黒船がやって来た
いつもの学校での授業中。
その知らせは、私の元に突然届けられた。
「アメリア様、今、漁師たちから連絡がありまして、見たこともない大きな船が来ているそうです。
何でも船の両側に巨大な車輪のようなものが付いている、真っ黒な船とのことで。
特に攻撃してくる様子はなくて、今はユーベイさんが船の乗員と話をして、湾内に停泊してもらっているそうです」
海関係の責任者である網元のユーベイ君には、こういった場合の対応は事前に指示してある。
そのうち商業ギルドの船が来る可能性は高かったし、街が大きくなったことで、場合によっては海賊に狙われる可能性もある。
だから、セーバ湾に見慣れぬ船が接近してきた場合の対応マニュアルは、事前に作成済だ。
「旗は確認できた?」
「はい。
旗は商業ギルドのものと、倭国のものの2つです」
う〜ん、、商業ギルドの旗は分かる。
問題は倭国の方だ。
単純に考えれば、倭国船籍の船が商業ギルドの依頼でやって来たということだろう。
問題は、その船がただの船ではなく、外輪船だというところだ。
王都の商業ギルドで確認した特許リストの中に、確かに倭国の外輪船もあった。
私も魔動エンジンを積んだ船を考えていたから、同じく魔力を動力源とする倭国の外輪船については細かくチェックした。
リストで確認した限りでは、倭国の外輪船は商業ギルドに登録したばかりの最新技術だったはずだ。
件の外輪船を作るのにどのくらいの日数がかかるのか、倭国からここまでどのくらいの日数で来られるのかは不明だけど……。
私が商業ギルドでリストを確認してから、まだ1年も経っていない。
そんなに簡単に、新技術の船が何隻も建造されて広まるとも思えない。
一番可能性が高いのは、今セーバに来ている外輪船がリストにあった外輪船のオリジナルで、新造船の試験航海中という線なんだけど……。
まさかとは思うけど、開発者本人が乗り込んでいたりしないよねぇ……?
ともあれ、こうしていても始まらない。
私はレジーナとレオ君を連れ、ついでに途中でお屋敷によってサマンサにお客を迎える準備を指示すると、お屋敷に居たアルトさんも引き連れて、急いで大型船舶用の桟橋のある港に向かうことにした。
「ユーベイ君、詳しい状況を教えてくれる?」
港にやって来た私は、早速ユーベイ君に話を聞くことにする。
やって来たのは報告にあった通り、黒塗りの大型船が1隻のみ。
両脇に巨大な水車をつけた所謂外輪船で、優に50メートルは超す大きさとのこと。
大型船がこちらに向かってくると、湾の見張りの者から連絡を受けたユーベイ君は、私のところに知らせを出すとすぐに、自分の船に乗り込んで大型船に向かったらしい。
大型船の進路に気をつけつつ、警戒されないようゆっくりと大型船の側面に自分の船を寄せていったユーベイ君は、ある程度の距離に近づくと、拡声の魔道具を使って船の乗員に話しかけたという。
ユーベイ君のことはすぐに船の責任者に伝えられたらしく、それほど時間を空けずに責任者と話をすることができたそうだ。
「その、最初は僕と同じくらいの年齢の女の子が、この船の責任者だって出てきてくれたんですけど……。
こちらの乗る船を見たら急に、あの、おかしくなってしまって……。
突然、僕の乗っていた船について色々と質問をし出して……。
そのうち、周りの大人が奥に連れてっちゃいました。
その後は、商業ギルドの担当者だという男の人とあの船の船長さんに話をして、入港の許可を取るまで湾内で停泊していてもらえるよう伝えてきました」
「来港の目的は確認した?」
「はい。アメリア様から事前に聞いていた通り、商業ギルドの支部をセーバに作る為に来たそうです。
あの船は倭国の船だそうですが、偶々バンダルガに入港していて、商業ギルドからセーバまでの送迎を頼まれたとのことでした」
う〜ん、相手が演技してるとかでなければ、倭国の船の目的はただの運搬仕事。
でも、多分この依頼を受けた本当の理由は、羅針盤の技術の確認だろうなぁ。
で、最初に出てきたのは商業ギルドの担当者ではなく、うちの船に異常な興味を示した女の子と……。
「ユーベイ君、最初に出てきた責任者の女の子って、名前聞いた?」
「えぇと、確かタキリって言ってました」
「………………(やっぱりかぁ!)」
あの外輪船の責任者でタキリ……。
その変な女の子が、あの船の開発者で間違いないだろう。
以前王都で見た特許リストにも、外輪船や他いくつかの倭国発の新技術の開発者欄に、タキリの名が書かれていた。
そして、別の資料にも……。
「アルトさん、お母様ってまだ王都だよねぇ?」
「ええ、そのはずですが?」
お母様は最近、ちょこちょこと王都のお父様のところに戻ったりしている。
公爵の爵位と領主の地位を得て、そろそろ私の立場も安定しただろうと判断したのか、「もうアメリアちゃんも一人でお留守番できる歳よね」と言って、娘を置いて王都に出かけて行ってしまうのだ。
まぁ、お父様にもずっと寂しい思いをさせているからね。
それ自体は仕方がないし、むしろ良いことだと思っている。
思ってはいるが……今回ばかりはお母様にもいて欲しかったなぁ……。
ともあれ、長い航海をしてきた旅人を、いつまでも海の上で待たせておくわけにもいかない。
ユーベイ君には先方の船への連絡と接岸の誘導を頼み、集まってる他の港の職員には、船員やギルド職員のための宿の手配等を指示していった。




