側近教育
「う~ん…… う~ン………… ウ~ン………………」
「レオ君、煩い」、「レオ様、煩いです」
あっ、ハモった。
あぁ、レジーナがレオ君を睨んでる……。
「そんなこと言ったって、わからないんだからしょうがないだろう!」
「わからなければさっさと聞くように、アメリア様にも言われているでしょ。
“下手な考え休むに似たり”です」
「だって、なんか悔しいじゃん……」
そうして、ここ最近のいつものやり取りを繰り返すレジーナとレオ君。
いつもの塔の研究室だけど、最近は人口密度が高い。
あのレオ君との試合以来、レオ君は私にすっかり懐いてしまった。
試合の後、屋敷に帰ったレオ君は、改めてアルトさんに私が普段やっている事や、試合で私が使った技や魔法について説明をされたらしい。
今までは、いくらアルトさんが話しても聞く耳を持たなかったらしいんだけど、現実にコテンパンにされた後は、恐ろしく素直にアルトさんの話を聞いてくれたそうだ。
「こんなことなら、さっさとお嬢様に叩きのめしてもらえばよかったですな」と、アルトさんは言っていたけど、それもどうなんだろう……。
初めの素手での試合はともかく、最後の魔法攻撃は……。
ここに来たばかりの頃なら、ヤバかったよね。
魔法無効化の呪文とか使えるようになったのは最近だしね。
純粋な魔法の撃ち合いになったら、ここに来た当時の私などお話にならなかっただろう。
まあ、その辺の問題がクリアしたからこそ、力で捩じ伏せるって行動にでたんだけどね。
何はともあれ、レオ君も私を主と認めてくれたようで何よりだ。
少々、ウザいけどね。
今までの言動は何だったんだってくらいに、私の後をくっついて回る。
護衛騎士としての当然の仕事だって本人は言っているけど、どう見てもただのわんこだ。
で、暇さえあれば私にあの技(太極拳)を教えてくれとせがんでくる。
あまりにもしつこいので、「あの技は馬鹿には使えない。使えるようになりたければ、まずはこれをできるようにしろ」って、大量の勉強の課題を出してやった。
納得いかなそうな顔をしていたので、理科の“てこの原理”や“作用・反作用”のそれっぽい話をしてやったら、納得したのか真面目に勉強に取り組み出した。
今までは、「騎士に学問なんか必要ない」って勉強しようとしなかったレオ君が、急に真面目に勉強し出したって、アルトさんが感動していた。
今は、レオ君の教師役はレジーナに任せている。
他人に教えることで自分の理解も深まるから、レジーナにとってもいい勉強になると思う。
レジーナは元々商人の娘で、私に会う前から真面目に勉強していたというのもあるけど、なんといっても私の側近になってからのがんばりが凄まじい。
直接一対一で私が教えてきたというのも大きい。
今のレジーナなら、私の代わりに今すぐお父様のお仕事の助手も務まるだろう。
侍女教育、家臣教育の方も順調なようで、教師役のサマンサとダニエルが、なかなか教えがいがあると褒めていた。
あの人たち、元王族の側近なんだけど……。
王宮の官吏など全く使い物にならないって、ボロくそに言っている人たちなんだけど……。
何だか末恐ろしくもあるけど、まずは拾い物だったと喜んでおくことにしよう。
レオ君の教育はとりあえずレジーナに任せて、私はこのセーバの町の発展計画を練ることにする。
まずは町の子供の教育と、農業あたりを考えている。
私が大人になった時に使える人材を増やす。
町が大きくなった時に、その人口を支えられるだけの食糧を確保する。
最終的に、どの方向にこの町を発展させていくかはまだ未定だけど、いずれにせよインフラ整備は大切だ。
ここは王国の南の穀倉地帯からも距離があるから、たとえ人口が増えても、他所から食糧を調達するのは難しい。
大体、ただでさえ私の政治基盤は弱いのに、その上胃袋まで他所の貴族に押さえられてしまったら、いくら領地を発展させても全く意味がなくなってしまう。
うん、自給自足が基本だ。
将来的には港を整備して、他国からの食糧輸入も考えている。
でも、急にそこまで大それたことはできないし、食糧を他国から輸入するにしても、やはり最低限の食糧自給率は確保する必要がある。
そのための農業改革なんだけど、いずれにしても手が足りない。
領主(の娘)の強権を発動すれば、ある程度の人手は確保できる。
でも、住民にも各々自分の仕事があるわけだから、1回2回ならともかく、毎回協力してもらうのは無理だ。
そうなると、後はちゃんと仕事をしている訳ではない子供を使うしかないってことになる。
この国の平民は、ふつう7歳になると本格的に親の仕事を手伝い始める。
ただ、あくまでも家業の手伝いだ。
正式に仕事をするのが認められているのは13歳からで、13歳からは外で普通に働くこともできるし、魔力量による最低賃金の保証も適用される。
貴族の場合は平民とは少し事情が違って、基本的には7歳で一人前とみなされ、正式に爵位を名乗れるようになる。
ただ、実際に働き出すのは15歳で学院を卒業した後となるので、それまでは親の領地経営等を見ながらの教育期間ということらしい。
この町の場合、ほとんどの子供は大きくなるとそのまま親の仕事を引き継ぐようになるので、13歳になったからといって、他所に仕事に出ることはほとんどないらしいけど。
7歳くらいから少しずつ親に仕事を習い始め、そのまま大人になって親の仕事を引き継ぐ感じだ。
そういう意味では、たとえ子供であっても、家の貴重な労働力に変わりはないのだが……。
それでも、所詮は子供の手伝いで、いなくなったからといって仕事が回らなくなる訳でもない。
せいぜい、手伝ってくれれば多少助かる程度だ。
それなら、多少給料を払うかして配慮すれば、喜んで貸し出してくれるだろう。
ついでに、読み書きや計算も無料で教えると言えば、何処からも文句は出ないはずだ。
レジーナの話では、町の住人のほとんどは読み書きも計算もできないが、決してそれが必要ないと考えているわけではないそうだ。
単純に自分たちができないから子供に教えることもできないし、誰かに頼む金銭的な余裕もないからそのままにしているというだけらしい。
無料で教えてくれるなら、喜んで子供を送り出す親も多いはずだと、レジーナは言っていた。
なんだかんだで、文字や計算が分からなくて、外から来た行商人に騙されたりといった経験のある人も多いらしい。
そんな訳で、狙いは子供だ。
あまり小さくても戦力にならないけど、10歳前後くらいなら仕込めば使えるだろう。
将来、この町と私を支えてもらう貴重な人材だ。
教育に労力は惜しまない。
レジーナに悪態をつかれるレオ君を見ながら、私は今後の計画を練っていった。




