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【書籍発売中】転生幼女は教育したい! 〜前世の知識で、異世界の社会常識を変えることにしました〜  作者: Ryoko
〜SS作品〜

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賢者の塔 〜出版記念SS〜

 出版記念SS第二弾! 今回はアメリアの祖父、アリッサの父である大賢者リアンのお話になります。

 アリッサとディビッド殿下の結婚が決まり、正式にセーバ領の領都に定められたセーバの町にやって来た頃のお話になります。

 王都から遠く離れた北の果て。

 町と呼ぶのも烏滸(おこ)がましい小さな集落に、突如建てられた大豪邸。

 王都の貴族の間では大して珍しくもない一般的なサイズの屋敷だが、それが平民の、しかも辺境の集落基準となれば、これはもう大豪邸と言っても過言ではないだろう。

 何もないこの辺境の集落が新たに作られたセーバ領の領都と定められ、町の人口を軽く上回るほどの人数が押しかけてまだひと月足らず。

 たったそれだけの期間でこれほどの屋敷を建ててしまうのだから、確かにこの国が個人の魔力量に必要以上に(こだわ)るのも(うなず)けるというものだ。

 同じ建物を建てるのに、倭国や連邦ではこの倍以上の時間がかかるからな。

 それだけこの国には魔力の豊富な職人が多いということなのだろうが……。

 逆に、そのことがこの国の技術発展を妨げているとも言える。

 今はともかく、100年後にはどうなっておるか分からんぞ。

 まぁ、100年後なら私はおろか、アリッサや殿下も生きてはおらんだろうが……。

 心配するだけ無駄だな。


 新しく完成したばかりの領主邸を歩きながら、リアンがそんなことを考えていると、ふとアルトゥーロ男爵と職人たちの話し声が聞こえてくる。


「アルトゥーロ男爵様、大賢者様の研究所はお屋敷の裏手に建てればよろしいでしょうか?」


「あぁ、そうだなぁ。それほど警戒しなくても、こんな田舎まで他所の貴族が訪ねてくることもないだろうし……。

 大賢者(あいつ)は誰か呼びに行かせないと、研究所(部屋)から出てこない可能性が高い。

 屋敷から近い方が使用人たちも楽か……」


 おいおい、冗談じゃないぞ。

 アリッサも無事……かどうかは分からんが、やっと殿下との結婚が決まって、これからは誰の気兼ねもなく悠々自適の研究三昧と洒落込もうというのに……。

 やれ食事を摂れだの早く寝ろだのと、一々研究の邪魔をされては敵わんぞ。

 なんのためにこんな辺境までやって来たと思っているのだ。


「あぁ、すまんが私の研究所は……あぁ、そうだ! ここからずっと海の方に行ったところに崖があっただろう?

 あの崖の突端のところに小さな掘立て小屋でも建ててくれればいい。

 食事など適当に済ませればよいし、私のことは放っておいてくれて構わんよ」


 そんな大賢者(リアン)の言葉にしかめっ面をする周囲の者たち。


「いやいやいや、そりゃ困りますよ。領主になられたディビッド様からも、大賢者様の研究所はその名に相応しい立派なものを建てるよう、きつく言いつかっておりますので」


(実際、大賢者様の研究所にはいくらかかっても構わないって言われてるんだ。わざわざこんななんもない辺境まで来て、いくら公爵邸とはいっても、上位貴族の基準ならせいぜい別荘程度の屋敷を一つ建てて終わりじゃあ割に合わないんだよ)


 職人たちも必死である。


「えぇと、ここから崖の突端までとなりますと、移動にも少々お時間が必要になりますので、働く者もお屋敷の仕事と研究所の方を兼任というわけにはいかなくなります。完全に人員を分けるには少々今の人数では心許ないかと」


(別に娘夫婦の家なんだし、一緒に住むのは昔からの旧知の中だっていう男爵様なんだから、わざわざ住まいを分ける必要なんてないでしょうに。なんで好き好んで不自由な生活を選ぶかねぇ。ほんと頭の良い方の考えることは分からないわ)


 今の人数で屋敷と研究所の離れた2箇所を管理など冗談じゃないと、後ろに控えていた使用人も口を挟む。


「なぁ、リアン、よ〜く考えろよ。もう、お前の面倒を見てくれるアリッサはいないんだぞ。

 お前は研究の邪魔をされるから面倒とか思っていたかもしれんが、お前がこれまでなんとかやってこれたのは全部アリッサのお陰だ。

 研究馬鹿のお前の体調管理をしてくれていたのは誰だ?

 魔法大全や魔法無効化の魔道具から安定した研究資金が得られるよう、商業ギルドと交渉してくれたのは誰だ?

 ずっとお前ら父娘と旅をしてきた俺に言わせれば、大賢者なんて結構な肩書きの大半はアリッサあってのものだ。

 いや、実際、俺だってアリッサには随分と助けられた。

 今回だって、こうして爵位と代官の地位(仕事)を得てなんとか嫁をもらえたのも、全てアリッサのおかげだしな。

 で、そんなアリッサが、自分は結婚することになったから父親をよろしく頼むと、わざわざ俺のところに頭を下げに来たわけだ。

 自分はどこかの馬鹿が引き寄せた縁談のおかげで、てんてこ舞だっていうのにだ!

 そんなわけで、俺には最低限お前の面倒を見る義務がある。

 まぁ、こうしてまかりなりにも貴族になって、セーバ領の代官にもなったしな。

 主人(あるじ)である領主夫妻の御父君ともなれば、こちらとしてもあまり外聞の悪い扱いはできないんだよ」


「むぅ〜」


 アルトや皆の言うことも分からないでもないが、アリッサと殿下の婚約が決まって以来、頻繁に家へと押しかけてくる有象無象から逃げて、わざわざこんなところまでやってきたのだ。

 ここで妥協しては、今までの苦労が水の泡ではないか。


「あぁ、では、こうしよう。せっかくの殿下からの好意でもあるし、研究所はしっかりとしたものを作ってもらおう。ただし、場所は譲れぬ。

 私がこれから進めようとしている研究は大変な危険を伴うものでな。実験場は万全なものを作るつもりだが、それでも万が一がないとも限らん。うっかり実験場を破壊して公爵邸にまで被害が出るようなことになっては大問題だからな。

 そういうわけで、万が一があっては困るから、私の研究所に使用人は不要だ。危険だからな!

 なに、数日に一度まとめて食料を届けてくれれば、あとは勝手にやるから心配する必要はない」


 まぁ、そういうことならと、了承の意を示す職人たちと使用人たち。

 アルトゥーロ男爵だけはそんなリアンの言い訳を端から信用していなかったが、リアンの性格を知るが故に、この辺りが落とし所かと渋々リアンの要望を飲むことにした。


「それで、大賢者様、研究所の方はどういったものをお考えで? 実験場もそうですが、そちらにお住まいになるのなら生活スペースも必要ですよね?」


「むぅ、寝る場所など適当で構わんが……。せっかくだし、実験場はある程度の広さは欲しいか……。

 実験場の広さは……」


「それですと、崖の辺りでは土地の広さに問題がありますな。実験場はともかく、居住スペースまでは確保できませんよ」


「だから、それは適当で良いと」


「いえ、そうはまいりません。研究所の方でお食事を用意するとなれば、最低限のキッチンくらいは必要ですし……。

 大体、大賢者様。今こちらに置かれているあの大量の書物はどうなさるのですか?

 しかも、あれで全部ではないのですよね? 王都にはまだまだあるという話を伺ったような」


「あぁ、言われてみれば……。確かに資料を保管する場所は必要だな。なら、1階を魔法の実験場にして、2階を資料庫にすればよかろう」


「ですから、それですと寝室やキッチンといった生活スペースが!」


「えぇい! 分かった、分かった。なら、3階を生活スペースにすればよかろう」


 そんなリアンの投げやりな態度に、怪訝な顔をする職人たち。


「いや、大賢者様、さすがにそれは無理ですよ。3階建ての建物なんて聞いたこともない。

 今回は公爵邸を建てるってことで、それなりの魔力量の職人を集めてますがね。

 それでも、3階建てってのはさすがに厳しいですよ。そうでなくとも、魔法の実験場で立地が海に面した高台となれば、普通の家よりもかなり厚い壁にしなければならない。

 とてもじゃないが、職人の魔力量が持ちませんよ」


 そんな職人の言い分に耳を傾けながら、リアンは考える。

 いや、それは3階分の高さの壁を一度に作ろうと考えるからだろう。

 まず1階部分の建物を造り、その上に2階部分を、最後に3階部分を重ねと、作業工程を分けて順に造っていけばいいのだ。

 何でも一度にやろうとするから難しいだけで、分けてやれば全然不可能ではない。

 実際、連邦や倭国では3階建ての建物もふつうに作られていた。

 連邦や倭国の者は魔力が少ない。3階建てはおろか、平屋の建物の壁すら1人の職人の魔力では心許ないのだ。

 故に、彼らは工夫をする。

 同じ大きさに四角く切り分けた石を積みあげ、それを別の魔法で固定することで一つの大きな壁を作り上げる。

 この方法なら、個人の魔力量に制限されず、いくらでも大きな建物を造ることができる。

 この国の職人は、なまじ1人である程度のものが造れてしまうから、協力とか工夫とかいう考えが出てこぬのだろうな。


「ふむ、確かにこの国では3階建ての建物など見ないが、倭国や連邦ではふつうに3階建ての建物も建てられておるぞ」


 リアンのその言葉に、ざわめき立つ職人たち。

 そんな馬鹿な、そんなはずはと、信じられない様子の職人たちを見渡し、リアンは続ける。


「だが、これは別に、この国の職人が他国と比べて劣っているという意味ではないぞ。いや、むしろ、職人個人の力量ということなら、魔法王国の職人は群を抜いておる」


 職人たちのプライドを傷つけないよう気をつけつつ、話を進める。


「しかし、魔法王国の職人は優秀故に、皆で協力したり工夫したりといった発想が圧倒的に欠けておるのだ」


 そうしてリアンは、他国では魔力量の少ない職人がどのように工夫して巨大な建物を建てるのかを説明していく。

 初めこそ眉を顰めていた職人たちも、その新たな可能性に気づくと、徐々にリアンの話に引き込まれていった。


「確かに、その方法なら」

「うん、確かに面白いな」

「だが、そんなちまちました作業、面倒くさくないか?」

「いや、別にそこまで細かくしなくても、平屋の建物を3つ重ねるって考えれば……」


 そこからは、やれこんなこともできる、やれこんな建物も面白いと、職人たちの間で話が盛り上がっていき……。


「で、これが建設案か?」


「はい、大賢者様。せっかくですので、こう、神代の時代に建てられていたって伝説の塔にあやかって、こんな感じに造ってみようかと。

 かなりの強度が必要ですのでそれなりに魔力が必要になってきますが、大賢者様の言われるように皆で協力して造れば何とかなると思います。

 どうですか? まさに賢者の塔! 大賢者様のお住まいに相応しいものだと思うのですが」


(ふむ、賢者の塔か……。良いな!)


「うむ、では、それで頼む」


 本来であれば職人1人分の魔力量を上限として考えられていた一工程分の作業を、複数の職人が協力して行うことで、軍施設にも負けない堅牢さを兼ね備えた立派な3階建ての塔が完成した。

 その後、王都でも大きな建物を建造する際には、複数の職人が協力して作業を行う姿が、少しずつ見られるようになっていったという。

 そういった変化に比べれば、賢者の塔建設費用の請求書を見て、王都のディビッド殿下が頭を抱えることになったのは些細なことと言えよう。


 次回更新は火曜日の予定です。次回トリを飾るのはレオ君です。


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