謁見 〜カルロス国王視点〜
(カルロス国王視点)
私の名はカルロス。
カルロス・ド・モーシェブニ。
このモーシェブニ魔法王国の国王だ。
在位はまだ10年ほど。
最近やっとこの名にも慣れてきたところだ。
そもそも、わたしはずっと国王としての教育など最低限しか受けてこなかったのだ。
あくまでも兄上に“万が一”があった時の予備。
それが私のポジションだったのに……。
まさか、その“万が一”が、あのアリッサ先輩との結婚になるなんて……。
『しっかりフォローはするから、王位はお前が継いでくれ。
お前だって、“憧れのアリッサ先輩”が義姉になるんだから嬉しいだろう?』
当時の学院で、ベラと並んでアイドル的な存在だったアリッサ先輩が私の義姉になる。
そこに全く魅力を感じなかったとは言わない。
だが、『よく考えろ!』と、当時の自分を叱り飛ばしてやりたい気持ちはある。
うっかり王位など継いでしまった私は、この10年、本当に苦労したのだ。
ベラも兄上も、確かに私をよく助けてくれるが、それでも大変なことには変わりない。
おまけに当の義姉上は、他の貴族の目もあって、ほとんど王宮にも社交の場にも姿を見せない。
これなら、優秀な平民出の下士官として普通に王宮に雇い入れた方が、余程会う機会も多かったと思う……。
ともあれ、今日はその義姉上と久しぶりに会う。
厳密には、“会う”のは娘の方で、義姉上はその付添なわけだが……。
娘の名は確か、アメリアだったか。
ベラは気にかけていたようだが、私は一度も会ったことはない。
ただ、ひどく魔力の低い子供だということだけは聞いている。
正直、今後の“公爵家”のことを考えると頭の痛い問題だ。
“公爵家”自体が本来存在しない特例中の特例だ。
その上、跡継ぎが庶民並の魔力の娘となると、今はともかく、娘の代では家の存続は難しいだろう。
まぁ、公爵領自体が元々は王家の直轄地だし、誰も見向きもしてこなかった土地だ。
現状、娘は貴族の批判を怖れて領地に引きこもっているわけだし、このまま領地で生活させて、死んだら王家の直轄地に戻せば問題ないだろう。
貴族との結婚は無理だろうし、跡継ぎがいなければ家は断絶するしかないのだから。
娘にしても、なまじ貴族などに関わらず、田舎でひっそりと暮らせた方が、魔力の低い身には幸せであろうよ。
そんな事を考えながら、私は義姉上とその娘の待つ応接室に向かう。
此度の謁見に、謁見の間は使わない。
立会もベラとディビッド兄上だけだ。
全て身内ではあるが、王妃と宰相が揃って立ち会うのだから、貴族位拝命の挨拶としては十分だ。
どうせ形式的なものだし、下手に謁見の間で他の貴族たちの目のあるところでやると、却っていらぬ騒ぎになりかねない。
ひっそりと済ませてしまい、何か言ってきたら、ちゃんと挨拶は受けたと言ってやれば問題ないだろう。
応接室に入ると、既にベラと兄上は席に着いていた。
義姉上と娘は、隣室で控えているらしい。
私が席に着くと、侍女に案内されて、義姉上とその娘アメリアが入室してくる。
義姉上と会うのは久しぶりだ。
ベラも美しいが、アリッサ義姉上も変わらない。
こうして2人が同じ部屋にいるのを見ると、本当に学院時代を思い出す。
国王の重責など知りもせず、一番平和だった時代だ。
「お久しぶりです、アリッサ義姉上。
お変わりないようで何よりです」
当時のことを思い出していたこともあり……。
部屋に居るのが身内だけという安心感もあり……。
つい口調が昔のプライベートなものに戻ってしまう。
「ご無沙汰しております、カルロス国王陛下」
それに対して、義姉上、否アリッサの口調は硬い。
「一応“正式な”謁見なのですから、形式は守ってくださいませ」
ベラから小声で注意が入る。
流石に気が緩み過ぎたか……。
「こちらは我が娘アメリア。
本日は、カルロス国王陛下へ貴族位拝命の許可を頂きたく、まかりこしました」
「……うむ、分かった。
そちがアメリアか?」
「はい、おはつにお目にかかります。
ディビッド、アリッサの娘、アメリアでございます。
カルロス国王陛下におかれましてはごきげんうるわしく……」
アメリアと名乗る娘からの、がんばって覚えてきたのだと分かる形式的な挨拶が続く。
報告通り、魔力は全く感じない。
庶民並みの魔力しかないというのも、誇張でもなんでもなかったようだ。
あの2人の娘ということで、どこか期待したところもあったのだが、やはりこれでは無理だな。
顔立ちは確かに整っているが、逆に言えばそれだけだ。
やはり、この娘には田舎でひっそりと暮らすのがお似合いであろう。
兄上を敵に回すわけにもいかないから、要望通り形式的な地位だけ与え、後は田舎に隔離しておくのが一番波風の立たない方法だろう。
私はそう判断した。
アメリアの定型文の口上が終わる。
「うむ、そちの貴族としての覚悟、確かに受け取った。
国王カルロス・ド・モーシェブニが許す。
本日より、アメリア公爵と名乗るが良い。
貴族としての義務を果たし、この国の民をしっかりと守るように」
私の宣言に、アメリアが臣下の礼をとる。
これで一応形式的にはアメリアは貴族ということになる。
兄上も多少は安心するだろう。
いくら魔力が少なくともやはり一人娘は可愛いらしく、兄上は娘を守ることには余念がない。
今回の謁見の手配も非常に迅速だった。
普段からこれほど積極的に動いてくれれば、私ももっと楽ができるのに……。
そんな事を考えていると、当の兄上から声がかかる。
「陛下、実は今回正式に公爵位を拝命しましたアメリアから、貴族の義務を果たすために是非陛下にお願いがあると聞いておりまして……」
「ん? なんだ? 申してみよ」
「はい、国王陛下。
わたしが貴族のぎむをはたすために、わたしをセーバの町の“りょうしゅ”にしてください。
わたしはセーバの町を良くしたいです」
自分の住む町と住民を守っていきたいという、真剣な気持ちは伝わってくる。
だが、町の領主云々というのは、兄上の差金であろうな。
たとえ小さな町とはいえ、正式な土地持ちの領主となれば、多少の税は入ってくるし、無理矢理他所の貴族に引っ張り出されることもなくなる。
アメリア公爵が個人として守らねばならぬ土地がある以上、貴族の義務云々を理由に王都に呼び出されていらぬ仕事を押し付けられることもなくなるし、王家とのコネ目当てに嫁に取ることもできなくなる。
過保護なことだが、田舎に押し込めておく理由ができるのだから、こちらにとっても悪い話ではない。
どうせ実際の管理は兄上かセーバの町に住む代官がするのだから、今まで通り何も変わらない。
「うむ、立派な考えだな。
よかろう。
アメリア公爵にセーバの町を任せよう」
私が頷くと、アメリアはほっとした顔を見せるが、ふと何かに思い至ったのか、何事かを考え出す。
そして、真剣な顔で私にお願いがあると言い出した。
「え〜と、国王陛下に聞きたいことというか、おねがいがあります。
あの、このまえセーバの町の海に大きなふねがきて、たべものとかをうってほしいといわれたんですけど、がいこくの人だから“ぼうえき”?になるから、王様のきょかがないとダメって言われて……。
だから国王陛下、セーバの町に“ぼうえき”のきょかをください」
それは、セーバの町に貿易の許可を欲しいということか?
それは流石に、ホイホイと許可は出せんか……。
「陛下」
そこに、アリッサ義姉上からの声がかかる。
「実は、先日、セーバの町の湾に連邦の商船が迷い込みまして……。
どうも嵐で流されて偶然やって来たようで、水や物資の補給を頼まれました。
連邦は我が国の友好国ですから、最低限の物資の補給の許可は出したのですけど……。
その際、アメリアが連邦の商人にあちらの珍しい玩具を見せられまして、買ってくれと強請られました。
ですが、たとえ子供の玩具とはいえ救援物資以外の商取引は貿易にあたりますから、陛下の許可がなければ駄目だと叱りました。
あの時、随分とぐずってましたけど、諦めていなかったのでしょう。
きっと、陛下の許可をもらっておけば、次に商船が迷い込んで来た時には、玩具を買ってもらえると考えているのだと思います。
子供の戯言ですから、お気になさらないで下さい」
「そんなぁ……」
母親に却下されて、泣きそうな顔をするアメリア。
う〜ん。アリッサ先輩は普段は優しいし自由奔放な感じだったけど、締めるところは締める人だったからなぁ……。
貿易といっても、高々子供の玩具を通りすがりの商人から買うくらいで、目くじらたてることもないだろうに……。
「よい。アメリア公爵の願いはよく分かった。
連邦は元々我が国の友好国で、国としても連邦との商取引は積極的に勧めている。
貿易の許可を出そう」
「陛下!」
「義姉上、小さな子供が玩具を強請るくらいで、それほど厳しくしなくてもいいでしょう。
公爵とはいっても、この子は王都で暮らすこともできず、辺境の町に押し込められてずっと暮らすのですから。
偶に来る商船から欲しいものを買うくらい、許されてもいいでしょう」
私がそう言うと、義姉上は少し表情を和らげて、仕方のない顔をする。
「カルロス様は昔と変わりませんね。
なんだかんだと言って優しいです」
「本当に困ったこと。
ライアンやサラにも甘いし……。子供に甘いのは王家の血筋なのかしら?」
アリッサ義姉上とベラが、そう言って揃って苦笑する。
部屋の少しぎこちなかった空気が緩み、学院時代の光景が戻ってきたようだ。
「では、陛下。
早速ですが、こちらに署名を」
先程から何やら書類を作っていた兄上が、私にそれを差し出してくる。
書類は3枚。
アメリアの公爵への任命書とセーバの町の領主への任命書。そして、セーバの町の貿易許可書だ。
「兄上、そんなに慌てなくても……」
「何を言う。
今ここでもらっておかねば、後からでは、どこから他の貴族の横槍が入るか分かったものではない。
せっかく可愛いアメリアの望みが叶うのだ。
早いに越したことはない」
全く、本当に兄上はアメリアに甘い。
ずっと離れ離れだったから余計だな。
いくら自業自得とはいえ、兄上にも我慢をさせていることには違いない。
少しでも、娘のために何かをしてやりたいのだろうな。
そう思い、私はその場で3枚の書類に署名をした。
別に軽率ではない。
今回のことについては宰相は当てにならないが、王妃が何も言わないのであれば問題ない。
私の足りないところは、2人がフォローしてくれる。
それで、今まで何とかやってこれたのだ。
それにしても、兄上も普段からこれくらい迅速に仕事をしてくれれば……。
今度仕事が滞ったら、今回のことを出せば多少は違うかもしれないな。
よし、兄上に貸し一つだ。
私もいつまでも兄上にやられっぱなしという訳ではないのですよ。
こうして、姪との初めての会談は、和やかなまま終わった。
その数年後、私は兄上や先輩2人の、そして、我が姪の恐ろしさを思い知らされることになるのだが、それはまたの話だ。




