表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/152

悪と評される者達の

いつも本作にお付き合い頂きありがとうございます!

今回の間章もこれにて終了、次回から3章となる予定です!

まったりとしたペースで申し訳ありませんが、これからもお付き合い頂けると嬉しいです!

 







 時刻は夕食時より少し前。

 その少女、佐取桐佳はこれまで動かし続けていたシャープペンシルを持つ手をいつのまにかピタリと止めて、食い入るようにテレビから流れる報道を注視していた。


 受験まであとわずか。

 第一志望である高校に合格するためにと、ここ最近は勉強以外のほとんどをしていなかった彼女が、まるで勉強を忘れたかのように食い入るようにその映像を見詰めていた。



『ご覧ください! これが超能力、正式には異能と呼ばれるものの力を使った犯罪行為になります! 映像にあったように警視庁本部を爆破させたこの力が、今世界を揺るがしている才能なのです!』



 最近繰り返されている一連の事件の報道。

 その中でも今流れているのは、世間を騒がせていた“異能”という超常現象が使用された場面を映した映像だった。

 警視庁本部の建物を破壊した爆発の力を報道の映像で確認して、クラスで話題となっていた話が確かなものであったのだと、少女は呆然とする。



「……本当に超能力ってあったんだ」



 ポツリと呟いた言葉に、隣で同じように映像に見入っていた遊里という少女がコクリと頷いた。



「そ、そうだよね。前から話題になってたけど、どうしても現実味がなかった話だったのに。こうして実際の映像で出されちゃうと、実は思ったよりも身近にあるんじゃないかって思えて、怖くなるよね……」

「超能力を使った犯罪行為……そんなのが身近で起きているんだったら……」



 流れる映像の悲惨さを目の当たりにしながら佐取桐佳は想像する。

 過去に身近で起きていた事柄が、もしも超能力を使ったものだったらと想像した。


 もしも以前の、家に乗り込んで来た暴漢が超能力というものを持っていたら。

 もしも以前の、子供達を誘拐していた犯人が超能力を使用したものだったなら。

 もしも以前の、遊里という友人に関わる不幸が超能力によって引き起こされたものだったのなら。


 そしてもしも、自分に超能力というものがあったとしたら、何が変わっていたのだろうと想像する。



「じゃあ……じゃあ、超能力を手に入れるための薬が出回っているっていうのも本当なのかな……?」

「それは、どうなんだろうね? ほら、話題の超能力を手に入れられるっていう詐欺に注意してって先生がちょっと前に言ってたでしょ? 詐欺をする人達はそういう話は作りたいだろうし、超能力が本当でもそういう薬の話は嘘の可能性もあるし……そもそも凄い高価らしいから私達じゃ手は出せないと思うよ」

「そっか……そうだよね」



 そんな、家族に近い間柄の友人から出された冷静な意見に、桐佳は自分の高揚していた気分が落ち着いていくのに気が付く。


 確かに、超能力という未知の才能に興味はあった。

 世間的な話題になっている事も知っていたし、少しだけ自分の携帯で検索を掛けてみて、手に入れる方法はあるのだろうかと探してみたりもした。

 それでも、あくまで空想上の魔法のような、決して手が届かないものだという認識の線引きはしていたつもりだったし、自分が超能力者になってポンコツな姉を守ってやるような妄想は軽くで済ませていた。

 世間の話題に乗じて少しだけ情報収集をしているだけで、夢見がちな他の同級生達とは違うと思っていたのだ。


 だが、こうして少しだけ蓋を開けてみると。



(……何この、映像を見た時の高揚感と、冷静になった後の落ち込んだ気分……これじゃあまるで私、本当は憧れていたみたいな)



 知らず知らずの内に変な憧れを持っていたかと、中二病染みた自分の感性に少しだけ恥ずかしくなった桐佳は勢いよく自分の両頬を叩いて正気に戻る。


 こんな事でくよくよしている時間は無い筈だと自分を鼓舞し、言い聞かせるように声に出す。



「よし! 馬鹿なこと考えてないで勉強しよっと! もう受験まで日数ないしね!」

「桐佳ちゃんは不安になる必要はないんじゃないかな……? 正直、桐佳ちゃんで無理なら私はもっと無理な気がするんだけど……」

「万が一にも落ちて、あのポンコツお姉に笑われたくないの! あのポンコツっ、誰に対しても容赦なく『うぷぷ』って笑うんだよ!? すっごい腹立つんだからね!?」


「――――ん? えっ!? なんか今、急に桐佳の馬鹿にするような声が聞こえた気がするんだけど! 私、今は何にもやってないのにそんなっ、聞き間違いだよね遊里さん!?」

「燐香ちゃん包丁持ってる時は興奮しちゃ駄目! 危ないでしょ!」

「ご……ごめんなさい……」

「あっ、ちがっ……わ、私こそごめんなさい! いきなり怒鳴っちゃって驚いたよね!? 落ち込まないで燐香ちゃん!」



 台所にいた誰かの抗議の声が聞こえた気もするが、桐佳は気にしたような素振りも無いまま視線を勉強用のノートへと落とす。

 まだまだ勉強しなければならない事は残っていて、これまでの勉強の成果を発揮する機会はもう目前まで迫っているのだから、それ以外の事なんて考えてられない。


 結局どんなに世間が大騒ぎしようとも、テレビの画面先の出来事はあくまでテレビ画面の先の出来事。

 ニュースで目にした事件の数々やテレビで活躍している著名人にだって、これまで一度も遭遇したこと無いのだ。

 世間に話題になるようなものなんて、何の変哲もない自分達家族に直接関わって来るようなことなんて無いと、佐取桐佳は思い直した。


 だから今、自分がやるべきなのはただ自分の目標に向かって。

 台所で料理をしている自分の姉の背中にそっと視線をやって、再び桐佳は目の前の勉強に取り掛かった。





 ‐1‐





『良い光景だねぇ。絶景の観光スポットを上空から眺めるのはやっぱり気分が良い』



 とある旅客機の窓際の席で、一人の男が無邪気にそう話す。

 まるで初めての旅行を楽しむ様な高校生のような気軽さで、その銀髪の男性はニコニコと人好きするような笑顔を浮かべていた。


 恐らく社交性が高い人物なのだろう。

 多くの人が搭乗する旅客機の中で声を抑える事も無く自身の感動を言葉にして、その喜びを分かち合うように前の座席の人の頭を興奮したようにポンポンと叩いていく。


 だが、見ず知らずの他人だというのに物怖じせず、それどころか長年の親友であるかのように振舞うこの男性の姿は少々常軌を逸している。



『ほらほら感動的だ君も見てくれよ。澄んだスカイブルーの海は人類共通で美しいと感じるものだと思うんだがどうかな? それともなんだろう、君は大地に咲き乱れるワインレッドの花々の方が好みかな? いやでも確かにあちらも良い。人が作ったものとはいえ美しさには自然だろうと人工だろうとそこに差はないと俺も思うんだ。気が合うね? 甲乙つけがたいとはこの事を言うのかな。どちらにせよ、どちらも楽しんでいる俺達は恵まれていると思わないかな?』

『っ……』



 銀髪の男性以外は静まり返った旅客機の中。

 自分よりも二回り以上年下のような相手に馴れ馴れしく話し掛けられて、それでいて顔見知りでも無いのに軽く頭を叩いて来るような不躾な態度に思う所があるのだろう。

 銀髪の男性に頭を叩かれる初老の男性は、顔を青く染め上げ、紫色の唇を震わせ、ただ引き攣ったような声を口から漏らしているだけでまともに返答しようとしない。


 当然そんな返答は銀髪の男性にとっては求めていたものでは無かったようで、少しだけ溜息を吐くと前の座席の人物から後ろの座席の人物へと標的を変える。

 背もたれを乗り越えるようにして上半身を出し、後ろの妙齢の女性へと声を掛ける。



『海は綺麗だ。生命の母であり人の手が入っていないという神秘性は得難いものがある。けれど俺は人の手で開拓した大地の繁栄もまた別の美しさを持つと思っているんだよ。人が作った大地の繁栄は人間の叡智の結晶でありある種の芸術品だ。だから俺も、開拓されていない場所があれば自分の手で開拓してみたいという欲求も人並み以上に持ち合わせている。まあ、商売人としては利益を出すために新天地を開拓するというのが一般的な考えかもしれないけれどね。商売にしても思想にしても、開拓が終わっていないところって言うのは無限大の可能性が残されているものなんだ。そして、俺にとってこの飛行機の目的地はある意味開拓の終わっていない新天地でもある。最高だよ。今の俺はワクワクが止まらず饒舌になってしまってるんだよ。騒がしくて悪いねぇ』

『ぅぷっ……ひっ……』



 爆発音が響く。

 遠い場所からの衝撃が地震のように旅客機を揺らした

 それでも悲鳴すら上がらない旅客機の中で、話し掛けた相手がことごとく反応が薄い事に心底残念そうに肩を竦め、銀髪の男性はそれならと隣の席に顔を向ける。

 前後の席の人達と同じように、顔を青くしてきょろきょろと周りを見回す小動物のような少女に、その男性はにやけた表情を向ける。



『悲しいね。こんなに話し掛けてるのに誰も返事の一つしてくれないなんてさ。こういうのが俺に人望が無いって言われる所以なんだろうね。ねえミレーちゃん、君なら返事をくれるよね? 君はどう思う? 自然に出来上がったものだろうと、人工で出来上がったものだろうと何も変わりはないと思わないかい? 開拓の余地を残した場所を見付けたら自ら開拓してみたいとは思わないかい? いいや、否定こそ嘘だと思わないかい? 生物が自分の本来の欲望や感性を否定するなんて、気持ち悪い事だとは思わないかい?』

『お、お、おらは…………』

『ん? んー? んんんー? おかしいな? もっと噛み砕かないと分かんないかな? まあ確かに小難しい話は話している方は気持ち良かったりするけれど、聞かされている方は退屈だったり意味が分からなかったりするものだからね。なるほどこれは俺のミスかもね。いやはや申し訳ない。君らにも分かりやすいように話すとだね……』



 他の乗客達とは異なり、ある程度の安全が保障されている筈の隣にいる少女さえまともに返答しない事に、男性は自分の説明が悪いのかと思い直して、より噛み砕く。


 昔に出会った彼らの事を、懐古する。



『例えば“千手”という男は自分の理想に準じて世界の思想を開拓しようとした。彼が持っていた異能は人工物であったけれど、その力は彼という一個人に強大な武力を与え、抵抗する者達を集団ごと引き裂くことを可能としていた。暴力による開拓で、彼は多くの者に恐れられその名を轟かせた。その思想の根源は進歩への渇望だった』


『例えば“白き神”という男は誰よりも自分本位に他人を支配した。あの男は自然に備わっていた“精神干渉”の異能によって他人の精神という未開の地を開拓し、ほとんどの人間がどうやったって手の届かない場所から利益を独占していた。理不尽による開拓で、彼は多くの国家を揺るがした。その思想の根源は他者への憎悪だった』


『そして“始まりの異能”を持つアレは、あらゆる原点である異能を有しているにも関わらず、何も開拓することが出来ず、何も得る事が出来なかった。その思想の根源は世界への絶望だった』


『程度に違いはあってもさ。手にした力の価値がどうであってもさ。知りもしない他人にとってのお利口さんでいようと自分の本来の衝動を否定しているようじゃ何も得られることはないんだよ』



 静かな旅客機。

 響く一人の男の話声。

 そして旅客機の眼下に広がるのは、美しい青色の海と人々の争いによって起きる爆発や火災の赤い炎。


 男以外の乗客は血色を失ったような顔色と震える体を隠す事も出来ず、頭の中に響く声に恐怖する。



『――――俺はね、この世界を創った神様はもっと単純なものを望んでいたと思うんだ』



 “死の商人”と呼ばれる男性、バジル・レーウェンフックは無垢な子供のようにそう言った。





 ‐2‐





 日本の異能を持つ者達をまとめて収容している特別な刑務所。

 それは、頻発している異能犯罪を重く見た政府の重役が早急に建設を命令した新施設だ。

 最新の技術を駆使した、間違いなく最高のセキュリティを誇る刑務所であるが、同時にその内情を知る者達からは“氷彫刻の監獄”と揶揄される建物でもあった。


 理由は単純だ。

 異能を抑え込むことが出来ていない。

 異能の原理を分かっておらず、異能に対抗できる技術も持ち合わせていない。

 どれだけ世界最高峰の技術を用いたセキュリティを擁する刑務所だったとしても、その場所に収容されている者達の特異性を考えれば、その脆弱性は火を見るよりも明らか。


『収容されている犯罪者達が持つ異能次第では脱走が容易である』なんて、刑務所としては致命的な欠陥が存在しているからだ。


 例えば、異能犯罪の専門家であるICPOのある部署であれば、人権すら無視するような徹底的な拘束によって異能の使用を封じているのだが、今のこの国ではそれも出来ていない。

 人権や世間の注目、異能の有用性を加味した机上の討論によって取り決められたこの国の異能犯罪者の扱いは、骨組みすら整っていないような不出来なものであるのだ。



「ああ糞、またここに戻ってきちまった。そろそろ俺の活躍に免じて違う場所で寝泊まりさせてくれないもんかな……」



 そろそろ日が落ちようかという時間帯。

 そんな場所に戻って来た何処にでも居る一般人のような風貌の男性がそう呟いた。


 彼は臨時職員としての立場で警察に協力している、犯罪者の“紫龍”である。

 今の世間的には妙な人気を誇っている彼であるが、“紫龍”がそう言うのは別にこの場所の寝心地が悪いとかそういうのではない。


 “紫龍”は単純に、同じ異能という凶器を持つ犯罪者が近くにいるのが怖いのだ。


 異能という力を自身が所持し、同時に警察の臨時職員として多く見て来て、異能という力の理不尽なまでの危険性を身に染みて分かっている。

 だからこそ、“紫龍”はこの刑務所の脆弱性を強く理解していて、こんな場所で自分の同類と寝食を共にしている事が彼にとってはこの上なく恐ろしいのだ。

 まあ、あとは仕事中だけでなく私生活でもチヤホヤされたいという願望があったりもするが、大部分は自分の身の安全のためである。



「……ふん」

「…………なんだよ新入り。言いたいことがあるなら言いやがれ」



 基本的にこの刑務所は完全な個室だ。

 お互いの顔も見れないよう調整されているし、同じ作業を一緒に行うことも無い。

 けれど、異能なんていう凶器を保持している彼らの部屋をこの刑務所の内情を知る看守は好んで見回りなどしないため、半ば放置されている状態である。


 つまり。



「こっちこそお前のような奴が隣の部屋にいると思うと虫唾が走る」

「あ゛ぁ? てめえっ、俺にやられてここにいる癖に生意気だな!? もう一度俺の異能でぼこぼこにしてやろうか? お? 俺に負けてここにぶち込まれたの、まさかもう忘れましたなんて言うんじゃないだろうなぁ?」

「ちっ……」



 扉に小さな窓があるその部屋では、同じように部屋に入っている近くの相手とであれば会話する事は可能。


 だからこそ、“紫龍”の愚痴に反応した、隣の部屋に収容されている『警察組織の改革を図った思想犯』宍戸四郎がウンザリとした口調で吐き捨てる。



「毎日のようにグチグチと隣の部屋で呟かれたら不快でしょうがないんだ。少しは静かに出来ないのか? それと、異能という力に目覚めたばかりの先日と今の俺が同じだと思うのか? 前々から頭が足らない奴だとは思っていたが、どうやら想像以上だったらしいな」

「お? いいぜ、俺はいつでもやってやるよ。あの病院であった奴に比べればお前なんざ怖くねえんだよ。お前程度なんざ経験豊富の俺にとっちゃ、もう雑魚雑魚も雑魚よ!」

「……頭の足りない奴は危機管理も出来ないか。悪いな、話すことも億劫になってきた」

「上等だてめえっ、もう一回どっちが上かを思い知らせてやるよ……!」


「喧嘩は止めなさい。そんな下らない諍いで怪我をするんじゃない」



 そんな程度の低い言い争い。

 “紫龍”と宍戸四郎の口論を、もう一人の囚人である神薙隆一郎が遮った。


『異能と技術と立場によって日本社会を牛耳っていた知能犯』、“医神”神薙隆一郎。

 犯した所業から大犯罪者に区分されてもおかしくないその老人にとって、目の前の諍いはもはや日常であり、この場においてはどちらに味方する事もない微妙な立場だった。


 一度異能によって罪を犯した“紫龍”が警察に協力して異能犯罪を解決している事に、神薙隆一郎は肯定的だ。

 だが同時に、お金や他人からの称賛、そして名声といったものが大好きな“紫龍”のコロコロと立場を変える態度が心底気に入らないという宍戸四郎の考えも神薙は理解できるのだ。

 この場に収容されている二人の考え方や衝突に理解は示しているものの、曲がりなりにも医者であった神薙にとって、目の前の争いは許容できない。


 何とか大事に至るようなことも無く、不要な怪我も無いように、年若い二人の争いを年長者として諫めようと、神薙は扉越しに優し気な口調で二人を諭そうとする。



「罪を償う立場を弁えなさい。私達が争えばこの場所がただでは済まないのは分かるだろう。異能を持つ犯罪者である私達が未だに人道的な扱いを受けられているのは異能という力に過剰に危機感を持つ人が少ないからだ。私達がこの場で争って異能の危険性について考え直されたらどうなるか、考えてみるんだ。良いかい、怒りなんてものは瞬間的なものさ。深呼吸をして相手の立場に立ってみると良い。こんな事で争い合おうなんて――――」


「爺は黙ってろ!」

「何を今さら常識人面してるんだ爺さん。“医神”と呼ばれても今ここにいる時点で俺達と同じ穴のムジナだろ。何か言える立場だと思っているとはお笑い草だな」


「……ああ、まあ、そうなんだがね。そうはっきり言われると中々傷付くものだね……うむ」



 何の遠慮も無い二人の言葉にすっかり意気消沈した神薙。

 眉尻を下げて、意気消沈した神薙を放置して、“紫龍”と宍戸の言い争いは白熱していく。

 最初は相手の行動を基にした罵倒だったのが、今では根拠も無い変なものになり果てているのに、恐らく当事者である二人は気付いてもいないだろう。


 完全消灯の時間までまだまだあるが、これではその内誰かしら注意しに来るのではないだろうかと不安になった神薙が外の様子を窺っていると。


 誰かが廊下の扉を開いたのに気が付いた。



「……まったく、ほら流石に看守の人が来てしまったじゃないか。すまないね、看守の方。いつもの喧嘩がちょっと今日は激しくなってしまったみたいなんだ。君が注意した後に私からも言っておくよ」

「…………」

「む……?」



 だが、神薙の予想を裏切って、廊下の扉を開いた人物はそのまま別の扉へと抜けて行ってしまった。


 異能持ちが収容されているこことは別の、もう一つの牢屋の方向への扉を抜けていった。

 性別という事情で分けられているもう一つの牢屋がある場所、その先に現在収容されているのは一人だけだ。



「……あちらは雅の方か」

「お? 看守の奴、まさか女の異能持ちの方にちょっかい掛けに行ったのか? 爺の連れだろ、大丈夫か?」

「どうしようもない警察官や刑務官はいるものだが、流石に異能持ち相手にどうこうしようなんていう馬鹿はいない。それも、日本政府が未だに厚遇している神薙隆一郎の逆鱗ともなりえる相手となれば、多少常識のある奴なら手なんて出す訳が無い。馬鹿は変な心配をするな」

「今行った奴に常識が無かったらどうするんだよ?」

「…………そんな、お前以上の馬鹿なんて……いや、だが……確かにそういう奴は……」



 苦悶のうめき声を上げる宍戸とは異なり、なんだかんだ柿崎にしごかれながら警察の業務を見て来ている“紫龍”は少しだけ警戒するように廊下に視線をやっている。

 正義感うんぬんではなく、“紫龍”にとって自分のテリトリーで好き勝手やられるのは大嫌いなのだ。

 そんな野生の動物のような“紫龍”の性質からの警戒心ではあったが、声だけ聴いていた宍戸は何を勘違いしたのか少しだけ見直したように息を漏らし、同じように看守の消えた扉に視線をやる。


 だが、最も心配する筈の神薙は廊下の先に視線をやったまま、表情一つ変えることは無かった。

 じっと廊下の先を見詰め、ゆっくりと天井を見上げて、ただ一言小さく呟くだけだ。



「……雅。変な事をされそうなら反撃していい」



 神薙の呟きに反応するように、天井裏からゴポリと水音が響いた。







「あー……? 先生ってば、本当に心配性だなぁ。先生がそんなこと言わなくても、反撃の判断くらい自分でやるのに」



 ボンヤリと天井を見上げていた女性が落ちて来た雫に触れて、唐突にそんなことを言った。

 ドロリと淀んだ目を天井から廊下の先へと移してから、いくつかの分身体を切り離し、近くに潜ませる。



「でもまあ、先生が心配してくれたことはとっても嬉しいし、私を想っての事ならなんだって良いかな。ここのところ暇してたし、できれば刺激的な事をお客さんには期待してるけどね」



 罪を償おうと神薙に言われている手前、この女性、和泉雅には脱獄や抵抗をしようという意思は無い。

 彼女はこれまで大人しく異能の研究に協力してきたし、質問された事には嘘偽りなく答えて来たのだ。

 だが同時に、もしも非人道的な行いをされそうになった時は反撃して良いとも神薙に言われていた為、サイコパスである彼女にとってそういう行いをしてきた相手は唯一の玩具でもある。


 刑務所に収容されて初めてとなるかもしれない玩具の出現に、和泉は看護師の時に作っていた柔らかな微笑みを携えて客人を待ち構える。



(さて、ここの看守の顔は全部覚えてるけど、どれがここに来たのかな。どれが来ても面白いけど――――)



 真っ直ぐ向かってくる足音。

 それが迷いのない、一定のリズムで近付いて来る。

 自信に満ちたような迷いのない足音が扉の前で止まり、小窓から相手の顔が確認できた瞬間、ポカンと、それまで微笑みを浮かべていた和泉が心底呆気にとられたような顔で固まった。


 看守服を着たその人物。

 その女性が看守などでは無く、またこんな場所に来る筈がない相手であった事実に、和泉は浮かべていた看護師としての笑顔も消して、首を傾げる。



「――――は? なんで君が……君がここに来る理由なんて……」

「……」



 無言でじっと自分を観察するそのありえない相手を呆然と見上げ、その人物にまったく害意がない事で、何かを理解した和泉はクシャリと凶悪な笑みを浮かべた。

 悪意に満ちた、あるいは純然たる興味に満ちたその凶悪な笑みと対峙しても、扉の先の人物は眉一つ動かさない。



「……いや、そうか。そういう事か。くひっ。あひひっ。あー、分かったぞぉ。なるほどねぇ。この前ここに入った元警察官の件で疑問があったけど、君のそれはそういう事か。頑張ってるんだねぇ君」

「…………」

「いいとも。存分に、思うがままに計略を立ててみると良い。私や先生が成す術無かった、思い出せもしない奴を相手に、君のそれがどこまで通用するのか。拝見させてもらおうか」



 ケラケラと、周りに潜ませていた分身体と共に、牢屋の中に幾つもの哄笑を響かせた和泉は、それから心底楽しそうな微笑みを作る。



「良いね。私、君のファンになれそうだよ」



 部屋に降り注いでいた夕日の光が、夜の帳に呑まれて消えた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今日も 監獄は 平穏です(。。
[良い点] 久しぶりにきりかと遊里が見れたこと。 現代無双ものなのに、敵がちゃんと強そうで、毎回燐ちゃんがどう戦うのかが楽しみなところ。 [気になる点] 飛行機の中どういう言う状況だ?良くわからん……
[気になる点] こうやって異能を持った囚人たちが会話出来る時点でセキュリティなんてほんと無いも同然よね… [一言] それぞれが動き出していよいよ物語が大きく動き始めそうで次章が楽しみすぎる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ