セーバの町の灯り
その後、ゲスリーはどうなったか?
今でも元気に漁に励んでいるよ。
私の話を他の漁師のところに持っていった時には、大変だったらしいけど。
「ほれ、見たことか!」
「だから俺はお貴族様に逆らうのは不味いって言ったんだ!」
「うちの子も初めから学校に行かせておけば、こんな事にはならなかったのに!」
「「「「「全ておまえのせいだ!!」」」」」
もう信用ガタ落ちである。
既に少しずつ変わっていっているセーバの町を見て、漁師たちもかなり不安は感じていたらしい。
そして、トドメにこれである。
ゲスリーはその場で皆から満場一致で網元を解任され、ただの漁師のゲスリーになった。
そして、始まる受験地獄。
レジーナは今までの鬱憤を晴らすかのように情け容赦のない“指導”を行い、海の男たちを震え上がらせた。
そして、そんな彼らを助けてやったのがユーベイ君だ。
元々は同じ漁師として面識があったこともあり、皆がユーベイ君を頼った。
それはもう、“依存”と言ってもいいほどに。
今まで散々嫌がらせを受けてきたのに、流石ユーベイ君は人格者だ。
そう思ったりもしたのだが、何かの折にさらっとユーベイ君は言った。
「精神的に追い込まれた時に与えられる厚意は効きますからね。
アメリア様の言う通りでした」
確かに昔、そんな話もしたような気がするけど……。
この町の子供たちがどんどん黒くなっていく気がする……。
これって、私の“教育”が悪かった?
ともあれ、今では町の漁師達も皆、新たな網元であるユーベイ君の元で元気に働いている。
漁獲量もずっと増えたし、新たに養殖や栽培漁業への試みも開始されている。
これで、この町の漁師組の方も大丈夫だろう。
ウィスキー購入のために一時大量に押し寄せた商人達は、だいぶ落ち着いた。
今は、セーバの町の情報を持って王都に戻っていった商人達や、その護衛でついて来た冒険者達の話を聞いて、領の外からやって来るようになった移住希望者への対応に追われているところだ。
既に最初に建てた100戸の建売住宅と、3軒の宿屋は完売している。
今はゼロンさん、ユーノ君指導の元、新たに他領から移って来た職人達が、新たな建物の建築や町の通りの整備に追われている。
少しずつ辺りが暗くなり出した夕暮れ時、私は賢者の塔へと向かう。
いや、元賢者の塔か。
ゲスリー乱入のあの会議の後、私はお祖父様にお願いして、賢者の塔を譲ってもらったのだ。
『お祖父様、ちょっと気分を入れ替えて、新しい環境で研究を進めてみませんか?』
私が提案したのは、お祖父様の住む賢者の塔の3階部分、お祖父様の住居部分を改築して、賢者の塔を灯台にしてしまうこと。
代わりにお祖父様にはセーバ小学校の寮の方に移ってもらい、学校施設を使って自由に研究してもらうのと同時に、セーバ小学校の校長先生をお願いしたのだ。
現状のセーバ小学校は、小学校と言いながら、生徒の半数以上が移住を希望する大人の生徒だったりする。
今では大人の中にも中級クラス、上級クラスの人もいるので、教師役が全て子供という訳でもないんだけど、流石にそろそろ信用できる大人の責任者も必要だ。
お祖父様なら“大賢者”だし、学校の信用という意味でも最適だろう。
お祖父様も内心ずっと塔に引きこもっていることに飽きていたようで、私のお願いを快く引き受けてくれた。
ちなみに、お祖父様の引っ越しもあって、数年ぶりくらいに公爵邸のある中心街の方にやって来たお祖父様は、町のあまりの変わりように愕然としていた。
あと、予想以上に設備の充実した学校の方にもね。
こんなに良い環境があるなら、もっと早くこちらに移れば良かったと喜んでくれた。
『でも、お祖父様は、“賢者の塔”に何か拘りとかないのですか?』
そう尋ねる私に、お祖父様は「若気の至りだ」と、苦笑して答えた。
何でも、ここに自分の研究所を作る時、「やっぱり大賢者が住む場所と言えば“塔”だろう!」と、中二病的思考で作ってしまったらしい。
後になってその恥ずかしさに気がついたが、もう建物も完成してしまっているし、周りも納得しているようなので、まぁいいかと気にしないことにしたそうだ。
「アメリアが有効活用してくれて助かった」と、逆にお礼を言われてしまった。
お祖父様の引っ越しも終わり、塔の改築も終わった。
ユーノ君は私の灯台の話に頭を悩ませながらも、何とかイメージを形にしてくれた。
光の角度や照らす範囲等については海に詳しいユーベイ君とも相談し、やっと昨日セーバの町の灯台が完成したのだ。
今日は完成した灯台の初稼働日。
灯台に灯が灯る瞬間を見ようと、私は灯台に向かっている。
「どうですか、調子は?」
灯台に着くと、そこにはユーノ君とユーベイ君、それにアンさんもいて、照射部分の細かな点検を行っていた。
アンさんはユーノ君の妹で同じ職人だけど、ユーノ君と違って、どちらかというと細かな細工仕事の方が得意だ。
今は羅針盤の製造の方をお願いしているんだけど、今回は灯台細部の微調整ということで、応援に来てくれている。
「アメリア様、もういけると思います」と、ユーノ君の声がかかる。
どうやら準備が整ったようだ。
「では、灯台に灯を入れて下さい」
スイッチを入れると、光源が光を放ち、レンズがゆっくりと回転を始める。
この回転のための動力は、将来的には船の動力にと考えている魔動エンジンの1号機だ。
灯台は無人で回転し続けることが前提のため、出力の弱い魔石の魔力で如何に大きなレンズを回転させるかが悩みの種だったが、なんとか成功にこぎつけた。
外はもう完全に日が落ちて真っ暗だ。
公爵邸の方には小さな灯りが見えるが、それもほんの少し。
この世界には前世のような夜景は存在しない。
灯台から見下ろす夜の海は暗く、どこまでも深い闇が続いている。
いや、続いていた。
ゆっくりと動く光の帯は水平線の先を、セーバの湾を、そしてセーバの町の上空をゆっくりとした速度で順に照らし出していく。
ふと、私が初めてこの町にやって来た時のことを思い出す。
海岸線の何もない道をゆっくりと進む馬車。
その道の先、最初に目に飛び込んできたのがこの塔だった。
あの時も、なんだか灯台のようだと思ったっけ……。
領都とは名ばかりで、賢者の塔と公爵邸以外には何もない、本当に寂れた田舎の漁村。
それがセーバだった。
当時の私は最低の魔力で魔法は使えず、王都の貴族の干渉から逃げるようにこの町にやって来た。
魔法を研究し、側近を育て、学校を作り、産業を興した。
貴族の爵位を手に入れ、領主の地位と貿易の権利も認めさせた。
まだまだ油断はできないけど、それでもやっとこの世界に自分の足場を確保できた。
この世界に転生して、最初に言葉の問題に気がついてからずっと感じていた不安。
いつ処分されるか、処刑されるかという不安は、今でも勿論ある。
私は、この世界の貴族としてはあまりに異端だから。
それでも、この灯台の灯が照らし出す先にあるもの。
私が作り上げたこの町を見ていると、やっとこの世界に受け入れられた。
この日、やっとそんな風に思うことができた。
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