ヒノモトの技を継ぐ者
茶道口で一礼し、ゆっくりと襖を閉めた私は、深い深い溜息をついた。
一体何を間違えたのだろう?
タキリ様、顔メチャクチャ怖いんですけど!
私、やらかした?
お忍びの皇女様に、貴人清次とかやったのが不味かった?
美味しいって言ってくれてたけど、実はあまりお菓子が好みじゃなかったとか……?
素人の子供が作ったお菓子を、皇女を招いたお茶会に出すな!……とか?
そんな事言ったって、私、倭国のお菓子なんて食べたことないし……。
いや、そんな事で怒るような人には見えなかったよねぇ。
そんな人が、長い船旅なんてできるわけないし……。
そうすると、やっぱり茶碗かなぁ……。
倭国の技術が盗まれたと思っているとか?
でも、別に倭国の陶磁器の製造法は、商業ギルドに特許登録されているわけでもないし……。
それに、今回の私の作成方法と倭国の陶磁器の製造法だって、実際のところ、同じかどうかはわからないわけだし……。
一流の技術者でもあるタキリ様が、その辺の確認もせずにいきなり不機嫌になったりするかなぁ……?
いや、だから、それを個人的に確認しようとしているのかも……。
それは、あり得るか……。
後は……。やっぱり、あの掛け軸かなぁ……。
あれは完全に失敗した。
まさか、この世界の人に日本の文字の上手い下手がわかるなんて、普通思わないでしょ!
いや、前世でも日本文化マニアの外国人の人は、下手な日本人より遥かに日本文化に詳しかったりしたねぇ……。
そうなると、その茶席の顔とも言うべき床の軸に、下手くそな子供のお習字を掛けたことになるのかぁ……。
天皇陛下を招いたお茶会で、床の掛け軸に、子供が学校で書いてきた書初めとか飾るようなものだ……。
これは、微笑ましいってレベルじゃないね!
正直、馬鹿にしてるのか!ってレベルだ。
そうなると、“一期一会”も不味かったかも……。
“一期一会”は、この世界の茶道の開祖でもあるイィ様が、座右の銘にしていた言葉だ。
それこそ、倭国皇家の人間が、その生き方の指針にしてしまうほどに、大事にされてきている言葉だ。
これは、倭国皇家が侮辱されたと取られても仕方がないのでは……?
不味い! 完全にやらかした!
私はただ、口には出さずとも、ちゃんと皇女様として敬ってますよってところを見せて……。
セーバの街にはこれだけの技術があるから、共同研究の相手に最適ですよってアピールして……。
ついでにイィ様の話題を振りやすくして、日本人の転生者の可能性の高い“イィ様”の話を聞ければなぁと、そう考えただけなのに……。
これは、外交問題に発展してしまうパターンだろうか……。
私が落ち込んでいると、その雰囲気を察したのか、サマンサが声をかけてきた。
「お嬢様、それほど心配する必要はございません。
タキリ様は、別にお嬢様の事を怒ったりもしておりませんし、不機嫌になっているわけでもございません。
ただ、事が事だけに、緊張しておられるだけかと思われます」
???
なぜ、私ではなく、タキリ様が緊張する必要がある?
訳が分からない私を、サマンサが茶室の中へと誘う。
「さあ、お嬢様。
あまりタキリ様をお待たせしても失礼です。
中に入りましょう。
今回の件につきましては、私も立ち会わせて頂きますのでご安心下さい」
「えっ? でも……。
タキリ様は2人だけでお話をって仰っていたけど……」
「タキリ様には私が了解を取りますので。
どうしてもということでしたら、その時は席を外させていただきますが……。
もし、私が考えている通りなら、恐らくタキリ様も否とは申しませんでしょう」
よくわからないけど、サマンサが同席してくれるのはかなり心強い。
タキリ様のお許しが頂けるならということで、私はサマンサの同席を許可した。
「失礼いたします」
襖を開け一礼すると、私はそのまま点前座の方に進み、丁度タキリ様と向かい合う位置に座った。
続いて入って来たサマンサが茶道口の襖を閉め、そのまま踏込畳に控えた。
「あの、申し訳ありません、アメリア様。
サマンサさんにはご遠慮いただきたいのですが」
タキリ様の言葉に私が応える前に、サマンサがそれに応えた。
「恐れ入ります、タキリ様。
侍女の身で口を挟む無礼をお許し下さい。
ですが、今回のお話、アメリア様の身近に侍る、同じイィの御技を継承する者として、知っておく必要があると愚考いたします。
はっきりと確認をした訳ではございませんが、私も恐らくタキリ様と同じ考えでございます。
そして、もしそれが事実なら、イィの御技の一端を継ぐ者として、それなりの覚悟を持って、アメリア様にお仕えする必要がございます」
「…………わかりました。
同席を許可します。
確かに、この件に関しては、皇家であろうが傍系であろうが関係ありません。
イィの御技を継ぐ者にとっては等しく、全てに優先される問題です」
……なんだろう、これ?
なんか、タキリ様とサマンサのやり取りが怖いんだけど!
タキリ様は、サマンサの同席を認めると、改めて私に向き直った。
「アメリア様はこの街を発展させた様々な知識を、夢の中で女神様から学ばれたとお聞きしましたが、それで間違いございませんか?」
「はい、その通りです」
これは、信じる信じないは別にして、この国では平民でも知っている程度の話だから、肯定しても特に問題はないはず。
「では、夢の中でアメリア様が学ばれたという場所は、“ヒノモト”というところではございませんか?」
?! 『ヒノモト』って、日ノ本? 日本のことだよねぇ……?
「その通りですが、その名をどこで?」
「はい。我が国中興の祖と言われるニニギ帝、イィ様が、今の倭国を支える様々な知識を学ばれたのが、ヒノモトの地であると聞き及んでおります」
それから、タキリ様に詳しく聞いたイィ様の話は、まぁ、私が前世の知識について誤魔化すために考えた設定とほぼ同じだった。
曰く、自分は幼少の頃、一人の仙人によって、不思議な夢を見せられた。
夢の中で自分は、ヒノモトというここではない世界で、今の自分とは違う別人として一生を過ごした。
自分の、この世界には存在しない様々な技術や知識は、その夢の中で学んできたものである、と。
所謂夢オチ設定。
時代的に考えて、多分元ネタは、“邯鄲の夢”辺りだと思う。
でも、これはほぼ決まりかな。
かつての倭国の帝、イィ様は、間違いなく日本人の転生者だ。
しかも、タキリ様が話してくれたヒノモト、日本の話やイィ様の話から考えるに、イィ様というのは間違いなく……。
「アメリア様。
最後に、一つだけお答え下さい」
姿勢を正し、真っ直ぐに私の目を見つめるタキリ様。
「アメリア様は、イィ様の真名を、ヒノモトでのお名前をご存知ですか?」
「………………。
ナオスケ……井伊直弼様ですか?」
恐る恐る答えた私の言葉に、タキリ様が息を呑む。
自分を落ち着けるように、ゆっくりと息を吐くと、タキリ様は一膝下がり……。
その場で深々と、頭を下げた?!




