フェルディの申し出
翌朝、話があるから時間をもらえないかと言うフェルディさんに、私とレジーナは快く頷く。
これは、勝ったかな。
「それで、お話というのは?」
別に何も期待していませんよ、という態度で尋ねてみると、
「この町に私の商会を置かせていただきたいのです。
そして、昨日お話しされていたアメリア様の計画に、私も是非協力させて下さい」
何の前置きも確認もなく、いきなりそう言われた。
「それは、こちらとしても有り難いお申し出ですけど、今のところこちらから提供できるものは、何もありませんよ。
昨日のウィスキーにしても、まだ試作段階ですし……」
嘘です。
ウィスキーは売ろうと思えば、いつでも売りに出せます。
もう既に何樽か作ってありますし、昨日飲んでもらった程度の味なら、安定して出せるようになってます。
本当は何年か熟成させて味を検証してみたいところだけど、それはのんびりやるしかない。
今の段階でも、魔法だけの熟成期間無しであのレベルの物は作れるから、当面はそれで問題ないだろう。
でも、ウィスキー目当ての商人じゃ意味がないからね。
ここは一回引いて様子見だ。
「昨日お話ししたこの町の発展計画にしても、お父様は何もご存知ありません。
私がセーバの町を発展させようとする事には特に反対はされていませんし、私の好きにしていいとは言われています。
ですが、そのための資金援助があるわけではありませんし、現状の予算はお祖父様の蓄えと、私の小遣いと、町からの収益、それだけです。
こちらでフェルディさんに提供できるものなど、お店を建てる土地と営業許可くらいのものですよ」
そう言う私に、フェルディさんは笑って応えてくれた。
「関係ありません。
別にアメリア様に何かして、儲けさせてもらおうと考えているわけではありませんから。
多分、レジーナと同じ動機です。
ジャックやレベッカが夢見たこの町の発展……それを私も見てみたい。
世界に冠たる国際都市セーバ。
その街に居を構えて、世界を相手に商いをするレボル商会……。
わくわくするでしょう?
正直なところ、飽き飽きしていたのですよ。
クボーストの街にも、ザパド領にも。
街の商人から上前をはねることしか考えない。
街の発展も交易の重要性もお構いなし。
自分たちも他国との交易で利益を得ているくせに、今だに魔力の低い他国の商人を見下す始末です。
口には出しませんが、私のように感じている商人は多いでしょう。
この街が貿易港として機能するなら、あの街を捨ててこちらに拠点を移そうと考える商人は、少なくないと思いますよ」
えっと、それはどういう意味かなぁ……?
「それは、レボル商会はこの町に支店を開きたいということではなくて、この町に拠点を移したいということですか?」
「勿論、いきなり今日から拠点をこちらにというのは、現実的に不可能です。
ですが、私自身は近いうちにこちらに居を移したいと考えていますし、商会自体も今後はこちらへ拠点を移す前提で動かしていくつもりです」
何のためらいもなく、当然のように商会の移転計画を話していくフェルディさん。
正直、ここまで計画がうまくいくとは思わなかったよ……。
『アメリア様、まずはこちらが主導権を握らなくてはなりません。
まず学校を見せて、こちらをただの子供と侮らせないようにしなければ……』
『私の魔力量は大きな不安材料でしょうから、派手な魔法を見せてその不安を解消しようと思うの』
『商人は利の無いことを真剣に考えたりはしません。
ウィスキーを餌にしましょう』
『ついでに少し酔わせておけば、気分も大きくなるわね』
『人は理性的な生き物ですが、一見理性的に見せて肝心なところでは意外と感情を優先させるものです』
『場の演出って大切だもの。
やっぱり夕日とか朝日とかって、気分的に盛り上がるでしょ』
『フェルディさんが私の両親に恩義や罪悪感を感じているのは間違いありませんから、感情に訴えるならそこだと思うんです』
幼気な女児2人の悪巧みに、ここまで乗り気になってしまう商人さんに少々不安を感じてしまうが、折角の申し入れである。
ここはさっさと話を詰めて、もう引き返せないところまで話を持っていってしまおう。
後で我に返っても、もう遅い。
『あの時の言葉は嘘だったの? 私(公爵家)を騙したのね!?』
公爵家の令嬢にそう言われては何も言えまい。
死なばもろとも。(死ぬ気はないけどね)
ふっふっふっ、最後まで付き合ってもらうぞ、フェルディ。
その後、フェルディさんの側近のビーノさんと、現セーバの町の代官で男爵のアルトさん、それにレオ君も踏まえて、今後の段取りについて話し合った。
話の途中でお母様にも少し顔を出してもらって、「この町と娘のこと、よろしく頼むわね」という、有り難いお言葉もかけてもらった。
今まで一度も姿を見せなかったアリッサ公爵の登場に、フェルディさんもビーノさんも緊張していたけど、お母様の言葉にその意味するところを悟り、フェルディさんはその表情を引き締め、ビーノさんはやれやれといった様子で溜息をついていた。




