席入り 〜タキリ視点〜
(タキリ視点)
「どうぞ、こちらでございます」
アメリアちゃんの側近だという女の子……レジーナちゃんだったか、に案内されてやって来たのは、公爵邸の敷地の外れにひっそりと建てられた小さな茶室だった。
倭国以外では珍しい、趣味の良い茶室だ。
国外で見る茶室は、大体が個人用の小さな物でも10畳。その殆どが大人数のお客にも対応できるようにと、20畳を超える広間ばかりだった。
大きな茶室に大勢の客を招くことが、主の財力や人脈の広さを表すと勘違いしているらしい。
それに比べて、この茶室はどうか?
恐らく、広さは4畳半。
他国には珍しい木材と土壁で作られた一見粗末な佇まいは、イィ様の伝える茶室の基本をしっかりと押さえた正統なものだ。
「きれい……」
この美しさを、倭国の民以外で理解できる人間がいることに、ただただ驚いた。
「ありがとうございます。
このお茶室は、アメリア様が建てられたのですよ」
私が思わず呟いた言葉を拾ったレジーナちゃんは、主人が褒められたのが誇らしいようで、とても嬉しそうだ。
それにしても、倭国の人間ならいざ知らず、他国の、確か8歳児?が、この茶室を作ったって……。
一体、どれだけ老成した子供なんだか……。
茶室の側に設えられた本格的な蹲で手と口を清めたところで、ルドラさんが席入りの順序についての確認をしてきた。
「タキリさん、僭越ながら、今回は私が正客、妻が次客を務めさせていただいて構いませんか?」
「ええ、それでお願いします」
普通に考えて、今回の来訪の主役は商業ギルド長で、私は輸送船の責任者に過ぎない。
しかも、年齢的にも一番年下で、女性でもある。
どう考えても、私が正客をする理由がない。
それでも一応確認してきたのは、私の本当の身分をルドラさんが知っているからだろう。
そして、ルドラさんが茶室のにじり口に向かおうとしたところで、レジーナちゃんから待ったがかかった。
「大変恐れ入ります。
アメリア様からのご指示で、正客はタキリ様にお願いするよう命じられておりますので……」
やはり、私の身分は完全にバレているらしい。
ルドラさんにも否はないようなので、私が正客を務めることにする。
「では、お先に」
私はルドラさんに挨拶すると、ゆっくりとにじり口の戸を開く。
内は薄暗い。
予想通り四畳半の落ち着いた茶室だ。
やはり、趣味がいい。
正面の床に掛けられた軸は、“一期一会”。
一般によく見られる“草書”ではなく、基本の“楷書”で書かれたものだ。
侘びた雰囲気の茶室の中で、その軸だけが少しだけ不自然に見える。
私は頭を低くしてにじり口をくぐると、床の前に進む。
そして、改めて床に掛けられた軸を拝見する。
う〜ん……。
これ、最近書かれたものよねぇ?
魔法による複製ではない。
直接、墨と筆で書かれたものだ。
はっきり言って、上手ではない。
ぶっちゃけ、“書”を習いたての子供のレベルだ。
もし、これを書いたのがアメリアちゃんなら、確かに子供だから全然問題ないんだけど……。
問題は、そこではない!
上手下手は、この際どうでもいい。
問題は、この軸が、“絵”ではなく、“字”として書かれていることだ。
一般に出回っているデザインを真似て“描いた”ものじゃない。
“とめはね”や線の引き方、恐らく書き順といった基本をおさえた上で、知っている“文字”として書かないと、このような墨跡にはならない。
そして、茶室の掛け軸に使われる“イィ様の教え”を表したデザインが、実は神仙の国、“ヒノモト”の文字だと知っているのは、イィの御技を正統に継承する倭国の皇族だけだ。
これは偶然?
偶々真似して描いたものが、このような墨跡になっただけ?
それとも、どこかで正統な“イィの御技”を学んだ?
偶々倭国の皇族の誰かが、何かの拍子に軸のデザインが実は文字なのだと漏らしたとか……。
別にそれ自体は絶対に漏らしてはいけない秘密という訳ではないから、倭国の皇族以外は誰も知らないという訳でもない。
皇家の書道指南役の家の誰かが、少しだけ手ほどきをしたという可能性もないわけでもないし……。
この街の、ある意味倭国の技術体系にも似た道具類といい、この茶室といい、もしかして、かなり倭国について、というより、“イィの御技”について調べ上げている?
その後、お釜や道具を拝見して、全員が所定の席に着いた。
私は床の前。貴人畳の真ん中に座っている。
ここまで来たら、今更身分を隠しても意味はない。
直接皇族と名乗るのは不味いけど、そちらが察している通り皇族で間違いないですよと、分かりやすく合図してあげるのは大切だ。
恐らく向こうは、そういう意図でこの席を設けたんだろうしね。
さて、アメリアちゃんがイィの御技をどの程度理解しているのか、お手並拝見といきましょうか。




