再びお茶会
クボーストからここまで2週間。
ようやく王都に到着した私は、やっと王都公爵邸で一息つくことができた。
結局、4回も襲われた……。
分かってはいたのだ。
女子供二人だけでの移動で、しかも身なりも悪くはない。
馬も持っている。
泊まる宿もそこそこ上等。
こんな鴨ネギ状態の獲物を、見逃すわけがないのだ。
恐らく街に入ったところで目をつけられて、街外れで待ち伏せされて襲われたというところだろう。
盗賊だって来るか来ないか分からない獲物を、日がな一日街道の隅に隠れて待っていたりはしない。
大抵は普段は街で生活していて、獲物の情報が入ると計画を立てて襲撃、というのが一般的だと思う。
だから、街に入る時よりも街を出る時の方が危険度は高いし、近くに何もない森の中なんかより、街の近くのちょっと死角になるような場所の方が強盗は出やすいのだ。
とにかく、そんな訳で、“おいしい獲物”に見える私達は襲われまくった。
それも、サマンサの計画通りに。
何とサマンサは、丁度いい機会だからと、私の“教育”のために盗賊達を利用したのだ。
実際、私もクボーストの街を出る前に、サマンサから事前の説明を受けたからね。
前々から疑問に思っているんだけど、サマンサって本当に“侍女”なのかなぁ……。
一流の侍女は主人の身近で非常時には盾になる存在だから、最低限の“護身術”は侍女の嗜みだって言われたけど……。
“闘える侍女”って、ただのファンタジーじゃなかったんだね。
サマンサには絶対に逆らってはいけない。
これが、今回の私の旅の教訓だ。
無事サマンサの“ブートキャンプ”を乗り切った私は、今は公爵邸でぐうたらモードだ。
ここまで、かなりのハードスケジュールだったからね。
戦士にも休息が必要だ。
私が王都の公爵邸に到着すると、お父様が早速その日のうちに国王陛下への拝謁の約束を取ってきてくれた。
陛下への拝謁は3日後だ。
こちらの方の段取りは往きに王都に寄った際に全て済ませてあるので、陛下への拝謁までに私がしなければならないことは特にない。
ゆっくりと骨休めしながら、拝謁の日を待つだけだ。
そのはずだったのだ!
「アメリア、明日王妃様とのお茶会があるから準備しといてね」
えっ? ちょっと待って、お母様!
私、何も聞いてませんよ!
抗議する私に、王妃様からの有り難いお言葉が伝えられた。
『お願い事があるなら、自分でいらっしゃい』
実は、お母様には親友であり義妹でもある王妃様への根回しをお願いしていたのだ。
私が正式にセーバの町の領主となり、他国との貿易を始めることについて……。
お父様、お母様と話し合った結果、国王陛下は誑かす方向で、王妃殿下は正面から説得する方向で、話を進めることに決まった。
「陛下は良くも悪くも常識人だからな。
魔力の低い者に貴族の義務は果たせないし、子供に領地の経営など無理だと考えるだろう。
逆に言えば、魔力の低い子供に何かができるとも全く考えていない。
今回の拝謁も、カルロスにとっては形式的なもので、魔力の低い姪に形だけでも貴族の体裁を整えさせる……それ以上のことは考えていないだろう」
「王妃はダメよ。
理由はよくわからないけど、あの子、昔からアメリアのこと過小評価してないもの。
でも、アメリアの事は結構気に入っているみたいだから、正直に自分の希望を話してお願いすれば大丈夫じゃないかしら。
逆に、変な隠し事とかするとすぐに見破るし、へそを曲げちゃうと思うわよ」
そんな話し合いの結果、国王陛下には事前情報は一切与えず、拝謁の場でただの子供のおねだりという体裁で言質を取ってしまうのがいいだろうということになった。
逆に、王妃殿下の方には、事前にお母様からしっかりと話を通しておくということで……。
まだ正式な貴族ではない私が、いくら姪とはいえ、王妃殿下に直接会いに行くとかできないからね。
失礼がないよう、お土産まで見繕って渡しておいたのに……。
「別にベラも怒っている訳ではないのよ。
アメリアが直接会いに行けなかった理由も、勿論分かっているしね。
でも、あの子、そういうところはきっちり筋を通す方だから、自分のお願いは自分で言いに来なさいって……。
たんに成長した姪と話がしたいだけかもだけどね。
明日のお茶の時間に招待されているから、自分の口でしっかりと説得しなさい」
どうやら、戦士に休息はないらしい。
翌日、私はお母様に連れられて王宮に向かった。
王宮に来たのは赤ちゃんの時以来だから、6年か7年か、そのくらいぶりだ。
あの時はサマンサに抱きかかえられながら進んだ王宮の回廊を、今回はお母様と並んで歩く。
「ふんっ、傾国の魔女が」
「王都に舞い戻っていたのか」
「また何やら企んでいるのではないだろうな?」
以前来た時も感じた悪意の視線。
以前は言葉のせいで言っていることまでは分からなかったけど、きっと前回も同じような感じだったんだろう。
「何だ、あの“庶民”の娘は?」
「あれが例の“女神の愛弟子”では?」
「プッ、いくら何でもあれで女神の愛弟子とは……。噂を流すにしても、もう少し信憑性のあるものにしてもらいたいですな」
何か色々言われてるね。
お母様への悪口で一瞬頭に血が上りかけたけど、“女神の愛弟子”で一気に冷めてしまった。
いや、違う意味で顔が火照ってくるんですけど……。
そうこうしているうちに、王族の居住区に辿り着く。
さあ、ここからが問題だ。
王妃殿下かぁ……。初めて会った時に受けた“威圧”を思い出すね。
軽いトラウマになっているのか、一度しか会っていないけど、王妃様は私の中では苦手な人ランキング第1位だ。
でも、いつまでもそれでは駄目だよね。
お母様からも、王妃様は軍属の家系だから、オロオロした態度は逆に嫌われるって言われてるし。
ここは気合を入れねば!
案内されたのは、前回来た時と同じ中庭の四阿だ。
「ご機嫌よう、アリッサ義姉さん」
「ご機嫌よう、ベラ様」
今日はプライベートなお茶会ということでいいらしい。
王妃殿下の義姉さん呼びは、そういうことだ。
ここでの話はここだけの話で、他所に漏れることはありませんよという意味だね。
王妃殿下はお母様との挨拶を終えると、次に私に視線を合わせてくる。
その瞬間に感じる、とてつもない威圧感!
(いきなりですか!?)
一瞬驚くも、顔に出したりはしない。
王妃殿下の“威圧”を受け流し、何事もない風を装う。
「へぇ、アメリア、お久しぶりですね。
ちょっと見ない間に、随分と魔力の扱いに慣れたのですね」
「ベラドンナ王妃殿下、ご無沙汰しております。
お褒めいただき恐縮です」
「前回会った時には、ちょっとの“威圧”で真っ青な顔をしていたのに……。
随分と成長したものね」
「それは、あの時はまだ赤ん坊でしたし……」
「前回会った時のこと、しっかり覚えているのね」
「あっ」
しまったぁ!
緊張と威圧への対応で、つい……。
前回会った時って、私まだ赤ちゃんじゃん!
覚えているわけないよね、ふつう……。
どうしよう!
そんな私の心の内を見透かしたように、王妃様は笑う。
「信じられないことだけど、初めて会った時からそんな気はしていたのよ。
この子は全て理解しているのではないかって……。
あれからしばらくして、あなたが“女神の愛弟子”で、夢の中で女神様から教育を受けたって噂を聞いたわ。
皆は本気にしていないようだったけど、私は正直やっぱりねって思ったわ。
だから、今回アリッサから話をもらった時にも、単純に魔力の低い娘の立場を少しでも安定させるためなんて、ただそれだけの話には聞こえなくてね。
これは可愛い姪の口から、詳しい話を直接聞かなければって思ったわけ」
赤ちゃんの頃から大人の意識を持っていた私を薄気味悪く思うのではなく、はっきり姪として認めてくれている王妃様には感謝しかない。
油断できないのは確かだけど、この人になら正直に私の考えや計画を話しても大丈夫かもしれない。
私はそう判断して、王妃様に私がこの国について感じていることや、セーバの町の発展計画について正直に話すことにした。
一通りの話を聞いた王妃様は、全面的に私の計画に協力してくれると言った。
「正直なところ、ザパド侯爵領の現状については、私も思うところがあったのよ。
アメリアの言う通り、国としても問題だし、最近はその財力に物を言わせて、王家に圧力をかけてくる様子も見られるの。
陛下は、今までも問題無かったし、現状もうまく回っているのだから、現状維持で気にすることはないって考えみたいだけど……。
実際に何かあってからじゃ遅いのよね」
王妃様はそう言うと、小さく溜息をつく。
そして、気分を入れ替えるように別の話題を振ってきた。




