの件で異能を開花させてしまった一般人が複数現れているようですからね。その中の一人だったという形で、ウチの部署で保護して事件解決に協力してもらうつもりです。異能を使った償いだったらそれが一番かな、と」

「危険が伴う事に子供を関わらせることは正直、俺個人としてはあまり気乗りしないが……それより“紫龍”の奴と一緒に働かせるのか? それは、相坂少年は分かっているのか?」

「むしろ自分を誘拐したアイツがテレビで活躍して罪を償っているのが腹立つって言ってましたよ。ほら、本当に反省して罪を償ってるのか、ただチヤホヤされたくて警察に協力しているのか近くで確認したいって」

「俺は良く知らないが……“紫龍”の奴って、反省して警察に協力してるのか?」



 無言のまま「知るかそんな事」と言わんばかりにニッコリと微笑んだ飛鳥に対して、神楽坂はまた面倒な事態になりそうな爆弾を抱え込むのかと同情の目を向ける。

 神楽坂は直接彼女が取り纏めている部署の中を見た訳ではないが、どいつもこいつも個性が強く協調性に難のある奴らが集まって行っている気がしていた。


 そして、そんな神楽坂の同情の目をすぐさま理解した飛鳥の額に青筋が浮かんだ。



「神楽坂先輩、覚悟してくださいね☆」

「ん?」



 微笑んだ表情のまま、薄く目を開けた飛鳥が絶対に逃がさないというように神楽坂の肩を掴む。



「今回の件で予算が爆増しますし、異能を開花させられた子達をウチが保護して異能の使い方を学ばせると同時に事件解決に協力させる方針なので、本当にそろそろ部署の規模が拡大します☆ つまり、警察内部にあった頭の固い反対派の人達の意見は完全無視の上叩き潰されて一気に人員が増えるっていう事ですね☆ 神楽坂先輩はその人員拡充の筆頭候補です☆ っていうか、絶対に私がします☆」

「なっ、お、お前……!?」

「だから言ったじゃないですかぁ、負い目も心配もいらないって。だって、これからは神楽坂先輩も当事者になるんですからね! 覚悟しろぉ☆」



 ギリギリと肩を掴む力を強める飛鳥に気圧され、神楽坂は何も言えずに押し黙る。

 とはいえ、飛鳥にとってはただの意趣返しのつもりかもしれないが、別に神楽坂としても嫌な話では無いのだ。


 異能を使って犯罪を行う奴らを許せないという想いは変わらず神楽坂に存在している。

 異能という力で自分の罪を無かったことにする者達を捕まえる、あるいは誰かを不幸にしようとする奴を捕まえるのは神楽坂にとっても本懐である。

 過去の因縁がある神薙隆一郎や和泉雅といった面々を捕まえた事で、これからどうするべきかと一度は足を止めていたが、それも解消された神楽坂にとってはまさに願っても無い。


 自分の力が必要だと誰かが言うのなら、神楽坂は喜んでその手を差し出すのは変わっていないのだ。



「……分かったよ。そうなった時はいくらでも手を貸すさ」

「む? 随分素直じゃないですか神楽坂先輩。まっ、それなら良いんです。神楽坂先輩程の能力を持つ人を遊ばせる余裕が無いのは事実ですしね。今のところの構想としては、協力者の異能持ちと警察官一人というバディ体制を基本に考えているのでそのつもりでいてくださいね」

「補助と監視の意味合いか? まあ、よほど変な奴と組むことにならなければ大丈夫だとは思うが……」

「燐香の奴を上手く飼い慣らしてた神楽坂先輩ならどうにでも出来ますよ☆ なんならあの子が入ってくれれば全部解決するんですけどね☆ 神楽坂先輩、あの子を口説き落としておいてくださいよ、『お前と一緒に事件を解決したい』って」

「佐取は普通の生活がしたい中わざわざ俺の我がままに付き合ってくれていただけだ、誰がやるかそんな事。お前は俺を何だと思ってるんだ馬鹿」

「あはー☆ 冗談ですよ冗談☆」



 相坂和という少年の事や将来の構想を話して、ちょっとだけ肩の荷が下りたように表情を緩めた飛鳥が「寒くなってきましたねぇ」と言いながら街を見下ろす。

 上から見下ろす分には平和にしか見えない街の様子を眺め、自分達が少しでもこの平和に貢献できている事を実感しながら、神楽坂の同意の言葉を聞いた飛鳥は満足そうに頷いた。


 そして、少しだけ悩まし気に空を見上げた飛鳥が何気なしに神楽坂に問い掛ける。



「神楽坂先輩、“百貌”の話何か聞いてます?」

「いや、何かあったのか?」

「先日のショッピングセンターで少し姿を現しまして。本当に何もせずに帰ったんですけど……不穏な言葉を残してですね」



 決して敵対的な訳では無かった。

 ともすれば、状況によっては“百貌”はあのテロリストの打倒にも協力してくれそうな気配すらあった。

 他の話の通じない欲望ありきの犯罪者どもとは根本が異なる、何かしらの芯を持った理性ある存在だとあの時の会話で飛鳥は感じたのだ。


 だから、何かしらの被害を出してこないのなら、下手な干渉は控えるべきかもしれないという考えは確かに飛鳥にもある。

 戦力や態勢の準備、その他凶悪な異能犯罪への対処を優先して、“百貌”はいざ動き出してから進めて来た準備を利用してどうにか制圧するべきなのではという思いはあるのだ。


 けれど先日の、幼い少女の姿をした“百貌”の姿を思い出すと、飛鳥はどうしようもない不安に襲われてしまう。



「……不味い気がするんですよねぇ。アレを放置するのは……」



 あの異能の力。

 暴力的で、支配的で、圧倒的な、異能の化身。

 目的も力の底も見えないあの存在が行動を始めた時、その行動はどれだけの準備があったとしても本当に止められるようなものなのか、飛鳥は分からなかった。





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― 新着の感想 ―
[良い点]  ちゃんと言いつけを守らないで異能を使ったから、飛鳥のアフタフォローに回った燐香の姿が容易に想像出来て、YOSHI!    フォーマルな状態と緊急時でパワーバランスが逆転する関係良いです…
[一言] 抱き心地のいい枕「ちょ・・・!!飛鳥さん、苦しいです!!力強す・・・・ちょっ!なんで服の中に手を入れ・・・どこ触って・・・・・って、小さいって言うな!これからせいちょ・・・成長を手伝うとかい…
[一言] >電話やメールで何気なしに聞けるようなものでも無い そういえばまだマキナの情報を共有してないのか。 彼女経由ならいくらでも電話越しのこそこそ話し放題なんだけど。 これまでは燐香・神楽坂・…
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