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地下五階 天空の揺り篭 3


 暴君。


 彼は、この世界の支配者で在りたかった。

 そして、自らが望んだものは、この世界に生きる者達全ての望んだものを叶える事なのかもしれない。欲望は自制しなければ、他者を蹂躙していく。ありとあらゆる欲望の解放、それは人が人で無くなる事なのかもしれない。

 どうしようもない程に、非情な事をしているのだろう。

 それは、不毛な願いなのだろうか。

 自らは悪であるしかないのだと。

 それは。

 破滅へと落下していくかのようだった。

 ウォーター・ハウスは、息を飲む。


 アブソリュート。強過ぎる……。

 彼は人格というものを、持たないのだろう。彼は秩序の為にのみ動き、法の命じるままに自らの力を振るい続ける。まるで、ウォーター・ハウスとは、さかしまの鏡のような存在だ。彼もまた、殺す為にのみ存在しているのだろう。

 プレイグは、この金属の塊に対して、何を想うのだろう? ただの自らの駒としか思っていないのだろうか。ウォーターは畏怖している。こいつはこの国家の神であり、悪魔なのだ。この天空の鳥篭から出してしまえば、死と破壊のみを撒き散らす存在と為り得るだろう。

 それ程の脅威を、眼の前にいる存在からは感じ取れる。

 こいつの能力の概要が、段々、分かってきた。

 こいつは人々の生命を吸っている。そして、命を砲弾へと変えているのだろう。こいつは守護者でありながら、この国の人々の生命を動力源として生きている。

 ウォーターは、めまぐるしく思考していた。

 クラーケンに生きる者達に、本質的に自由なんて無い。

 みな、拘束されている。服従こそが自由なのだろう。そして、自分達が奴隷であり、家畜であり、命の弾丸でしかないという事を知らずに生きている。生かされている。

 ……国家に生きる者達、全てを使った総力戦か……。

 ウォーター・ハウスは憤る。

 この国に蔓延している芸術の数々。

 システムによって、操作され尽くされた芸術。みな、精神の解放だと思い込みながら、絵を描いたり、歌を歌ったり、文字を刻んだり、そして思考する。自由な思考を謳歌しているのだと思い込んでいる。全てが偽りなのだ。

 ウォーター・ハウスは憎悪する。

 このシステムは、人間が存在してきた歴史における、一つの悪夢の体系そのものなのだろう。

 彼は思う。


 …………神を殺す為になら、魔王になろう。


 ミルトンの失楽園を覚えている。地へと堕ちたサタンの叫び。

 一度、地に落ちてみるのもいいかもしれない。

 大いなる天空から、落下してみよう。

 それは結局、自身の命と引き換える事になるかもしれない。

 ウォーター・ハウスは、上半身の服を脱ぎ捨てる。彼の胸元は変形していた。

 彼の両胸には孔が開き、腹は口を開いている。それはさながら、髑髏のようだった。

 これは、彼が使える最強のウイルスを生成する為の力だった。

 自身の更なる能力を使おう。……もしかすると、死んでしまうかもしれない。これは決して使ってはいけない力なのだから。自らの肉体をも食い破るウイルスなのだから。

 彼は破滅していく事を、覚悟する。……望んだ結末なのかもしれない。


 この遥か高い天空から、落下していこう。



 ボーラは、電脳空間内で様々な情報を拾っていた。

 彼は言葉を失っていた。

 クラーケンの人々が、次々と、突然死していく。

 何が起こっているのだろうか。

 どうやら、衰弱死みたいだった。



 賭けに出る価値はあった。


 金属の怪物は、しばらく機能停止して、動く事を止めていた。

 少しでも、活動不能に出来ればよかった。

 確かに、深い部分にまでダメージが通ったのだろう。

 ウォーター・ハウスも、全身がボロボロだった。落ちていた上着を身に付ける。

 胸を解放した殺人ウイルスは、やはりマトモに制御出来そうにない。もし、これを使い続ければ、自分は自滅して死ぬだろう。けれども、それよりも早くアブソリュートを機能停止する事に成功した。激しい暴食を続けたウイルスは、機械の怪物の動力炉を侵食したのだろう。

 彼は跳躍する。

 アブソリュートが背にしていた場所へと辿り着く。

 ウォーター・ハウスは、疲労していた。

 三つの太陽を、ウォーター・ハウスは殴り、砕いていく。

 この国を覆う動力炉は、あっけない程に、脆く崩れ去っていった。


「やったか……」


 だが…………。

 ウォーター・ハウスは振り返った。

 敵を完全に無力化する事は出来そうになかった。



 アブソリュートは、動き始めた。


 先ほどよりも、全身に、悲哀の風を吸い込んでいる。

 おそらく、こいつの能力は風を操作する事だけに留まらない。

 もしかすると、万物のありとあらゆるものを操作出来るのかもしれない。ウォーター・ハウスは、何かに気付いていた。周辺一帯の空間が歪んでいるかのように感じた。

 気付くと、それは火の玉のように見えた。

 火……いや。

 それは、雷の球体だった。金属のガーゴイルは、放電していた。ウォーター・ハウスの肉体に電流を流そうとしているのだろう。おそらく、稲妻程度の威力は生じるのだろう。

 激しい音を立てて。

 鳥篭は破壊されていく。

 ウォーター・ハウスは、足元に気を付ける。

 踏み外せば、ありえない高度から、落下する事になるのだから。

 アブソリュートの背中から、二対の翼が生える。四つの翼だ。

 まるで、天使の翼のような形態をしていた。

 メタリックな光沢を放ち続ける。

 怪物の首が伸びていく。牙が生えていく。

 ドラゴンのような姿へと変わっていた。

 金属の怪物は、大口を開いていた。

 口腔に、エネルギーを集めていた。

 強大なまでの、電磁砲だった。

 喰らえば、血肉など蒸発してしまうだろう。

 風が集まっていく。

 ハリケーンだ。

 空間が、暴風によって、引き裂かれていく。

 それは、巨大な鉤爪が暴れ回っているかのようだった。

 見ると。

 ウォーター・ハウスが乗ってきた鳥の怪物も、彼の大旋風の攻撃によって、バラバラに切り刻まれて、空へと肉塊となって溶けていってしまった。

 ウォーターは、完全に戻る手段を失った事になる。

 ……成る程、絶体絶命だな、これは。

 ウォーター・ハウスは、何とか鳥篭の中にしがみ付いていた。

 此処から落下すれば、自分は死ぬのだろうか?

 高度は六万メートルは在った筈だ。間違いなく、死ぬだろう。

 空を飛行出来るグリーン・ドレスが助けに来るだろうか? ……いや、彼女も苦戦しているかもしれない。


 何とか、アブソリュートを攻撃の射程内にまで引きずり込むしかないだろう。

 ウォーター・ハウスは思考する。

 おそらく、アブソリュートの生命は、クラーケンの住民全ての命に等しい可能性が高い。

 空間が、捻れていく。

 一帯の空気が、蒸発していくかのようだった。

 怪物の口腔に集まったエネルギーが、今や解き放たれようとしていた。真っ直ぐに、ウォーター・ハウスの方向へと向いている。

 ウォーターは、自然と背筋から悪寒が走り続けていた。


 鳥篭は、完全に砕け散っていた……。


 ウォーター・ハウスは。

 何も無い、空へと放り出されていた……。


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