地下五階 天空の揺り篭 5
ドラゴンは、男性器を原像としているのだろうか?
男性的な攻撃性の理想化した、イメージそのものなのだろうか?
ドラゴンは、火炎放射器に似ていたし、剣に似ていたし、銃に似て、戦車に似て、ミサイルに似て、核兵器に似ていた。
炎とは、男性器なのだろうか?
男性器……、豊穣の力とは表裏一体である人の持つ負の力のイメージそのもの。
支配と征服の象徴。
死と破壊と殺戮の意思そのもの。
グリーン・ドレスは、自らの力の全てを解放しようとしていた。
それもまた、原初の太古の力なのだろう。
彼女は、この空間にある。ありとあらゆる“熱のエネルギー”を自身に吸収しようとしていた。それは、彼女の奥義なのだ。
ドラゴン・タイラントを発動させる。
そして、眼の前にいる敵を塵も残らない程の、灰へと変えてしまおうと考えていた。
†
グリーン・ドレスは、狂気を撒き散らす者だ。
だから。
狂気が感染してしまったのだろう……。
だからこそ、フロイラインも、解放してしまおうと思った。
今、隷属から解き放たれていくのだ。
フロイラインは、此れまで受け入れてきた全ての精液を解き放つ。
それを致死の毒に変えて。純粋なる暴力の姿へと、形を変えて。
プレイグは、自分を咎めるのだろうか? ……何故だか、どうでも良かった。
今、この瞬間の為に、自分は、生まれてきたような気がする。
そもそも、命とは鎖に繋がれ、拘束されているようなものなのだ。その鎖を解き放ったって、構わないんじゃないのか。
終焉は、早くも迎えた……。
自分の肉体の崩壊よりも、早く。ずっと早く……。
「マグナカルタ、『ドラゴン・タイラント』」
まるで、死の宣告を行うように、空を飛ぶ赤い翼の女は告げた。
フロイラインは、一瞬、呆然とした顔へと変わっていた。
ハイドラの頭部の一体が、焼き尽くされていく。
まだ生き残っていた水兵隊達も、一瞬にして、黒い骨へと変わり塵へと変わっていく。
異常なまでの、熱気の拡散だった。
それは、一つの核攻撃に等しいエネルギーだった。
あるいは、それ以上の何かだったのかもしれない。
触手も……、浸食によって新たに生まれた怪物達も、この区域一帯も何もかも全てが……。激しい焔によって、焼き尽くされていく。
フロイラインは、ふと、思う。
まるで、自分はこの瞬間の為に、生まれてきたんじゃないのかと……。
ハイドラの頭は完全なまでに、焼け崩れ去ってしまう。
フロイラインは、心なしか笑みが零れていた。
きっと、こいつや。こいつらは、クラーケンなんてものは、粉微塵に踏み躙ってしまうのだろう。
想い続けていた愛国心も。
兄に対する届かない恋慕も……、何もかもが消えていく。
自らは、灰へと帰っていく。
フロイラインの命は、そうやって無へと落下していった。
†
熱を奪った結果として、辺り一面は、冷たい凍土へと変わっていた。
グリーン・ドレスは、鼻を鳴らす。
余りにも、あっけ無かった。
逆に考えるならば、自分の力は、これ程までに凶悪なのだ……。
……疲れたな。ドラゴン・タイラントは、そうそう、使うもんじゃない。
彼女は、ぐったりとしながら、翼をはためかせていた。
ふと、グリーン・ドレスは、炎の中から、新たに生まれた生物を見つける。
その怪物には、瞳は無かった。
歯茎を剥き出しにしていた。真っ白な歯の隙間から、涎を垂らし続けている。
肉体は包帯のように、植物の蔓を巻き付かせたような、黒茶色の皮膚をしていた。
グリーン・ドレスは、怪物を分析していた。
人間に似ている肉体の形状だが、やはり、どう見てもそれは“悪魔”としか言えないような姿だった。
巨大ハイドラから生まれた産物。
フロイラインが、ハイドラの体内で、そのまま儀式を行って急速に産んだ生物。
グリーン・ドレスは、その怪物が何なのかを即座に理解する。
この怪物の方が、本命なのだろう。
多分、炎に対する耐性を創り出した。
純粋な強さは感じない。
ただ、罠の臭いはした。
迂闊に攻撃出来る相手ではなかった。
「さてと。どうしたもんかなあ?」
グリーン・ドレスは溜め息を吐く。
取り敢えず、カラミティ・ボムを撃ち込んでみるか?
……いや、それこそが、罠だろうな。
グリーン・ドレスは、この悪魔の姿をした怪物の体温を探る。そして、鼻で笑った。中に、火薬のようなものが仕込まれている。そして、毒物が拡散されるようになっているみたいだった。
……さてと。どうしたものかなあ? 面倒臭い奴、残しやがって。
脳や心臓に類する、指令系統は、首の辺りにあるみたいだった。
悪魔は、動いていた。両手から生えた爪を、彼女に向けて突き立てる。グリーン・ドレスは、それを避ける。反撃として、蹴りを入れられる体制だったが、それを行わなかった。敵はそれなりに素早かった。
グリーン・ドレスは、少しずつ、距離を置く。
怪物は何かを待っているみたいだった。
グリーン・ドレスは、それも分かっていた。
……炎で、攻撃してくる事を待っているんだろ? あるいは、私が直接、腕や脚で殴り倒しにくる事を待っているんだろ?
此方の勝利は微塵も変わらない。
確定している。
こいつのやっている事は、意味の無い、悪足掻きでしかないのだ。
彼女は、破壊されたビルの残骸の中から、鉄骨を拾ってくる。
そして、勢いよく、悪魔の脊髄に向けて、鉄の塊を叩き込む。何度か、拾った鉄骨を叩き込むと、悪魔は動かなくなっていく。そして、地面へと落下していく。グリーン・ドレスは、素早く、距離を置いていく。
悪魔の肉体が、地面に落下したと同時に破裂する。
そして、周辺に紫色のガスを撒き散らしていく。ガスに触れたアスファルトに生えていた植物は見る見るうちに、枯れていく。
そして、その怪物は、空へと溶けていってしまった。
これで、フロイラインと、彼女が残した怪物を完全に倒した事になる。
「ははあっ、私の完全勝利かなあぁ?」
空が、明るい光を放っていた。




