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006 宰相令息と騎士団長令息 その2

 前生徒会長のリードが将来の宰相候補、ロナートの胃を攻撃していると同時刻。

 

 共に生徒会室に入ったヴァンは上級生の生徒会役員相手に楽しくお話をしていた。

 

 元よりヴァンとロナートでは今でこそ同じ立場でも将来は大きく異なる。現宰相の正嫡長子のロナートに対し、ヴァンは騎士団長の子とはいえ次男である。

 

 ヴァンの兄は個人の武芸でならともかく、将としては遥かにヴァンより優れた人物である。騎士団をまとめるなら将としての資質が重要であり、領主としても兄の方が優秀となればヴァンには家を継ぐ目がない。

 ロナートはこの先も王子、そしていずれ国王になるフランセルクの最古の側近として仕え続けるだろう。一方ヴァンは家を継げない以上、いつかは近くにいていい存在ではなくなる。

 

 この()()()()()()をヴァンはとても感謝している。

 

 

 王立アイネイアス学園初等学校入学前に通っていた貴族向けの幼年学校時代から自分は一緒にいるフランセルクやヴィオレーヌ、ロナートとは違い統治者には向いていないことを自覚している。

 目に見えない人のために行動なんてできないし、上級貴族のお題目『貴族の責務ノブレス・オブリージュ』とやらは全く共感できない。自分は利己的な人間であるし、見知らぬ他人千人より良く知る1人の知人のため行動するような人間である。

 そんな自分がたまたまフランセルクと『ほぼ』同年代に生まれたことで王子の最側近という家格以上の扱いで大人になるまで貴族としての権利を享受して生活できるのだ。卒業後は早々に貴族から平民になるわけだが、幸いにして自分は剣が多少なりとも得意なので仕官先くらいはあるだろう。

 生活もガラッと変わるわけだが、自分は寝床さえあれば困らないし、その寝床も馬小屋でも寝れる以上、宿くらいは見つかるはず。

 食べ物に関しては屋敷でお抱えのシェフが作るこじゃれた料理より自分で釣った魚に塩を振って焼いたものの方が舌に合うので困らない。以前、王都の平民街で平民の学友と屋台で食べ歩きをしたのだが、平民はあれほど旨いものを食べているのかと驚いたほどだ。

 

 

=========

 

「――でも都合よく殿下と同い年で騎士団長の子供と宰相の子供が生まれたもんだね」


 そんなことを言われてヴァンは驚いた。

 

「あれ?先輩達、知らないんですか?結構有名な話だと思ったんですけど?」


「ということは2人が新生の儀をずらしたっていう噂は本当なの?」


「事実ですよ」

 

 ロイエンタール王国では新生の儀をもってして新生児は生まれたとする。逆に言えば新生の儀を終えていない赤子は生まれていないことになっている。

  

 フランセルクの母、王妃が妊娠したと判明したとき、実はヴァンは新生の儀を待つ赤子であった。反対にロナートは王妃の妊娠が判明した後に宰相夫妻が励んで出来た子である。

 

 そのため、本来であればヴァンは1年前に新生の儀を行っていたはずであったし、ロナートは本来ならば1年後に受けるはずの新生の儀を生後間もない時期に行っている。ロナートが書類上の同年代男子と比べ背が低いのは単純に彼等より半年から1年分幼いからである。ヴァンが大柄なのは半年から1年分年上というだけでなく、血筋にもよるが……

 


 なお、余談であるがこの新生の儀式を意図的に早くする/遅くするというのは犯罪行為ではないが、褒められた行為でもない。

 平民であれば新生の儀直後に僅かなりとはいえ国から出産祝い金が出るので早く行いたいが、同時に教育も早く始めなくてはならず、後継ぎ以外は可能であればアイネイアス学園に通わせて将来に備えたいという願望もあるので概ね守られている。

 

 貴族の場合は平民の模範となるべく率先して守るよう国からの指示があるので守られるケースが多いが、ヴァンやロナートのように特定の貴人の付き人、側近として我が子を育てたい場合に意図的に新生の儀をずらケースがある。

 

「事実なんだ。ほら、こう言っては何だけど、今の1年生(君達の代)はその……偶然とは思えない程有名人が多いからね」


「なるほど。確かに俺達の代は偶然とは思えないレベルでちょっと変わった連中が多いですからね。ロナートの奴も『宰相(父上)が国中から変人奇人を集めたと言っても信じる』って言ってましたし」


 学年を超えて有名になる人物は次の五つのどれかだと相場が決まっている。

 

 一つ 高貴な身分である

 二つ 頭が良い

 三つ 運動神経が良い

 四つ 美男・美女である

 五つ 言動がぶっ飛んでいる


 この五つの条件のうち、最後以外の四つを満たしているのがフランセルクとヴィオレーヌである。

 

 が、学年で一番有名か、と言われれば疑問符がつく。

 

 それは五つ目の条件を満たす奴が異常なレベルで多いためである。

 

「え~~!ちょっと?入学式前どころか入寮式前にいきなり男子生徒を拳で殴り飛ばすような女子生徒が『ちょっと』??」


「先輩。それ、多分ソフィーちゃんのことを言ってるんだと思うんですけど、彼女なんてマシな方ですよ。ちょっとやからすの(デビュー戦)が早かっただけで、他の女子生徒と比べれば全然ですよ。男爵令嬢って思うからダメなんですよ。

 彼女の家は王国から見れば陪々臣の家です。典型的な弱小の地方貴族で中央貴族の常識にも疎い。だから貴族でなく、平民だ、って思えば素直で純真な良い子ですよ。それより女子生徒でヤバいのはミラルダ嬢ですよ」

 

「ミラルダ嬢?」


「ええっ!?知られてないんですか?そんなバカな!野郎に交じって武闘大会に出て優勝かっさらうような奴ですよ?」


「あ、ひょっとして極技を極めし者サブミッションマスターのこと?ツァーリ伯の令嬢でしょ?」


「あぁ。なるほど。実名じゃなくて渾名の方で知られてましたか」


 ミラルダ・ツァーリ伯爵令嬢

 

 入学当初こそ大人しかったが、徐々にその変人ぶりをあらわにし、初等学校3年生時に本来は男子生徒だけで行う徒手空拳限定の武闘大会に乱入。そのまま対戦相手の男子生徒を全て倒し、物理学年最強と学年一の変人 (ヴァン調べ)の二冠を達成した変態である。

 

 

「……でもそれって男子は手加減したんでしょ?」

「いいや。確かにトーナメント方式なんで全男子生徒をぶちのめしたわけじゃないっすけど、少なくとも俺はガチで戦って負けました。他の奴も本気で戦って負けたようですしね」

「……私、ミラルダ様を社交界で見ているけど、普通の御令嬢って感じだったわよ?とても男性を力で抑え込むような体躯には見えなかったけど?」

「あぁ。そうっすね。確かに単純な膂力や体格では劣ってます。それを見事智謀で補った。作戦勝ちですよ」

「?作戦勝ち?俺が聞いた話だと狡い作戦を使った聞いてるぞ?」


「ん~。そうっすね。先輩方には殿下達の様子を教えてもらいましたから、俺からはあん時のことを話しますよ。まず最初に断言します。今年の1年生男子(俺達)はミラルダと正面から戦って負けた。あいつの勝利には一点の瑕疵もない」


 力強く断言するヴァン。

 

 そしてその策略が如何に素晴らしかったを力説するのだが……

  

 思春期真っ只中(対戦)の男の子(相手)のスケベ心を利用し、胸部や臀部に手が当たり、動きが一瞬膠着する瞬間を見逃さずに投げ飛ばす狡さ。

 「女だから顔を殴られるのは嫌だろう」という先入観を持ってしまったがゆえに、顔を狙った攻撃を避けずに突っ込んでくる彼女に動揺、思わず顔面直撃はやめようとするも、拳は止めきれず彼女の目の上を盛大に切ってしまい、思わぬ流血劇に動きた止まったところを極めてく豪胆さ。

 ミラルダ嬢の戦い方は勝てばよかろうの所謂ケンカ殺法というもので、とてもこの貴族が通うこの学校に相応しい戦い方とは思えない。


 が、ヴァンはこの戦い方をとても評価している。

 

「――で、決勝の相手は俺だったんですよ。決勝までの戦い方はよく見て手の内はバレてますし、男が女と格闘術で負けるのは問題だと思ったので本気でやったんですが……

 やられましたよ。組んだ時に、ミラルダは俺のケツの穴に指を突っ込んできたんです。あ、別に直に突っ込んだわけじゃないですよ?ズボンの上からです。けどまあ予測してなかったので思わず腰を浮かせちまって、そこを極められて俺の敗北。いや、実に見事な戦いでした」

 

 ……伯爵令嬢が学内の武闘大会で対戦相手の肛門に指を入れるのを『見事な戦い』と評していいものなのか、生徒会役員達は困ってしまう。

 

「単純な実力で勝てないのなら知恵と工夫で戦うしかない。ミラルダはそれをやってのけた。俺は心から彼女に敬意を表します。

 反対にダメだったのはうちの殿下ですね。武闘大会でミラルダとの初戦は殿下だったんですが、『私は女性に理由もなく暴力を振るったりしない』って言って早々に棄権して勝ちを譲りましたから。

 あの甘ちゃんフェミニスト気取りは自分を狙う暗殺者が女子供だったらどうするんですかね?あそこは必要な厳しさをもって戦わなければいけないところだったんですよ」

 

 どうやら目の前の騎士団長令息殿は騎士道精神より実利を取る性格のようだと生徒会役員達は悟る。

 

 なおも事情聴取という名の雑談を続けることしばし、

 

「おっと。そろそろ寮の門限だね。ロナート君達は先に帰ってくれないか?僕達は生徒会室の戸締りをしてからでないと帰れないからね」


 ということで聞き込み調査は終了となった。

 

 

===========


 アイネイアス学園の生徒は原則寮生活をすることになっている。

 

 学園は王都にあるので生徒によっては実家から通学することも可能だが、それでも寮生活を強く推奨されている。それは寮生活を通じて集団生活の中での社交性を育むためである。特に貴族の子供は自身だけの世界で我儘に育てられていることが多く、ここでコミュニケーション能力を磨くという意味が強い。

 

 そんな寮は大きく4つに分かれている。

 

 まず、男女で分かれ、続いて初等学生用と上級学生用にも分かれる。

 

 初等学生用と上級学生用に分かれるのは単純にそれぞれの校舎が異なる場所に建てられているからである。

 

 同じアイネイアス学園の看板を持っていても初等学校は王都の貴族街の一角にあるのに対し、上級学校は王都のはずれに建てられている。

 

 これは上級学校でのカリキュラムが原因となっている。

 

 騎士・将校コースでは上級学校近くにある山で本格的なサバイバル訓練を行い、魔術・研究者コースでも大規模な実験を行う際の万が一の事故を考えて王都の中心ではなくはずれに建てられている。

 

 

 さらに各寮は敷地こそ同じだが学年ごとに寮の建屋も異なっている。

 

 

 余談だが、この寮も身分によって割り当てられる部屋が大きく異なる。日当たりや間取りの良い部屋は王族や上級貴族に割り当てられる。

 名目上は『寄付金額に応じて部屋を割り当てているので平等に扱っている』とのことだが、平民がいくら大金を積んでも良い部屋は割り当てられない。

 

 そんなアイネイアス学園上級学生用の1年生に割り当てられた寮の一番間取りと日当たりの良い部屋にロナートとヴァンは寮に着くなり呼び出された。

 

 

「戻ってきて早々にすまないな。どうだった?生徒会は?」

「おっかないですね。学生にあんな大金を義務と責任付きで持たせるな、って感じですよ」

「よく言うよ。そういうややこしい話は全部僕が聞いてヴァンは先輩達とお茶を飲んでただけじゃないか」

「ははは。お前達らしいな。俺もな、あの予算には驚いたよ。父上か誰かは知らないが豪気なことだ」

 

 ロナートとヴァンはフランセルクの側近候補として赤子の時から育てられている。

 

 が、平時の2人はフランセルクに必要最低限の礼儀を払いはするものの、基本的には仲の良い友人として接する。対するフランセルクも私人として振舞える学園内ですら王子として公人として自らを律しているが、2人の前ではただのフランセルクとして行動する。

 

 3人はお互いを立場は違えど親友だと認識している。ゆえに……

 

「ところで殿下。久しぶりにすっきりしたようですが、悩みは晴れましたか?」

「何のことだ?」

「隠したって無駄ですよ。ここ2~3ヶ月、なにかで悩んでいたでしょ?さらにいえばサロンでヴィオレーヌ様と密会するまでずっとです。ところが今はその様子がない。長い付き合いなんですからそれくらいわかりますよ」

 

 隠し事などそうそう出来ない。

 

「……そんなにわかりやすかったか?」

「顔にも態度にも出てないですから、僕達以外は――あ、ひょっとしたらヴィオレーヌ様は気が付いていたかもしれませんけど、それ以外には気が付いていないと思いますよ」

「……そうか」


 思わず苦笑するフランセルク。

 

「しっかし、相手がヴィオレーヌ様だからまだ納得は出来ますが、悩みの相談相手が俺達じゃないってのはちょっと悔しいですね」

「あぁ。すまない。それは内容次第だ。お前達の方が相談しやすい内容もある。ヴィオにした相談の内容は……悪いが言えない」

「別にそこは気にしてませんよ。言いたくないことの1つや2つあるものでしょう。で、解決したんですか?」

「解決したわけではないが、解決の糸口が見えた、というところだ。で、話を変えるがお前達を呼びだしたのは――」



 ドォォオン!!

 

 比較的近くから爆発音が聞こえる。

 

 本来なら慌てるべきところなのだろうが……

 

 

「……あれを何とかしろ、ですか?」


「……それもある。生徒会に行ったのなら言われたと思うが、男女共1年生はもう少しおとなしくしろ、だそうだ」


「しかし、今日は派手にやりましたね」


 ロナートが窓から外を見て呆れた声を出す。見れば1年生用の女子寮から何かが爆発したのだとわかる。


 

「ロナート。今日『は』でいいのか?『も』でなく?」

 

 フランセルクが茶化すことなく、真顔でロナートに訊ねる。


「殿下。僕だって現実を直視したくないんですよ。しかし、一体今日は何をやらかしたのやら……」」


 ロナートが深いため息と共に現実逃避だと白状する。 


「そうだな。本命ミラルダ嬢(アルケミストバカ)がやらかした。対抗アンジェリカ嬢(マジカルバカ)がやらかした。大穴スザンナ嬢(スーパードジっ娘)がやらかした。なんかどうだ?」


 とどめにヴァンが身も蓋もないことを言いだす。


「いや、流石に最後のはないだろう。いくらスザンヌとはいえ……まあ、圧力鍋を空焚きしてなぜか台所ごと爆砕したことがあるから否定はできんが……」

「殿下。そこまでわかっているのならスザンヌさんも候補に入れましょうよ」


 3人が慌てていないのは寮の爆砕(これ)がよくあることだからである。

 

 無論よくあっては困ることであるし、本来なら大問題になるのだがいくつかの要素が重なって小問題程度に収まっている。

 

 

 まず人的損害。

 

 これについては聖女ソフィーの存在が大きい。

 

 本来なら後遺症が残るレベルの大けがを負ったとしても瞬く間に治してしまう彼女がいることで『即死以外はすべてかすり傷』というトンデモナイことになってしまっている。

 

 続いて物的損害。

 

 こちらはヴィオレーヌ公女をはじめとする異なる分野の魔法のエキスパートの存在でカバーしている。

 

 万理魔法の奥義、物質の創造

 

 通常万理魔法で生み出される火の玉、一条の雷、氷の塊などは魔力で一時的に具現化しているものにすぎず、永続的にこの世界に形を残すわけではない。

 

 一般的に物質創造の中で最も簡単と言われる水を創造する場合、コップ一杯の水を作り出せるのがやっとと言われている。

 

 ところが万理魔法の天才ヴィオレーヌはこの常識を覆し、様々な物質を創造することが出来る。創造された物はあくまで素材であってそれが破壊された家具や食器にはならないのだが、幸か不幸かヴィオレーヌが最も苦手とし、物質の変形・加工を最も得意とする錬金魔法の使い手がフランセルクの代には男女問わずいた。

 

 ここまでくれば後は想像の通り。

 

 人的被害はソフィーが治療し、物的被害はヴィオレーヌが素材を作り、他の者がそれを錬金魔法で加工して直してしまうのでどちらも実質被害なし。

 

 騒動はおこしているのだから問題ではあるが、その騒動の原因はおおよそ自己研鑽であるから止めろとも言い切れず、実質的な被害がない、さらに公族のヴィオレーヌもいるものだから強く出れない。

 

 なお、呆れている男子寮生(フランセルク達)だが、彼らも彼らで似たような騒動をよく起こしている。

 

 

 武芸自慢ですぐに決闘に持ち込むディアルト令息(デュエルバカ)

 

 手先が器用で暇さえあれば何かの模型を作っているフェルグス令息(モデルバカ)

 

 平民でありながら本を何よりも愛し、時に寝食を忘れて倒れるまで読書を続けるシリウス(ビブリオバカ)

 

 その他、女子に劣らず男子にも名物生徒が大勢在籍している。

 





 

 アイネイアス学園 第235期生

 

 入学前よりフランセルク王子とヴィオレーヌ公女が在籍することがわかっていたこの代は、実際には2人以外に多く問題児を抱え教師や職員を悩ませることになる。

 

 

 

 これが後年『太陽王の治世を支えた英傑揃いの235期生』と評価されることをまだ誰も知らない。

 

 

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