茶会準備2
とりあえず、掛け軸はこれで大丈夫かな。
お点前は……。しょうがない、“貴人清次”で。
苦手なんだけどなぁ……。貴人清次。
“貴人清次”のお点前というのは、所謂“貴人”、皇族とか将軍様とかと、そのお供の人達を招いた時にするお点前だ。
まず、正客である貴人に対して、貴人台という専用の台の上にお茶碗を載せた状態でお茶を出し、その後、列席するお供の人にも別の茶碗でお茶を出すという、長くてややこしいお点前だ。
私のような(元)一般人にとっては、お稽古以外では絶対にやることのないお点前。
皇族やら華族やらに知り合いなんておりません!
……人生、どこで何が起きるか分からないものだ。
まさか、本当に他国の皇族にお茶を点てることになるとはねぇ……。
やはり、「こんなの勉強して何の役に立つの?」ってものでも、どこで必要になるか分からないってことだね。
ルドラさんとアディさんはタキリ様のお供ってわけではないから、“貴人清次”とはちょっと違うけど、皇族であるタキリ様とルドラさん達に、同じ茶碗でお茶を召しあがってもらう訳にもいかない。
本来のお点前だと、貴人に出された茶碗の取次はお供の役割りになるけど、そこはこちらで取次役の半東(アシスタント)を用意しよう。
ルドラさん、アディさんも大切なお客様であることには違いないしね。
半東はレジーナ……では、まだちょっと荷が重いか……。
ここは、サマンサにお願いしよう。
元王太子教育係の万能侍女サマンサさんは、当然のように茶道の心得もある。
そもそも、今回タキリ様をお茶会に招くという貴族の対応策を教えてくれたのもサマンサだしね。
“貴人清次”というお点前は、高貴な身分の“貴人”とそのお供に対してするお点前だから、公爵である私がタキリ様に対してこのお点前をする時点で、タキリ様を公爵より上の身分、つまり倭国の皇族と理解しているということは伝わるだろう。
お茶碗は……タキリ様に使う主茶碗は、王妃様から私の誕生祝いにもらった“曙”を使おう。
これで、私に王家の後ろ盾があることや、他国からの賓客に対してそれを使うことで、王家がセーバの街の貿易を認めていることが伝わるはずだ。
ルドラさんとアディさんに使う次茶碗は、私が作ったのでいいだろう。
この世界では、魔法で岩や土を固めて作った素焼きっぽい土器は見かけるけど、しっかりと釉薬でコーティングした所謂陶磁器は、倭国以外では一切作られていないからね。
これも魔法の弊害なんだと思う。
この世界の工業製品は、高度な加工技術に対して、構造は恐ろしく単純な物が殆どなんだよね。
食器類なんかは大体銀や銅等の金属製か、ガラス、木材、あと魔物の牙なんかもある。
共通して言えるのは、全て材質が単一で、それを成形したり変質させたりして作られているってところ。
そして、加工方法は“成形魔法”。
素焼きの土器やガラス製品なんかを作るのにも、この世界では窯は使わない。
ただ用意した粘土や石英等が、壺やグラスに変わるのをイメージすればいい。
日本の陶芸家が聞いたら大激怒しそうな、超簡単製法だ。
もっとも、石英等の珪砂をガラスにしたりといった材料を変質させるところまでしようとすると、それなりの魔力が必要になるけどね。
例えば、土器やガラス製品の発展の歴史を考えてみる。
初めは地球と同じ。
偶々ガラスや陶器、磁器になるような材質の土があるところで焚き火をしたりして、その燃え跡から光る欠片や固まった土等を発見する。
(これで何か作れないか?)
ここまでは同じ。
でも、ここからが全然違う。
まず、鑑定魔法を使って材料や製法を絞り込む。
鑑定魔法を実行。
『珪砂が熱で変質してできたもの』
以上、これでガラスの研究は終わり。
後は、珪砂に魔力を通して、成形魔法を唱えればいい。
熱で珪砂がガラスに変わって、自分が望むグラスの形になるようにイメージするだけだ。
そんな訳で、この世界には透明なガラス製品も精巧な金属食器も当たり前に存在する。
でも、陶磁器はない。
これは、多分釉薬を使うという発想がないからだと思う。
というか、ちょっと思いついても、この世界の人には簡単に真似できない。
例えば、倭国の陶器に鑑定魔法を使って、それが土器の周りをガラスでコーティングしたものだと分かったとしよう。
で、どうするか?
土器とガラスという2種類の違う素材を同時に成形できない。
素焼きの土器をガラスでコーティングしようにも、そんな薄くきれいに張り付いたガラスの層をイメージできない。
素焼きの土器に釉薬を塗って固めるといった作業工程を知っていれば、中にはイメージできる者もいるかもしれない。
でも、知らなければ……。
そもそも一つの器を作り出すのに作業工程を分けるといった発想がないこの世界の住人には、土器の表面を驚くべき薄さのガラスでコーティングした陶磁器というのは、達人級の魔力操作をもってして、やっと作成が可能な物に見えてしまうのだ。
だから、茶道具に代表される陶磁器は、この世界では超高級品なのだ。
そんな訳だから、明日の茶会で私が使おうとしている私作の素人茶碗も、この世界ではただ陶器というだけで十分に価値があるのだ。
それに、自分で言うのもなんだけど、そんなに出来も悪くないと思うんだよね。
ポイントは、粘土の状態で一度茶碗の形に魔法で成形した物を、自分の手で直接触りながら形を整えたところ。
だから、全体に手びねりっぽい感じになってるし、ちょっと織部っぽく大胆に形を歪めたりもしたから、全て魔法で成形されたこの世界の器と比べると、とても手に馴染む感じに仕上がっていると思う。
この茶碗を見れば、少なくとも倭国の技術者であるタキリ様には、これが単純な魔力操作で作られた物ではなく、こちらが陶磁器の製法までしっかりと理解していることが伝わるだろう。
全体に黒っぽくて、ごつごつした質感だし、丁度いいので茶碗の銘は“埋れ木”にした。
さて、これで相手がどう反応するかだ……。
一期一会の掛け軸、埋れ木の銘、倭国のみに伝わるイィの御技たる陶芸技術。
明日の茶会の表のテーマは、明言しない形でのお互いの立場の確認と、今後の技術協力の打診。
そして、裏のテーマは、以前にも私のような日本人の転生者がこの世界に存在していたのかの確認だ。
200年も昔に私以外の転生者がいたからって、だからどうだって話なんだけどねぇ……。




