お祖父様との話し合い
「…………。
アメリア、今の魔法は、一体……?」
この目で見たものが信じられないといった顔で、呆然と呟くように尋ねてくるお祖父様。
「えっとぉ……。
ファイアボールです。
すごいでしょ?」
子供が上手に魔法を使えたことを素直に自慢しているという感じで、無邪気に答えてみる。
「……アメリア、上でちょっと、お祖父ちゃんとお話しようか」
「……はい」
お祖父様にドナドナされた私は、今お祖父様の研究室の椅子に差し向かいで座らされている。
なんか、気まずい……。
「さて、では、先程アメリアが使った魔法の威力。
あれがどういう事なのか、説明してくれるかな……?
魔法の規模は呪文に籠めた魔力量によって決まる。
どんなに器用であろうと、材料がなければものは作れない。
あんな大きさのファイアボールをアメリアの魔力量で作るのは、絶対に不可能だ。
私と同じように魔法の研究をしているアメリアにも、当然わかっているだろう?
そんな非現実的な光景を目の前で見せられて、すごく混乱しているお祖父ちゃんの気持ちは、アメリアにも理解できると思うのだが……」
なんとか自分を落ち着かせようと、色々と言い募るお祖父様。
さて、どうしたものか……。
別に本当の事を言ってしまっても構わないんだけど、これってどうなんだろう……?
とんでもないパラダイムシフトを引き起こす案件だと思うんだよね。
文字通り、今までの価値観が180度変わってしまう可能性がある。
今まで2桁と馬鹿にされていた人達が、上級貴族並みの攻撃魔法を撃てるようになる……。
今まで大量に必要だと思われていた魔力が、極少量で済んでしまうようになる……。
うん、社会制度も経済も大混乱だ。
現支配階級に対する暴動に、魔力の価値低下に伴う通貨の大暴落。
せっかく全体としては平和を維持している世界を、敢えて壊す必要はないだろう。
二桁と言われている人たちだって、別に皆が皆生活に困窮している訳ではないみたいだし……。
魔法以外の技術や能力で立派に生活している人も多いらしいし、個人の努力で何とかできる範囲のハンデならば、それは個人の問題だろう。
冷たい言い方だけど、今の世界を壊してまで何とかしてやる問題ではない。
大体、気に入らないのなら、私のように自力で解決方法を見つければ良いのだ。
うん、これは秘匿の方向で。
一通り考えをまとめ終わると、私はおもむろに例の呪文を唱えた。
「あれは、夢の中で女神様に教えていただいた呪文です」
「…………」
あれ?
お祖父様の目が何やら厳しい。
もしかして、信じていない?
私の必殺の呪文が効かないなんて!
流石は大賢者、なかなかできる。
って、どうしよう……。
お父様やお母様には問題なく通用した言い訳だけど、どうもお祖父様には無理っぽい。
困った。
思わず目を逸らした私に、お祖父様がやさしく話しかけてきた。
「別にアメリアを責めている訳でも怒っている訳でもない。
むしろ、今まで大きな呪文を使うことは難しいと思っていたアメリアがあんな呪文を使えて、その点は純粋にうれしいと思っている。
ただ、問題はそんなに単純な話ではないんだよ。
もし、アメリアのように低い魔力の者にも貴族並みの魔法が使えるとなったら、この世界は大変なことになってしまうかもしれないんだ。
だから、そうならないためにも、アメリアにはどうしてあのような魔法が使えたのか、正直に答えてもらいたいんだよ」
「………………」
流石は大賢者と言われるお祖父様だ。
ただの引きこもりの魔法オタクではなかったらしい。
本当に私の祖父にしておくにはもったいない人だ。
私が後20年歳だったら、放っとかないところだ。
お祖父様が私と同じことを考えていると分かって、私は改めて自分の発見した魔法の秘密について、お祖父様に正直に説明した。
うん、かなり驚いていたよ。
光の神、闇の神の魔法効果や呪文の仕組みについてもだけど、“1未満の数で割る”という発想にも相当驚いていた。
というか、初めは1未満の数での割り算自体が、お祖父様には理解できなかった。
確かに、実生活では思いつかない発想だよね。
特にこの世界では数学もあまり発達していないから、学院のレベルでも整数の四則計算が精々だ。
税や商取引に使う割合にしても、10個に分けた内の幾つという考え方をしているくらいだからね。
1未満の数で割るなんて計算は、お祖父様だけでなく、数学者以外の一般人は誰もできないそうだ。
ともあれ、一応の魔法の仕組みについて理解してくれたお祖父様と、私はこの魔法の扱いについてよ〜く話し合った。
で、結論。
当面は、“女神様に習った”で、押し切ることになった。
結局、いつもと同じじゃん。
一つには、私の割り算の理屈が、この世界の人達には非常に理解しづらいこと。
そして決定的なのが、石板にはない勝手にアレンジした呪文を唱えることなど、私以外には誰にもできないということ。
どうせ誰にも使えないのなら、女神様に習ったで問題無いだろうということで話がまとまったのだ。
ひと通りの話が終わって一息ついたところで、お祖父様が深い溜め息を吐いた。
「結局、大してアメリアの役には立てなかったか……。
お祖父ちゃんが何とかしてやる前に、自力で解決してしまうとはな」
最近のお祖父様の研究テーマである魔石の利用方法に関する研究は、実は私が産まれてから始めたものらしい。
孫の魔力が少ないと聞いたお祖父様は、魔石の発する魔力の量を多くすることで、誰でも大きな魔法が扱えるようになれば……。
この国の民の魔力が他国と比べて高い原因が魔石の山にあるのなら、魔石をうまく活用することで個人の魔力もあげられるのでは……?
そう考えて、魔石の研究を行っていたらしい。
全て、魔力の低い私を何とかしてやろうと考えてのことだ。
自分が解決してやるより先に、まさか5歳の孫に自力で解決されてしまうとは思わなかったと、お祖父様は笑っていた。
この世界に転生してから5年。
チートどころかハンデを背負わされまくっている私だけど、一つだけ本当に恵まれていると感じることがある。
この世界での私は、本当に身内に恵まれている。
それだけは、この世界に転生させてくれた神様に大感謝だ。




