王都回想
「では、よろしくお願いいたします」
一見落ち着いた様子で商業ギルドを出た私は、急いで王都公爵邸に戻るとお母様を回収。
そのまま逃げるように王都を後にした。
そのまま軽量魔法と加速魔法を併用して走り続け、夕日が見え始める頃には、何とか目指す野営地まで辿り着くことができた。
日が沈むまでに野営地に辿り着けて一安心だ。
日が落ちてからの野営準備は本当に大変だからね。
私はサマンサと護衛の人たちが野営の準備をするのを眺めながら、王都での慌ただしい日々を思い出していた。
王妃様とのお茶会に、国王陛下への拝謁。
商業ギルドに、陛下主催の立食パーティー。
1週間にも満たない王都での滞在期間で、この過密スケジュール……。
ともあれ、今回の旅の目標は全て達成した。
上々の成果だ。
無事爵位も取れたし、国王から正式にセーバの町の統治を認めてもらうこともできた。
貿易の許可も取ったから、これで大々的にセーバの町を貿易港にすることができる。
立食パーティーでの対応は、やってしまった感があるけど……。
でも、後悔はしていない!
私だけならともかく、お母様にまであんな酷いことを言ったのだ。
相応の報いは受けてもらう。
こちらも、これで気兼ねなくザパド領を潰せるというものだ。
商業ギルドには餌も撒いてきたし、後は獲物がかかるのを待つばかりだ。
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「アメリア様、これは?」
「これは羅針盤と言います。
この針は絶えず北を指すようにできています。
正確な方角を知るための道具です」
「………………」
どうもこの人には、この羅針盤の価値がピンとこないようだ。
まあ、この国の人間は、船で外海に出た経験がないだろうからね。
「これを使えば、何もない海の真ん中でも、正しく陸の方角がわかるのですよ」
「!!!」
あっ、顔つきが変わった。
「これがあれば、航海の安全度が跳ね上がります。
万が一、嵐などで陸の見えないところまで船が流されても、太陽の見えない曇空や霧の中で、正確に陸の方角を目指せますから。
ああ、もちろん海だけではなく、深い森の中や砂漠でも有効ですよ。
この道具は鉄に弱いので、近くに鉄を置いてしまうと正常に働かなくなってしまいますが、そこさえ気をつければ、新たに魔力を込める必要もありません」
「手にとって拝見しても?」
そう言って羅針盤を手に取ったギルド長は、口元に手を当て、何やら考える素振りをする。
「???」
「ああ、鑑定魔法を使っても無駄ですよ。
それ、“隠蔽魔法”がかかってますから」
私の言葉に一瞬驚き、その後、バツの悪い顔をするギルド長。
「申し訳ございません。
つい商人の性で……。決してこの道具を横取りしようとした訳ではなく……」
必死に言い訳するギルド長の言葉を制した私は、用件を伝える。
「実は、この羅針盤を商業ギルドに特許登録したいのです」
「それは、つまり、この道具は製造が可能ということですか?
公爵家に伝わる魔道具などではなく?」
この羅針盤が公爵家に伝わる一点物の魔道具等ではなく、注文があれば今後セーバの町で売ることができる物だと伝えると、ギルド長は再び羅針盤をじっと見つめ、そして姿勢を正すと改めて私の方を見る。
「アメリア公爵様は、この羅針盤を使ってセーバの町に来いというわけですね?」
私は余裕のある笑みを浮かべながら大仰に頷く。
商人相手に焦りは禁物だ。
いらないなら他に話を回すだけという雰囲気が大切なのだ。
「わかりました。
正直、先日アメリア公爵様のお話を伺った時は、商業ギルドの開設については、まず通らない話だろうと考えておりました。
ですが、もし、これを商業ギルドが扱えるのであれば、十分に可能性はあるでしょう。
早急にギルド本部に掛け合ってみましょう」
「ありがとうございます。
それでは、こちらも試供品として置いていきましょう」
私は後ろに控えるサマンサに目配せし、持ってきた3本のウィスキーを渡す。
「これは、今度レボル商会を通して販売する予定の新しいお酒です。
ウィスキーと呼んでおりますが、ご存知ありませんか?」
念のため他所にないか確認してみたが、ギルド長にも全く心当たりはないらしい。
これは、この世界には蒸留酒は無いと考えてよさそうだね。
「このお酒は、国王陛下への誕生の祝として今年セーバから贈った物で、今夜の陛下の晩餐会にも出される予定です。
こちらは差し上げますので、1本はギルド本部の方に届けていただけると助かります。
このお酒はエールやワインのようにすぐに悪くなる物ではありませんから、輸送の方は然程問題にはならないでしょう」
酒精が強いので、普通は水や氷で割って飲むものだと簡単に飲み方を説明し、こちらも置いていく。
ただし、今夜国王陛下に初めて飲んでもらうものなので、試飲するならその後にしてくれと伝えておく。
陛下の晩餐会の前に、平民の間でウィスキーの噂が広がるのは困るからね。
ウィスキーについては材料が大麦であることもあり、ギルド長は薄いエールか何かという風に考えたみたいで、然程興味は示さなかった。
恐らく、彼の頭の中は今、羅針盤でいっぱいだと思うしね。
正式な特許の認定にはしばらくかかるとのことだったけど、商業ギルドが責任を持って対処するとのことだったので、手続きを済ませて現物を渡して帰ってきた。
最悪、羅針盤の仕組みを解明されて、どこかに横取りされるようなことになっても、私としてはあまり困らない。
商材が一つ減るのは痛いけど、今回羅針盤を持ち込んだ目的は、連邦や倭国の船の誘導だ。
羅針盤と共にセーバの噂も連邦や倭国に広がり、セーバに興味も持ってくれさえすればそれでいい。
羅針盤の普及により航海の安全が確保され、セーバにやって来る船が増えてくれれば目的は達成だ。
羅針盤単体での利益はあまり考えていない。
まあ、儲かるならそれに越したことはないけどね。
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今頃は、お父様と王妃様の計らいで、私が贈ったウィスキーが王宮の晩餐会で振る舞われていることだろう。
実は、お父様にも王妃様にも、陛下より先にこっそり試飲してもらっている。
あの2人にも、間違いなく晩餐会は大騒ぎになるとの感想をいただいた。
きっと、明日には晩餐会に参加した貴族経由で、王都の商人たちにも話が伝わる。
ウィスキーを確保するために、多くの商人がセーバの町を訪れるだろう。
これを見越して、今セーバの町では、レジーナを中心に大々的な商人の受け入れ準備が進んでいるはずだ。
レボル商会も早急に応援の人員を選出して、既にセーバの町に向かわせていると連絡を受けている。
私達もこのペースなら、明日以降に動き出す商人達よりも早く、セーバの町に戻れるだろう。
これが、今日のうちに慌てて王都を出発した理由だ。
出発を明日にすると、早朝からウィスキー目当ての貴族や商人に足止めされて、そのまま王都から出られなくなる可能性が高いからね。
さて、久しぶりのセーバの町は、どのようになっているのか……。
野営の焚き火をぼんやりと眺めながら、懐かしいセーバの町に思いを巡らせるのだった。




