ギルド長の悩み 〜バンダルガ・商業ギルド長視点〜
(バンダルガ・商業ギルド長視点)
「早速だが、君には魔法王国に新たに作られる支部の“責任者”として、魔法王国のセーバ領に行ってもらいたい」
私は何ということもないように、目の前の男、ルドラに用件を伝えた。
「色々あったが、いつまでも今の閑職にいるのは君も不本意だろう。
ギルドとしても、優秀な人材をいつまでも遊ばせておく余裕はなくてな。
セーバ領ならば伯爵の影響もない。
君も働きやすいと思うのだが、どうだろうか?」
そう、これは目の前の男にとっても、悪い話ではあるまい。
いや、むしろ今のまま碌な仕事も与えられず燻っているより、彼にとっては余程良いはずだ。
決して厄介事を押し付けている訳ではないのだ。
首都ラージタニーにある統括ギルド本部より、モーシェブニ魔法王国セーバ支部設立の指示書が届いてから、既に季節一つ分は過ぎようとしている。
連邦の西に位置するモーシェブニ魔法王国は、ここ港湾都市バンダルガの担当となるため、今回のセーバ支部設立もバンダルガの商業ギルドが主導で行うことになる。
また、今後、本格的にセーバとの海上貿易が始まれば、やはり最もセーバに近い港湾都市であるこのバンダルガが、セーバとの貿易の窓口となるだろう。
今後の海上輸送を劇的に変化させるであろう羅針盤。
国、地域を問わず、日常的に消費される嗜好品であり、しかも上流階級相手にかなりの高値が期待できるウィスキー。
そして、新たに開かれる海上ルート。
最初にこの情報がもたらされた時、久々の大商いの予感に、バンダルガの商業ギルドは沸き返った。
そして、上層部の誰もがこのチャンスを掴み取ろうと、算盤をはじき始めた。
どうすればセーバの商業ギルド長の座を物にすることができるのか?
どれほどの利益が期待できるのか?
自分の今後のキャリアにどう影響してくるのか?
……………………??!
そして、その危うさに皆が気づいた。
その考えは、情報を集めれば集めるほど確信へと変わっていった。
この話は、ヤバすぎる!
王都近くに開港した魔法王国初の貿易港。
ウィスキーや羅針盤といった他所にはない貿易品。
確かに、一見優良物件に見える。
だが、本当にそうだろうか?
大型船が入れる港というが、それはどの程度の物か?
最悪、大型船が一隻停泊できるだけの桟橋があるだけで、他には何もない寒村という可能性はないだろうか?
ウィスキーや羅針盤の十分な生産体制はできているのか?
ウィスキーは小さな酒蔵で年に数十本、羅針盤は一人の職人が月に2,3個作れる程度、他には目ぼしい商品は何もない……なんて可能性はあり得ないだろうか?
それに、いくら王都から近いといっても、別に王都に隣接しているという訳ではない。
セーバから王都までの街道だって、どうなっているのか分かったものではない。
聞けば、この話を持ってきたのは爵位を取り立ての子供だったそうだ。
現セーバ領の領主ディビッド公爵の娘らしい。
その子供が、新しくできた貿易港を治める領主だという。
アメリア公爵というらしいが、集めた情報によると、信じられないことに王家の血を引く魔法王国の貴族でありながら、碌に魔力を持たない訳有りの子供らしい。
その魔力の低さ故に他の貴族の迫害を怖れ、辺境の領地に引きこもっているそうで、繋がりのある貴族に問い合わせても、ほとんど情報が集まらなかった。
そして、セーバ領の領都に至っては、その存在すらもあやふやなものだった。
最近急激に発展しているという話だったが、ついこの間まではただ公爵邸と大賢者の住む塔があるだけの、人口100人にも満たない田舎の漁村だったらしい。
であるなら、いくら最近急激に発展しているといっても、高が知れているだろう。
人口数百人程度の、貴族になりたての子供が治める田舎の漁村。
いくらウィスキーや羅針盤といった魅力的な商品があっても、その立地的な将来性を考慮しても、精々商業ギルドの“出張所”を作るくらいが妥当な対応だろう。
少なくとも、貿易港としての実績はおろか、碌に情報すらない町に、いきなり商業ギルドの“支部”を作るなど、本来はあり得ないことだ。
まずは魔法王国の王都支部辺りから人を出して出張所を作り、街がある程度の規模になったところで正式に支部を設立するのが本来の流れのはずだ。
いきなりよくわからない他国の辺境に本国から幹部候補を送り込み、正式な支部を作らせるなど、実際に行かされる者にしてみれば無茶振りもいいところだ。
では、なぜこんな無茶な話になっているのか?
それは、今回の話が“他国”の“公爵”からの正式な要望を受けてのものだからだ。
『セーバ領の領都に、商業ギルドの支部を作ってもらいたい』
この要望自体を断ってしまうのであれば問題はない。
たとえ公爵であっても、他国の貴族に連邦の根幹たる商業ギルドが従わねばならない義務はない。
ギルドの利に合わなければ断ればいいのだ。
ただ、“ギルド支部”ではなく“出張所”を作るというと、話が変わってくる。
なぜ支部ではなく出張所なのか?
支部を置くほどの街の規模ではない。
この先どうなるのかも分からない。
そんなところに支部長を任せられるような優秀な人材は回せないし、さしたる権限も与えられない。
王都かバンダルガの商業ギルドが、片手間に管理するくらいで様子を見るのが妥当なところだろう。
そういうことになるのだ。
実際、バンダルガ支部の上層部は、私も含めほぼ全員が同じ懸念を抱いて、セーバ支部のギルド長就任を避けている。
下手にこの話を受ければ、最悪異国の辺境に閉じ込められて、完全に出世コースからも外れてしまう。
妻や子も恐らく一緒に付いてきてはくれないだろう。
下手をすれば、そのまま離婚にもなりかねない。
セーバの町が今後順調に発展してくれれば見返りも大きいが、それに人生を賭けるのではリスクが大き過ぎる。
それは商人としては妥当な判断なのだが、それを面と向かって相手に伝えるわけにはいかない。
仮にも他国の公爵に対して、あなたの領地はちっぽけで信用できないから、とりあえずお試しで様子を見させてね、とは言えないだろう。
相手は訳有りの貴族の子供とはいえ、血筋的には他国の国王陛下の姪にあたる公爵なのだ。
下手をすれば、王家に対する侮辱とも取られかねない。
それは、ラージタニーの統括本部も分かっているのだろう。
だから、初めから“出張所”ではなく、“セーバ支部”を作るよう指示してきたのだ。
さて、どうしたものか……。
目の前の男が、こちらの意図に気付かねばよいのだが……。
「“責任者”ということは、私に新しく作られるセーバ支部の“ギルド長”になれ、ということでよろしいでしょうか?」
「いや、まずはルドラ君には現地に行ってもらって、ギルドの建物の確保や、向こうの責任者との折衝を頼みたいのだ。
まだどのような所かも分からんし、自分には合わないと感じるかもしれないだろう?
だから、まずはギルド支部開設の責任者として行ってもらい、その上で君に向いた環境なら、改めて正式にギルド長に任命したいと考えているのだが……」
「つまり、実際に人をやってみて、旨味のある町だと分かれば自分の子飼いの幹部を送るが、ただの僻地の寒村なら私に合っているだろうから、そのままギルド長として残ってもらうと?」
「………………」
ルドラは余裕あり気な、どこかこちらの足元を見るような目を向けると、最後通牒を口にした。
「私を新たに作られる商業ギルド・セーバ支部のギルド長として正式に任命した上で、現地に連れて行く人員の選抜や予算の配分、準備の手配等の全権を私に委ねていただけるのであれば、謹んでお受けします。
もし、あなたや伯爵の息のかかった者を連れていけということであれば、この話はお断りします」
……やむを得まい。
これ以上統括ギルド本部の指示を保留にすることもできない。
それに、確かにこちらの利益云々を考えなければ、今回の案件にはルドラが最適ではある。
こいつが優秀であることは間違いないのだ。
それこそ、この街で絶大な影響力を誇る伯爵の不正を暴き出し、その既得権益の一部を崩してしまうくらいには優秀なのだから。
私は、ルドラの条件を飲み、至急ギルド支部開設の準備を行うよう指示を出した。
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m(._.)m




