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【書籍発売中】転生幼女は教育したい! 〜前世の知識で、異世界の社会常識を変えることにしました〜  作者: Ryoko
第2章 アメリア、貴族と認められる

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茶会準備

 倭国の茶道は、今から約200年前の倭国の帝が考案したと伝えられている。

 世界中に疫病が蔓延し、世界が大混乱に陥った世にいう暗黒期から、然程(さほど)時も経っていない頃。

 治安の悪化や内乱によって国内が大いに乱れた時期に倭国に産まれた帝、ニニギ帝は、生まれつき言葉に不自由があったものの、幼い頃からその才能を遺憾なく発揮し、その軍略と政治力によって国内を瞬く間に平定し、後の世に倭国中興の祖と呼ばれるようになる。

 しかし、ニニギ帝が“倭国中興の祖”と呼ばれる理由、そして、この世界の歴史に名を残した理由は、実は倭国平定による功績ではなく、その後の諸々の活動によるところが大きい。

 倭国の動乱を鎮めたニニギ帝は、帝の位を早々に弟に譲り渡すと、残りの人生は好きな事に没頭して生きると宣言し、さっさと政治の世界から退いてしまう。

 本人曰く、ただの趣味というその活動は多岐に渡り、茶道、柔術や抜刀術、陶磁器、倭国刀や神鉄等、今の倭国の文化面、軍事面、技術面の全ての基礎となる部分は、ほぼ全てニニギ帝の“趣味”から始まったと言われている。

 そして、これらの技術・思想体系は、“イィの御技”と呼ばれ、その創始者であるニニギ帝は、今でも“イィ様”の愛称で倭国民に親しまれている。

 ニニギ帝がイィの御技の心得や奥義として残した不思議な響きの言葉の中で、ニニギ帝本人が最もよく使っていた言葉がある。


『イチゴイチエ』

 機会チャンスも人生も一度きりのもので、二度と同じ機会が巡ってきたりはしない。

 だから、その瞬間その瞬間を悔いのないように生きねばならない。

 状況は突然変わるし、人はいつ死ぬかわからない。

 またいつでもできる等と考えていると、その機会は永遠に失われるものだ。



 倭国皇家には、このニニギ帝の思想が強く影響しているせいか、時折自由奔放な“趣味人”が現れ、偉大な先祖の残した『イチゴイチエ』を免罪符に、好き勝手に趣味に生きるという困った風潮があったりするらしい。

 タキリ様は、その典型的な例だろう。

 私は、倭国について書かれた本を閉じ、もう一冊の本を開く。

 こちらは、ニニギ帝が残したという茶道についての指南書だ。

 その中で、茶室に飾る掛け軸に描かれるデザイン画というか、シンボルのようなものがまとめられたページを開く。

 一見、記号か文字のようにも見えるが、掛け軸全体でデザイン画のようにも見える。

 少なくとも、この世界の文字でも神殿の石版の文字でもない。

 だから、この世界でこれは文字とは認識されていない。

 ただ、ニニギ帝が描いたこれらのデザインは、全てイィの御技の心得や奥義となる言葉を表していると言われている。

 私は、その中から『イチゴイチエ』を表すデザイン画を注意して見る。


「これって、“一期一会”だよねぇ……」


 草書体で書かれたその文字は、確かに“文字”というよりは“絵”と言われる方が納得しやすいものだけど、確かに“一期一会”と書かれてる。

『イチゴイチエ』を表すデザイン……うん、間違ってはいない。

 そもそも、漢字自体が様々な物や現象をシンボル化した文字だからね。

 掛け軸の見方でも、一文字一文字を“読む”のではなく、軸全体を一つのデザインのように眺める見方もあると習ったことがあるしね。

 わかりやすい例だと、“瀧”という字の一部が長く上から下に伸びていて、それが実際の滝をイメージさせるとかだ。

 だから、掛け軸に描かれた“一期一会”を全体で一つのデザイン画、シンボルとみなすっていうのも、見方としては全然問題ない。

 問題は、なぜこの世界に“漢字”があるか、ということだ。

 これも集合的無意識で片付ける?

 いや、いや、いや……。流石にねぇ……。

 大体、この世界の茶道と私の知っている茶道の、お点前(てまえ)の手順とかがほとんど同じってのもねぇ……。


(“一期一会”で、“イィ”ですか……)


 これは、いい機会かもしれない。

 初めはお母様もいないのに、いきなり一人で王族の相手なんてどうすればってビビったけど、考えようによってはこれはいい機会だ。

 倭国の皇族には、以前からニニギ帝のことについて聞いてみたいと思っていたしね。

 それに、外輪船の開発者と考えるなら、ある意味、最高の人材がやって来てくれたとも言えるわけだし。

 まずは、サマンサのアドバイス通りにやってみて様子見。

 後の対応は、その時の反応次第ということで。

 

 私は気分を入れ替えると、目の前に並べた縦長の半紙とお習字セットに目を向ける。

 いや、正確には、これはお習()セットではなく、倭国風の()材セットなんだけどね。

 私は羽ペンとは比べ物にならない太さの毛筆を手に取ると、前世の高校生の時以来となる書道の練習を始めた。

 お題は、『一期一会』。

 勿論、行書とか草書のカッコいいのじゃないよ。

 そんなの、私には無理だしね。

 十数枚の倭国産高級倭紙を無駄にして、何とかそれっぽいのを書き上げた。

 いいんだよ! それっぽければ。

 日本語を知らない外国人の目から見れば、日本語の文字が書いてあるってだけでカッコよく見えるんだから。

 私も前世の旅では、ただ日本語で自分の名前を書いただけで、芸術的だとかって褒められたりしたもの。

 で、自分の名前も漢字で書いてくれって頼まれて、適当な当て字で相手の名前を書いてあげたりしたものだよ。

 中には、以前来た日本人の旅行者に教えてもらったと言って、少々はばかられる当て字の名前を披露されたりもしたけどね。

 あっ、私はそんなことはしてないよ。(嫌なやつ以外には)誠実に対応していましたとも。

 とにかく、この世界には文字としての“漢字”、“ひらがな”はないのだから、誰にも上手い下手の判断はできないはずだ。

 そもそも、文字ではなくデザイン画だからね。


 私は何とか完成させた明日の茶会用の掛け軸を前に、茶会の流れについて思案する。

 招待客は、商業ギルド長夫妻とタキリ様の3名。

 事務的な話の前に、まずはお互いの親睦を深めたいと茶会に招待した。

 招待客の一人は倭国の人でもあるし、遠方からの来客に対して茶会を催すのは、この世界の上流階級では珍しいことではない。

 招待は、問題なく受けてもらえた。

 タキリ様を一人にすることに、ヤタカさんがちょっとだけ難色を示したけどね。

 ただ、船の責任者ならともかく、その侍女まで公爵家の茶会に招待するのはおかしいということは承知のようで、それほど反対はされなかった。

 聞いたところによると、ギルド長のルドラさんの奥様は現役の上級冒険者らしいから、もしかしたら、そちらに万が一の護衛を頼むつもりかもしれないけど。

 実は、今回の話し合いに先立って、茶会を開くことにしたのには理由がある。

 それは、今回の輸送船の責任者であるタキリ様の正体が、倭国の第一皇女タキリヒメノミコト様だという事。

 現倭国の第一皇女様が倭国を代表する一流の技術者でもあるということは、世界中の特許を管理する商業ギルドの上層部や、魔道具の研究者、倭国国内では有名だが、それ以外では一般にはあまり知られていない。

 私がその名を知ったのも、()わば単なる偶然だ。

 貴族の一般教養として覚えた他国の王族や主要貴族の名の一つが、商業ギルドの特許リストの開発者名のところに書かれていた一般人とは思えない長い名前と重なっただけだ。

 だから、商業ギルドの幹部であるルドラさんならともかく、遠く離れた外国の一般人が、タキリ様の正体に気付くことは普通あり得ない。

 それが、貴族であっても、商人であってもだ。

 多分、私に気づかれたのは、相手にとっても予想外だったんだと思う。

 ただの技術者、船の責任者としてお忍びでやって来て、羅針盤やセーバの街を確認したら、何食わぬ顔で立ち去る予定だったんだろう。

 でも、計算が狂った。

 多分、公爵邸に招いたことや何やで、こちらがタキリ様の正体に気付いていることは、向こうも察していると思う。

 だからといって、「私が倭国の皇女って気付いてますよね?」とも聞けない。

 そんな事を聞いたら、今度は他国の公爵に対して、何故初対面の挨拶で皇女と名乗らなかったのかってことになるから。

 そして、こちらも相手が名乗らない以上、「あなたは皇女様ですよね?」とは聞けない。

 もし聞いてしまったら、相手は他国の国賓だ。

 国王陛下にも立場上知らせないといけないし、それこそ大騒ぎだ。

 タキリ様もそれは望まないだろうし、何より今セーバの街が貿易港として他所の貴族に注目されるのは不味い。

 一番無難なのは、お互いが気付いていながら気付いていないふりをして、タキリ様に黙って立ち去ってもらうことなんだけど……。

 個人的にイィ様の子孫であるタキリ様には聞きたいことがあるし、技術者であるタキリ様には、可能ならセーバの魔動船の開発に力を貸してもらいたいと考えている。

 倭国の技術者との共同開発は元々考えていたことだし、見たところ彼女は根っからの研究馬……非常に研究熱心だ。

 お互いの利害が一致すれば、いい関係が作れると思うんだよね。

 で、サマンサと相談して、お茶会に招くことにした。

 お茶室というのは特殊な空間だ。

 お客に失礼がないよう正式な作法でもてなす、という意味では公式な場とも言える。

 でも、狭い茶室の中での話し合いは、あくまでも茶室の中だけの話、という密会の意味合いもある。

 とりあえず、明日の茶会で相手の真意を探ってみる。

 今後のことは、その後に考えよう。

 私は、明日の準備に抜けがないか、改めて茶会の流れを確認していった。



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