サラ王女の事情 〜サラ王女視点〜
(サラ王女視点)
「ふぅ〜」
私は案内された客室のベッドに仰向けに寝転び、ぼんやりと天井を眺めた。
(気持ちいい……)
心地良い弾力が、私の体を包み込んでくれる。
本当に、このベッドは気持ちがいい。
セーバ領に入って最初に泊まった宿屋で、この不思議なベッドに横になった時、私は大変な衝撃を受けた。
板の寝台に敷布団を敷いたいつも使っているベッドとは全然違う!
旅では馬車の中や地べたで寝ることも覚悟するように言われていたのに…。
まさか旅の間中ずっと、王宮の自室のベッドで眠る以上の快適な眠りが得られるとは思わなかった。
そういえば、王宮でもベッドを新しくするとかって話を聞いたけど、きっとこのベッドのことだったんだと思う。
何故わざわざベッドを換えるなんて話が出たのか分からなかったけど、このベッドに換えるというなら納得だ。
だって、このベッドは本当に寝心地がいいもの!
このベッドを考えたのも、アメリアお姉さま。
ベッドだけじゃない。
セーバ領に入ってからずっと利用していた街道沿いの宿屋も、全てお姉さまが建てたって聞いた。
お陰で旅の間中、私は毎日お風呂にも入れたし、ふつうに夕食を摂ることもできた。
一日中馬車に乗り続けてお尻は痛くなったけど、お兄様やコラード先生から聞いていたような旅の大変さは、全く感じなかった。
初めはお兄様が自分の体験した旅を大袈裟に話していただけだと思ったのだけど、コラード先生にそれは違うと言われた。
セーバ領の街道が特別で、他の土地では大袈裟でなく、お兄様が話してくれたような旅が普通なんだって。
だから、この旅が普通だとは決して考えてはいけないと、コラード先生には注意された。
でも、それなら尚更お姉さまはすごいと思う。
途中の宿屋で聞こえてくるアメリアお姉さまの噂は、どれもお姉さまの功績を褒める言葉ばかりだ…。
私とは、全然違う…。
…
………
……………
『おい、見たか?
ライアン王太子殿下の火魔法!
あれほど巨大なファイアボールなんて、そうそうお目にかかれないぞ!』
『ああ、模擬戦相手の小隊丸ごと炎に包まれてたからな!
あれなら魔物の群れも一撃だろう』
『ライアン殿下って、まだ10歳にもなってないだろ?
それであの威力の魔法って…。
さすがは王族ってところだな』
『まぁ、殿下は王族の血の他にベラドンナ様の、ボストク侯爵家の血も継いでおられるからな!
ボストク侯爵家は代々武闘派の血筋。モーシェブニ魔法王国の剣であり盾だ!
実際、ベラドンナ様も若かりし頃、王妃になられる前は、ボストク領の氷姫として名を轟かせていたからな。
殿下のあの魔法も納得というものだ』
『でも、それを言ったら同じ両親から生まれたサラ王女殿下の魔法、ショボ過ぎないか?』
『おい! 不敬だぞ!』
『でもなぁ…』
『サラ王女殿下の魔力は風属性に特化されておられるから、他の属性魔法を苦手にされているのだ。
決して王女殿下の魔力が低い訳ではない。
あれ程広範囲に風を起こせるのだ。
多くの敵を同時に牽制するのには、十分に役に立つ』
『牽制って言っても、突風が吹いて一瞬足止めされて終わりだろ?
別にそれで敵を倒せるわけじゃないしなぁ』
『まぁ、どう言い繕っても、所詮風魔法なんて船乗り以外には何の役にも立たないしな。
実際のところ、精々国王陛下の演説を民に届ける拡声の魔法くらいじゃないか? サラ様の魔法が役に立つのって』
『まったく、お前たちは…。
魔力はそれ自体価値があるのだから、たとえ風魔法しか使えずとも、実際に戦場に立つ必要のない王女殿下には何の問題もない。
魔力は子に遺伝するが、属性は遺伝するようなものではないのだからな。
さあ! 無駄話は終わりだ!
あまり無駄話が過ぎると、また隊長にどやされるぞ!』
『へ〜い、お前は真面目だなぁ』
……………
………
…
ほんとうに、どうしてなんだろう…。
アメリアお姉さまのお陰で、やっと自分の王族としては少ない魔力量と向き合えたと思ったのに…。
まさか、私の持つ風の属性が実は全くの役立たずだったなんて、ちっとも知らなかった。
お父様の横に立って、民に向かって拡声の魔法を使った時には、皆が上手だと褒めてくれたのに!
所詮拡声の魔法なんて、魔道具で代用できる程度のつまらない魔法だ。
小さな娘が父親である国王の声を届ける…。
そんな姿が微笑ましく映っただけで、決して私の魔法自体が評価された訳ではない!
どうして風属性なんだろう…。
船とあまり馴染みのないこの国では、風属性の子供なんて滅多に生まれることはないのに…。
しかも、単一属性なんて…。
ふつうは火水金木土の五大属性のうちの2つか3つを、自分の属性として授かるのが一般的なのに!
単一属性は、その属性に強い才能が現れる代わりに、他の属性全てが極端に苦手になりやすい。
全く使えないというわけではないが、使えるのは生活魔法程度で、多くの魔力を必要とする攻撃魔法を使おうとすると、必要な魔力量も魔力操作の難易度も極端に跳ね上がる。
実質、他の魔法は使えないのと同じだ。
火か水なら良かったのに…。
ちなみに、お母様は水でアリッサ伯母様は火の単一属性だ。
2人は学院時代、火と水の双璧として、学院中に名を轟かせていたらしい。
同じ単一属性でも、私とは大違いだ。
こんな私が、魔力が少なくて碌に魔法が使えないなどと、たとえ一時でもアメリアお姉さまを下に見ていたなんて…。
お母様が、お兄様以上に厳しく私に学問を学ばせたのも、魔力の少ないアメリアお姉さまを私に紹介したのも、きっと私の属性のことを考えてのことだったのでしょう。
私がボストク侯爵領行きを蹴って、こっそりセーバ領に向かったのも、お母様には何となくバレていた気がします。
ともあれ、そう落ち込んでばかりもいられません。
魔法が駄目なら、それ以外のところで皆に認めてもらうしかないのです!
幸い私には、魔力量による絶望的なハンデにも屈せず、これだけの街を一人で作り上げた先駆者たるアメリアお姉さまがいるのです!
このまま負けてなどいられるものですか!




