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18 茜は美麗を虐めたい(美麗視点)

 カラオケで、私は思いのすべてをぶちまけた。


 バラードもロックソングも関係なしに、投げつけるように歌ってた。その圧力に陸夜はひるんでいたけど、おかまいなしに。一曲一曲が終わるごとに、へばりついていた何かがこぼれ落ちていく感覚。毒々しいものを、あの女に吐きかけられていたからかな。


 陸夜を心配させないように気を張っていた。もう、限界だったのかも。


 ふたりで歌っていたとき、私は例のハグよろしく、ほとんど喋らずにいた。本当に陸夜を必要としているときは、言葉じゃない、陸夜の温もりを求めている。一緒にいるだけでいいんだな。


 これ以上、財閥のことを陸夜に勘付かれたくない。もう、陸夜を苦しめたくないんだよ。


「きょうはありがとう。すっごく楽しめた」


「美麗が楽しめれば万々歳だから、また今度な」


 迎えの車がやってくる。運転手は、またあの男の人だった。ちょっと私に対する追及がすごかったけど、気にせずにはねのけた。年頃の女子の恋愛事情って、気になるものなのかな。


 車を降りる。


 長い入り口を抜け、扉を開けた。きょうはさっさと寝て疲れでもとろうかな、なんて思っていた。


 扉を開けた瞬間。


 上から、大量のコーラがまっすぐ降り注ぐ。大容量サイズのそれは、わざわざ口をきってあって、私を一気に濡らした。


「美麗お姉さま、おかえりなさいませ。私からの最大のサプライズです。喜んでいただけまして?」


 何が起こったのか、わかったのはしばらくしてからだった。


 ……ひどい悪戯だ。


「茜、これは一体どういうことなの。こんな嫌がらせして、何か鬱憤でも晴らしたいわけ?」


「嫌がらせですって? そんなこといわないでくださいよ、お姉さま。サプライズですよ、サプライズ。お帰りを歓迎してるのです。勘違いしないでほしいものですわ」


 嫌らしい目つきで、口角をあげながら自信ありげにいう。自分は何を悪いことをしていない、という顔だ。罪の意識がない。自分のやっていることを、破綻した論理で正当化している。


「これ以上やるなら、母さんに密告します。あなたのおこないにはもう懲り懲りなんです」


「ごめんね、美麗お姉さま。なんて謝るとでも? 何度もいいますが、これは私のサプライズ────念のためいっておくけど、たとえあなたが無駄な抵抗をしたところで、こちらは手を回しているわ。下手に動きでもしたら、あなたが財閥内で立場がないことくらい、少し考えればはっきりするんじゃなの?」


 私という人間を、茜の手のひらの中に収めようとしている。ずっとこの腐った環境で育ってきた彼女は、望むものがすべて手に入ると勘違いしているのだと、数年間過ごして気づいていた。納得のいかないことが、きっと今彼女の中で渦巻いている。


 その原因がわかって解決するまでは、少し苦しい日々が続くだろう。憂鬱だ。


「ふーん、そんな不満げな表情を浮かべるなんて、いいご身分ね。自分の立場くらいわきまえて立ち振る舞うことをおすすめするわ、この平民」


 平民。そうだよ、あなたからしたら私は平民。

 でもね。私からみればあなたは平民を大きく下回るような残念な人格の持ち主。茜は、いつか必ず破滅する。どこかの雑誌でみかけた、「悪役令嬢」なんて言葉を思い出した。あんな風に、彼女の最後は断罪されて終わってほしい。


 そんな汚いことしか考えられなくなってる、最近。陸夜と会っているときの顔と、家にいるときの顔が乖離してきてる。


 自室にも取った私は、だいぶ日も暮れてきた空を眺めて気持ちを重ねていた。

一章完結です。

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