情報収集(帝国観光)
「えぇと、これとこれ、あとそっちの炒めものもください!」
「はい、まいどあり!」
「ここ、活気があっていいですね! 私、田舎から出てきたから帝都は初めてで」
「ああ、まあな。 もっとも、これだけ帝都に食料が出回りだしたのはここ最近の話だよ。
マリアーヌ陛下様様だ。
ここの市場だって、おれがガキの頃はなかったからな。
マリアーヌ陛下が連邦から安く食料や便利な魔道具を仕入れてくれたお陰だ」
「へぇ、女帝様なんて雲の上の人だから全然想像つかないけど、そんなに良い人なんだぁ」
「おう、田舎じゃどうだか分からないけどよ、帝都でマリアーヌ陛下を悪くいう奴は誰もいないよ」
私はその場で会計を済ませて料理を受け取ると、屋台の裏に並べられた簡易なテーブル席に向かう。
ここの市場にはさっきのおじさんのとこみたいに料理を売る屋台がたくさんあって、買った料理は屋台の裏手に並べられた席、、といっても木箱を並べただけだけど、で食べられるようになっている。
知らない国の料理は名前だけ聞いてもどんなものか分からないから、実際に目で見て、その場で選ぶことができる屋台形式はすごく助かる。
「うん、おいしいね。倭国で帝国料理を食べた時にも思ったけど、帝国料理って本当にレベルが高いよね」
「帝国は神聖王国時代を含めれば4ヵ国中で最も歴史のある国ですから、衰退したとはいえかなり成熟した文化を持っているはずです」
「確かに、あの旧市街の街並みとかは迫力あるよな。新市街とのギャップがひどいというか」
「まぁ、それは仕方ないかな… 魔法抜きでの建築は、どうしても無理があるからね」
そう、私の感覚だと、古くて昔ながらの生活が残っているのが旧市街で、小綺麗で金持ちなんかが多くて近代的なのが新市街ってイメージなんだけど、この帝都はまったく逆。
魔法文明全盛期に建てられた旧市街の建物は豪華絢爛。
そこに住んでいた大半の貴族は既に排除されていて、今は公的機関の印象が強いみたいだけど、どこか足を踏み入れるのが畏れ多いって感じかな。
私は気にせず観光を楽しんだけどね。
それに引き換え、魔法消失以後に建てられたこの新市街は、ぶっちゃけ掘っ立て小屋に近い。
流石にこの200年で手作業による建築技術はだいぶ上がったみたいだけど、それでも魔法のある他の国の建築物と比べるとだいぶ見劣りがする。
ただ、そこで暮らす帝都の人達にそれほどの悲壮感はなくて、それも全てここ10年ほどの女帝マリアーヌ陛下の善政のお陰だっていうのだから、帝国でのマリアーヌ陛下の人気は相当なものだ。
本当に、見ると聞くとでは大違いというか…
民を先導してクーデターを起こし、帝都に住む逆らう貴族や王族たちを皆殺しにし、兵を率いて他国への侵攻を開始する。
他国に贋金をばらまき、食糧や魔石を買い占め、経済的な大混乱を起こす。
やっていることはとんでもないんだけど、そのお陰でこの市場の活気があると考えるとねぇ…
「この活気が魔法王国で買い占められた食糧で支えられていると考えると複雑ですけど、この国の人達の慎ましい生活を直に見てしまうと、あまり強くは言えませんね」
「確かにな。今の帝国では、いくら貧しいって言ったって、最低限雨風を凌げる程度の家には皆住んでいるし、働いても食えなくなるほど食糧が不足することも滅多になくなったって聞いた。
ただ、それもここ10年くらいの話で、今の皇帝になる前の帝国では、毎年かなりの餓死者や凍死者が出ていたみたいだしな」
「まぁ、この世界で魔法が無いっていうのは相当なハンデだからね。
まともな方法ではそう簡単に他国との経済格差も埋まらないだろうし、多少のズルは仕方ないのかもね。
でも、そんなズルはいつまでも続かないから、根本的な問題を解決するためにも、神殿のある他国へ侵攻ってことになるんだと思うけど」
「あぁ、そう言えば、今戦争中でしたね…
アメリア様も随分と楽しそうなんで、なんのために帝国まで来たのか、忘れそうになりますよ」
「……別にいいでしょう? しっかりと情報収集はしているわけだし。
それに、多分大丈夫だとは思うけど、万が一マリアーヌ陛下が私の提案を受け入れてくれなかった場合、恐らく二度と私は帝国には来られなくなるからね。
旅っていうのはね、行ける時に行っとかないと、その機会を永遠に逃すことになりかねないのよ」
「それで今回もレジーナがお留守番になったわけですね。
本来ならセーバ軍を率いるのはアメリア様の仕事なのに」
「いや、だって、今後のこととか考えたら私はあまり目立たない方がいいし!
王妃様も平民の活躍を前面に出すなら、レジーナの方がいいって!
レジーナだって、旅を楽しんできて下さいって言ってくれたし…」
「レジーナは何も言いませんよ、アメリア様が最優先ですから。
ただ、ちょっと俺に対する当たりがキツくなるだけです」
う〜、だって仕方無いじゃない?
今回の作戦を考えたら、絶対に帝都と王都の両方に高度な光魔法の遣い手が必要なんだから。
サラ様やレオ君には無理だし、私は帝国へもキール山脈へも行ってみたかったし…
レジーナだって、快く引き受けてくれたし…
大変な使者役、指揮官役を引き受けてくれたレジーナに感謝しつつ、少し真面目に今後の作戦を検討する。
実は一番の懸念材料だった帝国の現状、女帝マリアーヌ陛下の人となりは確認できた。
私達と共に潜入したサトリさん率いる諜報部隊の報告でも、今いる帝国貴族、上層部は、かなりまともらしい。
差し迫った現状があるから王国への侵攻を企てているだけで、欲に釣られての侵略戦争ではない。
他に手段の無い、やむを得ない選択らしい。
初めから帝国に王国を滅ぼす気などなく、とりあえず舐められないよう自分たちの力を見せつけて、その上で帝国人も王国で魔法を学べるよう交渉しようと、そんな感じみたい。
なら、問題無い。
私はまだ見ぬ女帝陛下との会談に向けて、最後の準備に取り掛かるのだった。




