賄賂
「ところで、アメリア。
アリッサがこの前お土産だって持ってきた真珠だけど、あれはどうしたのかしら?
あんな真円の真珠、見たことも聞いたこともないのだけど」
今回、私がセーバの町の統治権と他国との貿易の許可を国王陛下にお願いするにあたり、王妃様には心ばかりのお土産を用意したのだ。
国王陛下とのお話がスムーズにいくよう協力してくださる王妃様には、何かお礼が必要だからね。
ほんの感謝の気持ちである。
決して、賄賂ではない。
「あれは、女神様にいただきました。
勿論、直接ではないのですけど、夜明けの頃に町の海岸で貝を探しなさいと言われて……。
それで行って見たら、あの真珠を含んだ貝がありました。
あなたの計画に役立てなさいと言われましたので、これは色々と便宜を図っていただく王妃様に献上するのが一番と思いまして……」
はい、嘘です。
魔法で作りました。
実は真珠貝自体はセーバの町でも採れて、たまにその中から真珠が見つかることもあるんだよね。
もちろん真円の真珠なんかではなく、形は歪んじゃってるわけだけど。
それを幾つか買い取って、金魔法と木魔法の重ねがけで加工したのが、王妃様に渡した真珠だ。
これはお祖父様に確認したけど、この世界ではなぜか真珠には成形魔法が効かないんだって。
他の宝石と同じように、金属を成形する金魔法をかけても無理。
では、これは魔獣の牙のようなものではと、木魔法を使ってみてもやっぱり無理。
真珠は海の女神様の涙だから、人の魔法などでは加工できないのだ。
これが世界の常識なのだと、お祖父様が教えてくれた。
私の研究では、金魔法は金属というか無機物を加工する魔法で、木魔法は有機物を加工する魔法だ。
で、私は考えた。
確か真珠って、鉱物でもあり有機物でもあったような……。
有機物と無機物の層が絡み合って、あの色合いがでるとか何とか……。
うろ覚えの知識だけど、もしかしたらと思って、2つの魔法を一度にかけて形をイメージしてみた。
大正解。
見事に真円の真珠の作成に成功したってわけ。
ただ、これは今のところ皆には秘密だ。
これがバレると、真珠の神秘性が薄れて、真珠自体の価値が暴落する恐れもあるからね。
だから、今回はそれっぽい“おとぎ話”を作って王妃様に贈ることにしたのだ。
「嘘ね」
やっぱり、頼み事をするなら“誠意”を見せないと……。
「えっ?」
王妃様の言葉に、思考が停止する私。
「女神様にもらったっていうのは作り話でしょう?
本当に女神様にもらったのかもしれないけど、もらったのは“真珠”ではなくて、真珠を真円にする“魔法”じゃないの?」
はい、正解……じゃなくて!
「えぇと……。王妃様、そもそも私にそんな魔法を使える魔力なんて……」
「あら、でも、あなた、旅の途中ではたくさん魔法を使っていたでしょう?
帰りの道中での盗賊退治は、実に見事だったって聞いているけど」
えっ!? どうしてそれを?
帰りはサマンサしかいないはず……。
思わず、後ろに控えるサマンサを振り返る。
自分の方を見る意図に気づいたか、サマンサは首を小さく振って私の考えを否定した。
「それなら、犯人はきっと私がベラ様から借りた密偵よ」
そこに、私の横に座るお母様の声が入る。
「アメリアちゃん一人で行かすのは心配だったから、ベラ様の密偵を一人貸してもらったの。
もしどうにもならない事態になったら、力を貸してあげてって。
サマンサの事は信用しているけど、万が一ということもあるからね。
密偵がつく事はサマンサにも言ってあったけど、何も聞いてなかった?」
思わずジト目でサマンサを見つめてしまう私に対して、サマンサは当然のように反論する。
「いざとなれば助けてもらえるなどという甘えは、訓練の邪魔にしかなりませんから」
「………………」
「そもそも、旅の間中ずっと付いて来られていて、気づかないお嬢様の“圏”が未熟なのです。
もっと修行してください」
サマンサ教官、鬼である。
だって、魔力が絶対的に少ないんだから仕方ないじゃん。
“圏”は、対象に魔力を通すのと同じ要領で、自分の周囲に薄く魔力を広げていく技術だ。
そして、広げた魔力が他の生き物の魔力に触れると、魔力同士の反発が起きる。
その反発を読み取り、相手を捕捉する技術が“圏”である。
元々は倭国の武術の技らしいけど、この国でも密偵や実力のある騎士や冒険者には、使える者も多いそうだ。
ただ、その索敵範囲にはかなり個人差があるようで、剣の間合い程度の狭いものから、村程度なら丸ごと範囲に入れてしまうものまで色々らしい。
精度もばらばらで、何となく誰かがいることが分かる程度の者から、離れた敵の感情の動きまで手に取るように分かるという達人レベルまで、其々だそうだ。
ちなみに、私の圏だけど、範囲は並で精度は一流と、サマンサ教官には評価されている。
太極拳にも相手と触れたところから相手の情報を読み取る技術はあったから、“魔力=気”を感じたり操作したりは得意なのだ。
魔力が低いせいで、微弱な魔力も感じ取りやすいというのもあるしね。
ただ、索敵範囲についてはいくらがんばっても限界がある。
これでも通常の圏の数十分の一には魔力を薄めて広げているのだ。
もし、普通の貴族が私と同じレベルで圏を使えたら、村どころか街全体を索敵することも可能だって言われた。
私だって、がんばっているのだ。
それなのに、サマンサは……。
相手は王族に仕えるプロの密偵なんだから、気づかなくて当たり前だと思うんだけど。
「あら、そんなに落ち込まなくてもいいのよ。
報告に来た者も褒めていたわ。
あまりにも圏の魔力が薄いから、どこまでなら近づけるかの見極めが非常に難しかったって。
攻撃魔法も見事で、もし王族の血が入っていなければ、うちの部署に欲しいくらいだそうよ。
あれにそう言わせるって、相当なものよ。
多分、今のままでも、その辺の貴族じゃアメリアの敵にはならないでしょうね。
そんな訳だから、魔力量はともかく、実力的には問題なく貴族をやっていける。
その点は、私が保証してあげるわ」
……もしかして、私、こっそりテストされてた?
この絵を描いたのが、お母様なのかサマンサなのか、それとも王妃様なのかはわからないけど……。
とりあえず、隠れ護衛兼試験官のお眼鏡にはかなったようで何よりだ。
「だから、アメリア。私は魔法が使えませんからなんて言い訳は無理よ。
子供は素直なのが一番なんだから、正直に答えなさい」
私は諦めて本当のことを話した。
といっても、前世の知識云々とか、魔法の仕組みのあれこれとかまでは話さないよ。
あくまで、魔法で真珠を真円に加工したということだけだ。
ついでに、何故黙っていたのかの言い訳もしておいた。
この魔法は現状自分しか使えないこと、この魔法が広まると真珠の価値そのものに影響が出る可能性があること等だ。
私の言い訳を聞いた王妃様は、優しく微笑んで言った。
「よくわかったわ。
真珠の価値の暴落は私も望みません。
アメリア、この魔法の存在は秘匿するように。
あなたがこれからの取引で、贈答用等に幾つかの真珠を作るのは構いません。
でも、大々的に生産して販売するのは禁止よ。
どうしても多めに作りたい時には、必ず私の許可を取るように。
わかりましたね?」
えぇと……。これって事実上、真珠を生産する権利も販売する権利も、全て王妃様に押さえられたってことではないだろうか……。
これだから王妃様は怖いのだ。
真珠一粒を賄賂に送ったつもりが、権利丸ごと持っていかれてしまった。
代わりに私の計画には協力してもらえるし、私の魔法の実力もいざとなれば証明してもらえる。
真珠のことにしたって、権利は主張されたけど、真珠を成形する呪文については全く聞いてこなかった。
呪文ごと取り上げてしまえば楽なのに、しっかり私にも利が回るように配慮してくれている。
いい人だとは思うんだけど……。
やっぱり怖いよね。




