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【書籍発売中】転生幼女は教育したい! 〜前世の知識で、異世界の社会常識を変えることにしました〜  作者: Ryoko
第2章 アメリア、貴族と認められる

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セーバ散策 〜ルドラ視点〜

(ルドラ視点)


 セーバ湾を一望できる高台のカフェ。

 そのテラス席に座り、俺は疲れ切った頭でその景色をぼぉっと眺める。

 疲れた……。

 昨日までの長い船旅の疲れが、いきなり襲ってきたのか?

 いや、違う。

 今の俺は、肉体的には十分に癒やされている。

 疲れているのは、俺の頭の方だ。

 本当に、この街は訳が分からない!

 俺はテーブルに置かれた飲み物を、一口喉に流し込む。

 程好い甘さと苦味を感じるこの未知の飲み物は、カフェラテというらしい。

 セーバの街でも、ここでしか飲めないらしいこのコーヒーは、あのお嬢様が考えたものだそうだ。

 俺は、今朝市場でこの店のことを教えてくれた少女のことを思い出す。


 ……

 …………

 ………………


 街を見たいからと公爵邸での朝食を断った俺は、特に決まった目的地もなく、途中の屋台で買った魚の串焼きを頬張りながら、市場を冷やかしていた。

 市場は活気に溢れ、恐らくここの湾で獲れたのだろう魚介類を中心に、様々な物が売られていた。

 う〜ん、魚介類以外だと、目を引くのは道具類か……。

 買い付けているのは……あれは他所から来た商人か?

 食材の調達に集まる街の住民以外にも、屋台で売られる道具類や魔道具、武器類が目当ての商人や冒険者も多く見られる。

 俺も何軒か見て回ったが、確かにどこの店の商品もよくできていて、バンダルガの高級店で売られていても遜色ない品質だった。

 それが、文字通り露店価格で普通に売られている。

 ここの屋台で買った物を、そのままバンダルガに運ぶだけで、十分な利益がでるだろう。

 誰だ? ウィスキーと羅針盤以外には目ぼしい商品は何もないとか言った馬鹿は……。

 それこそ、この街丸ごと宝の山だ。

 一体、どこからこれだけ優秀な職人をかき集めて来たのか……。

 私は、ちょうど客足の途絶えた屋台に近寄ると、屋台の男に話しかける。


「店主、どれもよくできているんだが、店主はどこの工房で修行してたんだ?

 これだけの技術だ。

 さぞ名のある工房の徒弟だったんじゃないか?」


 俺は何でもない世間話を装って、この技術の出処を探ってみる。


「ああ、それ、他所から来た商人さんにはよく聞かれるんだが、別にどこの工房でも働いたことはないよ。

 そもそも、ここに来る前はただの木こりだったしな。

 まぁ、敢えて言うならセーバ小学校……いや、セーバリア学園の徒弟かな」


 その店主の話によると、セーバリア学園というのは、あのお嬢様が作ったこの街の学校らしい。

 そこでは、色々な学問や魔法の使い方を教えていて、魔力の少ないただの平民でも、そこで学べばこのような道具を作れるようになるという。

 しかも、この街の住民であれば、身分も魔力量も関係なく、誰でも無料で学ぶことができるらしい。

 実際、俺の不躾な質問に屈託なく答えてくれた店主の魔力は150MP。

 魔力量の多いこの国どころか、連邦の基準で考えても、決して高い魔力ではない。

 少なくとも、魔力を使って仕事をする職人の職に就ける魔力量では決してないはずだ。


「私はねぇ、いや、私だけじゃない……。

 この街の皆が、アメリア様には本当に感謝しているんだよ。

 平民で(ろく)に魔力もない、毎日生きるだけで精一杯だった私達に、知識や技術を授けてくれた。

 確かに、最初にこの街に来た時には、この領主のお嬢様はただの平民になんて事を要求するんだって、あっけにとられたけどね……。

 蓋を開けて見ればこの街の繁栄だ。

 今では誰もアメリア様の方針に逆らわないし、逆に皆が(こぞ)ってアメリア様のお役に立とうと名乗り出る始末だ。

 本当に、アメリア様には感謝しかないんだよ」


 そう言って笑う店主は、あのお嬢様のことを自慢したくて仕方がないといった様子にも見える。


「それに、住む場所だって格安で用意して下さったし、こうして屋台を出すことで仕事まで下さる。

 知ってるかい?

 この市場では、場所代は一切取られないんだ。

 売る物の品質や店を出す上での商業知識に関する試験はあるが、それに合格すれば誰でも無料で店を出すことができる。

 おまけに、試験に必要な知識は学園で無料で教えてもらえるんだから、やる気さえあれば誰でも店を始められるってわけだ。

 ついでに言うと、この市場で人気店になれば、今度は格安で大通りに自分の店を構えさせてもらえる。

 私にはそこまでの野心はないが、若い連中の中には、いつか大通りに自分の店をって必死に技術を磨いている者も結構いるよ」


 なんだ、それは?

 初めは領民に優しいお嬢様という印象だった。

 無学な領民に無料で学問を与え、住む家と仕事を与えて善政を敷く民思いのお嬢様。

 市場の利用税すら取ろうとしない、金儲けに疎い無欲な領主。

 だが、本当にそうか?

 学園というのは、このセーバの街を支える優秀な人材を育てる人材育成機関ではないのか?

 高度な知識を得るためには、この街の住民になる必要がある。

 なら、逆にそれ目当てに優秀な人材が集まることにはならないか?

 市場の利用税を取らないことで、より多くの人や物がこの街に集まるのであれば、街全体の経済効果で考えれば、半端に市の利用税を取るより、余程利益は大きいのではないか?

 大通りでの出店を餌に各露店を競争させることで全体の技術は上がるし、実際に大通りに出店させるのは市場での実績持ちの人気店な訳だから、よく分からない人間に出店許可を出すより、余程確実な投資ではないのか?

 全く、どこまで計算ずくなのかは分からないが、あのお嬢様が恐ろしく優秀なのは間違いない。

 それは、この街の住民全員に言えることだが……。

 この街を歩いてみて驚いたのが、まず文字が多いということだ。

 街の案内、店の看板、掲示板に商品の説明書き……。至るところに文字が使われている。

 ふつう、上流階級の人間の集まる大通りならともかく、市場の案内に文字が使われたりはしない。

 どうせ、誰も読めないからだ。

 だが、この街は違う。

 聞けば、この街の住民の識字率は100%だという。

 そもそも、文字の読めない者は市民権を得られないそうだ。

 それから、計算能力もおかしい。

 さっきから、市場の至るところで聞こえる値引き交渉の声。


「まとめて買ってくれるなら2割引でもいいよ」

「今だけ3割増し! お買い得だよ!」

「1割おまけだから、銅貨7枚と鉄貨3枚ね……はい、銅貨2枚と鉄貨7枚のお釣り」

  

 (ろく)に算盤も使わず、当たり前のように割合や種類の違う貨幣の計算をする屋台の店主達。

 ふつうは種類の違う貨幣での値付けなどしないだろ!

 銅貨7枚と鉄貨3枚? そういった場合、普通の店なら銅貨7枚か銅貨8枚と言う。

 それで、銀貨1枚もらって、お釣りは銅貨3枚か銅貨2枚だ。

 それ以上細かくなると、そもそも店側も客側も計算できない。

 割合まで使ったあんな細かなやり取りをするのは、基本は商会同士の取引だけだ。

 決して市場の店先で行われるやり取りではない。

 つまり、この街の住民全てが、商会の従業員並の計算能力を持っているということだ……。


(ふむ、ちょっと試してみるか……)


「店主、物は相談だが、ここにある商品、全て購入したとしたらどのくらい値引きしてもらえる?

 3割の値引きは可能か?」


「いや、流石に3割は無茶だろう」


「本当にそうか?

 私も商人だから分かるが、見たところここの価格設定は、原価に4割の利益といったところではないか?

 なら、3割引いても1割は儲かることになる。

 1度に全部売れるなら、悪い話ではないだろう?」


 そう言われて考え込む店主。

 そのまま畳み込もうと口を開いたところで、横から別の声が割り込む。


「そんなのダメに決まってるでしょ!

 お父さん、そんな手に引っかかってちゃダメだよ」


 見た目12,13歳くらいに見える少女は、どうやら店主の娘らしい。


「お嬢さん、どうして駄目なんだい?

 1割は利益が出るわけだから、悪い話でもないだろう?」


 そう尋ねる俺に、その真意を疑うような目を一瞬向けた後、その少女は説明を始めた。


「お客さんに悪気はなかったのかもしれないですけど、その値引きだとうちは大赤字です。

 利益どころか、売っただけ赤字になっちゃいますから」


 その反応に、俺は次に少女の口から語られるだろう答えに感心しつつ、確認のため先を促す。


「ほぅ、なぜだい?

 1割は儲かると思うのだが」


「原価の1割と販売価格の1割では意味が違います。

 え〜と……」


 その少女は、自分の鞄から石版を取り出すと、そこに見慣れぬ計算式を書き綴った。


「一つの商品当たり2分の赤字になります。

 それで全部買われた日には、目も当てられません」


 まさか、その場で正確な数字まで言い当てられるとはな……。

 これは、俺がよく新参の商会長や新人の計算士を試す時に使う手なのだが……。

 それを、よもやこんな少女に一瞬で看破されるとは思わなかった。


「いや、すまなかった。

 こちらとしては良い提案をしたつもりだったのだが、危うく騙すような真似をしてしまうところだった。

 申し訳ない。

 ところで、お嬢さんは随分と計算が得意なようだが、やはりこの街の学校で習ったのか?」


「はい。

 でも、私なんか全然大したことありませんよ。

 学園にはもっと計算が得意な人がたくさんいますし……。

 私なんか、やっと何とか中級クラスに上がれたくらいですから、まだまだです」


 恥ずかしそうに謙遜する様子に、俺は背中に冷や汗が流れるのを感じる。

 この子は今、“中級クラス”と言ったか?

 なら、まだその上に“上級クラス”があるということか?

 この少女の実力は、恐らく今すぐ商業ギルドで計算士として雇えるくらいのレベル。

 あくまでもこの計算だけでの判断だが、今回バンダルガから連れて来た連中より、余程計算能力は上だ。

 その後、学園についての詳しい話を聞いたところ、中級クラスの上には、上級クラス、更に研究クラスがあり、この街で見かけた魔道具の数々はそこで開発されているとのことだ。


 ………………

 …………

 ……


 一体、この街のレベルがどれほどなのか、正直全く見当がつかない。


 俺は、今朝の少女とのやり取りを思い出しつつ、改めてテーブルに置かれたカップに目を落とす。

 コーヒー自体は連邦からの輸入品のはずだから、別に珍しい物ではない。

 なのに、なぜこんなに味が違う?

 バンダルガのカフェでもコーヒーに牛乳を入れた飲み物はあったが、こんな味ではなかった。

 あれはまだコーヒーを直接飲めない、子供向けの飲み物だったはずだ。

 こんなに苦味にキレはなかったし、大体この牛乳はなんだ?

 なぜ牛乳がこんなにふんわりしていて甘みがある?

 店のカウンターの奥に置かれた見慣れぬ魔道具で作られたこの飲み物は、一見子供向けのコーヒーミルクに見えて全くの別物で……。

 この街の、そしてあのお嬢様の、得体の知れなさを象徴しているかのように感じられたのだった。



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