技術協力
倭国の皇女様の突然のお辞儀に、呆然とする私。
茶道の“真のお辞儀”なんていう、儀礼的なカッコいいお辞儀じゃない!
畳に額を擦り付けるような叩頭礼、所謂土下座だ。
ちょっ、待って! 困るから! タキリ様、皇族だから! 私より身分上だから!
突然のことにパニックになり、慌ててサマンサに助けを求めると……サマンサも!
2人して、見事な叩頭礼だった……。
あぁ……。今なら分かる。
これは、かなりキツイね。
異世界で女王様になった子が、初勅で禁止にするわけだ……。
て、そんな事はどうでもいい!
これ、どうしよう?
私がオロオロしていると、顔を伏せたままのタキリ様が語り出した。
「知らぬこととは申せ、失礼いたしました。
改めて、ご挨拶させて頂きます。
私、倭国の現帝が長女タキリヒメノミコトと申します。
師叔様におかれましては、これまでの御無礼平にお許し頂きたく……」
「ちょっ、ちょっと待って! ストップ、ストップ! 一旦、落ち着きましょう。
とりあえず、頭を上げて下さい。これではまともに話もできません。
え〜と、まずは頭を上げるところから始めましょう!
話はそれからです!
サマンサもですよ!」
私が強く言うと、2人はやっと顔を上げてくれた。
それでも、両手を畳につけたままで控える姿勢は崩さないけど。
まぁ、このくらいなら許容範囲か……。
「まずは、どうして急にこんな態度をとったのか、その理由を説明して下さい。
正直、私には何故倭国の皇女様であるタキリ様が、たとえ公爵とはいえ、高々他国の一貴族に過ぎない私に頭を下げるのか、その理由が全く想像できません」
混乱する私に、タキリ様は倭国皇家と倭国の貴族が担う役割について説明してくれた。
それは、イィの御技を正しく継承する者として、弟子の責務を果たすこと。
イィ様が伝えた知識や技術を国の繁栄のために正しく使い、それを次世代に正しく伝えていくこと。
これこそが師父であるイィ様の大恩に報いる道であり、倭国の皇家、貴族の存在理由らしい。
ちなみに、倭国の皇族がイィ様の子孫であり、イィの御技の本家筋にあたるのは当然として、倭国の貴族もまた、始祖を辿れば皆イィ様の何らかの弟子にあたるそうだ。
そんな訳で、倭国ではイィの御技を継承していない者、イィ様を師父として敬わない者は、それだけで貴族の資格無しとみなされるんだって。
「そういう訳で、倭国の皇侯貴族は全て、師父である井伊直弼様の弟子という扱いです。
そして、井伊直弼様と同じヒノモトで神仙の技を学ばれたアメリア様は、井伊直弼様の妹弟子にあたります。
師父の妹弟子なのですから、私達倭国の者にとってはアメリア様は師叔、叔母上様ということになるのです。
努努下に置くことなどできません」
うわ〜、なに?、この“the”師弟関係って感じは……。
そういえば、前世のお祖父ちゃんが、中国武術の世界は師弟関係が厳しいとか、同門は家族と同じみたいなことを言ってたっけ……。
井伊直弼は江戸時代の武士だし、この世界も王侯貴族とか身分制度とかが当たり前だし……。
この思考もそれほど突飛ってわけでもないのかも……。
でも、なぁ……。
「あの、タキリ様」
「叔母上様、どうぞ私のことはタキリとお呼び下さい」
いや、8歳児をつかまえて叔母上様って……。
とりあえず、呼び方はスルーだ。
「あの、私は確かに日本、ヒノモトで学びましたけど、別に井伊直弼、様とは全然関係ありませんよ。
そもそも生きた時代が全く違います。
井伊直弼様の名前は歴史上の人物として知っているだけで、私があちらで生まれた時には、とっくに亡くなっていましたから」
「生死も直接の面識があるかも、全く問題ではありません。
たとえ兄弟子が亡くなった後に入門したとしても、妹弟子であることに変わりはありません。
何より、今日アメリア様に見せていただいたイィの御技とは似て非なる技は、イィ様から伝えられたものではなく、更に上の存在であるヒノモトの知識を直接学ばれた証。
これだけで、私達には師叔様とお呼びする十分な理由となるのです」
これは駄目だ……。
タキリ様の説得は当面は無理として、これって、タキリ様が熱狂的イィ様ファンなだけ?
それとも、これが倭国の仕様?
「サマンサも同じ考えですか?」
私は、サマンサの方に矛先を向けてみる。
「はい、アメリア様。
私は既にメイ家の者ではありませんが、イィの武術を使う者として、イィの武術の源流たるヒノモトの技を学ばれたアメリア様を尊敬申し上げております。
アメリア様が学園で教えておられる太極拳の術理は、イィの柔術に似ていながら、より魔力操作に力点をおいた素晴らしいものです。
あのような技は、私が知る限りこの世界には存在しません。
アメリア様はまだこの世界ではお体も小さく、十分にお力を振るえぬご様子。
そんなアメリア様を陰よりお助けするのが、今の私の役割と心得ております」
あぁ……。サマンサがお父様を放っといて、私から離れない理由が分かった気がする。
サマンサは私を産まれた時から知ってるし、同じ転生者であるイィ様の例も知ってるから、薄々私の正体にも気付いていたんだろうね。
案外、碌に魔力を持たない全く子供らしくない私を、お屋敷の使用人たちが誰も不気味に思ったり排斥したりしなかったのも、私の事情を察していたサマンサが陰で動いてくれていたのかも。
ともあれ、この展開だと、それこそ倭国の新たな王になってくれとか言われかねない。
聖なる獣に選ばれた者が王みたいなノリで、ヒノモトの知識を学んだ者が倭国の正統な王位につくべきだ、みたいな……。
ここは、先人の例に倣おう。
できるだけ偉そうにして……。
「タキリ。(呼び捨てにしてスミマセン!)
私は、人の間に序列があることが好きではありません。
ヒノモトでも人は皆平等だと習いました。
弟子が師の教えを真摯に学ぶのは当然ですが、弟子を教えることで師もまた多くを弟子から学ぶのです。
師は弟子の成長を望み、弟子は新たな知識を与えてくれる師を敬う。
そんなことは当たり前のことで、それ以上のことではないだろう、と思います。
ですから、そんなに私に対して遜る必要はありません。
今の私は、あなたの先生でも何でもないのですから」
そこで私は一息つくと、できるだけ軽い口調で当初の希望を切り出してみる。
「それよりも、折角ですから、セーバの街とタキリ様で技術協力をしませんか?
実を言うと、大型船の造船技術を私は習っていないんですよ。
ですから、その辺りをタキリ様が協力してくれると、非常に助かります。
代わりに、新たなヒノモトの技術を元にして作った、セーバの船の技術を提供しますよ。
お互いにヒノモトの技を学んだ者同士、協力してより良い物を作りませんか?」
このままでは収拾がつかないと判断した私は、空気を一気に変えて、ノリで私の要望をゴリ押しする作戦に出た!
さあ、どうだ!?
ずっと目を見開いて、真剣に私の話を聞いていたタキリ様は、私の話を聞き終わると、無言で一度ゆっくりと丁寧に頭を下げた。
「アメリア様のお考えは理解しました。
技術協力の件は、むしろこちらからお願いしたいくらいです。
こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って、こちらに笑顔を向けるタキリ様に、先程までの遜った態度は見られない。
本当に納得してくれたのか、それとも、こちらの意を汲んでそのように振る舞ってくれているのかは分からないけど……。
ともあれ、技術協力の話もまとまったし、気になっていた同じ転生者の話も聞けた。
予想外の展開だったけど、結果的には成功といってもよいと思う。
その後、対外的なお互いの立ち位置を決めて、今回の密会はひとまず終了した。
私が倭国皇家の師匠筋にあたるなんてことになると、国同士の関係とかが大変なことになっちゃうからね。
私がイィ様の妹弟子であることは(もう、そこは諦めることにした)、とりあえず倭国皇家と私の間だけの秘密ということで……。
で、対外的には、私とタキリ様は同じ研究者同士、意気投合して親友になったことにした。
もう、お互いに「タキリさん」、「アメリアちゃん」と呼び合う仲である。
流石に親友とはいえ、8歳児が16歳のお姉さんをつかまえて、呼び捨てや「タキリちゃん」は不味いということで、「タキリさん」で納得してもらった。
タキリさんとの話し合いの後、急いで薄茶席を整えて、ルドラさんとアディさんに戻ってもらった。
濃茶席では緊迫した雰囲気だった茶室の空気は、すっかり和やかなものに。
先程までと違って、私とタキリさんもすっかり打ち解けて……。
そんな様子に、2人が不思議そうな顔をしていたけど、流石商業ギルドを任されるだけあって、余分なことは一切聞いてこなかった。
薄茶席はルドラさん、アディさんも交え、和やかな雰囲気の中で円滑に進み、お互いの顔合わせは無事に終了した。
お茶席編、終わりましたが…
これって、茶道知らない人には分かりにくいのでは?
茶道知ってる人には突っ込みどころ満載では?
ちょっと心配だったり…
もしよろしければ、評価、ブックマーク、感想、レビュー等いただければと…
あっ、できれば感想は私が落ち込まない程度のをお願いします。
m(_ _)m




