問答 〜タキリ視点〜
(タキリ視点)
そうこうしているうちに、次茶碗が拝見に戻ってきた。
このお茶碗も変わっている。
倭国でも、こんなお茶碗は見たことがない。
この手にしっくりと馴染む感じは、多分、素焼きする前に直接手で触れて形を整えてるね。
この発色も、本焼きの工程でわざと魔力のムラを作ったか、成形魔法を使わずに火魔法で直接加熱したか……。
適度な色むらがいい味を出している。
これは、単純な魔力操作では絶対に作れない。
これは、イィ様が伝えた、魔法を介さない陶磁器の作成方法をしっかりと理解している者の作品だ。
一つは我が国が贈ったラクニュウの茶碗で、もう一つは正体不明の珍しい茶碗。
ここは、茶碗繋がりでの問答で鎌をかけてみるか……。
「こちらの紫に桜のお茶碗は、倭国のもののようですけど、ご由緒は?」
「はい、陛下が即位した折、倭国の皇家より贈られたものと聞いております。
私が生まれた際の誕生祝いとして、王妃様より頂いた品でございます」
やはり、予想通りか……。
なら、皇家がつけた銘が必ずあるはず。
「御銘は?」
「曙でございます」
“アケボノ”っていうと、確か……。
「“アケボノ”ですか……。
紫に春を表す桜でアケボノというと……。
ハルワアケボノ ヨウヨウシロクナリユク ヤマギワスコシアカリテ ムラサキダチタルクモノ ホソクタナビキタル
えぇと、確か出典は……」
「清少納言の枕草子ですね」
さらっと答えるアメリアちゃん。
でも、それを知っているのは、この世界ではイィ様の残した手記を管理する倭国の皇族だけだ。
倭国皇家には、皇家が正式に贈答する茶器に対して、イィ様が残したヒノモトについての手記の中から、神仙の言葉を使って銘をつける慣習がある。
さっき、私が唱えた呪文のような言葉も、ヒノモトにある書物の一節。
どのような内容なのかは知っているが、勿論あの長い呪文の意味を理解できているわけではない。
あの言葉を理解できるのは、イィ様と同じくヒノモトで学んだことのある者だけだ!
倭国皇家は、イィ様の残した主に実用的な知識については、皇家以外にも広く広めている。
勿論、国益に直接影響する秘匿技術については、皇家がしっかりと管理するようにしているが、それでも皇家の人間以外には一切伝えていないといったことはない。
そんなことをすれば、皇家に何かあった時、倭国は一気に滅びてしまうことになるし、一部の人間のみが技術を秘匿してうちに籠もってしまっては、そこで技術の発展も途絶えて国が停滞してしまう。
イィ様の教えにも、広く外に目を向け、視野を広く持つことが大切だとあるから、皇家は間違ってもそんな政策は取らない。
ただ、それ以外の、主にヒノモトの思想や文化といった、国策に直接影響しないような教養的知識については、皇家の正統性を保つために、かなりの知識が秘匿されている。
そして、それらの知識を持っていることが、イィの御技の正統な継承者であり、倭国の正統な皇族であるという証明になるのだ。
だから、それがたとえ誰であろうと、たとえメイ本家の者であろうと、“アケボノ”の出典など知っているはずがないのだ。
それは、つまり、アメリアちゃんがイィ様と同じく、神仙の知識を持っているということだ。
そうなると、次に問題になるのは、その知識を何処で誰から学んだかだけど……。
アメリアちゃんの師匠が、イィ様と同じく、ヒノモトで学んだ者だという可能性。
そして、もう一つが……。アメリアちゃん自身が、イィ様と同じく、ヒノモトで直接神仙の知識を学んだ可能性……。
まぁ、少なくとも現段階で、アメリアちゃんが倭国皇家と同等の存在であることは確定した。
「こちらの茶碗は変わってますけど、もしかして、アメリア様が?」
私は、動揺を顔に出さないよう注意しながら、お茶碗についての問答を続けていく。
「はい、稚拙な技術で、倭国の方にお見せするのは少々恥ずかしいのですが……。
この街の技術を知っていただくのには良いかと思いまして」
はい、十分に理解しましたよ。
アメリアちゃんの知識が、我が国中興の祖たるイィ様に匹敵するものだってことがね!
「何か御銘などはつけられたのですか?」
「はい、銘は“埋れ木”と名付けました」
?!!!
“ウモレギ”……それって、ヒノモトにあったというイィ様のお屋敷の名前だよねぇ?
イィ様のお屋敷を知っている?
これは、いよいよ間違いないか……。
私は動揺を全力で押さえ込みつつ、問答を続ける。
「銘もお茶碗にぴったりですね。
これほどの茶碗をご自分で作られるなど、大したものですよ。
そういえば、こちらの床の軸もアメリア様がお書きになられたのですか?」
「はい」
「アメリア様はお茶だけでなく、書も嗜まれるのですね」
「……えっ?」
私の言葉を聞いたアメリアちゃんが、微妙に動揺している……?
あぁ、誰も神仙の使う文字なんて知らないから、上手い下手の見分けなんてつかないだろうって、油断していたのかな。
あっ、顔が赤くなった。
ちょっと可愛いけど、こっちも遊んでいられる状況ではないしね。
話を進めよう。
「お軸の“一期一会”というのは、倭国中興の祖であり、我が国に茶道を伝えたイィ様がお好きだった言葉なのですよ」
「はい、私も茶を嗜む者としてイィ様には興味がありましたし、今回のタキリ様との出会いを大切にしたいという思いもあり、この言葉を選ばせていただきました」
おぉ! もう立ち直ったか。
本当に、子供とは思えない精神力だね。
いや、私の予想通りなら、見かけの年齢と精神年齢は違うか……。
で、「茶道を“伝えた”」ってところにも全く反応無しと……。
これは、もう十分かなぁ……。
私もアメリアちゃん……いや、アメリア様の可愛い反応でだいぶ落ち着けたしね。
私はゆっくりと息を吐き、呼吸を整える。
姿勢を正し、真っ直ぐにアメリア様の方を向き、口を開いた。
「恐れ入ります、アメリア様。
少々、二人だけでお話しするお時間を頂けないでしょうか?」
私の真剣な雰囲気に、狭い茶室の中に一瞬で緊張が走る。
アメリア様は、一瞬驚いた顔をされたが、すぐに表情を和らげる。
「そうですね。
丁度火も落ちてきたようですし、一旦休憩にして席を整えさせて下さい。
ルドラ様、アディ様、恐れ入りますが、暫く待合の方でお待ちいただけますか?
席が整いましたらお呼びいたします」
素早く道具をたたみ、道具の拝見を省略してお点前を終わらせたアメリア様が、茶道口で礼をすると、一旦水屋に引き上げていく。
その場の空気を読んだルドラさん、アディさんが、何も聞かずに一礼して外に出ていった。
私は席を立ち、貴人畳から客畳の方に移ると、再びアメリア様が戻られるのを黙って待つのだった。




