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40 エピローグ 前編

 夏の告白からはや一ヶ月。


 当然、あれから「誰かが屋上で盛大な告白をしたらしい」という噂が流れてしまった。幸いにも、僕と美麗のことだとはバレなかったようで、平穏に日々を過ごせている。


 テストが終わった今、学校は文化祭ムードだ。


 さて、その前に語らなくちゃいけないことがある。


 夏休みの最終日、僕は笹倉源蔵の元まで出向いた。自分の思いを、これでもかとぶつけたのだが。


「口だけでは信じがたいね。笹倉家というのは実に社会的に大きな影響を与える立ち位置だ。財閥界の荒波に身を投じる覚悟があるのか、もう一度自分に問い詰めたほうがいいんじゃないかね」


 だとか、


「君の言葉にひとつでも嘘があれば、君を認めることはできかねるがね」


 だとか。


 何をいおうが否定されるだけだった。後からわかったのだが、それは僕を試してのことだったらしい。


 最後まで自分の主張を貫き通した結果、どうにか受け入れてもらうことができたのだった。



「で、今日は何か用事でもあるのか?」


 話は現在に戻る。


「雨宮光一に会いにいくの。陸夜も一緒にね。今から椀さんの車で雨宮家に向かうから」


 源蔵さんからの説明で名前だけは知っている。美麗曰く、自意識過剰なナルシスト男だそうだ。


「はじめまして、陸夜さん。椀台です。名前は美麗お嬢様から何ども伺っていました」


 黒塗りの高級車に乗り込むやいなや、運転手からはなしかけられた。


「こちらこそ。椀台さん、今日はよろしくお願いします。」


「わかりました。呼び方ですが、美麗さんが椀と呼ぶのでそのように呼んでいただければ」


 はい、とこたえると、椀はエンジンを稼働させた。


 椀さんは、いい歳の取り方をしている人だと思う。ダンディーで、紳士という呼称が相応しい。


「私、本当に椀さんにはお世話になってるんだ。陸夜との関係を知っている唯一の人だったから、特にね。」


「そんな関係性だったんですね」


「美麗さんにそういわれると、嬉しいものですね。私にはもったいない」


「椀さんはこうやっていつも腰が低すぎるんだから」


「ここだけの話ですが。財閥の方の中には人づかいが荒い方もいるもので。誰にとっても失礼のない態度をとった結果でね。さあ、そろそろ高速道路ですね。飛ばしていきますよ」


 日が暮れてきてしまった頃合い、雨宮家につくのももうすぐといったところ。


「光一さんに会っても、いいのかな」


「何よいまさら」


「婚約破棄をした張本人と面会するのは、屈辱的じゃないかなって」


「何も対応しない方が光一はきっと怒ると思って呼んだの。今日は陸夜がメインだから、しっかりしてよ」


 車から降り、雨宮邸へと入っていく。椀さんは車で待機するとのことだった。


「いらっしゃい。君が噂の沢田陸夜君かな」


「はい」


 光一の父だと、美麗は耳元で囁いた。


「光一、お客さんだ。沢田君だよ」


 黒いスーツに身を纏った光一が出てくる。自分よりふたまわりくらい背が高い。


「キミが美麗サンを愛してやまなかった平民か。念のためだが自己紹介を。ボクの名前は雨宮光一、光一はピカイチの字だ」


 表情から立ち振る舞いまで、いちいち格好つけたいようだった。美麗が嫌うのも理解できる。


「……沢田陸夜です」


「よく来ようと思えたね。実を言うと、呪ってしまいたいくらい憎んでいるんだよね。キミという存在さえなければ、美麗サンはボクのものだった確信しているからね」


 ここまできて嫌味をいうなんて。なかなか狂った精神の持ち主のようだ。


「その件に関しては……僕が美麗を好きになってしまったばかりに」


「面白いことをいうね、気にいったよ。ボクに配慮するどころか嫌味を吹っかけてくるとはね。腹が立つけど、キミは勝てそうにない。ボク以上に美麗サンのことを知っているんだ。自身の権力を振りかざし、美麗サンを無理矢理ボクのものにしようと考えていたのが過ちだったよ。こんなんじゃ、婚約も破棄されて当然さ。キミと直接会えたことで、ようやく諦めることができそうだよ」


「それはそれは」


 これ以上は何もいえそうになかった。


「光一さん、この方は誰!」


 嫌悪に満ちた表情を浮かべ、その女性は忌々しそうに僕のことを指さした。


「茜サン、その態度は良くないだろう。美麗サンの真の婚約者、平民の陸夜サンだ」


「なるほど、やはり平民は平民と結ばれるのが得策でしたのね。さあ光一さん、少し体を寄せてもよろしくて?」


「もちろんだとも。キミは美しいからね」


 恍惚とした姿は、少々見るに耐えなかった。


「というわけで、ボクの婚約者は美麗サンの義理の妹、笹倉茜サンに戻ったわけさ。ようやく、彼女が運命の人だと気づけたよ。キミのおかげだ、沢田陸夜クン」


「は、はあ……」


 本人にはいえないが「類は友を呼ぶ」を身をもって体現したふたりだな。変人は変人と好き勝手やっていてほしい。


「美麗お姉様? そういえば奏流の文化祭、私たちもきてよろしいかしら?」


「ダメではないですが」


「私たちのカップルも行ってみたいのですよ。なんていったってジンクスがあると聞きまして」


 すっかり忘れそうだったな、文化祭のジンクス。このふたりにも、恋愛の神様は微笑まないといけないのだろうかね。

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