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【書籍発売中】転生幼女は教育したい! 〜前世の知識で、異世界の社会常識を変えることにしました〜  作者: Ryoko
第1章 アメリア、領主となる

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ブートキャンプ

 クボーストの街での視察を終えた私は、フェルディさんと別れてサマンサと共に王都へと向かった。

 急がないと、国王陛下の誕生祭に間に合わなくなってしまう。

 国王陛下への新貴族としての挨拶と、誕生祭での社交への参加。

 これが、今回の旅の本来の目的だ。

 特に国王陛下に貴族であること、セーバの町の正当な統治者であることを認めてもらうのは重要だ。

 それから、セーバの町と他国との貿易の許可もね。

 これらの許可は、周囲がセーバの町の価値に気づく前に取っておく必要がある。

 セーバの町に価値があると思えば、子供に簡単に許可など出さなくなるからね。

 誕生祭まであまり日がないこともあって、王都への帰りの道中は、サマンサと2人だけで馬車も無し。

 馬一頭のみでの移動だ。

 2頭にしないのは、勿論私が馬に乗れないから。

 前世でも馬になんて乗ったことないし、(あぶみ)まで足が届かないから、どっちにしても一人で乗るのは無理だ。

 別に足が短いわけじゃないよ!

 子供なんだから当たり前じゃん!

 という訳で、今回はサマンサの前に乗せてもらっての二人乗りだ。

 荷物は着替えと野営道具くらいしかないし、馬車を引くわけでもないので、通常の移動でも馬車よりかなり速い。

 その上、馬車の負担を考えずに加速魔法を使えるので、通常の3分の1程度の日数で王都に到着する予定だ。

 で、この10日ほどの移動時間を使って、サマンサ侍女長改めサマンサ教官によるブートキャンプが行われている。



「お嬢様、気づいてますか?」


 馬のスピードをゆっくりと落としながら、サマンサが尋ねる。


「えぇと…。ちょっと距離があるようだけど、5人かしら?」


「はい、正解です。

 5人の魔力はしっかりと感じられますか?」


「特に魔力の集中は感じられないから、まだこちらに攻撃を仕掛けてくる気配は……?

 でも、そのうちの一人の魔力が妙に攻撃的なような……??

 まるで、こちらに襲いかかってくる瞬間の魔獣のような魔力の気配……弓矢!?

 投擲(とうてき)武器!?」


「はい、正解です」


 サマンサはそう言うと、懐から2m程の長さの鎖を取り出し、そこに魔力を流すと、すばやく呪文を唱えた。

 だらんと馬上から垂れ下がっていた鎖は、サマンサの呪文で一本の鉄の棒に変わる。

 金魔法で鉄の鎖を棍に変形させたのだ。

 そして、紫電一閃。

 馬の首に迫った矢を叩き落とした。


(おお! さすがサマンサ教官)


 馬が止まったのを確認した盗賊達が、こちらを逃がすまいと離れた場所から駆け寄ってくる。


「お嬢様、一人で大丈夫ですね?」


 私が頷くと、私の脇に手を入れたサマンサが、私をひょいっと持ち上げて馬から降ろしてくれる。

 うわ、凄い力! じゃなくて、これは強力(ごうりき)魔法だね。

 軽量魔法は物体に働く重力を小さくする闇魔法だけど、強力(ごうりき)魔法は自分の力を大きくする光魔法だ。

 軽量魔法は対象に魔力を通さないといけないけど、生きている物には魔力が通りにくい。

 私を馬から降ろすのなら、自分の方の力を強くする強力(ごうりき)魔法だ。


「では、お嬢様。よろしくお願いします」


 うわ〜、サマンサは馬上から見学の構えですか。

 どこぞの世紀末覇者を思わせる(たたず)まいだね。

 私は間近に迫ってきている盗賊5人に視線を向けて、呪文を唱える。

 そよ風が吹き、先頭を走っていた男が倒れた。

 

「なっ!」

「ちょッ!」

「おい、こんなところで転んでるんじゃねぇぞ!」


 怒鳴りつけるが、倒れた男が起き上がることはなかった。

 唖然とする4人、いや3人の男たち。

 もう一人が、自分たちの横で突然同じように倒れる。

 事ここに至って、何かしらの攻撃がされたと悟った男たちは、先程までのどこか油断した雰囲気をきれいに捨て去り、私を憤怒の目で睨みつけてきた。


(いや、先に襲ってきたの、そっちだから)


 距離はもうだいぶ近い。

 大人の間合いなら十分な射程距離だろう。

 3人のうちの一人が大剣を振り上げて私に襲いかかろうとする刹那、私は自分に加速魔法をかけた状態で更に縮地の歩法を使って、一気に相手との間合いを詰める。

 そして、(すい)、太極拳の突きを目の前の男に叩き込む。

 丁度いい位置にある男の“急所”に向かって……。

 (あん)(掌底)ではなく捶(拳)を使ったのは、ただの気分だ。

 何となく手のひらで打つのは嫌だったからね。

 さて、残りは2人。

 うち一人が、いきり立って私に向かって来る。

 あっ、でも金的は警戒してるな。

 ちょっと前かがみになって私を取り押さえる姿勢だ。

 この体格差で体を押さえ込まれるのは、ちょっと避けたい。

 呪文を唱えられることにも警戒しているっぽいし、怒りながらも闇雲に突っ込んで来る感じじゃない。

 よし、隙が無いなら隙を作ろう。

 私は自分の中の魔力を一点に小さく小さく圧縮させ、それを相手に向かって叩きつける。

 相手の目を狙って。


「ぐぅわぁ!」


 突然右目に走った痛みに、思わず目を押さえて動きを止める男。

 その隙に、小さく呪文を唱える私。

 目を押さえた男は、そのまま崩れ落ちて息絶えた。


 今回、私が使った魔法の使い方は、私のオリジナル。

 空気を移動させる風魔法と、対象から無機物を取り出す土魔法の合わせ技だ。

 風魔法は主に船の航行や空調等に使われている魔法で、土魔法は鉱石から金属を取り出すのに使われている魔法だ。

 私がやったのは、土魔法で酸素を抜き出して窒素濃度を上げた空気を、風魔法で相手の顔周辺に移動させるというもの。

 この世界の人には、“空気は空気”という概念しかないから、私がとった方法は真似もできないし、種も分からない。

 突然人が倒れて死んでしまうのだから、さぞ恐怖だろう。


 その様子を少し仲間と距離をとって見ていた最後の男は、仲間が目を押さえたまま倒れる様子を見た瞬間、(きびす)を返して逃げ出した。

 逃げる相手を後ろから撃つ事には、まだ若干の抵抗はあるんだけどね。

 でも、今回の失敗の腹いせに、別の旅人が狙われるような事態は避けるべきだ。

 突然殺される旅人の気持ちは、私が一番よく知っている。

 私は離れていく背中を指さして、狙いを定めると、静かに呪文を唱える。


「Умножьте тепло и магию.Формируйте тепло в нужную вам форму.」


 唱えたのは火魔法の上級呪文、炎槍。

 炎を槍の形にして飛ばす呪文だが、術者のイメージで槍以外の形に成形できることは確認済み。

 私が初めて見た魔法、お母様の“フェニックス”も、実はこの炎槍の呪文だ。

 私の指先に現れた薪に火をつける程度の小さな炎。

 私の魔力では、これが精一杯だ。

 私の拳程度の小さなファイアボールが急激に萎んでいく、否、圧縮されていく。

 赤い火の玉は小さくなるにつれ徐々に色を変え、米粒ほどの大きさの蒼白い光の粒となった。

 私は指先を逃げる男の上半身左上、心臓の位置に向けると、イメージする場所に光の粒を飛ばした。

 蒼い光の軌跡を描いて魔法は敵の背中に到達し、そのまま心臓を撃ち抜いた。



「お嬢様、お疲れ様でした。

 非常に良い手際でしたよ。

 魔力による威圧も、すっかりコツを掴まれたようで何よりです」


「死体はそのままでも大丈夫よね。

 街のすぐ近くだし……」


 街に向かう旅人が街の衛兵に知らせるから問題ないだろうということで、そのまま出発することになった。

 あっけらかんとしたものだ。

 流石にこんなことが3回も続けばね。

 慣れもしようというものだ。

 ほぼ3日に1回のペースである。

 1回目は、クボーストの街を出てすぐ。

 この時は、1人を残して全てサマンサが殲滅してしまった。

 そして、今後の教育のためにと、最後の1人が私に回された。

 2回目は、領都ザパドを出てしばらく行ったところで襲撃された。

 今度は、半分は私の受け持ちだと言われた。

 で、今回が3回目ってわけ。


 私はこの旅の間、事あるごとにサマンサから“貴族としての心得”や“戦い方”についてのレクチャーを受けた。

 夜の野営地では、サマンサや魔獣を相手に戦闘訓練もやらされた。

 さっきサマンサが言っていた“威圧”も、その時に習った。

 魔力を魔法に変えて攻撃するのではなく、魔力を直接相手にぶつける技?らしい。

 “威圧”の名の通り、この方法で相手を殺すことができるわけではなく、単純に相手を威圧してプレッシャーをかけるだけの技術だ。

 ただし、これを魔力の高い貴族が魔力の低い平民等に使うと、威圧だけでパニックを起こさせたり、卒倒させたりもできてしまうんだって。

「貴族を前にしては、体が震えて何も逆らうことができなかった」なんて言うのは、大抵この威圧を使われたためらしい。

 魔力量の近い貴族同士ならただの睨み合い程度で済むけど、魔力量に差があると、魔力の少ない側は相対することも難しくなってしまうってことだ。

 この実に感じの悪い厄介な技術は、平民には(ほとん)ど知られていないが、貴族の間では交渉術の一つとして当たり前に使われたりするんだって。

 普通、こんなえげつない交渉術を7歳の子供に使ってくるような貴族はいないそうだけど、私に関しては十分に可能性があると言われた。

 私もそう思う。

 そう言えば、赤ん坊の頃に1度だけ行った王宮のお茶会で、初めて会った王妃様が最初ひどく怖かったけど……。

 あれって軽く“威圧”されてたんじゃないかなぁ……?

 その後は、私にもお母様にもとても優しかったから、特に嫌われてるとかはないと思うけど、初対面の赤子の品定めとしてはなかなかに過激なことをしてくれるね。

 うん、あの王妃様には極力逆らわないようにしよう。

 私はこの旅の最中、事あるごとにサマンサ教官からの“威圧”を受け、それを受け流す術を学んだ。

 魔力がぶつからないように受け流す技術自体は、既に魔力を浸透させる系の魔法で習得済みだから、相手から突然ぶつけられる魔力に慣れてしまえば、受け流すこと自体はそれほど難しくなかった。

 問題は、こちらが“威圧”する場合。

 私の少ない魔力では、いくら全力でぶつけても相手に気づいてさえもらえない。

 魔力をブーストする方法も考えたけど、あれって厳密には魔法の効果をブーストするもので、魔力自体を増やせるわけではないんだよね。

 で、試行錯誤の末に編み出したのが、魔力の一点集中。

 要は、圧力の考え方の応用だ。

 同じ力でも接触面が100分の1になれば、そこにかかる力は100倍になる。

 さっき私が使った火魔法と同じで、ただ漠然と威圧の魔力を相手にぶつけるのではなく、ぶつける場所を一点に集中させればいい。

 このコンセプトの元に、練習を繰り返して身につけた私の“威圧”の結果が、先程の戦闘における相手の目への攻撃だ。

 “威圧”自体に物理的なダメージを与える効果はないから、さっき相手が目に感じた痛みもただの錯覚だ。

 それでも、突然目にデコピンを喰らったような感覚があるはずだから、相手をひるませるには十分だろう。

 ともあれ、これで今回の旅でサマンサから出された課題はクリアかな。

 一つは、貴族の“威圧”を覚えること。

 もう一つは、貴族として国を守れるだけの“戦闘力”を身につけること。

 これで貴族の社交対策も、貴族の義務云々に対する反論も、完璧。

 後は、王都を目指すのみである。


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