商業ギルド 〜商業ギルド・ギルド長視点〜
(商業ギルド長視点)
「ギルド長、アメリア公爵様の馬車が到着したとのことです」
「わかった。今、行く」
私は公爵様をお出迎えするために席を立った。
まったく、この忙しい時期に、どうして“二桁”の子供の相手をしなければならんのだ!
公爵家からの手紙が届けられたのは、昨日。
明日は誕生祭だというのに、どうしてこの時期にわざわざ……。
いや、この時期だからか……。
地方に住む多くの貴族が、この時期、国王陛下の誕生祭に出席するために王都を訪れる。
その中には、領地の物産を高く売りつけようとしたり、安く物資を調達しようとしたりして、商業ギルドを訪れる者もいるにはいる。
それは極少数だし、大抵は大した力もない貧乏貴族だが……。
それでも、中には条件の良い話もあるし、仮にも相手は貴族様だから、こちらも無碍にはできない。
この国での商業ギルドの立場は、とにかく弱いのだ。
連邦とは事情が違う。
この国では、商売に関する様々な権利は貴族が押さえている。
営業許可も土地の売買も、全て貴族の管轄だ。
大掛かりな商取引には確実に貴族が絡むため、商業ギルドが入り込む余地はない。
この国における商業ギルドとは、単なる商人のための互助組織に過ぎず、政治的な権力など全く無いのだから。
故に、この国で貴族を敵に回すことは、間違ってもしてはいけないのだ。
私は子供の機嫌を損ねることがないよう、急いで公爵様の待つ応接室に向かった。
「お待たせいたしました」
応接室に着くと、そこには一人の侍女を連れた小さな子供が待っていた。
(この子供がアメリア公爵か……)
子供とは思えない落ち着いた様子で席に座り、優雅に出されたお茶を飲んでいる様子は、流石は王族の血を引くだけのことはあると思わせるものがあった。
顔立ちにも品があり、カップを口に運ぶ仕草には妙な色気が感じられる。
公爵家を継ぐ貴族として、恥ずかしくない教育がされているのがよくわかる。
先日、次期領主だからと親に連れられてやって来た貴族の息子などとは大違いだ。
非常に聡明な子供だという噂は、どうやら本当だったらしい。
ついでに、もう一つの噂の方も。
その美しく輝く桃色の髪は透けるような透明感があり、よく手入れがされているのが見てわかる。
確かに神秘的で、この娘の容姿によく似合っている。
それでも、それは所詮庶民の髪色だ。
庶民の髪はこのような手入れはされていないから、受ける印象は全く違う。
だが、逆に言えば、この髪を薄汚くしてしまえば、もう二桁の庶民にしか見えないだろう。
いや、たとえ庶民であっても、これだけ薄い色は珍しい。
この娘、ほとんど魔力がないのではないだろうか。
(これで貴族とは、逆に不憫だな……)
平民であれば、たとえ魔力は低くとも、実務面で多少評価をしてもらえるだろう。
だが、貴族では駄目だ。
特にこの国の貴族は、魔力至上主義で凝り固まっている。
いくら実務面で優秀であっても、魔力がなければ信用すらしてもらえない。
数年前に王都を離れて領地に引きこもったと聞いていたが、これでは無理もないだろう。
今回、“アメリア公爵”の名で手紙を送ってきたところをみると、恐らく、今回の王都訪問で無事陛下から貴族位をもらうことができたのだろうが……。
その子供が、一体商業ギルドに何の用だ?
何かこの国には無いもので、欲しい物でもあるのだろうか?
親のお遣いとも思えないが……。
「ギルド長、はじめまして。
今回はお時間を割いていただき恐縮です。
ギルド長もこの時期何かとお忙しいと思いますので、堅苦しい挨拶は抜きにして、用件を単刀直入に申しますね。
私は商業ギルドへの加盟を希望しています。
あと、我が領地であるセーバ領の領都セーバに、商業ギルドの支部を開いていただきたいと考えています」
挨拶もそこそこに、早速切り出された用件に唖然とする。
商業ギルドに入りたい?
それは、この“子供公爵様”が、商売をしたいということだろうか?
確かに、領地の税だけでは厳しい地方の貧乏貴族の中には、商人の真似事をしている者もいる。
その中には、自ら商業ギルドに加入し、領地の物産の卸し先として、商業ギルドを利用したりする貴族も少なくない。
だが、それは精々が男爵、子爵程度の下級貴族の場合だ。
それ以上の貴族で商業ギルドに加盟している貴族はいないし、そもそも大半の貴族は商人を含めた平民を馬鹿にしている。
平民である商人の互助組織に入りたいなどという貴族はいない。
何が目的だ? 親は知っているのか?
おまけに支部を開けって……。
何か領地で売りたいものでもあるのだろうか?
それとも、商業ギルドを商会か何かと勘違いしている?
町に“お店”を作って欲しいということか?
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
それに対して返ってきた応えには、商人として非常に驚かされた。
この子供は……、いや、アメリア公爵は、“情報の価値”を知っている。
今までこの国の貴族、否商人も含めて、あのリストの価値に気づいた者は誰もいなかった。
この国の者は、貴族にしても平民にしても、非常に閉鎖的だ。
魔力に恵まれ、大抵のことは魔法で解決できてしまう。
故に、魔力を増やすことについては積極的だが、それ以外のことについてはほとんど関心を示さない。
他国の者が何とか魔法を効率よく運用することで問題を解決しようとする中で、この国の民はそれを嘲笑うように大魔力で問題をねじ伏せてしまう。
資金がなければ魔力を売ればいい、敵がいるなら大魔法で吹き飛ばせばいい、作物が育たないなら土地に魔力を流し込めばいい。
食糧も資源も全て自国で賄えるのだから、いざとなれば昔のように鎖国すればいいのだ……。無意識にそう考えている者が大半なのだ。
だから、この国は他国の技術や情勢には無関心だ。
自分たちに直接害がない限り、気にも止めない。
アメリア公爵があのリストや商業ギルドの情報網に着目するのは、自分に魔力がない為なのだろう。
貴族にとっては致命的とも言える欠点故に、この慧眼を持つことになったとは、何とも皮肉なことだ。
個人的にはこのような子供は応援してやりたいが、ちょっと問題が大きすぎるな。
商業ギルドへの加盟は、ギルドとしては問題無い。
両親の許可は取っているとのことだし、たとえ形だけにしても、アメリア公爵は国王陛下より正式にセーバの町の領主に任じられている。
であれば、たとえ子供であっても、扱いは店を構える商会主と変わらない。
こちらとしても、“公爵家”に伝ができるのは有り難いし、ギルドへの加盟はこちらからお願いしたいくらいだ。
問題は、支部の開設か……。
こちらは私の判断では無理だ……。というか、本国のギルド本部の審議にかけても、通りはしないだろう。
聞いたところによると、現在のセーバの町の人口は100人ちょっと。
商業ギルドの会員も、アメリア公爵ただ一人。
これでは、商業ギルドを新たに立ち上げる意味がない。
そもそも、この国の商業ギルドは、連邦の大使館的な意味合いが大きいのだ。
この国に商売でやって来た連邦の商人達の保護やサポート。
これが明文化はされていないこの国での商業ギルドの存在理由だ。
だから、この国にある商業ギルドは3箇所だけ。
クボースト、ザパド、王都と、いずれも連邦の商人が多くやって来る街だ。
連邦の商人はおろか、この国の商人すら滅多に訪れない町に、商業ギルドを作る理由が全く無い。
私はそういった理由を、当たり障りのない言葉でアメリア公爵に説明する。
公爵は頷きながら黙って私の話を聞き終えると、しばらく思案した後徐に切り出した。
「この事は、まだしばらくは内緒にしておいて下さいね。
ただし、自然に商人の間に噂が広がるのは構いませんし、ギルド本部には正確な情報を伝えてもらって結構です」
そう言って語られたセーバの町の現状と今後の発展計画は、とんでもないものだった。
大型船も入れる貿易港の整備が既に済んでいる?
レボル商会が本部を移す?
国王陛下からは、既に貿易の許可を得ている?
貿易と魔法技術開発を基軸にした国際都市?
この子供は、本気で言っているのだろうか?
子供の夢物語に付き合う暇はないのだが、その説明自体は非常に理路整然としていて、十分に実現可能にも思える。
子供の妄想と切って捨てることもできるが、仮にこれが近い将来現実になるとすると、この国の商業地図が根本から塗り替えられることになる。
ギルド本部も無視はできないだろう……。もし本当ならば、だが。
その思考を読み取ったかのように、アメリア公爵は2枚の書類と、1通の手紙を出す。
「こちらを、ご確認下さい」
それは、国王陛下の署名の入った領主への任命書と、貿易許可書。
手紙の方は、レボル商会の商会長からのアメリア公爵に対する紹介状と、近々正式にレボル商会が本部をセーバに移す旨を知らせる内々の手紙だった。
国際都市云々の構想は抜きにしても、現状で既にセーバの町が連邦との貿易を開始できる土台は整っているということだ。
私はその日にアメリア公爵の商業ギルドへの加盟の手続きを行い、商業ギルドのセーバ支部開設についてはギルド本部と前向きに話をしてみると、一先ず保留にさせてもらった。
ギルド加盟の手続きを終えたアメリア公爵は、早速特許リストの閲覧を希望し、何やらメモを取りながら嬉しそうに頷くと、明日セーバに帰る前に一度“商材の見本”を届けに来るから、ギルド本部にはそれもついでに送ってもらいたいと言い残して帰っていった。
この後、その“商材の見本”を巡って、王都も商業ギルド本部も大騒ぎとなるのだが、その時の私には、数日後の未来すら全く予想できてはいなかった。




